020.Shadow Run:2_Skin_Of_Humanity(tuned.1)






 フラ・ベルジャの中で、パイロット二人が通信で談笑している。

 「同じアンコモンでも、あれに比べたら、フラ・ベルジャはブリキ缶と変わらんらしいぜ」

 「ハッハ、マジかよ、どうせ、大した代物じゃないだろう」

 フラ・ベルジャ二騎と輸送用の小型車両は、モルレドウ領の、シール領との境目の山道を移動していた。

 距離的には、マイトゥッド寺院が近いが、
マイトゥッド寺院はもっと標高の高いところに位置し、彼らが歩く場所に人通りは殆どない。

 「引き続き異常はないようだな、順調順調」

 「早くモルレドウ市につかねえかなぁ。今日はおこぼれがあるといいんだが」

 「俺は小さいのが好きだ…実は今日のにひそかに目星をつけてある」

 支援車両からも、通信が雑談に興じる二人の会話に割り込んでくる。

 「へッ、とんでもねえ野郎だな、変態め」

 「ああ、やばい、我慢できないかもしれん。お手つき、お手つき」

 支援車両のクルーの一人が浮かれたような声で喋って、どこかに向かうパイロットの騎士の通信に足音が混じる。

 「オイ!きたねえぞ!」

 取り乱した騎士が顔を真っ赤にして叫ぶ。クルーは知らん顔で通信を切ってしまった。
チィと騎士が舌打ちを鳴らすが、もう一騎のフラ・ベルジャのパイロットは笑う。

 「怒るなよ、俺たち皆兄弟じゃねーか。俺達は後で休憩の時にあやかるとしようぜ」

 その部隊を、岩壁の上から幌の様な布を頭からすっぽり被った一騎のグラデスが、じっと観察していた。

 「武装は、25モー・アルシーブ(ma)アサルトライフルに、剣と盾。マルチランチャーか。
アサルトライフルは背中だし、すぐに使える実弾武器をしまってあるなら不意打ちで押し切ってしまえるな。
…に、しても…フラ・ベルジャに武装のない小型車両なんて、ずいぶん中途半端な組み合わせだな──」

 グラデスのコクピットの中で、
バンダーナで顔の下半分を隠したプラチナ・ブロンドの髪に褐色の肌の防護服姿の青年が呟く。

 「まぁ、いいさ。頂くものを頂いて、いくらかは食いつなぐ事くらいはできるだろう」

 操作パネルの上を、少年は手際よく左手を走らせて待機状態だったグラデスのジェネレータのゲインを引き上げる。
バウッ、とジェネレータとコンバータが同時に哭いて、グラデスがズルと立ち上がり、駆動音と共に幌の様な布
──軍用の霊子感知センサーを回避するための特殊繊維で出来ている───
を右腕で跳ね除ける。
その姿を崖の上に現したグラデスは右手に、
銃剣付きのサブマシンガンを持ち、左手には、山道でへし折ったと思しき木を抱えていた。
グラデスの頭が傾き、ジリという音を立てて頭部の目が僅かに光る。

 左手に抱えた木を片手で頭上に持ち上げると、
グラデスはフラ・ベルジャの立っている辺りに向かって思い切り投げつける。

 「なんぞ?」

 フラ・ベルジャの一騎が頭上にふと挿した影に気がついて、頭上を見上げる。

 ガシャアン、バァンと音が連続して鳴動する
降ってきた丸太がフラ・ベルジャの頭を砕き、肩の装甲を凹ませ、
フラ・ベルジャがバランスを崩して転んだのだ。

 あッと声を上げてもう一騎のフラ・ベルジャがぐるりと辺りを見回す。
見回した所で、崖を飛び降りてきたグラデスの影をフラ・ベルジャは捉えた。

 うおらぁッと褐色の肌の青年は叫んで、疾走しながらグラデスがサブマシンガンの弾を撃ちまくる。

 雨あられと降り注ぐサブマシンガンの弾が剣を構えようとした
フラ・ベルジャの脆い部分…むき出しの指と、肘関節部を捉えて火花が上がる。

 頭を砕かれたフラ・ベルジャが態勢を立て直そうとしているのを目に留めると、
グラデスは急制動をかけて、さして広くない道を横飛びに跳ねる。

 「射撃角度よし、前面装甲だろうと、ブッ刺さるぜ!」

 少年が叫んで、
グラデスのサブマシンガンの残りの弾を態勢を崩したままのフラ・ベルジャに全弾叩き込む。
猛烈な銃撃の雨を全てその身に受けたフラ・ベルジャは衝撃で手足をあらぬ方向に揺さぶられ
奇妙なダンスを踊らされた挙句、バランスを崩し、吹き飛ばされるように倒れこんだ。

 「使いこなせなきゃ、ブリキ缶の方が値打ちがあるかもな!…今だ、がら空きの後ろから砲撃を打ち込め!」

 サブマシンガンのマガジンを地面に落とすと、グラデスは残るフラ・ベルジャに猛然と迫りながら、
少年が自分の声をグラデスの魔装を使って拡張し、張り上げた声を、フラ・ベルジャのパイロットに聞かせる。

 一瞬、少年の声に気を取られながらもフラ・ベルジャは盾を構えて、
右手首のマルチ・ランチャーを相手に向けるが、構えたときには相手の姿は既にそこには無かった。

 「ハイ嘘ーッ!!」

 少年が叫ぶ声にガァンと音が重なって、フラ・ベルジャの構えた盾が、衝撃に震える。
グラデスが小回りの良さを生かして、盾を構えることによって生じたフラ・ベルジャのコクピットからの死角に瞬時に回り込み、
全重量を乗せた飛び蹴りを盾に見舞ったのだ。

盾を弾かれて、ガードが開いたフラ・ベルジャの胸を、
飛び上がってサブマシンガンを構えたグラデスの銃剣が捉えて、フラ・ベルジャの胸板にガクリと火花を上げる銃剣が刺さる。

 ギュウン、と音を立てて急所を突かれた
フラ・ベルジャのジェネレータが機能不全に陥り、フラ・ベルジャは膝をつく。
倒れこむフラ・ベルジャの手から、五角形の盾をもぎ取ると、
短い足でグラデスは思い切りフラ・ベルジャが落とした腰のコクピットの辺りを蹴り飛ばす。
そうしてフラ・ベルジャを吹き飛ばすと、グラデスは正面の小型車両に向き直って、
コントロールルームから人が飛び出たのを確認すると、手にした盾を投げつけた。
盾は車両の薄い装甲をへこませ、深々と突き刺さると、ビィィンと震える。

 「へっ、だらしねえの。戦闘モードにスタンバイもしてないでフラ・ベルジャ二騎がふらふらしてちゃ
グラデスAでもカモネギってもんだぜ…さぁ、降りた降りた。
コクピットをぶちぬかれたくなけりゃ、さっさと降りてどっか行っちまいな」

 予備のマガジンをサブマシンガンに差し込んで、
横倒しになっているフラ・ベルジャの脇腹に向けるとグラデスのパイロットが笑う。

 「…くそ、何者だ、お前…」

 足で踏みつけて、接触による通信を開始したグラデスに、フラ・ベルジャのパイロットが問う。

 「プロの強盗だ。チェキッ☆…アマチュアの騎士、貴方とは違うんです」

 グラデスが三点バーストにセットしたサブマシンガンの引き金を一回絞ると、
フラ・ベルジャのコクピットハッチ周辺に物凄い火花とともに弾が着弾し、
至近距離で殆ど初速の銃弾を浴びたコクピットハッチ周辺に穴が開き、ハッチを構成する金属板が歪む。

 アラーとグラデスのパイロットの少年は笑う。

 「ごめん、暫くひらかねえな、それ。
まぁ、わざと。うん。なんとかして出て頂戴ー。ガンバッテねー」

 少年がもう一騎のフラベルジャを警戒して、もう一騎の方へと視線を送ると、
もう一騎の方は、蹴られた衝撃で中のパイロットが失神したのかピクリとも動かない。

 その場で肩を竦めるような動きをすると、グラデスはサブマシンガンを構えて
運転が不可能になった小型車両の牽引していたコンテナの後部に回りこむ。

 「アタックチャーンス!」

 グラデスはコンテナの扉に手を掛けるとべきべきと音を立てて、コンテナの鉄扉を無理やり引き剥がす。
開いて、コンテナの扉を投げ捨てる。

 「こんにちは、強盗です。パネルは13番。騎士団の人は三つ数える前に……ああ?──なんだこりゃ」

 少年は予想外の光景に目を疑った。
その隙をついて、コンテナの奥から、乗組員と思しき騎士が何人か飛び出してきて、グラデスの脇をすり抜けて逐電する。

コンテナの中は殆どがらんどうだったが、
目を凝らしてみると、コンテナの中に人間が何人か、厳重に拘束されているのが、少年の目には認められた。

 「なんだぁ…?荷物は、人間で…女子供、ばっかりか。勘弁してくれよ…
人間なんかうっぱらえるわけねーよ、まるまる赤字で…わざわざ借金増やしちまったじゃねーか、畜生」

 はあ、と少年がコクピットの中で溜息をつく、が、少年はすぐに顔を起こして、コクピットハッチを開く。
ねぇ、と奥で拘束されている六七人の人々に少年は呼びかけた。

 「聞きたいんだけどさ、あんた達どうしたの?
モルレドウの騎士団の車両だよね、これ。なんか悪いことでもしたの?」

 あわや、乱暴をされる所だったのだろうか。
生々しく上衣を引き裂かれたものがいるのも少年の目には認められた。
何人かは泣きじゃくっているし、
何人かは状況が飲み込めていないのか押し黙ったり、周りをきょろきょろ見渡したりしている。

 「なんもしねーよ!…っていっても信じられないか」

 少年は、コクピットハッチを開いたまま舌打ちを一つして、顔を引っ込めて呟く。

 「犯罪者の輸送ならあんなに警備がヌルいはずは無いよな。
そもそも領土の境目をうろうろしていたのも、くせえな。
…近頃流行ってる人攫いとかいうやつにぶち当たったのか?
…捜索願が出てたとしたら、いくらかにはなるかもしれねえな」

 少年は一拍考えて、右手を走らせて、遠隔地への通信を開始する。

 「コヨーテ?ゴールデン・コヨーテ本部、応答されたし。
こちら、ボークリフ・レイダー。自家用マシンからのぜ」

 傭兵部隊、ゴールデンコヨーテに通信を送ると、少し間をおいて少年…ボークリフの耳にコヨーテからの通信が届く。

 「こちら、ゴールデン・コヨーテ本部から、ローズよ。
こっちからも、仕事の依頼があって呼ぼうと思っていたから丁度いいわ」

 少年は、左手で覆面を外す。

短い眉に大きな黒い目が印象的な少年である。

「マジで?渡りに船だな、ええと、先にこっちの用、いいか?副業の途中で、なんか、ただ事じゃない感じで
捕まってる人らを拾ったんだけど、公的な捜索願と照会できるかな…
めんどくせーから、もし捜索願のリストが廻ってきてるならリストくれ。
そしたらこっちで軽く聞いてみるわ」

 言いながら、ボークリフはシートの後ろに手を突っ込んでごそごそと何かを探す。
シートの後ろから大き目のコートを探し当てると鼻の辺りに持ってきてクンクンと匂いをかいで、ボークリフは眉をしかめた。

 「あるわよ、ついこの間更新版が廻ってきていたはず。少しだけ待ってくれる?」

 「あいよ。オイ、ねーちゃん!…ああ、ローズじゃない。こっちのねーちゃんな」

 ボークリフが、コートを持ってコクピットハッチから身を乗り出す。

 「そう、服ボロボロのあんた。これ、着とけよ。兵隊のだから汗クッセーけど、そんななりでいるよりいいだろ」

 強盗と少年は名乗った。
得体こそしれないが、だが、邪悪なものではないかもしれない─と
彼の面つきと声は、その場にいる者たちにそう感じさせる力があった。





 モルレドウ邸の客間にて。

 雲を突くような巨体の、髪の長い男性は応対に出た若い騎士をぎろりと睨みつけて椅子から立ち上がる。

立ち上がった人物は、年のころは四十を過ぎているだろうか。
彫りの深い顔の武人そのものと言った見事な体格の人物である。

 高貴な身分で有るのが服装から見て取れるが、
自分が高位騎士であることを示す飾り帯や、カフス、勲章こそつけているものの
装飾は最低限と言った風であり、良く見れば他の装身具の類は殆ど身につけていない。

 「三度きて、三度とも、領主カダン・モルレドウ卿はお出でにならぬか」

 「は、申し訳ありません」

 ──この巨漢、隣接する領地の領主に当たるユンデル・クンダリニの
殺気をはらんだ語調に若い騎士ノーバ・ネスは内心で面倒な、と溜息をつく。

 「用件は同じだ。モルレドウ領で合計十一人、
我が領土の領民が姿を消しているのだが、その後の調査の進捗や如何」

 鬼神そのものと言った形相のユンデルが、答えるノーバの一挙一投足も見逃すまいとじっとノーバを睨みながら問う。

 ここ数ヶ月に渡って、商売に来たクンダリニ領の領民が、
連続してモルレドウ領で行方不明となっている事件が発端である。

以前から、他の領地の領民がモルレドウ領で姿を消すことは
多かったのだが、特に、クンダリニ領の領民が姿を消すケースが
最近立て続けに起こった為に、クンダリニ領の領主である
ユンデル・クンダリニが行方不明になった領民の捜索願いと
治安の改善を進言しに足しげく通っているという背景があるし、ノーバもその背景はよく熟知していた。

 ──最も、行方不明になっているのはクンダリニ領の領民だけではなく、
モルレドウ領の領民も数え切れない程行方不明になっているのだが─。

 ユンデルは、領主自ら、捜索の進捗状況を問いにこれまでに三度モルレドウ領に脚を運んでいる。

ノーバとしても、下手な受け答えは出来ない筈であるが。

 「調べはしたのですが、遺憾ながら力及ばず、現在の所、手がかりも確認できておりません」

 ノーバは、唯でさえ怒気を滲ませている相手を怒らせまいと極力へりくだった声色で相手に告げる。

 「また、その返事か。判らないなどというのは答えではない」

 もはや、ユンデルは怒気を取り繕おうともせずに半ば叫ぶ様に相手の答えを責める。

 「しかし、我々も力を尽くしたのです。今少し時間は頂きたい」

 尽くしている、ではなく、尽くした、というその言葉から生じた違和感が、ユンデルの怒りに油を注ぐ。

 「待てるか、たわけ。何度私がその言葉を聞いていると思っている。
力を尽くして判らない、なにも結果は出ていないという中途半端な返答で、
人を統べようと思うのか。では聞くが、そんな者が己の領土の何を判っていると言うのだ」

 一気に言葉をまくし立てながら、激昂したユンデルが二三歩ノーバとの間合いをつめると、
ノーバは詰め寄った分後ろにじりじりと下がり、両手を胸の辺りまで上げて首を振る。

 「我々とて把握しきれないものはあります」

 「己の那の事であろうが。
調べようと思って調べがつかないで事が済むなら、治世はさぞ楽であろうな」

 なおも食い下がるユンデルにじりと苛立ったノーバは、自分も声のトーンを上げて答える。

 「調べが付いていないものは、調べが付いていないのです。
判らないと答えるほかないでしょう」

 一拍の間を置いて、ユンデルがずい、ともう一歩を踏み出す。
声のトーンを落としてはいるが、心中から出ずるその怒気は却って増しているようにも見えた。

 「調べる調べるといって、やることは対外的にわからないと開き直る事だけか─!
そんな姿勢だから領民の間で麻薬の濫用や人攫いが横行する!」

 ノーバは思わず舌打ちを鳴らした。
ユンデルの肩がぴくりと動く。
慌ててノーバは言葉を紡いで、己の意見を言葉にする。

 「それは、ユンデル卿には関係ないでしょう。ここはモルレドウ領だ。
それが気に入らないなら、貴方の治める領土でおっしゃったらよろしい」

 「いいや、ある。己の国は私の領土の、隣国なのであるぞ。
─己らは何を考えて自分の領土を治めている?
治める者が悪しきを正す考えを持たない無能なら、領土の治安が乱れるのは当然であろう!
正さねば、これからも同じことが起こるとは考えないのか?」

 ぬっと言葉を飲み込むノーバに、ユンデルはさらに畳み掛ける。

 「領民の事を考えないのか。
姿を消したものには、家族も知人もいるのだぞ。
それを放っておいて何が領主なものか。
かような者らの問いに答えられぬ不誠実な騎士であるとなれば、
そんな領主は民に引き摺り下ろされるぞ」

 「馬鹿な、民は所詮民です。
支配者を降ろす力が民にあるというなら、
彼らはどうして自分が支配者にならないのです」

 これを聞いたユンデルは、建物を震わせるような大声でこの、うつけッとノーバを大喝した。

 ノーバはユンデルの声から爆ぜた圧力にびくりとその身を震わせて、一歩後ずさる。

 ユンデルの眉が跳ね上がってユンデルはその眉間と声とに憤怒の炎を見せていた。

「自分達が治める側に相応しいのかどうか、その理由も考えたことがないようだな。
その物言いが、愚かであると判らんのか!?
自分の那が乱れたままでいいと思っておるのか。
事において思考を編むことのできないものがどうして那を治められる」

 「言いがかりです、解決には時間が要るのです」

 強弁するユンデルに、きりがないとノーバは話を終わらせようとするが、
ユンデルはその気配を感じ取り、逆に自分が踵を返してノーバに告げる。

 「貴君の結論したい言葉はもう結構。これ以降は、我が領土の基準で──私と降魔騎士団とで
己らの領土で消息を絶った我が領民を探す。邪魔立てをすれば容赦はせん」

 さすがに、この言葉にはノーバは顔色を変えて食いついた。

 「お待ちください!」

 ノーバの言葉にユンデルは再び振り向いてノーバを一喝する。

 「それを何度言うと言っておろうが!」

 「侵攻の口実を探していたと世論は揶揄しますぞ、ユンデル卿」

 聞き分けぬユンデルを睨んで、
ノーバが軽く両手を広げて思いとどまるよう告げるが、もはやユンデルには聞き入れられそうにない。

 「そうは思わん。仮に、そう思われるのだとしても、どうとでも言って頂いて結構。
誓って我らは、己の領土を取るつもりはないとは、言っておこう。
己らが邪魔立てをするというなら、
己の那の領民を苦しめて平然としている無能な治世者を一掃してやるのもよいだろう。
隣国が良くなれば、私の領土の民も安心してこの一帯に交易に来ることができる。
…私が、おのが欲で己の領土に踏み込むと申すなら、いいだろう。
己ら全て討ち滅ぼした暁には、この一帯は他の領主に治めてもらうよう進言しておこう」

 「けぇッ!覇王気取りか!口約束などなんとでもできるであろう!」

 余りの聞き分けの悪さに、ノーバが遂に怒声を上げる。

 「己が言うのかよ。全く、どの口がほざきおる。
その言葉、己らにそっくりそのまま返してくれるわ!」

 ユンデルはそれを交渉の決裂と見て、ノーバに背中を向ける。

 「待たれいッ!待てと言っておろうが、ユンデル!」

 激昂したノーバは、腰の剣の柄に手を掛けて一歩を踏み出そうとするが、
背後に何者かの気配を感じて振り向く。

 振り向いたノーバの眼前には、茶色の鐔の広い帽子を被って、
緑の軽装防護服と暗い赤のマントに身を包んだ、見慣れぬ男性が立っている。
一体いつからここにいたのか、と戦慄したノーバは身構える。
騎士が、ぴゅうと口笛を吹いた。

 ユンデルの部下の騎士だろうか?

 「相手が背中を向けてから剣を抜きなってあんたは教わったのかい?
騎士道を学校からやり直した方がいいんじゃないか?」

 ノーバの失態を見て騎士がにやりと口元を歪めて笑うのが見えて、ノーバは更に激昂する。

 「話が終わっておらぬのに座を蹴る方が無礼であろうが!」

 「判らないと答えたのはあんたじゃないか。
判らないという答え以上に、何かが答えられるって言うのかい?
教えてくれるなら、ユンデル卿に引き返して頂いてもいいんだがね。
何処に何人と…サテ、具体的に何を教えてくれるんだい」

 調子よく、まくし立てるような騎士の言葉に、ノーバは眼を白黒させて、急に口ごもる。
答えは、ユンデルに答えた言葉と同じだった。

 「だから、時間をくれと…」

 「ユンデル卿も言っていたが、何回言ってるのさ、そいつを。
時間をくれ、いつまでかはわからない、ハハッ。
ユンデル卿は確かに気が短いが、ユンデル卿でなくても大概、怒るかもしれないな…それにだ」

 騎士は、大げさな動きで鐔広の帽子を取って、胸の前まで持ってきた。
己の見た目は十人並みと己の容姿に必要以上に拘り、屈折した卑屈な評価をする
ノーバがはっとするのも無理はない。
太いもみ上げが印象的な短い金髪の、前髪を軽く上げ、狭い額を見せた騎士の顔は
シャープな輪郭に
涼しげな目元と硬い印象の高い鼻柱に嫌味にならない程度に程ほどに硬く張った顎が乗った
鋭敏を絵に描いたような男伊達である。
顔を現した騎士は、ノーバにウィンクしてみせる。

その拍子に騎士の長い睫が揺れる。
涼しい音さえしそうな動きである。

 「ちょっとここの所、あんたの所の領地で
ユンデル卿と合流するまで何日か、色々調べていたんだが
──結論から言って、あんたは、色々と嘘をついているよな?」

 心当たりからか。その男の言葉を聴いたノーバの顔から、さッと血の気が引いた。
思わず喉から漏れた声が裏返る。

 「卑ッ…」

 騎士は、ニッと唇の端だけを歪めて笑うと、腕を伸ばして、
ノーバの目の前まで帽子を持ってきて彼の口を遮る。

 「卑怯なのはお互い様だ。人の口に戸はたてられないってのは、あれは、本当だな。
あんたのとこが隠していた事実は、戦争になるしかない爆弾だものな。
…まぁ、どの道すぐに露見するだろうがね。楽しみにしておくがいいや」

 あくまで、飄々とした物言いで、
その騎士はノーバの横をすり抜けてユンデルの後を追う。

 「貴様ッ!貴様の名前はッ!?」

 振り向いた騎士は、手に持った帽子をひらひらと振る。

 「降魔騎士団アレキサンダー・ピアス銀斧騎士だ。
傷の騎士団の総領代行のノーバ君、御用は戦場で伺おう。いつでもどうぞ!」

 ノーバは、アレキサンダーとユンデルの背中を見送りながら、真っ青な顔できつく下唇を噛み締めた。

 「首尾はどうか」

 足早に追いついたアレキサンダーにちらと目をやって、歩きながらユンデルが尋ねる。

 「場所まではわかりませんでしたが、地域をおおよそ特定できました。
モルレドウ家の資産の、私有地のどれかにいるのは間違いありません。

やはり、モルレドウ家がさらった民衆は一箇所に幽閉されているようです」

 出来者と名高いクンダリニ領の騎士、アレキサンダーは、
潜伏して調査していた成果をユンデルに報告し、その判断を仰ぐ。

 「騎士団から別働隊を出すか?」

 「傭兵にも依頼を出してあります。
思いつきですが、救出そのものは傭兵を中心に展開させて、動かぬ証拠の、
行方不明者の救出の動きを横目で見ながら、
そのままの編成で出陣、部隊展開を迅速にすることができます。
さっさと穢れた王の首級を頂くとしましょうか」

 「臨機応変。サテ、戦争だ。血が騒ぐな」

 「不謹慎ですぞ、ユンデル卿」

 ハハハ、とアレキサンダーが笑い、ユンデルも豪快に笑う。

 「何が不謹慎なものか。連中がこそこそと領民を食いつぶして
平気な顔をしているのが気に入らんからいうているのだ。
気に入らないものが平気な顔をして笑っているのが受け入れかねるから戦争は起こる」

 「やれやれ、身もふたもありやしません…
が、気に入らんのは確かに気に入りませんな。
領民に伊達も気取れずにあさましいまねをこきやがるなんて手合いは見ていて面白くもありません。
そんな悪趣味な見世物を見させられているよりは面白くない手合いをぶちのめす方がよほど面白い。
ハハハ、いやはや、和を以ってよしとする女王陛下には言えませんな、こんな胸中は」

 「民の事が気にかかるのはもちろんだ。
しかし、あのへらへら笑いをしている連中が私と肩を並べで立っている事の方が勘に障る。
まともな治世も出来ないでへらへらしていられる連中を、泣いたり笑ったり出来なくしてくれよう」