021.Shadow Run:3_Why(tuned.1)





 シール領南部。モルレドウ領と程近い荒野で
マルコが、黒いグラデスを見上げながら自分の耳朶に指を掛ける。

「ご苦労さん、関所超えは難儀したんじゃないのか?」

 通信を送った相手は、
コンテナをワイヤーで連結して牽引してきた黒いグラデスのパイロット…ボークリフ・レイダーである。

 「いや、シール領の騎士も王都の憲兵も常駐している場所だし、
予想してたのより、はるかに楽にごまかせた。
モルレドウ領の捜索願に出てる行方不明者と
俺が保護した何人かが一致してる、って話も通ってたみたいだし。
モルレドウ領の騎士だけスゲー目で睨んでたな。知ったことじゃねーけど」

 喋りながらもオクトパスの巨体に、ボークリフはグラデスを寄せて、膝をついて停止させる。

 「エクス班長捕まって、サムは戦死だって?」

 足元にマルコの姿を認めたボークリフは、
グラデスの胸のコクピットハッチを展開して飛び降りる。

 「ああ、だから今のところは俺が班長って事になる」

 「シクヨロ、マルコ班長。にしても、二人欠けとは世知辛えね。
サムはまぁ、気の毒だけど…
エクッさんの方はまぁ、なんとかすんじゃね。保険屋もいるんだし」

 「そう、だな…とりあえずコンテナから保護対象は収容してだ、
やっこさんらをコヨーテ支部まで運んで…
支部でこれから機体を補充するんだが、
クワィケン二機と補充パイロットあと一人…ユージンでいいか?」

 考え込むようにマルコは一度腕組をしてから
その腕を解いて、自分の坊主頭をざらりとなでると天を仰ぐ。
うーん、とボークリフも唸ってからマルコに言う。

 「ユージンなのはいいんだけど、デアブロウがみあたらねーね、持っていかれた?
接近戦しか対応できなくなるじゃん。後方射撃はオクトパスだけでいいっていうなら
いいんだけど」

 「ありゃ無理だ。一ヶ月前のゴタゴタの時に
ノーブルマシンと一緒に、王都に差し押さえ食らっちまった」

 「あ、やっぱり?
でもさぁ、マルさん射撃あんまうまくないじゃん。
ジャッ公とユン公はクワィケンしか乗った事ないっていうし、
ユージンもそんなに射撃うまい方ってわけじゃないでしょ。
クワィケンは重ライフルもてないし、どうする?編成のバランス悪いよ」

 「フーム、お前さんの機体は立ち回りを変えられるハバルドの方がいいか?」

 「ハバルドが出せるの?
いいね、接近戦の押しは弱いけど、出来ない事は無い。
何よりコンパクトだし、俺には合ってる。
俺はハバルド使う感じで行こう。
一応あれ対空速射砲あるし、
標準兵装プラス、ドルガノウを搭載すればいいかな。
前出たときスピードが足りなくなるのはまぁ、腕でなんとかするよ」

 「よし、それで行こう」

 「それより、腹減ったよ。食料はまだ大丈夫なの?もらいてーんだけど」

 「ああ、レーションはたんまりとある。保護対象に配っても支部までは楽勝だ」

 「じゃ、適当にもらって中でガッツクわ」

 「おお、食ったら暫く寝るなり休憩するなりしとけ。
待機が終わったから、準備運動代わりに俺達が先に順番に前方警戒当たるしな」

 「おいすー」

 答えたボークリフはオクトパスの下部ハッチから階段を登って、
埃っぽい下部機関部で一つ咳をすると、カンカンと硬い足音をさせて機関部を横切る。
機関部を抜けて、上部に続く階段に足をかけた所で、
ばったりと先ほどコートを貸した少女と顔を合わせた。

 「…おう、どーも」

 調度いい替えの服が無いためか、少女はまだ先ほどのコートで膝の辺りまでを隠している。
ボークリフが声をかけた少女の目の下は涙の後か、赤く晴れていた。
少女は、反射的に口を手の甲で押さえてついとボークリフから目を背ける。

 ああ、こういうの苦手、と
ボークリフは心の内で舌打ちすると、少女の脇をすり抜けて、
運転室に続く階段に足をかける。

 ボークリフの靴が、階段をカツンと鳴らす音を繋ぎ止めるように
少女は沈んだ声で、ボークリフの背中に君、とよばわる。

彼女の沈痛な声の色は、碇となってボークリフの足をその場に繋ぎ止めた。

 「…強盗…なんですってね。…いつも、そういうことしてるのよね。
ね、人のものを奪って生きるのって、どんな気持ち?」

 少女が、自虐的な、引き攣った笑いを浮かべてボークリフに問う。
ボークリフが、今度は本当に舌打ちを漏らして足を止めた。

 「ナニ。金の為に助けておいて、
恩に着せるつもりはないが、説教ならやめてくんねえか」

 「やめない。あんたさ…。
あの人さらい達とあんた、結局は同じようなものなんじゃないの?
私たちの事を売ることが出来たら、売り払ってお金に換えていたの?」

 「人攫いが何が目的であんた達の身柄をさらったのか、俺は知ったことじゃないけど。
もしこうならと俺にいいがかりをつけられるのは面白くねえな」

 「同類よ、どっちを見ても地獄の鬼。お金にならなかったら人の事なんか助けないくせに…」

 まだ、ショックから脱していないのか、少女は人でなし、と
呟いてぺたんとその場にへたり込み、膝を抱えて顔を伏せる。

 関わりの無い少女の悲劇の感傷に付き合わされ、
時間を浪費させられていると感じたボークリフは苛立ち、ええいと嘆息すると若干声を荒げた。

 「言いたい放題言ってくれて。地獄の鬼に助けられたらどうだってんだ。
地獄の沙汰も金次第。普通にそれって現実じゃねえか。
俺は慈善事業で食ってるんじゃねーんだ。
守銭奴に助けられたのが気に入らないだどうだなんて知るかタコ。
あんたは俺の給料の証明書だ。俺からしたら
ぶつぶつ文句を垂れるのをうんうん聞いてる義務もねえ」

 顔を伏せた少女に、ボークリフは大人げなくまくし立てる。
顔を両腕に伏せた彼女の喉がウッと鳴って、彼女はグズと湿った嗚咽を漏らす。

 「ちぇッ──あんたの話は聞いたんだから、その分俺の話を聞けよ、気ィ悪ィ。
盗人にも五分の理と世に云うもんだが。
俺の言い分、ちょっとは聞くつもり有るか?」

 その音を聞くと、ボークリフは聊か大人げが足りなかったと思考の軌道を修正し
短い髪の毛を掻いて、天井を見上げる。

 天井を見上げたボークリフの顔を、顎の辺りに焦点を合わせて少女が無言で見上げる。

 その動きを認識したボークリフが視線を下げて、再び口を開いた。

 「金の為と言った。けど、断っておく。
俺は、楽に金儲けがしたいというのが基準にあるけど、
金だけの為に生きてるわけじゃねえ。
例え目の玉飛び出るような額で人間を売ってくれと言われたって
人間を売ろうなんてまねは俺にはできねえよ」

 少女が、見上げた少年の顔を瞬きもせずに見つめる。
立って話すボークリフと、座り込んだ少女。
その眼の距離は遠い。しかし。

 少女の沈黙を、耳を傾けている証拠と判断したボークリフは言葉を続ける。

 「金が要るっていうのはよ、借金があるという理由もある。
俺はもとは農夫の出だ。
不作の年に親父が借金こさえて、博打にハマッて膨らませちまったやつが残ってる。
まともに農夫をやってても、年三割の高利貸しの借金でも
十年二十年とやって返すことはできるかもしれねーな、けど俺は借金は楽して返してーんだ」

 ガリガリとボークリフが不愉快そうにプラチナ・ブロンドの髪の毛を掻き毟る。
確かに、褐色の肌は、農作業に従事しているもの特有の焼けた肌の色にも見えるし、
ボークリフは体格も悪くない。

「自分が強盗なんかするのは、お父さんのせいだって言いたいわけ?」

 「人のせいになんかするかよ。
親父を人間として嫌ってるからやけになって強盗、とかでもねーよ。
不作の年の暮らし向きをなんとかしてやりたいと思って、博打にはまっちまったが
そういうのも含めて、俺の親父だ。
けど、反面、高利貸しの連中だって必死になるのは判る。
あいつらだってそんなにべらぼうにいい暮らししてるわけじゃねえ。
借りたモンは借りたモンで、あいつらにも生活が有る。
かと言って、農夫をやるにしても借金なんて余計な苦労を背負い込むのはごめんだ。

だが、つくれねえものはつくれねえ。
時間なんか掛けるつもりも真っ平無え。
だから、俺ァ俺らが十年暮らしていけるような値段の石ころやら
百年かかっても買えない様な調度を並べて喜んでるような連中から
無理やり領けて頂く事にした」

 ボークリフが、階段にかけたままだった足を戻して、カツンと床を鳴らすと、両手を広げる。

 「でも」

 少女は、突然雄弁になったボークリフの剣幕に驚いて…少し考えて、問いを発する。

 「人の持っているもの、大切なものを奪うなんて、絶対に間違ってるよ。
あの人達と、あんたがいつもしている事はなにが違うって言うの?」

 「別に世間様にとって、俺の所業が正しい事だとは一言もいってねーよ。
だが、真面目に生き続ける事だって、立派だとは思うけど正しいことじゃない」

 「あなたの言い草だと、世の中に正しいことなんてなくなっちゃうじゃん」

 ふ、とボークリフが溜息をつく。
どこか、諭すような声色でボークリフが口を開いた。

 「俺から言わせればよ、
万人にとって正しい事なんて世の中には何一つとして無え。
で、自分にとって正しいことか悪いことかは、誰かに決めてもらうことじゃあない」

 ボークリフは、一端言葉を切ってぴしりと少女を指差して、言葉を続ける。
人差し指の向こうの眼は、少女の顔を真っ直ぐに凝視していた。

 「自分が正しいと思わなければ、どんな事でも
正しくはないし、正しいと思えば、どんな事でも正しい。

俺の場合、律法に従ってても苦労するだけなら、
正しいと思える方法を作って、
さっさと農夫だけやってられる御身分に戻りたい。 だから、副業で楽して物を分捕る強盗、本業で傭兵」

 ボークリフが、指差した人差し指を畳んで、グローブを嵌めた右手を少女に差し出す。

少女は一瞬身を硬くしたが、顔を上げるとじっと何かを
見定めるようにボークリフの顔を、もう一度見つめ返す。

 「ただ一つ、俺は自分より弱い人間から何かをぶんどろうなんて思わねえ。
それって、畜生でも出来るじゃねーか。
食い尽くして、食う獲物が無くなったら、どうするんだ?
飢えて、彷徨って、結局、自分が同じようになにかに食われるしかなくなるんじゃねーか?
…世の中、そんなやつばかりになったら、
人間がいなくなるまで、その繰り返しになると思うがね」

 ボークリフの言葉に嘘は無いように、彼女には感じられた。
自分の投げかけた言葉に対して、真摯であると、その反発と熱を感じた。。
尊敬できる生き方ではないが、有るべきものではないというわけでは、無いのかもしれない。
少女は、差し出されたボークリフの手を取って、立ち上がろうとする。

 「世界は、巡ってる。循環してるんだ。
俺達は人間で、関わりあっていかなきゃ生きてはいけねーんだ。
弱い者から何もかも取っちまうような真似して、
それを自分の手で断ち切るくらいなら、人間やめなきゃなんねえと俺は思ってる。
金は、生きていくのには必要だけど、戦う意思のねえ奴の命ごとわざわざ取りに行く必要はねえ。
泥棒?その通りだ。
独善?そうだろう。
悪人?まさにそれだ。
だけどな、俺は、さっき言った自分の中の決め事は破らない。
俺はそういう決まりを決めてるから、人でなしとだけは言われたくないね。
あんたの勝手なんだが、出来れば取り消してもらいてえな。」

 ぐいとボークリフが少女の腕を引っ張って、引き起こす。
ああ、怒っているのか、と少女はボークリフの表情を見て理解した。
悲哀と恐怖の中に落ち、その暗い海の中で孤独に沈んでいた彼女の中に
他人の感情を察するだけの余裕が、生まれる。
それは、海に投げた彼女の呪詛の呟きに異議を唱え、
その存在を反発によって教えたボークリフの存在と熱を感じて
生まれたものであるとも彼女には思える。

 人間が、居る。

 「ごめん…人でなしっていうのは、取り消す」

 「俺ァ腹が減ってんだ。余計なエネルギー使わせねーでくれ」

 両手を広げて、肩を竦めると、ボークリフは少女の横を今度こそ通り抜けようと足を踏み出す。

 「ね、泥棒君」

 まだ続くのかとボークリフは肩を落として、それでも背中を向けたまま答える。

 「──なんぞ」

 「あたしは、カラー。カラー・フロウ。泥棒君の名前、聞いてもいいかな」

 ちょいちょいとボークリフは背中を向けたまま、自分の右肩の辺りを左手で指差す。

 「コート、襟」

 「…?ボークリフ?レイダー?…で合ってるの?」

 借りたコートの襟に刺繍された名前をカラーが確かめている隙に、
階段を登っていったのか、ボークリフの姿はもうそこには無かった。

 ねえ、とカラーが上のフロアに呼ばわると、ボークリフの
正解、その通り!と答える声が上のフロアから、カラーの耳に届く。

 「…自分は…助けてくれた人は、
人間だって、真面目に答えてくれて、ありがとう。
いつか、なにかで、恩返しする、助ける。きっと」



 機関部の空気の中を漂う埃が、入り込む夕日を反射して光っている。
その光景にカラーは意識を止めて、自分も、上部フロアに続く階段に足を掛けた。

 シール邸の自室にて、レオン・シールはレオンの長大な身の丈を超える
巨大な鏡に向かい合っている。

 「面倒をかけるな」

 鏡の中から声を上げ、そこに姿を映しているのは、ユンデル・クンダリニであった。
魔装による、遠隔地との通信対話である。

 「いいのよ、あたしとユンデル卿の付き合いじゃない、
それに、あたしのところも、他人事じゃなくなったしね」

 公務を行うための大きな書机の前に置かれた椅子に座して、
レオンが窮屈そうに巨体を椅子に治めると、鏡に向き直る。

 「薄々は予想していたが、シール領でも行方不明者が?」

 ウムウ、とユンデルが唸ってレオンに問うと、レオンは伏し目がちに頷く。

 「ええ、傭兵部隊、コヨーテが何人かそっちの子達をさっき保護したでしょう?
その子達と一緒にうちの子達も何人かいたみたいなのよ。
…恥ずかしい始末なんだけど、捜索願の出ていない、
ストリートチルドレンとか孤児だったから、把握できていなかったのよね。

言い訳にもならないんだけど、
わざわざ私のシール領まで来て、
かどわかしをしていたなんて思いもよらなかったわ」

 「そうか…シール領にもいる、という事は」

 「西側の、グーヴァイン市からの難民なんかは
どれくらい被害が出ているかわからないわよね…」

 二人は、しばし沈思する。

しかし、いつまでも黙っていても、
何かが変わるわけではない、とユンデルが本題を切り出した。

 「…こちらは、コヨーテの準備が整い次第、連携を取りながら動き始めるつもりだ。
虜囚の人民を救出して、返す刀でモルレドウ市を、攻める」

 待っていた、と言わんばかりにレオンも
自分の掌を胸板に当てて、首を振って共闘の意思を告げる。

 「私も、連名で動くわ。この間のルサンチマンとの
戦闘のせいで戦力は目減りしているけど…
盾の騎士団からは、ノーブル二機、アンコモン二十機…スレイプニル三台と…」

 レオン・シールの告げる応援の数量を聞いたユンデルが驚いて目を見開く。

 「多いな。防衛は、万全なのか?」

 「平気よ。この間は、確かに被害は沢山出たけど、
ペイン卿達があの時出れる三十機だけで食い止めてくれたもの。
それを考えたら、防衛の機体のコンディションがどうなんて言っていられない」

 「そうか、ペイン・オールトーは良き騎士であったな」

 戦死したペイン・オールトーの冥福を祈ってか、ユンデルがスッと目を閉じる。

 「ええ、彼の志を継ぐ騎士達なのだから、平気。…続きなんだけど」

 「うむ」

 「志願兵を学生から募って、アンコモン五機をその部隊につけたいの。良くって?
領主の義務だから、あたしの息子、ザノンちゃんも入ることになると思うわ」

 ユンデルが、目を開いて顎に手をあてがう。
相当驚いたらしく、長いことユンデルは沈黙していたが

 「神童、ザノン・シールか。
私にとっては幸いなことだ、しかし──良いのか?」

 と、レオンに問うた。

 「ルサンチマンがいる限り、戦うことからは逃げられないわ。
人間相手というケースなのは気が引けるけど…
若い子達にも、人を救うために、
仲間が死ぬかもしれない覚悟、自分が戦うという覚悟をすることに
免疫をつけさせるべき、と思ったのよ。
あたしも、ザノンちゃんをもし、戦闘で失ったらという覚悟、
未だに出来ていないのだから…これは、あたしの為にもね」

 レオンは、ユンデルに問われて答える。
彼自身も、国を治める王であるが故に、
人や家族と苦しみを分かち合うこと、
その試練に立ち向かおうとしている、とユンデルは感じた。

 「かたじけない。学生達は、出来うる限り、いや、私の名誉にかけて必ず、無傷で返す」

 「アン、いいのよ。あたし達の所の子だって、
まだモルドレドウ領にとらわれている公算が大きいから、
あたし達の問題でもあるんだし…
言っておくけど、学生の乗るのは次世代も次世代、喜びの騎士団のお墨付き、
騎士団に導入する物凄い新型の予定よ。
…だから、心配しないで。あたしたちが助けるから、貴方達は、貴方達の戦いをして」

 「恩に着るぞ、盾の騎士」

 ユンデルの言葉に深く頷いて、レオンはぽつりと呟く。

 「あたしもね…領民に教えられている」

 ギと頑丈な筈の椅子を鳴らして姿勢を変えて、
レオンは己の腹の前で両の手を組んで、
自分の左手薬指の質素な銀の指輪に視線を落とした。

 「周囲の前例がありながら、起こっていた事を見落としたのは、あたしの過ち。
今度は、こんなことにならないように、領内の福祉や、
それに治安を今まで以上に整備して…償わないとね」



 翌朝、盾の騎士団付属学園。

 「ザノン・シール」

 登校してきてホームルームの前に机の周りを整理していたザノンは、
自らを呼ぶ声に顔を上げて教室の入り口に視線を走らせる。

 教室の入り口で、ボディスーツのような防護服を鎖骨の辺りまで解放して、
防護服の上に袖を通さない軍用コートを羽織ったリー・ガーハートの赤縁眼鏡が光っていた。

 「モルレドウ領と、開戦なんですってね」

 ザノンが、入り口まで歩み寄って、ガーハートに聞く。

 「まさにその事でだ。学園からも志願兵を送り込むことになるのは、聞いたか?」

 「はい、僕は領主の息子ですし、
兎に角、それ以上に、魔装鎧を実戦下で扱う経験が
今これからの自分にとって、
もっと必要だとも思います。
志願させてもらえますか?」

 ガーハートは、ザノンの頭から爪先までを一瞥する。

 「授業をサボってる奴の反応じゃないな。
親にケツから根性つっこまれたか」

 「逆です。僕がケツから根性突っ込んでやるんです」

 プッ、とガーハートが吹き出した、

 「──肋骨は、もうすっかりいいんだな」

 「はい、自律外科治癒魔法で、三日くらいでくっつきました。僕、人より食べますし」

 「そいつはよかった」

 にこりと可憐な笑顔を作って、
ガーハートは、ザノンと目を一瞬合わせると、
思い切りザノンの鳩尾を前蹴りで蹴りつける。
ガーハートの爪先がザノンの鳩尾に食い込み、ザノンの小さい身体は、
軽々と吹き飛ばされて、バガアンと音を立てて衝突した引き戸を倒して転げるように廊下に飛び出る。

 突然起こった物音に、
周囲の生徒が一斉に物音の上がったほうを注視して、悲鳴らしきものも上がった。

 ガーハートが、吹き飛ばされたザノンへと歩み寄り、
腰に手を当てて、ザノンの顔を上から覗き込む。

 急所に渾身の蹴りをもらって、息を出来ずに苦しむザノンがゲホッと咳を漏らす。

 「腹はもう据わっているようだな。今のは、今までの訓練をサボってた分のツケだ。
もう訓練舐めるんじゃないぞ、短小野郎」

 「先生…」

 立ち去ろうと踵を返したガーハートをもう一つゲホッと咳を漏らしてから、
呻くように声を上げたザノンが呼び止める。

 「ついでです…ネルの分も僕に頂戴できませんか」

 「なかなかのクソ根性だ、
殴られたがりの変態野郎。ネルにカマ掘られたか」

 クルリと振り向いて、
ガーハートが足を後ろに振り上げて、思い切りザノンの頭部を蹴り飛ばす。
蹴られた衝撃でザノンの頭は持ち上げられ、鈍い音を立てて、ザノンの頭は床にぶつかる。

 「クソ根性に免じてそいつでチャラにしておいてやる。呆れたクソ根性は褒めてやる。
ご褒美に王都まで行ってママの事をファックしていいぞ」

 先生、といつの間にか傍まで寄ってきていたアッシュが恐る恐る声を上げる。

 「なんだ」

 「失神してます、褒めても、聞こえてません」

 「…見れば判る」



 学園内、八番ドック。

 「どう?」

 コクピットの中で、パネルの反射する光が、ネルの顔に映りこんでいる。

マリーからの声に反応して、ネルはエネルギー出力を絞り、或いは解放し、
調整を試行しているのか、度々ジェネレーターの駆動音が変わる。

 久しぶりに感じるジェネレータの音と振動は心地よいとネルには感じられる。

最近のニュースで、クンダリニ領はモルレドウ領との関係が悪いと言われていたけど、
シール領も関係するのはネルにとっては寝耳に水だった。
それでも、事実がニュースの通りで、自分に出来る事が欠片ほどもあるならば
自分も何かをしたいとネルは思い、担任に相談に行った。
そこでマリーと出くわして、ここに連れてこられたのだ。

 「──言われてみれば、違う感じがします」

 「私は、魔装鎧の事はよくしらないんだけど」

 マリーが見上げた、ネルの乗ったマシン──
真新しく、見慣れないアンコモン・アーマーが、屈伸運動をする。全高が有るわりには手足が若干短く、太い。
直線的な装甲の多い箱を組み合わせたようなシルエットであるが、グラデスやシビリアーと違い、
末端が大きいものの、その他はコンパクトに抑えられて、メリハリがある為、ある種の愛嬌のようなものがある。

 「ラッシュ現象への対策を施して、安定を目指す、っていうのも、この【バッソウ】のテーマの中にあるみたいなのね」

 「このマシンなら、私も戦えるって事ですか?」

 「このマシンを使うという前提なら、従来のマシンよりも、安定すると思うわ。
巧く扱えるのに、体質なんかで出来ることを捨てたくはないものね…
データ、ありがとう。
ホームルームが始まるから、コクピットはそのままで教室棟に戻っていいわよ」

 「いえ、私こそありがとうございます」

 ハンガーの前で、バッソウが膝をつき、
下腹部、コクピットハッチが展開して、ブレザー姿のままブーツと手袋を嵌めたネルが姿を現す。

 「また、後で頼める?」

 「お安い御用です」

 ネルはマリーに軽く手を振って、コクピットの中の鞄を掴むと、コクピットを降りて、軽い足取りでドッグの出口に向かう。

 その後姿を見届けると、マリーは二階のパイスタスに大きく両腕でマルを作って見せて、データ収集が終わった事を教えた。