02.resaintmen/ressentiment





 峡谷から街道、街道を進んでから、大回りする街道をショート・カットする形で荒野の平原に飛び出し
傭兵部隊ゴールデン・コヨーテのマシン達はひたすら疾走していた。

 魔装鎧三機は直立した姿勢を少し傾けて、斜めに寝かせるような状態で、
オクトパスの後に牽引されているコンテナ部分
(と、いっても、これは名前だけのことで、魔装鎧の固定用の柱の器具がある他は天井も壁もなく、
殆ど雨ざらしとなっている状態になっているところからトレーラといった方が形状の説明に近いと思われる)
の上の固定器具に専用の固定器で固定され、残りの二機の魔装鎧…
アンコモン・アーマー、クワィケン改がその短めの脚を素早く動かし、砂埃を巻き上げて疾走している。

 このエクス班の運用する魔装機は総数五体。うち、三機を占め、
また、多くの部隊でも運用が見られる、中型魔装鎧クワィケンである。
 部隊の中でパイロットとなっているのは、ジャック、サム、ユーンの三人であるこのクワィケン、
エクスの乗機デアブロウや、マルコの乗機マツカブイと比してそのサイズは
三分の二、全幅に至っては半分程度というコンパクトな機体でありながら
換装により様々な局面に対応できる汎用性を持ち、
戦闘によって多少損傷をしても複雑な魔装様式でないことに起因して、代替パーツの付け替えなども時間を掛けずに行えるため、
小回りの効く軽快な運動性と合わせて、トータルの評価は相当高く、多くの部隊で愛用されている機体であり、
また、ゴールデン・コヨーテもそんな部隊の一つである。

 先程、魔装による通信が出来ないとぼやいていた大きな鍋鼻の目立つブラウンの長髪の若者、
ジャックからエクスに通信の開通を開く要請が届く。
魔装軍事ネットで情報を収集している最中の班長、
エクス・ノアはデアブロウのコクピットの中で、パイロットシートを囲むように三つ展開されている
うちの、正面の石板コンソールの一つを叩く手を休めずに、何だ、と聞き返す。

 「ジャックです。オクトパスの方に連絡があって…
シール領属の哨戒機が哨戒空域に達したそうで、
哨戒機からのデータ受信が再開されたそうです。班長の所に連絡はありましたか?」

 エクスはジャックの言葉を聞いて、コンソールを叩く手をぴたりと止めた。

 「…哨戒機が、今ついたって?」

 「はい、シール領の常駐正規軍からオクトパスが受け取った
通信をそのまま聞かせてもらったので間違いはありませんが…」

 エクスは、不穏なものを感じて眉に皺を作った。左の眉にかかった額の古傷が少し、歪む。

 「じゃ、出る前に向こうさんが収集していたデータは何だったんだ?
…あれだってシール領の収集したデータだったろう」

 「…ふぅム。撃墜されて、データ収集が中断してたのではないのでしょうか?
まさか撃墜されるとは思っていなかったから、データの転送が中断する不備が起こったとか…」
 オクトパスの進路を警戒する要員は交代で
その役割を負っている為、今はクワィケンのシートに収まっているマルコが通信を割り込ませてくる。

 エクスは無言で哨戒機からゴールデンコヨーテ本部、
本部から自分達の班に送られてきているデータを参照するためにコンソールを何度か叩いた。

 コンソール上に光が走り、展開された地図と、データを見てエクスは今度は眼を見開く。

 「…やべえぞ、お前ら。転送データ見てみろ」

 エクスが回線を班員全員に開いて警告を発した。

 「なんなの、これ!」

 最初にエクスの耳に飛び込んできたのは前方警戒中の部隊の紅一点、
サムス…サムと呼ばれている…のコメントだった。

 彼女のコメントから推測できるように、その地図とデータは想像を超える事態が起こっている事を彼らに教えていた。

 部隊の誰も想像をしないスピードで目標のルサンチマンの集団が、その数を増やしていたのだ。

 一時、監視データが参照できなかったとは言え、短時間でルサンチマンの数は二倍強に膨れ上がっていた。
朝参照した数値ではエクス班だけでも撃退可能と判断できる数字であり、
これまでの事例から計算して
交戦するまでに増加するルサンチマンの数は増えても、
せいぜい一割から二割程度が関の山という計算が全員の胸にあったためにその驚きは生易しいものではない。

 「本部!おい!本部ッ!エクスだッ!こいつは黙っていていいことじゃあないだろう!」

 エクスが本部へ魔装鎧の通信で呼びかける。すぐに、応対に出たオペレータが対応の返事をエクスに返す。

 「こちらでも把握したわ、班長。
今、シール市の常駐正規軍…まぁ、盾の騎士団ね。
それと、コヨーテで作戦の見直しがされているところ…
警告が遅れてしまって本当にごめんなさい」

 「ローズか…データの事はそれだけじゃないぞ。
大型、中型が増えてるのに小型の数は殆どそのまま…いや」

 エクスがあまり言いたくなさそうに言いよどんだ。

 「ニ三体、減っている…」

 エクスは口元に手を当てて、呻くように言葉を搾り出した。
ローズもその事実の意味に思い当たるところがあるらしく、暫く沈黙をした。

 「彼奴ら、寄生型を放ったのかもしれない、わよね…」

 「くそ、なんだってンだ、ルサンチマン共!
東南域のマザーのどれかが、寄生型を使えるくらいに育ちきったって話か?」

 「班長、シール市の部隊の現に通信してみているが、まだ避難勧告が間に合っていねえようです!」

 豪傑型の彼にしては珍しく取り乱した語調で、マルコがエクスの通信に割り込んでくる。

 その言葉を聞いて、エクスは舌打ちを鳴らすと、
あちこちに毛先が跳ねた茶色い髪の毛をいらだちまぎれに掻き毟る。

 「独断先行をさせてもらおう…オクトパス!
街道に廻って、先にシール市の前に行くぞ。乱戦は覚悟しろ。
中の人の白兵戦もあるかもしれん。
ローズ!そういうことだ。
オクトパスは後を取るのを捨てて壁を一枚作ることにすると伝えておけ!」

 「エクス班長、頼むわ。今度は、グーヴァイン市みたいな事にさせたくないものね」

 ローズの言葉に、エクスが機体を透過する周囲の光景を見るともなしに
…それでも真っ直ぐ、正面を見る。

 「…俺は、そうさ」

 言葉を、
エクスは、深く吐き出した。







   「全校生徒に通達、シール市全域にルサンチマン警報レベル3が発令されました。
市からの出入りが制限され、街道が警報解除まで封鎖されます。
また、避難の必要なレベル3の警報ですので
避難場所として指定されている当学園も只今より避難場所として開放されます。
各員におかれましては先生、執行委員の言うことをよく聞き、落ち着いて行動をなさるよう
執行委員会からお願い申し上げます」

 昼休み中、その通信は盾の騎士団付属魔装学園の全校に放送された。
にわかに、学園の空気はざわめき、殺気をはらんだものになる。

 「聞いたか、ザノン」

 一緒に昼食をとっていた級友の一人が慌てた様子にザノンに問う。

 「レベル3なんてね…」

 ザノンも緊迫した面持ちで言葉を返すと、木で出来た椅子を蹴って立ち上がった。

 「ザノン?外に出るのか?」

 「レベル3警報が発令されたなら…避難する人がなだれ込んでくるよ。
どういうことになってるか調べたいのもあるけど、できることをしなきゃ。
行こう!アッシュ・ジン」

 おう、と二つ返事を返すとザノンに続いて
アッシュもグレーの短い髪の毛を一つ撫でて席を蹴った。

 「皆も、外に出ていたほうがいいと思う。
僕らは半人前とはいっても
一応ここにある機体に乗る事はできるんだし、 もし最悪の事態が起こっても直ぐに対応できる筈だよ…」

 立ち上がったザノンが言葉を級友達に言葉をかけながらぐるりと周囲を見渡す。

 そうだな、そうしよう、とざわめきは概ね賛同と見られる空気に代わる。

 と、誰かがザノンの袖を掴む。
掴んだのは、級友の中から歩み出てきた学級委員長を務める少女、イブだと振り向いたザノンは了解した。

 「ザノン君、今の通信をきちんと聞いていなかったの?
先生の指示に従いなさいと通信は言っていたわ。
きちんと言葉を理解できないなんてあなた…頭がバカなのかしら?」

 ぱっとザノンは掴まれた袖を引いて、イブはきつい視線で見下ろすようにザノンを射る。
 「委員長、僕たちだって自分で考えて行動しないと!」

 「貴方の考えが正しい保証なんて誰がしてくれるのかしら?」

 「ケンカなんてしたくないけど、先生を待つ事だって正しい保証はありませんよ」

 ザノンが自分より頭一つ背の高いイブの肩を掴むと強引に脇に押しのけて、
イブの横をすり抜けようとするがイブはなおもザノンを制止する。

 「バカじゃないの?そしたら責任の出所は先生になるんだから、先生に…」

 「責任取りたくないから
指でも咥えて見ていろって言うんですか!」

 なおも言葉で食い下がろうとするイブを、振り向いたザノンが大渇する。

 「な、なによ…悪いのは私みたいに。」

 突然発し、殺気を見せたザノンの大喝に動揺したのか、イブは口の中でぶつぶつ言いながらもじりと後ずさる。

 「行こう、アッシュ」

 埒もない、とザノンが踵を返して教室を飛び出す。

 「泣くなよ、委員長。ルサンチマンのことになるとああなのが、ザノン・シールだからさ」

 アッシュがフォローのつもりかイブの肩を一つ叩くと、アッシュや、何人かの生徒が後に続く。







 開放された校門から、辺りの住民達が殺到してきている。
思ったとおり学園は様々な人たちが入り込んで、
学園をひっくり返したような騒ぎになっていた。

 「生徒さん、あんたも軍隊の学校の人なら何か知らないか?」

 委員長から解放されたと思ったら、
学園校舎の外に飛び出したザノンは避難してきた人々に問い詰められていた。

 「ルサンチマンは市まで辿り着かないだろうね?」

 「数は、どうなんだ?負ける可能性があるからレベル3なんじゃないんだろうな?」

 「うちの旦那が隣の市からまだ帰ってきてないんだけど、ルサンチマンにやられたんじゃないだろうか」

 お門違いだ、といいたいところだがザノンもまた不安な彼らの気持ちは判るつもりだった。
だから極力、落ち着いてください、と身振りを交えて言葉に出し、
僕らにも今、わかることは少ないからそれぞれ携帯魔装などで状況や、ニュースをチェックしてくださいと説明する

 なぜルサンチマンという存在を人々はこんなにも恐れるのか。

 ザノンはそれを知っている。

 あれは、あの生き物は。…いや、生き物かどうか定かではない。
…しかし、確実に【心】…そう呼べるものはあれらの中にある。

 とにかく、そのルサンチマンはなにをするか。

 人を殺す。人の想像を絶するような、目を背けたくなるようなそんな殺し方をする。

 そして、人を殺すことしか存在するうちはしない。
食事さえとらない。
息をするのも惜しむように人だけを殺しにやってくる存在、それがあのルサンチマンというもの達である。

 そして、ザノンは過去にただ一人の妹を
ルサンチマンによって目の前でばらばらに引き裂かれている。

 (誰も、あんな思いはしたくないんだ…だから、皆怖いんだ)

 ザノンは自分の胸に何か重いものが集まってくるのを感じて、大きな目に少し涙溜めた。

 少し【その時】の感情が蘇ったのかもしれない。

 「皆さ、取りあえず避難用のスペースが地下にあるから、そこまでいってからにしてくれよ
他にも避難してくる人はいるんだし、俺たちのところでなにかわかったらそれは伝えるからさ」
 アッシュがザノンに助け舟を出して、両手を挙げて市民達を先導するように後ろ向きにニ三歩歩き出す。

 「ザノンは向こうに居る人たちを頼む!」

 少し離れるとアッシュが両手をメガホンのようにして大声を上げて手を振った。

 判った、と叫んだところでザノンは背後から肩を叩かれる。

 振り向いたところに、懐かしい人物…かつて、
ザノンに武術と心得を指導した騎士、グレンが立っている。

 「久方ぶりだな、ザノン君」

 「グレンさん!来るとは聞いていたけど…今日、もう学園に来ていたんですか?」

 「そうなんだがね…。予定よりニ三日早いが用事があって寄ったんだ。何か私に手伝う事はあるかい?」

 「はい!避難してくる人を避難スペースに一緒に案内してくれますか?」

 ザノンが少し離れたところで固まった人ごみを指差して駆け出す。

 グレンもそれを追いかけるように人ごみの方に向かうが、どうも様子がおかしい。

 「皆さん、どうしたんです?」

 固まったまま動こうとしない人ごみの中心には、どうやら姉妹と思しき少女二人が居るようだった、が…。
人ごみを掻き分けて歩み寄ったザノンとグレンが
その、姉と思しき年長の少女が
金髪を垂らして地面に白い手と淡い赤色の、ロングスカートの膝をついて苦しそうに呻いているのを見て、異変を感じ取る。

少女は、異様な量の地面に垂らし、落ちた汗が地面を濡らしていた。

 姉の傍で、ワンピースの白い服の、袖のフリルを涙で濡らしてまだ幼い娘が大声を上げて泣いている。

 「ご婦人、お具合が悪いのですか?」

 グレンが、姉の傍に膝をついて問うたが、姉は苦しそうに首を振ってなにかぶつぶつ言うばかりだ。

 「お姉ちゃん、行っちゃ嫌だ、嫌だよう」

 ザノンの言葉に、グレンとザノンは、はっとなって視線をぶつけ合った。
二人は、これとよく似た事態をかつて経験したことがある。

 子供は、あるものを感じ取って泣いているのだ。

 魔法、という精神の運動によって生み出される力が重要なこの世界。

 幼子は特にその力の流動を感触として感じ取れる程に敏感である。

 ある気配。姉が別のものになる気配。

 寄生型ルサンチマンは昆虫ほどのサイズで人体の内に寄生して、やがて人間型の極小ルサンチマンを形成する。

 「皆さん!離れて!離れないと…死にます!」

 ザノンが、後で見ていた観衆に率直な言葉を別人のような大声でぶつける。

 グレンが泣き叫ぶ少女を抱きかかえ、引き剥がすとその目を大きな掌で塞いだ。

 「ぶぁぶ」

 異変。観衆たちが引く波のように下がると、ビヂィという音を立てて裂けた姉の口が大きく開き、
少女の顔は瞬く間に出現した肉の塊に押しつぶされて、
ゴボッ、という湿った音を残して、少女の全身は包まれて…もう少女の全身は隠れてしまっていた。

 「この…ッ!」

 裂けてしまいそうな胸の、学生服の襟を開くと
ザノンはオートマチック・ピストルを取り出し肉塊に向かって立て続けに引き金を絞る。

 肉塊に弾丸は吸い込まれ、
ニ三箇所に穴が空くが物ともせず、少女の変化した肉塊からはまず、鳥のような太い二本の腿と、ついで細い足が生えた。

 「この子を連れて避難してください!頼みます!」

 逃げ惑う人、騒ぎを聞きつけてやって駆けつける人ごみの中に先ほどの女生徒、
ウルスラを見つけたグレンはウルスラに問答無用で少女を託すと己も詰襟の上着の懐を開き、
腰の剣と、懐の短剣とを引き抜く。

 「ザノン君、使い給え!」
 一心不乱に引き金を絞りつつ後に下がるザノンの方へ、グレンは短剣を投げる。

 それを聞きつけてザノンは横っ飛びに
投げられた短剣の方に転がると短剣を拾い上げ、短剣を口に咥えると拳銃を両手でホールドし直した。

 「イィエヤアーァッ!」

 先ず二本の脚で立ち上がって、
残りの肉塊の形を不気味に蠢動させている今まで少女であった物に、
グレンが剣を構えて、紫電一閃の踏み込み、裂帛の気合と共に
袈裟切りを見舞う。

 立ち上がった体を支える二本の足のその一本を
鋭い斬撃で深々と斬られたルサンチマンは、ぐしゃっとつぶれる様に地に倒れる。

 ばくん、と肉塊が二つに割れて、口のようなものが出来た。

 グレンが相手の攻撃を警戒して飛びのく間に、ザノンが拳銃のマガジンチェンジを終える。

 そうして、両手でホールドした拳銃を握った左手中指の
シルバーリングをチラリと見ると、短剣を咥えたままの口の中で何事かもごもごと呟く。

 「対象、グレン・オウディス…ナパームエンチャント起動、対象、ザノン・シールにストレングス起動」

 今度は、拳銃から右手を外してザノンは口に咥えた短剣を右手で握って、地を蹴る。

 グレンが構え治した剣からは、剣自体に火がついた様に常世の炎が燃え上がる。

 ルサンチマンのなりかけの肉塊から、脚がもう二本生えた。
歯がびっしり並んだ口をがばと開くと、計四本になった足でルサンチマンは立ち上がる。

 「ええい、ままよ!」

 ザノンは前に構えた拳銃から弾丸を乱射させ、ルサンチマンの左後方から、ルサンチマンに殺到する。

 ルサンチマンが脚の一本を上げて、まっすぐに伸ばしたと思うと突然にその脚は長さを伸ばしてザノンを捉える。
ルサンチマンの蹴りをもろに胸に受けてザノンは肋骨が砕けるのを感じた。

 ザノンを捉えた脚は、ザノンに吹き飛ぶ事も許さずに
猿の脚のように形状を変え、ザノンの胴体を思い切り鷲掴みにして、高々と持ち上げた。

ううッ、とザノンがうめき声を上げ、刃物の柄をぎゅうと握り締める。

 「簡単には行かないけど…」

 ザノンが痛みにその整った顔を歪め、グレンの方に視線を送ると、
グレンは構えを変え…剣の柄を両手で持つと、
刀身を横に構え、切っ先をやや下げる様に構え、右の掌を開いて、
柄の下にあてがって、ザノンと視線を合わせて深く頷く。

 「…痛みに…弱いんだ」

 ゲホッ、と漏れた咳がザノンの胸にびりと痛みの雷となって響く。

 「…ッお前たちは…っ!僕らみたいにッ!」

 ザノンが絶叫すると、手にした短剣を垂直にルサンチマンの脚に突き立てる。

 ルサンチマンが驚愕したように口を大きく開いた。

 同時に、グレンはもう地を蹴っている。

 尋常な密度でない筋肉の塊のように変化したルサンチマンの脚には、
通常であれば、鉄の剣などは、グレンのようなよほどの熟練者でなければまともに、
…ザノンがして見せたように深々と刃は通らない。

魔法に力を借りての事である。

 ザノンは火の息を吐きながらも、
グレンを迎撃しようと動きを見せたルサンチマンの脚に刺した剣を力いっぱい捻る。

 ルサンチマンの肉と表皮は無理やり捻った服のように
渦のような皺を作り、広がった傷口はめくり上がり、
ミンチの様な有様になって僅かにせりあがる。

 ルサンチマンは持ち上げた足だか手だかを振り下ろし、ザノンは地面に思い切り叩きつけられる。

 その一瞬後に、ルサンチマンの繰り出した鞭のような
打撃を潜り抜けたグレンは、その大口に燃え上がる剣を突き立てる。

 「ナパームッボルトォッ!」

 魔法を発動したグレンの剣は、ルサンチマンの口の中から地獄の業火を何度もぶつけ、
剣を離したグレンが飛びのくと、ルサンチマンを浄化する炎が、ルサンチマンを包んで燃え上がる。

 グレンは、ルサンチマンが炎の中で崩れ落ちるのを見届けると、ザノンの傍に駆け寄る。

 「大丈夫か、ザノン君」

 ザノンは膝をついたまま、首を振って身震いを一つして、顔を上げる。

 「非常に、痛いです…
クロウス卿や、グレンさんのようにはできませんね、なかなか…」

 グレンは、膝をついて、
ゼエゼエと荒い息を吐くザノンの前髪を指で持ち上げて、目を瞑って首を横に振る。

 「しかし、働きは大丈夫たるものだった。君が居なければ、直ぐには片付けることはできなかっただろう。
その歳であんな風に戦う事が出来る…君という若い騎士に私は、今嫉妬しているところなのだ」

 「グレンさんは…へへ、人の褒め方、上手ですよね…」

 「君は怪我をしている、神妙にするんだ。肩を貸そう、衛生兵が居るのは、どこだ?」

 グレンが有無を言わせずザノンの脇から手を差し込んで腕を肩まで回すと、立てるか?とザノンに問うた。
ザノンは頑張ります、と答えた。





 「異常だな」

 エクスは一言呟くと、デアブロウをトレーラーの荷台から飛び降りさせる。

 そうしておいて、デアブロウはぐるりと後を振り返ると、跪く体勢になる。

 爆音とともにデアブロウの膝から油圧式パイル・アンカーが地面に打ち込まれ、
ついで地面につけた掌からもアンカーは打ち込まれ…デアブロウの体は地面に固定される。

 負荷のかからない姿勢に向きを変えたデアブロウの下腹部のフレキシブルコクピットから、
エクスは猛禽の目で大空を見上げる

 ガチャアン、と大仰な音を立てて、デアブロウの背中に背負った盾の間から…
折りたたみ式の大砲…グルーブ径にして百ミリはあるだろうか。

 その大砲が展開して、銃口は大空へと向けられた。

 「哨戒型の空中ルサンチマンをこんなところまで飛ばしてくるなんてのも、今までになかった」

 呟くと、エクスは片目を瞑り、機体透過された光景…大空へとデアブロウの砲身の狙いを定める。
そこに、鳥のような大きな翼を広げたルサンチマンはいた。
 「レティクルイメージ呼び出し、照準」

エクスの顔に、コクピットの照準の光が当たってエクスの額の十字と合わせて、
十字架は二つになる

 自分の目から見える照準のX字を見つめて、エクスはある少年を思い出していた。

 あの少年は、立派な騎士になるのだろうか?

 答えが出る前に、エクスの右手はシート
右手のフィンガー・インターフェーズから離れて、武装発射決定措置をするレバーを引いていた。

 爆音がニ発爆ぜて、音から一拍遅れて、許容量を超えるサイズの砲弾を浴びせられた上空のルサンチマン…
このタイプは、ハーピー型と呼ばれている…
をバラバラの肉片にしたのを、エクスは望遠映像で確認した。

 「ああ、オクトパス、スライドホバーで
直ぐ追いつくからもっとスピードを出して構わない。
…ルサンチマンは落とした」

 エクスはそれだけ通信で告げると、指を組んで腹の上に乗せると、シートにもたれかかった。

 「…人間は…怨念無くしては生きられない…怨念は無限に成長する…?
ルサンチマン、人間の業とはお前たちなのか。
だからと言って納得、できるものか…」

 エクスは吐き出す様に呟くと、大空をもう一度見上げる。

 黄昏の夕日が、雲を赤々と焼いて、家路を急ぐ鳥が大空を横切っていった。

 エクスは無意識に大空に手を伸ばして、何かを掴もうとしていた。

 まだ敵はいるのだから、自分はそこに向かわなければいけない。それでも…