031.Shadow Run:11_S_has_right_stuff





 レィは、視界の遥か彼方に機影を見つけるや、
クモキリの右翼を上げて
まるで空間を切り取るかのような急角度の旋回を掛ける。
機影の群れの側面に回りこむような挙動を見せるクモキリの翼が
切り裂いた大気の傷口の鋭さを知らしめて吼え声を上げるが如く
ギシと音を空間に引きずって、鳴る。
 クモキリを待ち受けていたのか、
忙しなく動き回る、確認できた限りのモルレドウ側の
空戦用魔装鎧の殆ど…四、五機は一斉に散開し、
クモキリを囲もうと上下左右に展開を始める。

 「ダガン5、トリスュラ1か…対空車両はないようだ?
──フン、精々うざったく飛び回ってやるとしようか!」

 コクピットの中で、シート左右に据えられた
フィンガーパネル・インターフェーズから指を離し、
鍵盤の奏者がそうするように両腕を曲げたまま高々と上げると、
レィは勢いをつけてフィンガーパネルに指を叩きつける。

 口元から覗く細い唇が映す彼の笑いの形は、
シート上部から下ろして
頭をすっぽりと覆うバイザーメットの中に隠れる姿の、
彼の眦の形を想像させる不敵さの一端があった。

 「霊子波長是正、ステルスキャンセラーは問題なく稼動している、
空間ソナーというやつの甲斐もあってだ。
あんた達の隠したがっているものを、ひっぺがす!」

 敵からレィの通信に、敵味方の交信として使用される共有通信を利用して
モルレドウ側の空戦用魔装鎧部隊は接近をやめよと警告を返し、
レィはイエッフーと叫ぶや
馬耳東風と旋回の勢いのままに機体に
天地を逆さに舐めさせて
一回転させモルレドウ側の布陣の中央、最も遠い
相対距離に鎮座する空戦用魔装鎧がトリスュラであることを
データで確認して、再び笑う。

 「馬ァ鹿野郎、
撃墜が怖くて人様がからかえるか!さぁさぁ、撃ったり撃ったり!
どれでも残らずブッ避けてやらぁ!」

 レィの口上が終わる前にモルレドウの
空戦魔装鎧から著しい霊子増幅反応が上がり、
敵の機体の内何騎かが
空対空ジャベリンを射出したのを確認した
レィは機体の推力を絞って機体の推進方法を慣性にシフトして
ブレーキをかけ、
まるで振り子を横に揺らす様に機体を横にスイとずらし、
空中を滑らせる。



 「レィ卿とスナイプ卿が、交戦状態に移った。
各騎各班転送された確定情報を基に
支援車両からの指示に応じてジャベリンを射出後前進されたし」

 コヨーテたちが交戦を始めるポイントまで
じわじわと前衛の魔装鎧を進めながらも後方部隊は
対空砲火の為に暫し脚を止めた
盾の騎士団、降魔騎士団の旗基戦闘車両からの命令が
連合騎士団の間を稲光の如く一瞬に駆け巡り、
同時にネルは
自分のバイザー・メットを下ろして、
支援車両がレィ騎から送られてくる
情報を基にして、捉え、整合した
敵との高度、相対距離、座標、映像の情報を元に
ジャベリンポッドの角度の調整を行い、
バイザー・メットの写す望遠映像で、長距離、高空の敵の影を捉え
照準の中に据える。

 「あの、デンと居座ってるのが
トリスュラとか言う奴ね…捕捉した」

 ネルが呟いて、
周囲の魔装鎧と比べて時間が止まったかの様に
緩慢なスピードで航行するトリスュラの相を凝視し──
──他の機体と異なり、強大な推力による移動ではなく、
浮遊状態を構築して、僅かな推力で移動しているのは誰の眼にも明らかだ
──。
とにかくネルはその、トリスュラのシルエットを照準に据えて集中する。

 「学園所属スレイプニルも、
平行して対地長距離砲支援の準備を願いたし」

 「了解しました、──ネル君、空中の敵騎群は捕捉しましたね?
ジャベリンの誘導補正の準備も終えています、
そちらもいつでも打ってくださって結構です」

 「はい──撃ちます!」

 叫んだネルが外部設置火器の射出措置を決定する、
シート右手のレバーに手を掛けると同時に
バイザーメットから見えるトリスュラ周辺の、
外部に放出している霊子を通じた熱量検出値を
現す値を表示している
グラフが跳ね上がり、
危険度を知らせるグラフの色は一瞬で塗り替えられる。

トリスュラが、
沈黙を破って対地ジャベリンのうち四基を射出したのだ。

 射出されたのは、ジャベリンの内部にさらに多数のジャベリンを
内包した、
一般的なクラスター・ジャベリンであると認識するや、
ネルはフィンガー・インターフェイズを叩いて対空攻撃の目標の変更を行う。

 「敵トリスュラからクラスター・ジャベリン射出を確認…
本騎は敵攻撃からの対空防御に移行!
バッソウRC!ジャベリンの軌道、目標移動速度算出、
予測後、相対速度を併せて映像を移動!照準補正!
…いい子だバッソウ、切り替え早い!」

 ネルは支援車両への目標の変更の報告と、
手元の操作で間に合わない操作をフォローするための、
魔装鎧への音声入力命令を一緒くたにして叫び、
支援車両からもジョンがその声に応じる。

 「他の対空装備も処理切り替えが確保できた三騎の
ジャベリン・ポッドが、対地ジャベリン撃墜に廻ります!」

 「バッソウRB、コクピットで対地警戒から、対空処理に切り替えた!
撃ち漏らしたのは88ma砲とエナジーボルトでフォローする!!
あんまり当てにしてくれるんじゃないぞ」

 動転しながらも処理を終えて
支援に廻ると叫ぶリブラの声に、頼む、とネルが応じる。
一瞬の閃光と
バヒュッという音を発し
射出されたジャベリンは、
ネルのバッソウRCの機体に衝撃と振動という余波を残してその視界から姿を消す。

 「ジャベリン二基射出、展開すれば合計十六基、全て対地ジャベリン撃墜に向かって…
…行けッ!

 「…残りのバッソウ二騎には、急速前進して、
別途、撃墜しそこなった
ジャベリンのフォローを命じて頂戴。
三次元戦闘モードを活用してね。
ノーブル以外で格闘戦で迎撃できる可能性があるのは、バッソウだけだわ。
──ここを凌げば、
レィちゃんとスナイプ卿の仕掛けが効いて来るはずよ」

 スレイプニルのジョンの下に、レオンからの通信が入る。

 「いえ」

 ジョンは、レオンからの通信に即答する。

 「彼らは命じなくとも、もう準備を済ませているようです」

 「──そう」

 レオンは複雑な胸中で言葉を切る。
学徒班のスレイプニルの送ってきたバッソウのデータは、
確かに彼らが既にその準備を終えて
行動に移らんとしている事をレオンに教えていた。

 「アッシュ、僕らは、バッソウにしか出来ないフォローをする」

 アサルトライフルと、盾を構えたザノンのバッソウTSツインストームが、
同じ装備のアッシュの機体、バッソウGFグラインドフレイム
ハンドサインを送り、小走りに前進を掛け始める。

 「ああ、ジェネレータのエネルギーをショートレンジバニシングレイ(srvr)に
廻せってお前が言ったのは…その為だよな」

 バッソウに固定武装として
採用されているショートレンジバニシングレイ発射機構、
通称をサーベル(srvr)と呼ばれるこの兵装は、
デアブロウが使用していた
魔装鎧用のバニシングレイの下位互換の兵装である。
デアブロウのバニシングレイは
車両搭載規格のものと比較して発生させられるエネルギー量は四分の一、
射程は三分の一程度であったが、
このsrvrは
射程を車両搭載規格のものと比べて八分の一弱に落としている代わりに
短時間での準備で使用することが可能になっている。

射角の問題もあり
特定の敵、位置を狙い撃ちにする射撃魔装というよりも、
前面に対して広範囲の攻撃領域を展開する
魔装という概念で運用される事を前提されて生まれた魔装である。


 視線を上方に向けると、三次元戦闘モードを有する機体の何騎かが、
前方に突出し、
高度を取って空中を駆けるのがアッシュの目に写り、ザノンが鋭い声で言葉を放つ。

 「バッソウGF、TSも──三次元戦闘モードでジャベリン迎撃に向かいます!」

 「──前進離脱を車両長から、許可します。
こちらのジャベリン、砲で落としきれなかった
ジャベリンが有った場合、──頼みます。」

 ジョンは、成功しても失敗しても
──葉巻をご馳走しましょうと静かに呟く。

 ガーハートは、一瞬逡巡してから
…覚悟を決めて、眦を裂きながら言葉を臓腑から押し出す。

 「──おうッ、何発撃たれようが前線死守、
死んでもこっちッがわしに落とすんじゃないぞ!
魔装鎧指揮官からも許可だ!いっちょうハデに死んで来い、ガキども!」



 空に悠然と浮かぶ、濃紺の機体──
その濃紺の影は、丸い胴部と長い脚を持ち、
胴部後方に畳んだ脚部の変わりに、
胴部から三つの対地ジャベリンポッドをぶら下げ、
左右に張った大きな翼からも
空対空ジャベリンを据え付け、
翼の付け根の上下にそれぞれ大型機関砲を装備している、
その胴部の上方からは
角のような攻撃魔法生成部を突き出した空飛ぶものとは思えぬ異様なシルエット──
トリスュラのコクピットの中で、射出したジャベリンがその内部に内包した子ジャベリンを解放するや
パイロットの女性騎士は、展開した三十二基のジャベリン全ての軌道に意識を配る。

 「逃げ道を作ってやって、
迂回をさせるよう誘導するとはいうものの…
何発当てる積りで動かしたものかしら…」

  その声と、
顎に手を当てて思考を編むその騎士の姿は、少女の相貌を持っているように見えた。

その人物とはバスタ・ホーネット銀剣騎士。
才覚秀でるものに与えられる栄誉によって
飛び級を果たし
齢十二歳の時分に王都からモルレドウ領へ移住して
騎士資格を意味する叙勲を受けた若干十六歳の銀剣騎士である。

 その若さを滲ませる、
丸みを残す顎から手を外して、バスタはあらと声を上げる。

 「連合ったら、すぐに迎撃のジャベリンを撃ったのですね。
これって…わたくしに軌道の読み愛を真っ向から挑むって事ですわよね? うふっ、ちょっとしたチェスですわね、こうなると。
──空中で何発落とせるかしら?」

 嬉しそうに無邪気な嬌声をコクピットの中で上げると、
バスタは前のめりにぐいと上体を
突き出して、展開したジャベリンと、地上から射出されたジャベリンの軌道を睨む。

 「ダガン隊、レィだかなんだかのクモキリは、
暫くそっちで何とかあしらってくださる?
あまりしつこい殿方なのなら
わたくしが落としますけど、
出来れば格上の騎士の手は煩わせないでほしいものですわ」

 カァンと駆け抜ける音を共に、
切り裂く影がバスタの視界を過ぎて、バララ…と連続した機関砲の発射音が鳴った直後、
ジェネレータに損傷を受けたか、
高度を急激に落とすアンコモンアーマー・ダガンが視界に入り、
トリスュラの側面で何かがチカリと光った。

曙光を思わせるその光と、
ズウンという轟音にバスタは、ハッとなってそちらに顔を向ける。

 「何ッ、ダガンのジャベリンは六発撃ったでしょう…
全部を機動と機銃だけでかわしたとか、落としたというのですの!?
…となればしやつは!!」

 眼を走らせたデータで、レィのその戦慄すべき機動と戦果に舌を巻いた
バスタは驚愕し、とっさにクモキリの姿を探す。

不敵なレィの声が、共有通信経由でバスタの耳を震わせた。

 「──ハイ、なんだかって奴からご挨拶。
お守りの奴らはノロマだなぁ、
バスタ卿だかなんだかってぇお嬢さん、
いい気になって…ぼーっとしてるんじゃねえぜッ!」

 「──ッ!?クモキリ、ええ、ダガン隊、どこに眼をつけていらして!
何ですの!?愚図ども!その機体の使い方は!
ふざけているのかしら!?」

 居丈高に周囲の僚騎に注意を促したバスタの
トリスュラの側面の魔装砲一基が、
クモキリの胴部に据えられた機銃の弾に捉えられ、
けたたましい音を立ててひしゃげ、肝を冷やしたバスタは金切り声を上げ、
一瞬トリスュラを機銃の射程距離の内に捉えるほどまでに
接近を果たしたレィはヒョオウと叫んで、
空間粒子に結合した霊子の力場の上を滑る機動によって
横に滑るようにクモキリの機体を一回転させる挙動で、
機首を下げ、落ちるように高度を下げながら
モルレドウの空戦用魔装鎧ダガンの機銃弾に追いやられるように離脱していく。
 「曲芸飛行で遊んで、
生意気にもからかっているつもりでいられるものなのかしら?
あのような貧弱な機体…
破格の攻撃性能の、トリスュラのジャベリンでいつでもどうとでも出来ますわ。
こちらは格上、捨て石も用意してあるのだから、引きどころは弁えなければ…
連合の最北端に回りこんでおけば、足止めの役ははたせますわよね」



 空中で、ジャベリンの弾頭が
巻き起こす爆発が、轟音と閃光とその残響を夜明けの近い空に刻む。

ネルや、フラ・ベルジャの
放った対空ジャベリンは次々とその爆発に対地ジャベリンを巻き込んで撃墜し
その数を削っている。
しかし、爆発を眼くらましに使った対地ジャベリンのうち十数発が
軌道を大きくずらして二手に分かれると、
コヨーテとベディヴィアらが交戦している場所と、
連合前線へと殺到する。
その内の九発は、連合の裏をかいてコヨーテとベディヴィアらが
乱戦を繰り広げる平原を目標に据えた軌道を取っている。

 「あたしは撃つ。
だけど、あたしの傍にはあたしと同じ思いの皆が居る。
皆居て、皆が一つの事をやろうとして──落とせない筈、無い!」

 ネルは、叫んで生き残った
ジャベリンの軌道を大きく変化させる。
爆発のエネルギーの解析を行い、
その向こうで対地ジャベリンが
どう軌道を変化させたかを詳細に解析していた
彼女のジャベリンは、コヨーテ上空に殺到するジャベリン四発に、
自らの誘導するジャベリン四発をぶつけて叩き落し
フラ・ベルジャ数騎の放った対空ジャベリンは、
十二発を以って辛くも残り五発の撃墜を果たす。

 「何ッ」

 トリスュラのコクピットの中で、思わぬ結果にバスタは再度大声で上げる。

 「何ですの!?あのバッソウとかいうアンコモンの撃ったジャベリン、
今、一人でわたくしのジャベリンの軌道を何発塞ぎましたの!?」

 クモキリの機動に幻惑させられ、
ジャベリンの誘導に
集中しきれなかったという負い目があるとは言え
重力の干渉を相当に受け、速度も見劣りする地対空ジャベリンに、
自分の攻撃を完封される屈辱は
挫折というほどの挫折を味わってこなかった
バスタには相当堪える。



 そのジャベリンの爆発の閃光を見上げて、
自分たちの方に飛来するジャベリンを捉え、
散開した緑と黒のダィンスレー二騎が前線を切り裂いて飛翔し、
それに続いてザノンのバッソウTSと、アッシュのバッソウGFが飛翔する。

ダィンスレーの手には、通常、対地攻撃に使用する大型実弾砲、88ma砲が
その長い影を伸ばして鎮座していた。

 繰り返し加速して高度を上げるダィンスレー二騎は、
鋭い音を立てて飛来するジャベリンよりも高度を取り、
角度をつけるとジャベリンの描くであろう軌道に対して砲口を振り下ろす。

 チィッと舌打ちを鳴らしたバスタが、
ジャベリンをその射角から逃そうとジャベリンの軌道を歪めるが、
ひきつけずに高度を下げすぎたためか、
ジャベリンの一本はその動きを待ち受けて、
反対側に対して地上から偏差撃ちを掛けていた
フラ・ベルジャの対空速射砲の弾に接触して空中で散華し、
もう一本はダィンスレーが機体後部に
防御フィールドを集中させて反動を殺し
続けざまに撃った砲弾の衝撃に巻き込まれて推進部を圧し折られ
やはり敵群への着弾を果たせず空中で爆発し、その爆発を睨んで
ザノンとアッシュのバッソウがぐるりと爆発を迂回するように旋回し、
それぞれ左右にさらに大きく展開する。

 「TS、GF、それぞれ目標との距離算出、誤差補正済みだ。
変動する数値は以後表示更新される」

 「ありがとう、
ヘキサ。相対距離よし──弾頭じゃなく、推進部を狙って──」

 空中で、ザノンはバッソウに中型サイズの四角い盾を構えさせて、
その脇から突き出したアサルトライフルの最大射程に捉える。
三点バーストにセットしたアサルトライフルをザノンのバッソウは撃ち、
アッシュは下がって距離を取る。
 バララッ、バララッという発射音と共に薬莢と、
マズルファイアを吐き散らしてザノンのバッソウはゆっくりと機体を旋回させて、
その弾道は空中を走るジャベリンを追う。
空中を滑るバッソウに
そのジャベリンは格闘戦を挑まれているという異様な状況に気付いた
バスタは、ジャベリンの高度を下げて
もう少し前進させてから地上に着弾させようと
ジャベリンのコントロールに意識を向けるが、
今度はスナイプのクモキリがダガンの隙間を撃って撃ち込んできた
機銃弾が機体を掠めるのに意識を取られて
ジャベリンのコントロールから一瞬集中力を奪われる。

 バッソウGFの背面から、頭部に可変砲塔が覆いかぶさり、
そこに姿を現した、パラボラアンテナのような
短い砲塔がヴーンと音を立てて光を集める。
強力な推力によって移動しているジャベリンは左右の逃げ道を封じられ、
残りの逃げ道である高度を変える前に、
空中を滑るように移動する
ザノンのバッソウTSのアサルトライフルの弾の雨に推進部を貫かれて
ガクリと失速する。

 「よし、このスピードなら、この俺はワンチャンスで充分!」

 射角を調整し、味方を巻き込まない角度に回り込んで
失速を待ち受けていたアッシュが満を持して
バニシングレイの魔法をバッソウGFの頭部から解放し
ジャベリンの炸裂するものよりも格段に強烈な閃光がジャベリンを包む。

ジャベリンは、
弾頭に秘めた暴力とそこから発した衝撃を、
横合いからのショートレンジバニシングレイの
一撃にさらわれて、
瞬間的に吹き飛ばされ、かき消える。

 残りのジャベリンを全て撃墜されたのを確認したバスタは、心底愕然とする。

 「うう…ッ、この、屈辱…!
元はといえば、
役立たずのダガンと、
クモキリの奴めが…」

 圧倒的に優勢であった筈のチェスの、
敗北の屈辱を舐めるバスタは
搾り出すように言葉を吐き出し、
直ぐに顔を起して、二騎のクモキリのデータを睨む。

 「怨、真火伽螺夜、阻輪可。
もはや場所を捕捉されているこの機体でこの場所から、
前線を抑えておく事は出来ませんわ…
元より、絶滅させる積りの攻撃では有りませんでしたが、
こうまで攻撃を抑えられて…
何も無いままでは、わたくしが侮られるがままになってしまいます。
この周辺を引っ掻き回してくれたお礼に
クモキリだけでも落として差し上げます!」

 ヴーンと不気味な駆動音を鳴らして、
胴部の大口径機関砲四門、機体上部の対空ジャベリンポッド、
生き残ったエナジーボルト射出砲五門、機体を貫くプラズマアロー発射口一門が一斉に蠢いて、
血走った眼でバスタはクモキリを睨む。
レィのクモキリの通る軌道に絶対に逃しえぬ程に火器の射線を集中させ、
バスタは、その火器群のトリガーに全ての指を掛ける…。


 「格下が身の程も弁えずに
わたくしの周りをちょろちょろと飛び回って、
よくもわたくしの邪魔立てしてくれましたわね。
身の程を教えてくれますわ」

 コクピットの中のレィは、
浮遊した機体を滑らせる機動で空間を駆け抜けながら
トリスュラが本気の攻撃を自分に向けているのを
共有通信を以って告げるバスタの言葉と、砲の動きで知り
口笛を鳴らす。

 「俺の機銃も弾切れか。調度いいや。
しっかし、さっきから…上だ下だとウルサイね、
そんな測りの物差しはリコールした方がいいぜ。
万物流転諸行無常」

 しかし、バスタはトリガーを引く直前にある違和感に思い当たりその手をハタと止める。

 「…何ですの?この感じ…ダガンの位置情報が時折途切れる、
高速機動の本懐を見せないクモキリの機動は不自然、
何か、何かがおかしい…」

 そのバスタの一瞬の沈黙が現す戸惑いに勘付いたのか、
トリスュラを護衛するダガン一騎を
レィと同じく機銃で撃墜したスナイプが
コクピットの中でニヤリと口ひげを歪めて笑う。

 (──レィも俺も、俺達はお前らの周辺の空域に着いてからは
低速、浮遊状態で機体を機動させていたぜ。
推力をフルに機関から出力して、
それを発することによる高熱をばら撒いていたら
すぐに勘付かれちまうからな)

 通称、限定ステルス──
それはステルス能力、ステルス解析能力と共に
クモキリに採用された兵装の一種の用法であり、
超五感能力を主軸に戦闘を行うルサンチマン相手には
用を為さない故、知る者の少ない
隠し仕様とでも言うべき必殺の刃だった。
 通常、魔装鎧や支援車両のセンサーは
空間の気温を直接検出せずに
空間霊子が外部からの干渉を受けた場合
霊子と結びついた物質が
変化する反応を検出する事によって間接的に熱反応を察知する。
(これはナイトガルドの霊子センサー技術の精度と、
霊子応用技術が特に発達している為、
交易のある各国での
共通規格として普及しつつあるためである)
クモキリの限定ステルス機能を有効にして
作り変えられた粒子は散布された周辺で、
熱反応を受けた場合、放出する反応を変え、
熱反応を隠匿する性質を帯びる様になる。

主にジャベリンの噴射排気の存在を隠匿する機能であり、
ナイトガルドでの正式名称を
ルート・シャッターと呼ばれている。

空間中にある質量を計測し、
察知するセンサーには異常は見出せない。

対象とする空間からある程度距離を置けば、
熱反応は通常通り検出される。
対象範囲で高温度の熱源反応が発生した場合のみ、
空間中の霊子が通常とは異なる物質と結合し、
前述の通り
熱反応の正しい情報が得られない状態になる。


 結論すれば、
対魔装戦で閃く高度ジャベリン支援能力とも言える機能である。

 「つまりよぉ…この辺に今、ジャベリンがあれば、
肉眼で見える奴しか捕捉はできねぇって事でさぁ──」

 地上の奴のジャベリンはまだポッドの中に残っているんだぜ、とレィが叫んで、
スナイプが射出した空対空ジャベリン二発が
バシュウと音を立てて空間を切り裂く。

その、肉眼で見える光景とコンソールの写す情報の差異に
ハッとなったバスタがコンソールに視線を落として、それを凝視する。
──今射出された空対空ジャベリンの情報が、まるで取得できていない──。

 さらに…敵群の地対空ジャベリンポッドから、攻撃目標を
トリスュラに据えたまま
ジャベリンの迎撃を見送っていたフラ・ベルジャのジャベリン・ポッドと
再度目標の変更を行った
ネルのジャベリンポッドから、計五発の地対空ジャベリンが射出され
それが次々に展開して四十発のジャベリンとなってトリスュラ目掛けて飛来を始め、
ある地点に到達した時点で、次々とコンソールの上から
飛行しているはずのジャベリンの情報が姿を消していくさまを
バスタは目の当たりにする。

 「そのどんくせえ機体でどれッぱかし意地を張れるか、見ていてやるよ」

 何が起こったか把握できないバスタは、
殆ど錯乱状態となって
レィから照準を外した機銃を乱射し、
空対地ジャベリンを次々に射出する。

 「意地が折れたら、大金星?
…そらッ、こいつも取っておきなッ!」

 さらにレィは
本来の機動を取り戻したクモキリでダガンを振り切ると、
残った武装の空対空ジャベリンを自分も射出する。

 トリスュラが射出した地対空ジャベリンは
レィとスナイプ機からのデータを参照できる強みを持つ
連合騎士団のジャベリンによって、展開前に次々と撃ち落されていく。

 「ヴァ───ッ!」

 声にならない叫びを上げながら錯乱し、
限定ステルスの掛かった空域に達する前に
敵のジャベリンの軌道を把握しようとバスタは眼を血走らせ、
神経を駆け巡る過剰な負荷を受けて
異常に感情を昂ぶらせた結果、
急激な血管の膨張に耐え切れない鼻の内側ビシリと裂けて、
バスタはバイザーメットの下の
小さな鼻腔から鼻血を吹きだす。

 下からは撃墜しそこなったジャベリンが、
空中からは不可視となった
高スピードの空対空ジャベリンが合計四発、
トリスュラ目掛けて殺到する。

 「攻撃魔装──いや、エ、エ、MDM──ッ!」

 取り乱したバスタが迎撃手段で逡巡した一瞬、
レィの放ったジャベリンを機銃で
辛くも撃ち落して発した閃光がバスタの視界を塞ぐ。
 「間に合わ───ッ」

 空中で、
ジャベリンが次々と爆発を起こしてその閃光が辺りを赤々と照らす。
高度を取って爆発による大気の干渉を避けた二騎のクモキリは、
その光を眼下に見下ろして、焼けた空気を切り裂いて旋回する。



 ──確認された敵構成は、
スレイプニル一台と魔装鎧。
魔装鎧の内訳は、
ノーブル・アーマーはガラティン一騎、
アンコモン・アーマーはレクィエンHldr一騎、スバターリ一騎、エペタム一騎、 クワィケン五騎、バジユラー一騎、
合計十騎と相成る
──

 コンソールに表示された情報を睨んで、ユーンがぽつりと呟いた。

 「間合いを詰めてこないな」

 無反動砲を構えながら、横走りにマツカブイを走らせつつ、
コクピットの中のマルコが唸る。

 「中距離の攻撃が豊富なんだよ。
上がろうとすると釘をさして来やがる。
クソッ、ルカが有るから動けないでジリ貧だぜ。地の利もねえまっ平らな場所じゃ…」

 ジャック達前衛のクワィケンは、散開し、ジグザグに駆けつつも
相手を牽制するように
アサルトライフルを撃つが、前進を掛けようとすれば、ジャックの言葉通り
マジックミサイルやエナジーボルトに釘をさされ、それもままならない。
そうしている間にも相手は
ほんの少しずつ後退していき、まるで相手との距離は縮まらない。

 「泣き事言うな、まっ平らなのは向こうも同じだ。
しかし…なんだろうな、これは。狙い撃ちはどうだ?」

 マルコが水を向けると、ハバルドのライフルで敵群に狙い撃ちを掛けて、
時折位置を変えるボークリフは、チーッと長い舌打ちを鳴らして、
苛立ち紛れに言葉を叩きつける。

 「脚はおっせえが、硬えんだよ!
盾の防御フィールドはまだしも、二、三回はレクィエンHldrと
何この…何?エペタム?とかいうデカブツに直撃をぶち当ててる筈なのに、
全然元気なんだぜ、拠点防衛かなんかの仕様か?」

 「ベタ脚で消極的な射ち合いか…
連中、段々と北側に回りこんでいるようだが
連合の前線部隊が射程に着いたら
その右翼側の攻撃に晒されるのは折込済みなのだろうかな…
こいつら、ルカを廃棄させて、間合いをコントロールしつつ、
俺達を引っ張るのが狙いか?」

 「サーセン、
一応、こちらのクルーは白兵戦装備の準備も終えて、
そちらに退避移動する準備はしてあります…」

 即座に、ルカ班の車両長、カーンがマルコに詫びる。

 「んぁ、ルカはどの道、
一端廃棄したほうがいいな。
敵を追う脚を出すとして、
ここから距離を保ったまま西に流れていくと、モルレドウの小都市、
南西のチェスピ市周辺での戦闘に至る。
そこに防衛部隊でも配備しているのだろうか?
若干、モルレドウ北部基地跡からは方向が逸れるが、
そこを拠点に攻撃を仕掛けてくるとするなら相手に取っては
待っていれば捕捉できない距離ではないわけだし、どの道同じだ…
他の狙いでもあるのかな」

 「空中は、どうなんです?」

 ユージンがマルチランチャーから、
相手のクワィケンを捕らえようとネット弾を射出するが目敏い相手によって、
空中で展開する前にこれを落とされる。

 「飛んでいたダガンは徐々に
チェスピ目指して下がっているとのこと。
距離を取って勘付かれないように
追っているクモキリからの情報だから、今度は確実です」

 ルカ班長バイパが、転送した情報に注釈を加えて
 「トリスュラは生き残ったんだな」

 と、先ほどあわや対空ジャベリンが降ってくるかと
肝を冷やした経緯のあるボークリフが問う。

、  「MDMを撃ったらしい、
そいつでトリスュラは致命的なダメージを回避したが、
ジェネレータにダメージを負って、高度を落としながら
我々の進行方向から外れて、
さっきの、チェスピ目指して下がっていったとか」

 と、ルカ班のレクイエンHldrを駆る
老パイロット、
ハリー・ローカーが答えて、マルコが苦笑する。

ハリーのレクイエンHldrの後期型魔剣銃から射ち放たれるマジックミサイルが
四発、弧を描いて敵に殺到するが、
敵群の中のガラティンの撃つアンチマジックミサイルをぶつけられ、
マジックミサイルは霧散する。

 「…どうあってもチェスピか。
ここまで必死だとちょっと覗いてやりたくはなるがね」

 「それ俺らだけでいったら袋叩きにされて死ぬんじゃね」

 「スポンサー次第だな」

 ボークリフの言葉に、
もう一度苦笑いで返答を返すとマルコは
無反動砲の照準を大盾を構えた紺色のレクイエンHldrに据える。

 「とは言ってても撃ちあいをずっとしてるのも不毛だ、
ルカのクルーはオクトパスに退避。
退避が終わったらいい加減間合いを詰めて様子を見ていくか」

 返事を聞く前に、マルコは無反動砲を射ち、
巨大な弾頭がレクイエンHldrに殺到する。



 「ベディヴィア!」

 アルバがベディヴィアに注意を促すが、
無反動砲のダメージと弾道を、
レクイエンの装備した大盾の出力する強固な防御結界は
殺しきれるとベディヴィアは判断し
ムッと唸ってベディヴィアは大盾の後ろで
後期型魔剣銃を構えて膝をつくと、
盾にエネルギーを迸らせて、盾の構成する防御フィールドに
着弾して炸裂した
無反動砲の爆発の強烈な衝撃を凌ぐ。
その衝撃の余波で渦を巻く
土煙の中から魔拳銃を突き出して、ベディヴィアは
即座にエナジーボルトを応射する。

 それを見計らって側面から、
モルレドウに雇われた傭兵部隊、
ロス・ロボス所属のベディヴィアの指揮下に入っている
クワィケンの一騎がアサルトライフルでベディヴィアの前面まで射線を作り、
その射線の上を駆ける弾丸は
やはり、新たに土煙を巻き上げて
追撃の照準からベディヴィアを護り、クワィケンはすぐさま後ろに飛んで
ハバルドのライフルの弾丸を避ける。

 「大丈夫です、エドワード様。
──よし、コヨーテたちめ、
徐々にその気になってきているな
…──本気でついてきてもらうには
ここを凌ぐのが本番だぞ、皆の衆!
コヨーテの後ろ、前線の先端を、
チェスピに刺してもらうのが我々の役目であろう!」

 ──旧グーヴァイン領、シャングリラから参戦した
ベディヴィア、エスター、エステル、それにアルバの四人は、モルレドウ領の
騎士、ノーバ・ネスに呼び立てられてこの役目を依頼されていた。

 グーヴァイン領崩壊後から
旧グーヴァイン領からモルレドウ領に流れてくる難民を通じて
旧グーヴァイン領に存在する集落、
シャングリラの存在を、
かねてより知っていたノーバの判断でモルレドウ領は、
その難民や、シャングリラ周辺の民衆を
モルレドウ領の秘密の事情の為に幾たびか連れ去り
その一方で モルレドウ領の課税対象とならない、
隠し兵力としてシャングリラの所有する人材や魔装鎧を
協力関係として運用できる体制を作っておくために
その背景を知らず、シャングリラで民衆を護るアルバ達に
支援物資を送り、程ほどの復興支援をしていた経緯がある。

 当のノーバ自身も、
人間を相手にこの戦力を起用することになるとは
思っても見なかったが、
とにかく、ランサらが到着するまでの時間を稼ぎたい
ノーバらモルレドウの騎士達が
シャングリラのアルバへと、

誤解から侵攻を受けるが、
和平を結べるはずである、防衛の協力を頼みたい

と協力を打診したところ
シャングリラで
根付いた土地で生きていきたいと願い
生活復興に尽力するグーヴァイン領の人々を
眼に見える手助けで助けて、
常日頃モルレドウ領の吾らに窮する者を助く
仁の心ありとシャングリラの人々に
知らしめておいた甲斐、情報機関を買収して
この集落の情報に関する
ニュースの情報封鎖を施していた甲斐も有って
情報に相当明るいものでなければその集落の存在を知りもしない
そんな状況にあって
他に支援の当てもなく、
モルレドウ領の行いの全容を知らず
何よりモルレドウ領の支援を恩義に感じていた
エドワード・グーヴァイン二世を名乗る
アルバは一命を以って日ごろの恩に答えるべしと
二つ返事を返した。

 少なくとも、モルレドウ領に取って
彼らの暗躍の始末、それが招いたものを
取り繕う為の時間の猶予は
いくらか現実的に稼げる見込みが出来たことになる。

 ──シャングリラの人々は、
モルレドウからの施物と温情らしきものに光を見ていた。

シャングリラの人の集まりの中で、
その光が形作る影に意を留めることができたのは、
ドーリと、心中に昏い影を飼うベディヴィアだけであった。
最も、『何か、怪訝な』という程度の疑いを抱いたのだとしても、
モルレドウの行いの、その全容は当然二人には知る術も察する術も無い。

 そこで、二人はベディヴィアらが出立する前に急ぎ一計を案じ
べディヴィアは腹にその企みの影を抱え、
アルバらを率いる始末と相成った──。

 「ベディヴィア、
コヨーテのピンクの支援車両から
黒の支援車両にクルーが移動してる、狙い撃つか?」

 遠距離攻撃用大型魔装鎧、
アンコモンアーマー・エペタムに乗り込んだ少年、エステル・コモンは、
素早く砲の角度を調整して
ルカとオクトパスの間のスペースに照準するが、
ベディヴィアはたわけッと大喝してその提案を一蹴してしまう。

 「無闇に撃つなと言ったろう、そんなのは騎士のすることではないぞッ、
まして任務が任務だ。
モルレドウの和平交渉の為にも敵に極力損傷を出すな!」

 シャングリラに居る時とは別人の様に快活になり、
武人の気高ささえ見せるベディヴィアに面食らった
エステルは茶色い髪の毛をガシガシと掻き毟って口を尖らせる。

 「ちぇッ、なんだよ…やけに元気な割には
敵をバカに丁寧に扱って。
騎士の地位が惜しくて、連合に寝返ったりするつもりなんじゃないだろうな?」

 「──エステル、今言った事、
指揮官殿に謝りなさい。すぐに」

 今度は、エステルと一卵性
双生児として生まれてきたエステルの姉、
エスターが鋭い声でエステルを刺す。

エスターの言う事には、エステルは無条件といって良いくらい弱い。
暫し気まずそうにエステルは沈黙して、小声でベディヴィアに詫びた。

 「う・・・判ったよ、変な事言って、ごめん」

 「どんな事でも、疑うのは結構だよ、エステル。
自らの精神が騎士のものであると言うならば
それは自らの身に振りかかるどんな疑いでも、
潔白を行動で証明していく生涯の誓いであるというのを
グーヴァイン卿は教えてくれた」

 ベディヴィアの言葉が
飲み込めないらしいエステルが、うんと生返事を返した直後に、
クワィケンがもう一度、
自分たちを護るべく足下を撃つ砂埃と轟音が上がる。
その中でもう一度エステルが、
なぁ、ベディヴィア、難しい事はよく判らないけど…
ただ、傷ついたなら本当にごめんよと
やはり小声で謝ったのを、ベディヴィアはしっかりと耳にし、心中に受け止めていた。