023.Shadow Run:5_Shadows_March(tuned:1)





 一年前までグーヴァイン市の、偉大なる十聖槍の一角、
「騎士道の王」金盾騎士・永遠に偉大なる故エドワード・グーヴァインの治めていた
旧グーヴァイン領は、現在、ローカルマザー二基が鎮座し、
人間の定住できる環境にないため、
領主を持たない空白の区域となり、激戦区の代名詞の一つとも言える前線になっている。

 その、旧グーヴァイン領の、牧畜を主な生業としていた村に程近い、ソロモン峠の緩やかな斜面で
今は戦場となったその場所に満ちるその戦場の死者の嘆きの声、
そこにかつて暮らしていた人々の怨嗟の声の様を代弁するかの様に、風が悲痛な声で鳴いていた。。
仕える主を失い、王都の監査官に監督される身となったグーヴァイン領の騎士達、
緑の騎士団で編成された或る部隊の生き残りの──アンコモンアーマー・レクイエンの一騎は、
ルサンチマンの兵団との圧倒的な数の差に為す術なくも、
しかし、背を向けず、対峙していた。
周囲は、無数の魔装鎧が黒焦げになったり、ばらばらに吹き飛んだ破片がそこかしこに見られ、屍累々と言った様相である。

 マツカブイと同程度の全高と、逞しい格闘家を思わせるシルエットを持つ、
この緑と黒で装甲を彩られたレクイエンも、良く見れば厚い胸板を初め、
このタイプは両肩についているべき装甲盾も片方が割れ落ち、
なだらかな末広がりの曲線を持っているはずの脛の装甲はあちこちへこみ、
所によっては穴が開き…
同じく、末広がりのシルエットを持つ腕の先に付いているべき左手に関しては、
焼け焦げて根元から引きちぎられた様に失われてしまっている。
──なにより、鶏冠のついたひさしつきの兜を模した形状の頭部は、
半分つぶれて、鶏冠は斜めになって殆ど出来損ないの斧の様な形になってしまっていた。

 レクイエンのコクピットの中で、
頭部が半壊したためにシステム側の照準器が使えなくなった事に起因して、
騎士らしき男が、白い手袋を嵌めた右手で、手動照準用の照準器を起こす。
とはいえ、起したばかりの照準器では、照準など決まっているはずも無く、殆ど目安くらいの役にしか立たない。
小刻みに震えるその手袋は、ところどころ赤く染まっていた。
照準器を起してから騎士は、その震えを押さえ込むように軽く右の手を握り、額のべとつく脂汗を拭う。
魔法をコクピット付近に浴びたのだろうか、
コクピットの中は焦げ臭い匂いが充満し、
騎士の顔は左の首筋から頬に掛けて火傷を負い、縮んだ皮膚は裂け、そこから血が滴らせており
彼の長い金髪の先端は焼け焦げて毛先が丸まり、そこに張り付いている。

 「友は死に絶え、戦車も陥ち、
この機体も、防護服も、殆どの魔装は、使用不能に陥った──。
だが、武器だけは、私の最後の共に残してくれた神の御心に感謝する」

 息も絶え絶えに、騎士が己の血で濡れた唇を開く。

彼も機体も傷だらけだが、敵を射る彼の二つの眼、
それに、レクイエンの手にした剣だけは、戦う者の輝きを今も、放ち続けている。

 「吾が名を此処に置いていこう…
吾は鉄斧騎士、ベディヴィア・チューナーである!私の、誇り高き逝き様を、手伝えよ己ら。さぁ、来い!」

 レクイエンはそれでも、柄物を右手で構えて
左腕を曲げて右腕の肘の下に差込み、
支えるようにしてから、前方に向けてまっすぐに構えた。
武器は、銃身を持たずに、バレルの有るべき所には長い刀身が付き、前方に伸びている。
柄物は長い銃のように、真っ直ぐに伸びる柄の他に、
柄物の下部側面から斜めに角度の付いたグリップを有しており、
斜めの柄を手に持ちて構えれば、シルエットとしては、
殆ど長銃を片手で構えているようにも見える。 
エッジだけでなく、刀身全体が光ったかと思うと、一瞬に熱と光とが、空間を走る。

 殺到する光は、距離を経ると徐々に拡散していき、
その光の線の走る軸の上を駆けていたジョーズ・アーミーを焼き払い、
レクイエンの倍ほどの全高を持ち、二本の前に伸びる長大な角を持つ六本足のウミウシのような紫色の巨体の、ルサンチマン、
【グール】の、人間のものと同じ形を取っている剥き出しの歯茎と歯を持つ巨大な口を貫いて、角と歯を圧し折る。
ギュウと音がして、刀身周辺の焼けた空気が蒸発する煙が立ち上り、、
熱で膨張した刀身を構成する金属が、急速に収縮するキ、キ、キシという音と共に、
放熱が始まり、レクイエンの手にした魔剣銃に発射制御がかかる。
今度は、その武器を剣のように持ち直すと、レクイエンは足を踏み変えて、殺到する敵の群れを迎撃する構えを作る。
ギとレクイエンの騎士、ベディヴィアが奥歯を噛み締めた後
レクイエン目指して、前方から殺到する
ジョーズ・アーミーの大群を、見回して、異変に目を見張る。
後方から、一目では数え切れない程のマジックミサイルが、
ベディヴィアを避けて上方から弧を描き、敵に殺到していくのが見えたのだ。

 「雨の如しマジックミサイル一斉射撃──これは!」

 ベディヴィアは、その場で振り向きたい衝動をやっとのことで抑える。
震えが、収まらない。

 地表近くで、マジックミサイルは軌道を変え、地形に追従して次々と 直撃をもらったジョーズと、その周辺のジョーズをも衝撃に巻き込んで
マジックミサイルはそれらをばらばらに爆砕する。
その閃光とと爆音は、稲妻を伴う嵐の如く、辺りを圧倒的なエネルギーで焼き焦がし、支配していく。
ゾンッ、とベディヴィアの背後、斜面の上部でなにかが地を蹴って飛翔する音がした。

 脚部の損傷から、レクイエンの自重を支える駆動部の負荷が限界に達し、
レクイエンはベディヴィアの意に沿わず、地に膝を付く。
頭上を飛び越えて、槍と盾を手に持った魔装鎧が、
マントの様に見えるぼろぼろの幌らしき緑色の布をはためかせ、轟音と共にレクイエンの眼前に降り立つ。
遅れて、二機の改造型クワィケンが繰り返し跳ねて、ベディヴィアの近くに陣取る。
最初に飛び降りてきた魔装鎧の、マントに隠れた背中がちらと見えて…ベディヴィアは叫ぶ。

 「魔装鎧ガラティン!?あれや、お屋形様──!?」

 そこに有ったのは、失われたエドワードの機体、
ノーブルアーマー・ガラティンであるとベディヴィアは知覚したのだ。
しかし、エドワード・グーヴァインは、
一年以上前にガラティンのコクピットを潰されて、壮絶な戦死を遂げているのを彼も目の当たりにしている。
今見ている光景は、死の間際の恐怖が生んだ幻なのかと、彼は自分の正気を疑った。

──なんということだ、死ぬ間際の妄想だからと言って、私の妄想は確実に死んだ者まで呼び起こしてしまうのか。
これなる幻は、どこかで自分の主君が生きているかもしれないという妄執の現れに違いない。
最後まで、現実をその眼に焼き付けることの出来ぬうつけが吾であるならば、ルサンチマンに敗れるのも当然。
こんな者と共に戦わざるを得ず、
力量を発揮できず死んでいった僚友たちの胸中たるや、さぞ無念であった事だろう。
一人この世に取り残されたおのれが死に際に腹を極めた積りでいても、
このざまとは情けないざまにも程がある。

 ベディヴィアは、己の眼前の光景が己の妄想と狂気とが作り出した幻だと断じて、
その自己嫌悪から、眉に皺を寄せ、肩を震わせて下唇を強く噛む。

しかし、その幻は、彼の目の前から姿を消さずに世界に居座り続け…
そのガラティンは通信によって、その光景は幻でなく、現実のものである事を、ベディヴィアに教える。

 「騎…よ、生き…くださ…」  美しい声が、ベディヴィアの機能不全に陥りかけた魔装通信を介して、途切れ途切れに彼の耳に届く。

その声を聞いて彼は、
幻が現実であることを確信し、希望を胸に灯すとともに…また、密かな幻想への期待を砕かれて落胆する。

 ガラティンから聞こえてきたその声は、
主エドワード・グーヴァインのものでなく、女性の声だったのだ。

 「女──?あれに乗っているのは、女性!?」

 ギイとつぶれた頭を、レクイエンが起す。

 「…私…名…アルバ・グーヴァイン…今は、民を守…かっ…父の無念を償…」
 名を名乗られ、ベディヴィアは更に驚愕する。確かに、グーヴァインにはアルバという娘がいた。
しかし…
彼女はまだ十ニとか、十三歳であったはずである。

 「姫君、ご令嬢ですって。
あの、良くルサンチマンが怖いと泣いていた。夜が怖いと泣いていた、あのアルバ様。
そんな筈は…」

 部隊の最後の一人となり、敵と相対して至った明鏡止水の心境もどこかに吹き飛び、ベディヴィアは動揺する、
途切れ途切れだったアルバの声が、突然明瞭に聞こえた。接触回線による通信は無事だったのか、
後ろからベディヴィアのレクイエンの肩に手を置いた最後尾のクワィケンの受け取っている通信を共有が開始されたのだ。
はっきりと聞こえた、美しい声は確かに、
ベディヴィアの良く知る懐かしい、泣き虫の少女のものと同じ響きを持っていた。

 「私は、今は、エドワード・グーヴァイン二世を名乗っています」

 マントを取り払って、ガラティンは槍を薙ぎ払い、クワィケンらと共に構える。
その後姿は、事実として、偉大なるグーヴァインと生き写しのようであるとベディヴィアの目には見えた。





 黄金で出来た糸の様につややかな腰まで伸びる金髪をなびかせて、
軽装の甲冑姿で颯爽と王都ナイトガルドの城門を潜り、禁殿に向かう女性がいる。
金糸で縁を縫い飾った、ビロードのような赤いマントの下に
胸当ての前から掛けた紋章つきのサーコート、
それに脛あてや篭手には繊細な装飾が施され、陽光を受けてきらびやかに光っている。
騎士らしいばかりでなく、なるだけ身体の線に沿った薄い甲冑の上から
スリットの入った薄手のスカートを被せ、彼女のシルエットは女性の要素というのも両立している。

 すれ違う人々は、何よりも皆その女性の美しさに振り向き、嘆息する。
金髪は頭の中央からきちんと分けられ、一本の乱れもない黄金の束になっている。
雪を思わせるような白い肌の上には
整った、高く細い鼻に、金糸の睫で縁取った、透き通ったエメラルドのような瞳が乗り、
仄かに紅を差した唇は意志の強さ、しなやかさを両立して見せる曲線で結ばれている。

 「ランサ・ロウだ」「ランサ・ロウを見られるなんて、今日はいいことがあるに違いない」「彼女と美しさを競えるのは、女王陛下くらいだろうな」

 人々は、誰しもその騎士を見ては囁く。騎士の名は、
十聖槍最強とも呼ばれる騎士、鉄盾騎士、戦女神ランサ・ロウである。
ランサは、禁殿の正門前で足を止めると、ほうと嘆息し、胸に手をあてがうと
、目を伏せて…「シヲン女王陛下」と呟いてから、禁殿の高い城壁を見上げて門を潜った。





 「それより、クロウス卿はまだ気を失ったままなのですか」

 女王は切り揃えられた前髪を揺らして、
重犯罪者を収監している獄房の監督庁である法務庁の騎士、ソボ・コウの方へ顔を向けて問う。

 「先日、女王陛下に、卒倒している旨の知らせを受けて以来、
食事は、やはり取っていないようですし、獄卒が覗き見てもぴくりともしないそうです。
やはり、お気にかかるなら、医者に診せるなりしたほうが…」

 「気にはなりますが、わらわにも考えがあります。それは罷りまりません。動きがあれば直ぐに伝えるように」

 女王の事のする事に間違いはないと断じたソボは、女王の私室の書机の前でハッと踵を鳴らす。

 「…して、ランサ卿の方は如何したものでしょうか…」

 ソボが恐る恐る発した問いに、女王は気安さを見せて、
ちらと少女らしいしぐさで椅子を引いて手を腰の辺りで組むと、
後頭部に長い髪の毛を編みこんだ、丸いシルエットの頭を少し揺らしてふぅっと溜息をつく。

 「…ランサ卿には悪いのですけど
…今日は気分が優れません。ヨシュアに代わりに対応をお願いしてほしいと伝えて貰えますか?」

 「左様にいたします」

 ソボはもう一度踵を鳴らし、くるりと向きを変えてドアに向かう。
ドアからソボが出て行くのを見届けて、女王は椅子からゆっくりと立ち上がる。

 窓の外を見ると、枯葉が風に踊っていた。
秋が通り過ぎれば、命の眠る季節、冬がやってくる。

 「…クロウス、人間から自由になれ。禁殿に囚われて動けない私の代わりに、早く、翼を得ろ。鴉に生まれ変わって」

 女王は、窓の外を呆と眺め、言葉を、空中に漂わせた。





 「女王陛下のお具合が悪いというのですか」

 「いえ、多忙なのです」

 ヨシュアは、右手を軽く上げて、玉座の間の扉の前でランサを宥める。シツダと同じ種類の法衣をまとった、
五十代に差し掛かっているように見えぬ、
若々しく美しい髭を蓄えた、痩せた美丈夫、最高位騎士の片翼たるこの男は、たじろいでいるようにも見えるが。

 「愛する女王陛下に直接申したいのです、
いかにヨシュア卿が女王の片腕とは言っても、ヨシュア卿に伝えるだけでは、私が不安です故に」

 己の胸に手を当てて、重ねてヨシュアに女王への接見を強く望むランサであるが、
君子の風を持つ様に見えて、ヨシュアもなかなか根気強い。

 「ええ、貴方ほど正直な方というのも珍しい。
しかし、女王陛下を愛する気持ちの表現の為に、
公務を口実になさるのも、女王陛下も、お困りになられましょう」

 シツダとは違い、双方向ではないものの、人の心を見透かし、
シツダには出来ぬ、過去を見透かす異能力を有するヨシュアほどな男であっても、言葉は完璧には操れない。
どう解釈されるかを完璧にコントロールする事はできないのだ。
この点は、心に直接潜って、意識を交わす事の出来るシツダに一歩を譲らざるを得ない部分でもある。

 「騎士が、女王陛下を敬愛してはなりませんか」

 ヨシュアの言葉の真意の気配を感じ取ったランサの声の色が尖る。

 いかん、急所をついてしまったとランサの心が自分の言葉で乱れたのを見透かしたヨシュアは、風向きを変える。

 「ああ、いや。言い方が悪かった様ですね。
ランサ卿の為だけに、常に時間を割くのに骨を折っておられる様子なので、
ランサ卿もそう怒らないで、陛下のお時間が取れる時を待っていただければ、と私は思っています
本当に女王陛下を敬愛するのであれば、陛下の苦労も察し、汲むのも、
貴方が如何に女王陛下を敬愛しているか…その表現では、ないでしょうか。
愛することと苦しむこと、それに、許すことは、類義です」

 ヨシュアはランサを立てて、それらしき言葉で道を説くが、
ああ、始末に負えんと心中に溜息をつく。
それが見える自分も、始末に終えないが、見えてしまうものは仕方ない。
持って生まれた不運だ、責任だ。
生れ落ちるときに授かったこの能力を最大に活かして、
ナイトガルドと民衆を導くのが自らの使命だとヨシュアはいつものように自分に言い聞かせる。

 …ランサは、女王を愛している。
男が、或いは、女が異性を求めるような感情で。
女が女を愛する。道を説くもの、国を守るものとしては
大きな声で肯定できることではないが、そういうことも有るかもしれない。
しかし、よりによって、今は女王の形しかしていないものを求めている。
禁殿の内より漏らせばどんな禍を招くか判らぬ秘密に、
彼女は歩み寄りたがっている。いつもいつも。
…それでいて、人格も、武勇も、紛れもなく最高の騎士の一角であるから始末が悪い。
何か、暫くおとなしくしていてもらう方法はないか。
あの、痛みを引き受けて獄に繋がれて伏せている槍の一本の如く。

 思案するヨシュアに、不承不承、どうにか納得をしたランサは口を開く。

 「…お話は、判りました。また後日、折を改めて伺います。
私の騎士団が当たっているローカルマザーを始末してからでも…」

 戦闘、そうだ。それがあった。
ヨシュアは、妙手を閃いた驚きに口を開いてハッと顔を起す。

 「どうなさいましたか?」

 ヨシュアがこれだけ感情を顔に表すのも珍しい。
ランサも驚いて、若干たじろぎながらヨシュアに問うた。
 「ランサ卿、喜びの騎士団は、ローカルマザーを浄滅できそうですか?」

 「指揮は主に私の部下にとらせています、が…浄滅は時間の問題です」

 「結構、指揮は現場の部下に任せて、貴方は、特務に当たって頂きたい。
貴方を天貫く徳と武功を持つ十聖槍の一人だと見込んでのお願いです。」

 「特務ですって?」

 「左様、現在、シール領とクンダリニ領が非公式に同盟を組んでいて、
モルレドウ領と一触即発の状態…こちらも、開戦が時間の問題なのは、ご存知ですか?」

 ム…と一声唸って、ランサは美しい眉間に皺を寄せた。
もう、ヨシュアが何を言い出すか、彼女には予想が付いたらしい。