019.Shadow Run:1_Lough Maker





 盾の騎士団付属学園…市の中心部から、少し離れた屋台村での事である。日はもうだいぶ傾いて、黄昏時になっていた。

 「食べすぎじゃない?」

 ネルは、自分が一人前のオリザのスープと魚のランチを食べる間にザノンが綺麗にした皿の量を見て、猫のような大きな目を丸く見開く。

 「ふつう。それほどでもない」

 すまして食後の茶を一口飲んだザノンの前にある皿は、少なく見積もっても四人分の量はある。

 「それは…どうなんだろうね…私より小さいからだのどこに入るのかな…」

 感心したようにネルが呟く。
ネルがザノンに抱いていたイメージからしたら、意外なことであったようだ。

 「それよりさ」

 「うん、さっきの話だよね」

 ザノンがカップをコースターの上に置いて、こくりと頷く。

 「ザノン君は、魔装鎧操縦者に起こる、ラッシュ現象って知ってる?」

 「活性反応ラッシュ後退反応ストーンド
知識としてはね。魔装鎧の操縦時に、…マシンの特殊状態を無意識が要求して、
メインコントロールを同化で賄っている操縦者の肉体と精神にフィードバックの起こる現象だって習った」

 「そうだね、魔装鎧はパイロットの生体反応が、マシンのコンディションにも結びつくし…
ジェネレータの出力が大きなマシンなんかで起こりやすいっていう、特性みたいなものがあって…」

 ザノンは、一ヶ月前の学園内での戦闘で、アイギスの中で意識を失った時の事を回想する。
──あれも、ラッシュ現象の表れだったのだろうか。

 「まず、ラッシュは極度の緊張状態下で発生することが多いらしいけど、操縦者が身体的苦痛から解放されて、
多くの場合は、全身を貫く快感を覚える。意識も高揚する場合が多い。
転じて、魔装鎧のパフォーマンスや、エネルギー変換効率、出力なんかも上がって」

 軽く手を払って説明するネルの手首に付いた赤と青の飾り石を眼で追ってザノンは、ネルの言葉を受けてその後を続ける。

 「その効果がなくなった後に、ストーンド、だよね。指一本動かすことも出来なくなる
避け様のない程の消耗、虚無感、疲労感が操縦者には起こる…」

 「状況にもよるけど、ラッシュ現象が狙って起こせるものでないなら、起こさないでいた方がいい、と、思うよね?」

 ネルの抱えた問題には、
ラッシュ現象が何らかの形で関係しているのだろうかとザノンは人差し指の背を唇に当てて、言葉を選ぶ。

 「ストーンドの方が効果時間は全然長いし、意識が後退して、意識を失ったりするから
…安定しないと言うよりは、危険な部類に入るかもしれないね」

 うん、とまっすぐにザノンの眼を見つめて、真剣な表情でネルが頷く。

 「長期間に渡って何回もラッシュやストーンドを繰り返してると、心身にも変調をきたすっていうのも、習ったよね」

 「自我が崩壊する、クラッシュ現象に結びつくらしい、って話なら僕も聞いた。
でも、ラッシュ現象自体がノーブルマシンに乗っている現役の前線パイロットでも、年に一回あるかないかだっていうけど…」

 ネルが、小さな唇をきゅっと結んで一拍の沈黙を置いてから、口を開く。

 「──体質にもよるんだ。私はね、授業で使うシビリアーで今までに二回、ストーンドを起こしてるの」

 そういえば、とザノンは回想する。
確かに彼女は過去に二回、授業中に担架で運ばれていったことがあったと。

 「ああ・・」

 単純に体調が悪いわけではなかったのかとザノンは納得し、
コモン・アーマーで何度もラッシュ現象を起こすと言う事は
彼女が実戦レベルのアンコモンアーマーに
そのまま搭乗する事になるのは危険であるという事も、同時に把握した。

 「さすがに、その時は、ガーハート先生も何も言わなかったよ。
それくらい、すぐにどうにかできるものじゃないって事なんだけど…」

 「どうするの?」

 「うーん、対策は色々講じてみてはいるんだけど…このまま、難しいようだったら留年して、所属変更かな──」

 言葉を切って、ネルが悪戯っぽく笑ってテーブルからザノンの方に身を乗り出す。驚いてザノンは少しばかり上体を仰け反らせた。

 「私と違うクラスになったら寂しい?」

 ネルは軽い気持ちで聞いた質問かも知れないが、それを聞いたザノンまた、人差し指の背中を唇に当てて、目を伏せて一考する。

 「そうだね、寂しいと思う」

 ザノンは、人と話をする時に、一緒に真剣になって考えてくれるネルの質問だから、
おざなりに答えるわけにはいくまいと真剣に考えて答えたつもりだったが、
ネルの、明るい中に滲むどこか儚げな雰囲気が気になっていたのも確かであろう。

 「考え込んでー。嘘言ったんじゃないよね?」

 ネルは、確かに明るいのだが、考える性格の為か、
言葉の裏を取りたがる。末梢神経と言ってもいいところがたまにあるなとザノンは思う。

 「君に相談するといつも真面目に考えてくれるじゃないか、あてにしてるんだよ」

 「しょうがないなぁ、それじゃあ、対策の方を頑張ってみようかな!」

 にっこり笑うとネルはテーブルを立ってザノンを手招きする。

 怪訝に思ったザノンも席を立ってネルの方に近づく。
ネルは自分の手首に巻いていた飾り石の付いた麻紐を手首から外して解くと、六つの石のうちの三つを手の中に握りこむ。

 「髪の毛につけてあげる」

 ザノンはさすがにそれは照れくさいからいいよと辞退しようかとも思ったが、
断るのも悪かろうと思って頷いた。

 「約束のしるしって事かな?」

 「そーそ。同じクラスで進級しようねっていう約束だからね!お互い授業なるべく出るようにしないとね」

 手早く、飾り石の穴をザノンの髪の毛の右側の毛束に通して固定すると、二三歩離れてネルはまた、悪戯っぽく笑う。

 ザノンは、その笑い顔を見て、ネルの瞳の赤い眼が片方二重瞼なのに気づいた。





 日は落ちようとしている。
彼がやってくる。
影が。

 必死に走っても走っても、それは、いつ、この黄昏の薄闇のどこかから姿を現すかもしれない。
少女は、息を切らしながら、右も左も判らない白樺の木立の中を一心不乱に走っていた。
 涙と鼻水を流しながら、殆ど錯乱状態で、少女は黒い髪の毛をなびかせて、裸足で走る。
血と泥で汚れた足が懸命に身体を運ぶ。少女は、恐怖に、嗚咽を止めることができない。
彼女の着る、薄い寝巻きのような白いワンピースは、走り続ける少女の汗で透けて、肩口の裾からは汗が滴ってさえいる。
いまや、道に並ぶ白樺の木立も、彼女の眼には夕暮れの中に白い亡霊が並んでいるようにさえ見えていた。

 ここには、今この瞬間には何も、彼女を守るものはいない。
人間の歴史において、神も騎士も律法も、
そこにいるべき理由が出来てからでなければ、そこに姿を現さない。
だが、悪魔は。
誰もいないことを知っている悪魔だけは。
いつも。
どこにでも、いる。

 悪魔だけは、人間の瞬間の願いに眼を向けることが出来る。
そして、彼らは同様に、彼らの世界しかない一瞬のうちに、人間達の永遠を奪うのだ。
古来より、人間は、悪意ある人間をこう呼ばわる。

 悪魔と。

地面の凹凸に躓いて、少女が地面に転ぶ。

 腕に力を込めて、地に着いた膝を立てようとするが、震える膝は言う事を聞かず、立ち上がる事もままならない。
少女の体力はもはや限界に達していた。

 助けてください。
地面を見つめて、少女がか細い声を漏らす。

 彼女の涙がぽたりと地面を濡らした。

「もう、両親の言うことに逆らったりはしません。
癇癪をおこして、弟をぶったりしません。
…贅沢がしたいなんて思いません。

勝手かもしれません、
愚かかもしれません、 それでも、
どんな理由があったとしても。
あんな、恐ろしいものに命を踏み躙られたくはありません
命を、穢すような人間に。
生きていたいのです」

 錯乱する少女は、わっとその場に泣き崩れる。
その肩は、影に怯える恐怖にがたがたと震えている。

 叢が、ガサッと音を立てる。

 ヒッ、と少女が顔を蒼白にし、反射的に立ち上がろうとした。

 音のした方角に少女が顔を向けると、
木の枝の上に飛び上がったのだろうか、オッドアイの白い猫の顔が、
手近な白樺の細い枝の上から、幹の影に隠れる格好で少女をじっと見つめていた。

 助かった。
あいつでは、ない。

 少女が、それでもこの場を早く離れなければと
脚に力を込めようとした瞬間に、その、白樺の木が揺れた。
猫の胴体は、木の幹の向こうに無かった。
木の枝と幹に挟まれていた猫の首が、ボスッという音を立てて地面に落ちたのだ。

 ぎゃあっという叫び声を上げて少女は腰を抜かし、その場に尻餅をつく。

 「エリザ」

 男の裏声と思しき気味の悪い声が、少女の名を呼ぶ。
狂気を猫なで声にくるんだその声の
恐ろしい響きを聞いた少女は、あまりの恐怖からか、言葉に形容できない声で絶叫した。

 「可愛そうな猫ちゃん」

 声と共に、白樺の木の陰から、ズルリ、と大きな影が姿を現す。

影は、女性用の、貴族が着るような白く、美しいドレスに身を包んでいた。
胸元は大胆に開き、美しい装飾がそこここにあしらわれたドレスに
身を包んだ大きな影の手には、鈍い光を放つ鉈が握られている。
猫のものだろうか、鉈の刀身からは、真っ赤な血が滴っていた。

 「来ないで」

 腰を抜かしたまま、立ち上がれなくなった黒髪の少女は泣きながら、短い前髪の下の眉毛を八の字にして、首を振り振りあとずさる。

 「エリザは、猫ちゃんのことが嫌いなの?びっくりして、猫ちゃんが逃げてしまったわ」

 ミチッ──。  踏み出した影が、猫の頭を思い切り踏み潰して、足をぐりぐりと左右に動かす。

 ブシッと音を立てて、男の足元から猫の血液と、目玉と、頭のかけらが
重圧に耐え切れずに廻りに飛び散った。

 「うばッ、あ"、ひあ"ぁッ!」

 少女が余りの恐怖に、言葉ですらない絶叫を上げる。
影は、ゆらゆらと身体を揺すってから、また一歩を踏み出す。

 「こごッ、こッ、来ないで!」

 歯の根の合わないエリザが、引き攣った表情で、絶叫するが、構わずに、影はエリザの方へとさらに歩み寄る。
影の──その、ドレスの男の顔が、木の隙間から夕暮れの光に照らされてはっきりと浮かび上がる。

 エリザは、上体を支えていた手さえも、痺れるような恐怖で滑らせて、左肘で身体を支える。

 そこに現れた男の顔は顔全体がケロイド状の火傷に覆われ、
鼻は消失し、穴だけが残り、顔の半分はえぐれたような傷でずたずたに引き裂かれ、口は引き攣れて
常に開いている状態になっており、そこから覗く歯は数えるほどしか残っていない。
髪の毛は、美しい、長い金髪が腰まで伸びているものの、
頭頂部のものは火傷の影響か殆ど無くなってしまっている。 男の、元の顔はもはや推測すら出来ないほどに、その男の顔は変形しきっていた。

 「お願いッ──来ないでッ──!」

 「おねんねの時間だよ、エリザ。一緒にねようね」

 男が、声を上げてエリザにごつごつと節くれだった、血まみれの手を伸ばした。
どちらの声だろうか、啜り泣きにも、笑い声にも聞こえる恐ろしい声が、白樺の木立の間を駆け抜けていった。



 「あらァ、私の可愛いザノンちゃん、お帰りなさい」

 屋敷の正面玄関をくぐったザノンは、自分の帰りを迎えに出てきていた父、レオン・シールの猫なで声に首を竦める。

 「ただいまです、父さん」

 ぱっと見は体格も、男ぶりも良いレオンは、言葉遣いと、くねくねとした動作に眼を瞑れば他におかしな振る舞いもなく、
むしろ有能な部類に入る領主であり、南方のクンダリニ領のユンデル卿に劣らず領民からの信頼は厚い。
レオン自身に、一年と少し前からこういった振る舞いをするようになった理由があり、
それは多くの人が知るところなのであるが、ザノンからすれば未だに慣れない部分でもある。

 「学校はどう?
ザノンちゃん、部下に聞いたら授業にあんまり出ていないっていうから父さん心配してるのよ」

 「まぁ…ぼちぼちって感じです。
今日、友達と、ちゃんと授業に出る約束したから、もう出るようにします」

 「そぅお?辛い事があったらなんでも、父さんに相談するのよ?」

 「はい、でも、父さんも忙しそうですから
あまり無理は言えませんし、頑張って自分で解決していくようにします」

 授業に出ない自分をあえて責めずにいてくれる父親の気持ちも考えると、
これから、それをきちんと償わなければ、とザノンは自責する。

 「ンマッ!この子ったら!お母さんに似たのねぇ…。
お父さんが女なら今のでうっかり結婚を申し込んでいるところだったわよ…
ンモウ…アンニュイ…」

 レオンが喜んで笑うところにメイドが一人、
レオンの傍に歩み寄って、ザノン様が帰ってきたなら、と何事かレオンに告げる。

 「そうだったわね。ザノンちゃん、頼みごとがあるんだけど、いいかしら?」

 レオンが片方の手を軽く握って口にあてがい、もう片方の手でザノンを手招きする。

 「どうしたんですか?」

 「あのね、邸の敷地の中を巡回するフラ・ベルジャが一台、調子が悪いらしいんだけど、
ザノンちゃんちょっと見てあげてくれる?あたしは操縦だけなら出来るんだけど、
ザノンちゃん自分で治せて、チェックできるでしょう?」

 「わかりました。夕食前にやっちゃいますね。東ガレージですか?」

 「そうよぉ、リチャードちゃんかパウロちゃんか、準二等剣騎士が誰かしらいると思うから、
起動だけしてもらって、やっちゃってくれる?」

 メイドがザノンに鞄、持ちましょうか?と身振りで問いかけるがどうせ戻ってきますから、と
ザノンは左右に首を振って玄関のドアを出る。

 空を見れば、もう、辺りは暗くなりかけている。

 「一緒に行きますよ」

 ザノンが振り向くと、メイドがもう用意をしてあったのか、カンテラを持って立っている。
その向こうでは、レオンが若干オーバーに手をぶんぶんと振っていた。

 「オードリーさんも、魔装鎧の知識ありましたね」

 「ええ、結局叙勲は辞退しましたけど、これでも騎士団学校は整備科をでていますから」

 「じゃあ、お願いします」

 オードリーとザノンは、並んで邸の内周の道を歩き出す。

 「すっかり暗くなっちゃいましたね」

 オードリーが黒髪をなびかせて辺りをきょろきょろと見回す。
彼女の言葉の通り、もう日は落ちて、辺りにはすっかり薄闇の天幕が下りている。

 「そろそろ、日が落ちるのが早くなってきましたね、夕方、邸の外に出かけるときは気をつけて下さいね」

 「かどわかしが、モルレドウ領で流行ってるんですってね」

 思い出した、という風にオードリーが長いスカートを一つ二つ空いた手ではたいてちょっと声のトーンを落として呟く。
うーん、とザノンは声を上げて嘆息する。

 「あそこと比べるのも、どうかなっていう感じです。
ここだけの話、モルレドウ領は治安も風紀もよくないですから…
でも、反面教師で気をつけるのはいいことだと思いますよ」

 ザノンが比較を嫌がるほど、モルレドウ領というのは治安の悪い領地であるらしい。

もっとも、モルレドウ領はシール領と隣接した領地の為、
影響がある可能性もあるし、自分達からしても人事でないのだが、
ザノンは必要以上に不安がらせる事もないと、今度は柔らかめに忠告の言葉を口にしていた。

そんなザノンの考えを汲んだのか、オードリーが微笑んで言う。

 「私はシール領の領民で良かったですよ。レオン様と盾の騎士団、頼りになりますもの…
ね、その飾り石かわいいですね」

 「急にどうしたんですか?」

 「出かける時はつけてなかったなぁと思って。なんとなくですけど、ガールフレンドですか?」

 ザノンは、鋭いなとちょっと首を竦めて答えに詰まる。

 「はぁ、まぁ…」

 「隅におけませんねぇ」

 オードリーが眼を細めて、ザノンのことをからかうように笑った。

年が近いこともあり、ザノンとオードリーは比較的気安く話をする間柄であるからして、
オードリーからすれば、弟をからかうくらいのつもりでいるのかもしれない。

 カンテラの優しいオレンジの光に目をやって、ザノンは思う。

 例えば。自分がクロウスと…エクスと、同じ立場で、同じ選択をしたら、
親しく接してくれる人たちは、どうなるのだろうか。

 (害を及ぼすことは間違いないと思う。
全てを自分の手で打ち捨てる、自分の手で殺してしまうその選択を選び取ったのは、何故か。

 何故、あなたが王の命を狙わなければいけなかったのか。
そもそもその事実はあったのか。
手がかりはどこかにあるのだろうか?
エクス。まだ答えは出そうにない。

 ─アイギス、エクスの残照、今はどこにいるんだ─?)

 「…どうしました?怒ってます?」

 オードリーの声にザノンは現世に呼び戻される。

 「はい?」

 顔、怖いですよとオードリーが心配そうにザノンに言う。

 「考え事をしてました」

 「ガールフレンドとの恋のお悩みですか?」

 「そんな感じです」

 屈託無く笑うオードリーに、ザノンがにこりと笑顔を返した。
自分にとっての騎士道の太陽。強く中天に輝いたそれは、姿を隠そうとしている。
かつて道を照らしたその光は本当のことであったと思う。
信じたその光が、信じられる何かが、確かなものであったことを、探す。

 自分の道の始まりは、きっとそこからであると、
 ザノンは、まずは、グーヴァイン市での事件以来のクロウスの足跡をたどる事を決意した。



 「モルレドウ家はもう駄目そうだな」

 シール邸の東ガレージで、痩せた騎士の一人が、携帯魔装に目を走らせて呟く。

 もう一人の騎士が、ガレージの隅の座しているフラ・ベルジャのコクピットの中から答える。

 「パウロ、何だ急に。また、なんかあったのか」

 「クンダリニ領の領民がモルレドウ領に入ったまま何人も帰ってないって、問題になってるよな。
また、何人か出たのが判明したらしい。
クンダリニ領の領主…ユンデル卿も相当怒っているってよ」

 呆れたように呟くと、痩せ型の体躯を作業用の
緑のオーバーオールと白の木綿のシャツに身を包んだ、金髪を総髪にしたひげ面の騎士が頭をぼりぼりと掻く。

モルレドウ領は、先ほどザノンが話の中で触れたように治安が著しく悪い。
のみならず、そのモルレドウ領の改善されない治安は、領主のある悪癖に原因があると余人の間ではさまざまな噂が囁かれていた。
フラ・ベルジャのコクピットの中で、もう一人の騎士は、何か作業をしているのかフウムと野太い相槌だけが帰ってくる。

 「久々に、騎士同士の戦争も、あるかもしれんな」

 ぼそり、とコクピットの中の騎士は呟く。

 「…そうかもな、モルレドウ家の対応如何では、正式に王都から
モルレドウ討つべしの勅命が下るかもしれん。
そうなったら距離からいっても盾の騎士団も人事ではないだろう」

 「勅命を待つ?そりゃ、無理だ。多分もうクンダリニ卿が軍事行動を起こす方が早い。
王都の布令が後付けで、援軍に行くことならあるかもしれんがね」

 「まぁ、そっちの方がある話かもしれんわな」

 そう言うと、背の低い騎士が、
痩せた騎士パウロに視線を送って、フラ・ベルジャのコクピットから降りる。

 「事実かどうかは知らんが、
モルレドウの跡取りがかどわかした者をかたっぱしから殺して、
夜な夜なその肉を食ってるなんて噂もあるんだ、
そんな奴は、騎士の名誉を守るためにも是非討ち取らねばいかん、
こりゃモルレドウの領民のためでもあるし、騎士道の原理原則だ、そうだろう?リチャード」

 背の低い騎士、リチャードが頷いたところで、脇から少年の声が二人の会話に割り込んでくる。

 「憶測が、気がついたら断定になってますよ。
気持ちは判りますけど、それだけで話をするのは良くないです」

 声を上げたのはザノンである。
ガレージに、オードリーと共に入ってきたザノンが二人の方へ歩いてくるのが、二人の目に認められた。

 「ザノン君か。フラ・ベルジャの件で?」

 パウロが声を上げると、ザノンは、コクピット付近のパウロに視線を向けて会釈する。

 「ええ。パウロ卿、起動はもうしてあります?」

 「リチャードがアドミンで起動して、アシスタンスを使用する設定にしてある」

 「判りました…シール領がどう関わっていくかは、
モルレドウ家が、クンダリニ卿の問うている問いにきちんと答えられるかでしょうね。
オードリーさん、駆動系出力伝達率をモニター、頼みます」

 オードリーが、リチャードとパウロに会釈をして、
自分の携帯魔装を、脇にある机と魔装モニター用の箱の様な器械の上に置いて指で文字を描く。

 「──君の調子の悪いところ…ジェネレータじゃないみたいだね。
でも、コンバータの変換能率も悪いみたいだし──フレームの伝達系もどこか痛んでいるの?」
 コクピットを解放したまま、中のシートに収まったザノンが正面のパネル上にデータを展開し、パネルを睨みながら
右手の人差し指の背を唇に当てて呟く。

 コクピットの中のザノンに、細い影が覆いかぶさる。

 「ザノン君」

 ザノンが顔を上げると、リチャードがコクピットの中のザノンに、バスケットを差し出した。

昼食をとらなかったのだろうか、開いたバスケットの中には、ロースト・チキンのサンドイッチが納まっている。

 「あ、どうも。そういえばお腹が空いたところだったんです」

 ザノンはリチャードからの労いのサンドイッチの一つをバスケットからちょいと摘んで口に銜えて、パネルに視線を戻す。

 「君はいつもそうじゃないか」

 リチャードは人の良さそうな笑い顔で、声を上げて笑ってから、言葉を続ける。

 「我々だって、本当の所がどうかわからんというのはある。
しかし、本当のことが知りたいと言う気持ちは、あるんだ。
噂話くらいは、マ、多めに見てやってくれ」

 そう言ってから、オードリーさんもどう、と声を上げて向きを変えたリチャードの背中をちらりと見ると、
ザノンは目を伏せて何事か一瞬考えて、口に銜えたサンドイッチを噛み切ろうとパンを手で押さえた。