030.Shadow Run:10_Kumo





 雨の降り出しそうな、湿った空気が流れ、風の音が寂しく鳴り響き、雲は音もなく増えて地上にその影を投げる、
夜はもうじき夜明けを迎えようとしている。

 降魔騎士団、盾の騎士団で構成される連合騎士団後発組は、スムーズに先発組と合流を終え、
ノーブル・アーマー6騎、アンコモンアーマー70騎、支援車両総計14台
という大規模遠征軍の全容の長い列を為し
モルレドウ領の峠に、その威容を誇るが如く露わにする。

 領土の大規模魔装で繰り返し移動し、関所を踏み越え街道を越えて峠に踏みいり、広葉樹の生い茂る
黒い林の林道を抜ける直前の下り斜面で、連合騎士団は一端全体の足を止める。

 やがて、魔装鎧がその布陣を支援車両からの通達にしたがって微妙に変え、
ネルのバッソウも配置につくと、左手に据えた大盾を地面に突き立てる。
身の丈をすっぽり隠すほどの長大な盾の向こうで
膝をついたバッソウの影、
その両肩背面には胴体の半分ほどもある四角い金属の箱が吊るされ
右手下碗部に据え付けられた
砲の、長い砲身はシルエットを天に向かって真っ直ぐに伸ばしている。
 そのコクピットの中で聞く、バッソウを通して聞こえる周囲の喧騒も、
どこかフィルターを通して見ている様な感覚がネルの頭にはあった。
フィルターの向こうで、ネルは、自分の心の声を聞いていた。

 (あたしには、誰もいない)

 学徒班スレイプニルから提供されるトレースマップが、
ネルのバッソウのコンソールに映し出される。

その光が、ネルの顔に反射して、ネルの肌はコクピットの中で青白く照らし上げられる

昏い色を持つ光は、ネルに取って同じ色を持つ己の過去を想起させ、
ネルは。現在の自分の眼前にある光景の、遥か向こうの過去に思いを馳せる。



 ──あたしには誰もいない。
親の顔なんか知らないし、どんな人なのかも判らない。
シール領で、一人ぼっちで、女の子供だったあたしは、小さい頃、誰ともしらない人たちに
この世の影をその身に刻み付けられた。

 けれども
そこから逃げ出して、何者かになりたいと思っていた
あたしに道を与えてくれたのも、やっぱりシール領とナイトガルド。
騎士達の作り上げた国と律法と、人間だ。

あたしにはそれは、暖かな光に見えた。

 あたしが昨日を忘れることは出来ない。
けれど、騎士達と人間があたしに手を伸ばして今日を教えてくれたから
あたしは騎士達と明日を作る事を手伝おうと思う。
シール領の騎士達は、泣いてくれた。
国がこうであるのは、自分達の罪だと悔いて泣いていた。
 あたしのような子供がいて、
子供を酷い目に合わせる人が沢山いるのは──

 『社会の生んだ不満と、
親を失った子供の事を、
情けなくも社会の代表たる自分達が見落とした事、
それは、社会を受け継いできた自分達であるのだから、これからに償いたい。
君に許されようとは思わない、
しかし、我々は償いたいと思う。
紛れも無くこれはこれに関わった人全ての罪で
その代表者を自ら任ずる我々は償い続けるという罰を受けなければならない。
…君の昨日を返すことは出来ない。
武を以って国を治める支配者でありながら
我々は君の今日の入り口からしか、償う事ができない。
 せめて償って、これから生まれゆく君と同じ形の不幸を無くす事に努めたい』
 だと、騎士達はそう言ってくれた。
あたしは、彼らがその罪を償うのを手伝おうと思う。
 だって、償って欲しいから。
 あたしと一緒に、あたしのいない明日の為に。
 もう、明日に何人ものあたしはいらない。

 あたしには誰かはいない。

 ナイトガルド全てなんて言っても、まだ、無理かもしれないから
シール領の人全てが、あたしの誰かなんだ。
 【いつか】あたしの事を【誰か】が自分の【誰か】にしてくれれば、幸せだけど
それまでは、全ての人の【誰か】に近づけるように
あたしは、自分の出来る事をする──

 あたしも罪と罰を、あたしのために泣いてくれた人達の那と分け合って、背負いたい。

あたしも、騎士達の様に、何者かになりたいのだから。

 所在隠蔽能力と砲撃能力に秀でたバッソウRCこの子は、
あたしの意思を弾道に乗せて、忠実にトレースしてくれる。

 ネルの眼は、何処までも夜の広がる眼前の光景の中に、見えない光を見つける。

光は、ネル自身の声であった。

 ──あたしはその意思で、願いで、一門の砲に化生する。





 ゴールデンコヨーテ、ルカ班が攻撃を受けたことを受けて、連合騎士団陣営の布陣を包む空気は
殺気を孕んだ慌しさに包まれている。

 ノーブル・アーマーが動きを見せた後、 連合騎士団は複数機のモルレドウ領の空戦用魔装鎧の機影が接近している事を確認し。
コヨーテからの要請が出された事も踏まえて連合騎士団側は
敵の空戦用魔装鎧の収集する情報を抑制し、場合によっては撃墜する為に必要な、
詳細な情報収集を行う為に空戦用魔装鎧を展開する事を決定し、
それに伴って盾の騎士団の旗基戦闘車両【アルゴンキン】から
敵の空戦用魔装鎧の詳細な位置情報を入手次第攻撃行動に移れるように
地対空ジャベリンの射出準備を開始して貰いたいという要請が
学園から供給されている戦力、学園スレイプニル班指揮官のガーハート銀剣騎士のもとにも入った。

 盾の騎士団、降魔騎士団に配備された少数の長距離攻撃仕様のフラ・ベルジャと
学園スレイプニル班の学園生徒の中で、
動体射撃精度、基幹制御である魔装鎧との同調能力に於いて、
データ収集が不完全ながらも一部驚異的な記録を残しているネル・パムカ
の駆る
バッソウRCロック・クローラーには、
【ジャベリン】と呼ばれる装備が左右各二基、計四基、長方形の箱のような専用の発射ポッドに据えて搭載されている。
 このジャベリンと呼ばれる兵器は魔装鎧の装備で射出する場合が多いもの、
長距離攻撃時は魔装鎧の索敵能力ではフォローしきれない程の
距離の目標を攻撃目標とする場合が多い為、発射に必要な情報を、
前衛や空戦用魔装鎧或いは歩兵が情報収集し、その情報を管理する能力に長じる
支援車両からの情報供給に大きく依存しており、
運用には支援車両と魔装鎧部隊の連携は不可欠とされている。

 長距離攻撃兵器【ジャベリン】とは巨大な金属の弾頭と、
その後部に推進機構と誘導の為の魔装を搭載した推進機関部で構成される長距離攻撃用の兵器であり、
アズィーゼムス民主主義連合国の設計、金属加工技術と、旭陽弥幡国の機械制御技術、
それにナイトガルドの超高効率エネルギー機関生産技術と
複数国の技術を併せて基軸にして完成した技術の産物である。

 連合騎士団の魔装鎧が今発射準備を進めているものは、
対空能力を有する地対空ジャベリンに分類される。
射出する兵器そのものに推進機構を搭載している為、
他の兵器では賄いえぬ、
突出した長距離射程を誇り、命中精度も相当高く、命中した際の破壊力もきわめて高いが
推進機構や誘導魔装は使い捨てになる為非常に高価なのも特徴と言える。



 「ガーハート銀剣騎士殿、
学園スレイプニル班、対空支援準備を終え、
所定の配置についたのを確認しました」

 展開した部隊を配置する事に伴う通信の錯綜する中で、
ヘキサの通信に、ガーハートが即座に了解だと返してヘキサに報告を返す。

 「盾の騎士団、鉄剣騎士レィ・ケルウン卿が
空戦型アンコモン・アーマー、クモキリにて偵察に出る」

 「クモキリ、弥幡との混血児ですね。
サムライと騎士の合いの子というなかなかお眼にかかれない機体ですが」

 支援車両で旭陽弥幡での名前は蜘切と呼ばれる魔装鎧、クモキリのデータを参照しながら、
空戦用魔装鎧の少なさにようやく得心したというようにヘキサが声を上げる。

 クモキリには腕は無く、幅の広い肩、陸戦用では考えられない程、
極端に薄く小さな胸部、腰部の下に折りたたみ式の長い脚を持ち、ここには空対空ジャベリンを左右一本ずつ装備し
人間で言う大腿部の半分ほどのポイントが前後に可動するように関節、駆動部を増やしてある。

 その下部の長い脛は、
後方に折りたたまれている事が多く
障害物の多い地上での長距離移動を必要とされる場合にのみ使用され、
着陸、離陸時は
頑強に作られた膝と、膝の下部にジョイントされた車輪、前方に突出した胴体の先端に近い部分
(機首と呼んで刺し支えはないだろう)に格納された車輪で機体を支えている。

 前後に伸びる細長い流線型の胴体の、最前にコクピットは据えられ
胴体から伸びる、大きな前進翼が特徴的な
クモキリは生産効率の問題からアンコモン・アーマーとしては高価な部類に入り、
新しい機体というわけでもないが、
ジェネレータのゲインが高く、設備、車両などによる
エネルギーの供給補助、あるいは加速を必要とせずに単独で
離着陸、垂直離着陸する高等能力を持ち
機動性と索敵能力は相当高い水準にあり、重宝されている。

スレイプニルの鎧窓から見える、その機体のシルエットをヘキサは見るともなしに見る。
魔装鎧や支援車両の群れの中にあっても
一際目立つクモキリの異形のシルエットは、白い装甲の色を、夜間に合わせた黒色に
魔装の機能によって幻の様に色を変えていく。

 「イェー、くだらないことをぬかすなら、
パパのお宝でもしゃぶるのに使ったほうが有用な口だな、ディック野郎」

 他より一段低い身の丈で有るにも関わらず、異様な存在感を放つその機体に眼を奪われていたヘキサは、
ガーハートの声に首を竦めて視線を正面コンソールに戻す。

 「ママにセンズリを手伝って貰ってばかりの世間知らずなのか?
連合を組むのにケチなものを持ってくるわけないだろう。

信頼を前提に、お互いの利益の為に同盟を組んでいるのに
ノコノコ出張っていって手を抜いて、何だコイツはやる気ねえと
わざわざ信頼に傷をつけた相手とのその後の関係はどうなると思う、抜け作。

お互い手を組んで、問題を解決しようという話を実力行使する為に来ているのに
ああ、持っているいい機体を出し惜しみしやがった、
手を抜いているんだなと同盟同士の関係を悪化させる要因を作ることをするか?

見得の一つも張らない騎士なんぞギロチン物だぞ、マジで。
自分が何故、何をしに来ているかを考えてから物を言え。

──さらに連絡。タイミングをずらして出る後発の降魔騎士団の機体も同じクモキリだ。
パイロットは銀剣騎士、スナイプ・ストーカー卿。
──いいか、授業には出ないがこいつはお手手つないだ
お嬢さんが言わなくてもことに及ぶ前に家族計画をシッカリ用意しておく
マナーみたいなものだ、ナニを切り取ってお嬢さんに転向するんじゃなきゃあ覚えとけ。
以下、貴様は挽回を果たすまでオカマ野郎と呼ぶ事にする。喜べオカマ野郎」

 普段ガーハートと接することの少ないヘキサは
予想を超えるガーハートの口の悪さに眼を白黒させ、
ヘキサの後ろ側、一段高いシートに収まった、骨太だがスマートな身体を揺さぶって
五十代の車両指導教諭、
ジョン・バッフ銀剣騎士が白い口ひげの下の唇を曲げて苦笑いを作るとヘキサに助け舟を出す。

 「やれやれ、先生は極端な言葉を仰るわりには丁寧に解説してくださる。
素行不良ぶりながら優しくするのが、お嬢さん達の間ではナウいのかもしれませんね。
僕が時事に疎いんだと思いますが、
僕の知っている限り、言葉遣いを除いたら
不勉強をこんなに親切に色々教えてくれるお嬢さんは、
王都の一等上品な番区だってそうはいやしませんでしたよ
そう言ったレディとしての新しい振る舞いは、僕から見たら少々前衛的ですが
ご自分が優しいという事を却って良く表現しているようにも見えますな」

 子供を諭すような優しい口調のジョンの声に今度はガーハートが首を竦める。

 領主から叙勲を受けて、領主に仕えるものが多い剣騎士の中で、
ジョンもその例に漏れず盾の騎士団付属学園に長年に勤める教師である。

 戦場で上げた武功も多い為、
斧騎士となって仕官先を変更する権利の一部を有するものの、
王都ではなく都市に仕える教師である事を望んで
その機会をこれまで全て退けているこの教師は
学園では生徒への理解と、豊富な経験から来る指導で生徒、同僚からの信頼も厚く
騎士としてもペインに並ぶ信頼を有している人物であり、
ガーハートも盾の騎士団付属学園の生徒であった頃には並ならぬ世話になった教師の一人である。
 やんわりと言葉遣いをたしなめられたガーハートは、
さすがにばつが悪いのか咳払いを二三度してから、 「ジョン先生、
ものの言い方が勘に触ったのなら考えますから
この若輩者を捕まえてレディだなんてケツの痒くなるからかい方をしないでくださいませんか?
ものを教わった方にそんなからかわれ方をしたら居心地がわるくなってもう」
と猫を被ってみせる。

 「オヤ、これはすみませんでした。お嬢さんは褒められるのが苦手なようで…。
誰にでも苦手な言葉というのはあるものですね。
いつまで経っても僕のような口下手には、ものの言い方というのは大変なものですよ」

 空戦用魔装鎧が離陸をかけるためにジェネレータの出力を上げる。
クモキリのジェネレータから、陸戦用魔装鎧とは性質を異にする
キーン…と金属が共鳴するような音が周囲を貫くのに耳を留めて、
班員たち、盾の騎士団の騎士達はは見るともなしにクモキリに視線を送る。

 蓄えたジェネレータから供給されるエネルギーを下に向けて放出し、
その力の流れは。地面からふわりとクモキリの身体を浮き上がらせる。

 「上ばかり見ているなよ、
むしろ俺達が地上に集中させてもらう為にクモキリは出るんだ」

 クモキリに気を取られた周囲のその動きを敏感に気取って、リブラが声を上げる。
彼の眼はクモキリに捉われずにコンソールに走っていたのだ。

 「データ、機影を一瞬見せたモルレドウの機体のうち──
サイズが一騎、大型の機体である可能性の残る機体のデータが
混じっていたのは、皆気付いてるか?」

 リブラの問いかけから一拍置いて、ガーハートがリブラに問う。

 「サイズは?」

 「詳細を特定できていません。
強力な隠蔽を継続して行っていたようですが、
我々の把握しているデータを整合すると
特定できている条件では、少なくとも、
胴部全長10アルシーブ以上、全幅7アルシーブ以上であるのは確定しています。
モルレドウの所持している機体の中で
それ以上という条件に該当する機体は、
胴部全長12アルシーブ、全幅8アルシーブ…
ノーブルマシン、トリスュラが当てはまります。
今年度はモルレドウ領は
空戦力の強化を行っていないというのも、
今しがた魔装ガルドネット、魔装軍事ネットで調べました。
最も、水面下で強化している
可能性も有りますけど…参考にならなくは無いはずです」

 リブラは今参照していたデータから推測される数値を伝えると
ジョンもリブラに声をかける。

 「スレイプニルです。
リブラ君、空戦用魔装鎧の種類の推測は、とても参考になりました。
正直、種類の推測は単種であろう、
と、保留のような状態になっていたようで
トリスュラの可能性があるという着想はできていなかったようです。
これは有力な判断の材料になりそうですよ。
アルゴンキンに伝えたところ、
軍事ネットが所持しているトリスュラのデータを
参照の為各騎、各車にまわしてくれるそうです。
モルレドウ領の所持しているのが
明らかになっている機体を考えると、
トリスュラである場合は殆どイコールで搭乗しているのは
王都下りの騎士、バスタ・ホーネット卿だという可能性で固まります。
仮定のとおりバスタ卿のトリスュラだとしたら、
それは地上攻撃能力も有する空戦用戦闘爆撃絶滅魔装鎧に分類されています。
攻撃する積りで間合いをつめてきたなら手ごわい女性です。
ネル君、他の対空ジャベリンもそうだと思いますが…
我々のジャベリンも合図が有り次第、
外す事を恐れないで躊躇わず撃って下さい。
地上からは、ルサンチマンならともかく、
空戦用魔装鎧のスピードと複雑きわまる回避行動に対して当てるのは難しい。
しかしレィ卿なら地上の支援を受けた
ワンチャンスがあれば、
クモキリのジャベリンでダメージを与えてくれる可能性があります」

 ネルは深呼吸を一つして、はい、と返事を返す。

 「けれども…やはり、私も、当てる事に、全身全霊を傾けます」

ここはまだ自分達の役どころではないなと陸上戦要員のアッシュが呟いて
同じ役割のザノンも同調し、ネルに声を掛ける。

 「ネル」

 「何?どうしたの?」

 ザノンの耳に届くネルの声は緊張の為か、少し細く、硬い質感を伴っていた。

 ザノンは、昔、こんなことが有った、と前置きを入れてから話を続ける。



 六年前から二年に渡り、
まだ、父親から領土を継承しておらず、次男坊であり、戦力の薄い騎士団を指揮する為
客分として各地に招かれる云わば遊歴の身であった頃のグレンと
王都から、
レオンの老いた母がその少し前に禁殿で息を引き取った為に、
王都にシール領からの人質として滞在する人物を
女王が選別する為の材料を監査する役割を負って、
シール市に駐留していた、銀斧騎士だった頃の
クロウスがシール市に滞在する時期が重なり
既にその並ならぬ異能で道に達しつつあった二人は
ザノンに武術全般の手ほどきを施していた時期があった。

ある日、余暇を見つけて
自分の補佐役の女性騎士シヲン・クノウと共に
ザノンを市外の平原に連れ出したクロウスは、
戯れに珍しく弓を持ち出したクロウスは精神修練の為の弓の心得を説いた。
 ザノンは弓を手に取り、木の幹や、
測量の為に立てられた杭を狙って矢を撃ってみるが、なにぶんはじめて扱う道具である。
矢は力なく飛ぶし、弓の引き方の骨もうまくつかめず、的にはなかなか命中しない。

 ザノンが草臥れて、一息入れようとなったところで、
シヲンがクロウス卿もお一つ実例を見せてみては?と提案した。

 クロウスは渋々と言った調子で弓を取る。

 『脚を開きすぎるな。
正しく構え、
胸をはり
手にして構えた弓は良く、弦を引くと言われるがそれは間違いだ。
背中の筋肉を使って、弓と弦とを開く心構えで構えるんだ
…という風に、俺は教わったな』

 そう言ってクロウスは空を睨んで頭上の雉を指差す。

『どれ、空を飛ぶあの鳥を見事一矢で落としてみせてくれよう』



 ザノンはここまでで話を一端区切った。
うん、とネルが頷く声に、スレイプニル班の誰かが
ほうとかへぇ、という声を上げたのが混じる。

今は投獄されているとは言え、
クロウス卿が、騎士の中でもその武の腕前を誇っていたのは疑う余地は無い。
そのクロウス卿が弓を取る話というのは誰も聞いた事がない。

 そういった人物の知られざる逸話に、
武を生業とする騎士とその候補たちは食指を動かされたものと見える。

 「ザノン、その手の話はプレッシャーになるんじゃないのか?」

 幾つもある王都の騎士達の逸話のご多分に漏れず、
その神技をたたえる類の逸話であろうと考えたアッシュが、
思わずザノンに意見するが、ザノンはあっさりそれを否定した。

 「いや。そういう話ではないんだ…
僕が、『では、それは何に誓って?』と聞いたら
暫く考えて
『ウム、もし、外したら、その…なんだ。
細かい事はいいんだよ!そのことは人に言ってはイカンぞ』って言って」

 リブラが、ああ、と笑いの混じった声を上げて、
アッシュは、ザノンの続く言葉を予想できずに何?と不思議そうな声を上げる。
 アルゴンキンからその話を聞きつけたレオンがその話は駄目よ、と
ザノンに釘を刺しながらもクスクスと笑っている。

 「…当たったの?」

 「うん、それがね、外したんだ。
言ってる構えを実践できないで、
クロウス卿の物凄い腕力で弦を力任せに引いたから弓が割れたというか…
弦を離す直前に亀裂が入ったみたいなのね。

その拍子に矢がすっぽ抜けて。
だ、ものでその直ぐ後に弓がもう殆ど折れてて、飛んだ矢は鳥に当たらないどころか
クロウス卿からちょっと離れて見ていたシヲン卿の胸板を掠って地面に落ちたものだから
それを…」

 くすくすと漏れる笑い声を抑えてザノンは話を続けた。

 「二度見したあとシヲン卿が凄く怒ってね…
無言でクロウス卿を、思い切り蹴り飛ばしてから
自分の弓と、矢筒の中の矢をごっそり渡して、にっこり笑って、
『当たらなかったら貴方の部下を降りさせてもらう』って言って」

 ネルは思わず声を上げて笑った。
クロウスとシヲンの仲が親密だったのは
クロウスを少しでも知る者であれば誰でも知っている、
周知の事実だったのだ。

 「結局、クロウス卿は
その場に残らされて、矢を延々と撃たせられていたことがあったよ。
夕方始めて、やっとのことでクロウス卿が打ち落とした雉は
結局その後晩御飯においしくいただきました。
そこまで粘るくらい、シヲン卿の宣告が嫌だったんだろうね」

 「シヲンちゃんに胸の話は禁句だったもの…」

 面白そうに相槌を打ったのは、先ほどの言葉とは裏腹にレオンである。

 「心と身体を硬くしては、あらゆる運動は身体より発せずというのもグレン卿に教えられてね。
騎士が声高らかに当てる、って言っても外す事はあるんだ。
当たる、当たらないはともかく、ネルの今の役割は狙って、撃つ事。
責任感が強いのはいい事だよ。
だけど、そのプレッシャーで自分一人のキャパシティをいじめちゃ駄目だ。
もし、誓ったことが叶わなくたって、僕達はその後も続いていかなきゃいけない。
同じ役割の騎士だっている。
人と一緒にいるから自分は、皆は、能力を発揮させて貰える。
自分が硬くなったら、
その、仲間に引き出して貰える、
仲間から引き出す能力や視野だって難くなるよ
僕らが一緒にベストの能力を引き出す為だけに、
しかしその為にあらゆる方法を僕らは用いる。
僕らは人の集まりで、班なんだ」

 「経験談?」

 「──うん」

 「…そうだね。なんとなく、伝わった。
それってさ、この前の…じゃなくて、ええと」

 すこしだけ声をいつもの調子に近づけたネルはいいさした言葉を、思い直して途中で切ってから
一拍置いて言葉を続ける。

 「君が、【昔】、【どこかで】感じたことなんだよ、ね。多分だけど…」

 クスクス笑って話を聞いていたヘキサの笑いが消える。

 一ヶ月前の戦闘の際に、ザノンが誰と接触して
何が起こったのかは、騎士団とレオンの判断で秘密とされている。

漠然とその内容についての噂は学園の中にあったが、ネルはその感性の強さで、
ザノンが語ったのは、
戦闘から、実戦から得た経験の話だと
感じ取った為に言葉を選んだのだとヘキサには感じられた。

 「──そうだね。人には人それぞれの色、考え方というのがある。
それでも、それを見ることが君の参考になればいいな、と思う」

 ザノンの言葉に、ネルは、ありがと、と返事を返してから
一つ深呼吸をして、周囲を見渡す。

 周囲には、魔装鎧と、戦車がその内に人を秘め、自分の傍にいるとネルはその眼に認めた。

 ゴウ…と尾を引く音を鳴動させて、徐々に機体を持ち上げるスピードを高め、 スレイプニルの高い身の丈を追い越し
視界の中のクモキリは相対距離と共に小さくなっていく。

人間達という点を結ぶ線は、また一つその線を伸ばし、面となり、その内側の世界は広がっていく。



 ルカ班の停止したポイントで
クワィケン一騎、フラ・ベルジャ重装仕様一騎、レクイエンの後期生産型、レクイエンHldr一騎と
戦闘車両ルカに乗り込んだルカ班の班員と無事に合流を終えて、

クモキリが発進したという連絡を
マツカブイのコクピットの中で確認したマルコは、
顎の下、右の首筋の辺りに痒みを覚えて
その場所を指で擦って、手袋の指先に張り付いた赤い色の混じった皮のかけらを見ると、
そこがすりむけて傷になっているのを察知した。

 「霊子痕跡偽装があったようだな」

 ふっと息を吹いて、その皮を吹き飛ばすと、
横目でルカの傷跡をちらりと見る。
焼け焦げ、引き裂かれたかのような無限軌道と、その上から伸びる脚の内三本の引きちぎれた痕跡が痛々しい。

ルカのコンテナに無理やり積み込んだクワィケン等は身体の至る所を
マジックミサイルと思しき攻撃で穴だらけにされ、四肢は殆どちぎれてしまい、
装甲は言わずもがな、胴体のフレームも歪み切って
よくこれで乗員が生きていたと不思議になる有様だった。

マルコがウームと溜息をつくと、
ルカ班の戦闘データを全て回収したスレイプニルのクルーが重々しく口を開く。

 「ええ、対ルサンチマンであれば補佐的な機能に過ぎませんが、
対魔装戦であれば見ての通り中々いやらしい能力です。
一瞬空戦用のその存在の隠匿を暴いた
盾の騎士団から、戦闘爆撃用のノーブル・トリスュラが混じっているかもしれないという警告がありました。
となると、連合側の全ての機体はとっくにその対地ジャベリンの射程内という事になりますが…」

 盾の騎士団が、その飛来の可能性を上げたトリスュラという機体は
空戦用の攻撃のアドバンテージを最大限に生かすべく機動力、旋回性能と防御能力の全てを捨てて
兵器と砲を大量に積んだ空とぶ火薬庫とでも言うべき代物と言える。

 トリスュラは人間の使用する魔装に比べて、
射程の長い魔法を容易に撃つ事の出来る
大型ルサンチマンに対して無傷で先制攻撃を仕掛ける為に
高度というもう一つの距離を自在に操ることの出来る
空戦型魔装備鎧で対策した結果生まれたノーブル・マシンであるが
対空装備も山ほど搭載していても、空戦型ルサンチマンにさえ後れを取る旋回性能と
被弾した場合、装甲による防御魔装で完全無効にできる程の
微弱な規模の攻撃でもなければ、全身至る所に積んだ、
ジャベリンの弾頭を含む実弾武器が仇となり
致命的なダメージを蒙る可能性の高い、
騎士団所有の機体らしからぬ尖った機体と言える
 防御のための兵装は、攻撃を兼ねたMDMのものが辛うじて利用できるくらいのものであり、
機動力、霊子反応隠匿能力のある機体に護衛して貰わなければ空飛ぶ的と変わらない。

当然、ルサンチマンに空中での格闘戦を挑まれて、ドッグファイトにでもなろうものなら
乗員は幸運を祈るくらいしか生還する確率を上げる手段はない。


 余りのリスクにこの機体の開発を魔装鎧の開発を収入にする都市に依頼した
大本の騎士団が、ろくに運用をしないうちに王都から
この機体の譲渡を条件に
無期限の金銭の借款をするという体のいい売却をされ、
数年前に
モルレドウ領の領主、カダン・モルレドウがこの機体を王都から競り落として、
傷の騎士団のものにしたという経緯がある。
実戦で運用されたことは少ないが、
電光石火の先制攻撃を仕掛ける場合に限って、この機体は
モルレドウ領の騎士、バスタ・ホーネットが搭乗して
戦術の甲斐もあって大型ルサンチマン複数を圧倒したという事例があり
傷の騎士団の、大型ルサンチマンとの戦闘への強みの一つとして挙げられている。

 威力を発揮できる局面が限定的と言っても、
トリスュラは腐ってもノーブルマシンである。
空戦用としては魔装による火力も空戦用としては常識はずれ、
対地攻撃能力だけを取り上げてみても、単純に反撃を考慮に入れなければ、
小さな都市であれば一時間も掛からずに跡形もなく消し去れる程の攻撃能力を有する。

主導権をとられれば極めて脆いが、
その部分の性能を犠牲にしている為、レンジを取りつつも
グングニルを凌駕する殲滅能力を、しかも広範囲に
及ぼす事の出来る稀有な空戦型といって良いだろう。

 「トリスュラとかいう機体か。対地ジャベリンだけで三十本とかいう機体が
その姿を見られて、仕掛けてこないのは、威嚇だろうかな。
ルカ班、バニシングレイで空戦用を落とせると思うか?」

 マルコが水を向けると、ルカの乗員の一人、車両長カーン・セイオンが答える。

 「この距離、高度がデータ通りなら、
最も接近している我々からの相対距離にして。
20キロ・アルシーブ(ka)は余裕で超えていますし、
小都市を挟んで対地ジャベリンの間合いでリードされています。
直線にして6キロアルシーブが関の山って射程の
バニシングレイはとてもじゃ有りませんが届きません。 連合の対空ジャベリンは70kaの距離を稼げますが…
それも、空戦用が相手を捕捉しなければ威嚇の効果もありやしません。
トリスュラである可能性があるとなればMDMを使う可能性もあるわけで…
癪ですが、手を出してはこないものの
あちらにアドバンテージを握られている状態でしょうか」

 カーンの意見を聞いたボークリフがふふんと鼻をならしてマルコに問う。

 「空陸にそれぞれノーブルが一体ずつか。これってどーよ」

 マルコは、その問いかけを聞いてすぐにボークリフと他のメンバーに
『自分達の方針』を問いかける。

 「ああ、まずそれだけの戦力を先鋒に送り込んできて
何がしたいんだと思う?」

 対空監視によって、もしかしたら敵の空戦用魔装鎧は
見つけることが出来たかもしれんとユーンが罰が悪そうに首を竦めたところで
ジャックが分析を述べる。

 「偵察だけじゃあないだろう。
まず、間違いなく。
今、相手が先に仕掛けてきたら
あっという間に蒸発させられるよな。
この場に留まってるだけでも危ない、
が、この期に及んで連中は仕掛けてこない」

 コォオッ、と空高くで何かが吼える音がする。

 マルコは防護服の下の小さな傷が気になるのか、
ごりごりと防護服の上からそこを掻き毟りながら天を睨み
ボークリフが今更ながらシステムの照準を確認しながら
ハバルドの丸い両肩に据えられた対空速射砲を起こして呟いた。
 「──ルカ班が攻撃を受けたことから見ても、迂回させたいんだろうな」

 「もしくは足止めか」

 マルコの意見を機として、分析を黙って聞いていたユージンが舌打ちを鳴らす。

 「癪ざんすねぇ」

 「いーや、そうでもない」

 グフフ、とマルコが魔獣を思わせる笑い声を上げて、
マツカブイの所持する大盾を
マジックミサイル発射ポッドを寝かせた左肩に固定し、
ピックハンマーを腰部背面にかけると
ルカのコンテナに搭載されていた大破したクワィケンの
予備装備、無反動砲を二本取り上げて、
一本を傍のレクイエンHldrに投げ渡す。

 「そうそう、そうでもない。
相手が空中からそういう状況で
撃ちもしないでのんびりこちらを睨んでいるという事は」

 マルコの笑いに釣られて笑いを漏らした
ボークリフもマルコに同調して、
ドルガノウを水平に構え、ルカとオクトパスの中間に陣取って、
ルカ班の重装型フラ・ベルジャもそれに習ってドルガノウを構え、対空速射砲を起こす。

 「そう、こちらを思い通りの方向に追いやる為の地上部隊や、
さっきのガラティンが近くにいる可能性が高い」

 クーン、と甲高い音を立てて、クワィケンのジェネレータの音が変わり、
クワィケン四騎もアサルトライフルと盾を次々と構えじりじりと展開を始めた。

 「よお、コヨーテ。そっちもいよいよ仕事をおっぱじめるのか?
当方盾の騎士団レィ・ケルウンと乗機クモキリ。短距離用低速運転中だ。 ここから確認したデータを転送しておくぜ」

 「ああ、礼を言う。
そっちも向こうのやつらは
何しに来てるのかしっかり聞いてきてくれよ!」

 コヨーテ達の上空を瞬く間に通過したクモキリから入った通信にマルコが応答し、
高々とマツカブイに左手を上げさせ、振り下ろす。

 それを合図に戦闘のクワィケン達が散開し、走り出す。

遮るものの少ない視界の遥か向こう、
平原の彼方で幾つも光るものがある。

 コヨーテたちはその目で、
敵陸戦部隊の到来を確認したのだ。



 「食いついたな。
──コヨーテと、それに我がほうのロス・ロボス。
傭兵達の不屈の闘魂という御身らの持ち味、
模倣して挑ませていただく!
泥試合に付き合ってもらおう!
──避けに避けて、敵を引っ張る!エスターもエステルも…手を極力出してはならんぞ!
エドワード様は前においでになられませぬよう、旗色悪しとあればすぐに離脱を!」

 傭兵部隊、ロス・ロボスと
モルレドウに与する騎士で構成された十騎の魔装鎧と
一台のスレイプニルからなる部隊の指揮を預かった
ベディヴィア・チューナーは
コクピットの中でその金髪を後頭部高くに束ねあげてから、
自らの新たな乗機とする紺のレクイエンHldrの魔剣銃を抜き払い、指示を飛ばす。

 即座にアルバは嫌です、と不満げに答えて
主が駄々をこねるのをフッと笑い飛ばし、
ベディヴィアは魔装鎧達と前進をはじめる。
 「なら、お帰りになられて結構!」

 戦場の高揚が、ベディヴィアを快活にし、
警告無しにクワィケンが牽制に爆裂弾を
アサルトライフルのマルチランチャーから撃ち、その爆裂弾は
二つの勢力の中間の地面を眩い光と共に抉り
鉄火の宴の火蓋が切って落とされる。