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 スラスは笑う。

 スラスの弄した策とはなんであったか。
捜索容認派とされ、交渉の為にチェスピ市から丸腰で直訴に向かう騎士を
──それも都市の長を──
連合騎士団は問答無用で撃破した、と言いえる状況を作り上げ

その情報を外部に向けて偏向して発信する事で
他の領土からの印象や、王都への印象を操作し、連合に対して
モルレドウ領が有利に交渉を進められる状況に持って行く構えを作ろうとしたのだ。

 ──連合は、建前を守るつもりもない、敵味方の区別もつけない、
単なる侵攻の為の軍勢である──
と。

 今、ベディヴィアがその綻びに気づいて吼え声を上げたとて
痛くも痒くもない。スラスに取ってそれは想定の範囲内の出来事であった。

 そう、誰がどう足掻こうが、
自分のデザインした流れの中に押し流されていくしかない…。

 それに気付いて、動きを見せたとしてもそこに絡め取られるしかない他者の姿を見て、
己の策の磐石なるを確信したスラスは笑ったのだ。

 (時至れば、敵味方に分かれることもなかったろうに。
間の悪い人間と言うのは。
してはならぬ時にしてはならぬ事に引き寄せられるもの──)

 スラスの歪んだ唇の端は、しかし、声をにごらせること無くベディヴィアに問う。

 「して、ベディヴィア卿。返答の程はいかに」

 スラスの声の色には、確信を抱くスラスの見識の硬さと冷たさがあり、
それは自信のようにも見えた。
否と答えればベディヴィアは、この場でコヨーテに狩り殺されるまでだ。

是と答えればベディヴィアは、その手を汚し、
本意ではない殺人の為にモルレドウ領、連合騎士団に追及を受ける羽目になり、
その追及は弱い立場のアルバやシャングリラの住民にも及ぶだろう。

 ベディヴィアも、笑う。

 自分の対峙すべき本当の絶望を見つけ…
彼の魂は波打ち、喜びに打ち震える。

 その心中の波動はベディヴィアは充たしていく。

 ある意思の力がこんこんと湧き、充たされていく感覚にベディヴィアは恍惚となる

 それは美しい魂を自分の手で守る意思である。

 「私の主の系譜を守ることこそ、私の役割である。

故に…私は、味方殺しの謀略を巡らし、
私の主の血脈に汚名を被せようとする様に見える御身と相容れることは出来ない。

──よく私の前に現れてくれた、スラス卿。
命を捨て石に使おうとする貴公こそ、
姫様達の未来を橋渡ししようとする私の敵に相応しい。
この穢れた臆病者の命を、
グーヴァイン領のものたちの未来を築く礎の一部とする事ができる、
その機会を与えてくれた!」

 ベディヴィアは言葉に形を変えた吼え声を上げる。

 そして、その吼え声を受けて動いた紺のレクイエンHldrは、
魔剣銃をぐいと突き出すように構え、ビナーの乗るフラ・ベルジャを照準に据える。

 「仲間割れ!?」

 視界に捉えた光景の異変に気付いたユージンが声を上げると同時に、
ベディヴィアの魔剣銃から閃光が走り、
空間に尾を引いて疾走する白い光の弾丸、
エナジーボルトは
ビナーの赤いフラ・ベルジャの脚部を抉る。

フラ・ベルジャは、エナジーボルトに左足を圧し折られ、走る勢いそのままに転倒した。

 「エステル!エスター!
…姫様を守れッ!
ここにある意思は、君らとともに有るべき種類の意思ではない!
モルレドウを棄てて、君らは連合の騎士に降りたまえ!

この鉄火場からシャングリラに帰るため、
連合に降るための道は、この私が命を賭して示す!
それで、エステルの私への疑いは晴れるだろう!
私が合言葉を口にした以後の事を、ドーリから聴いているな!?」

 レクイエンHldrは盾を構えて、
コヨーテの方に向き直り、間合いを取るように後ろに跳ぶ。
ベディヴィアが通信で叫ぶのを聞きつけて、アルバが叫び声を上げる。

 「ベディヴィア!どうしたのですか!?
なにがあったのですか!?答えなさい、ベディヴィア!」

 「モルレドウの騎士団の裏切り者は、居ませんでした。

傷の騎士団の捏造だったのです。

我々がその裏切り者にされるところであったのか…はたまた
傷の騎士団に和平とは別の思惑があったのか。

いずれにせよ我々は、
味方を贄に乱を呼ぶ、和平とは反対の方向を走る、
味方殺しの道具にされようとしています…」

 アルバは、暫し絶句した。

しかし、幼い頃の自分にも嘘の一つもついた事のない
彼の実直な人柄を良く知るアルバはベディヴィアに
「本当に」とだけ震える声で問うて、ベディヴィアも「はい」と短く答える。
二人の声の鋭さは、肌も切れるようなぴんと張り詰めた鋭さを孕んでいた。

 「姫様、姫様に従う二人の騎士は、ドーリの秘蔵っ子。
王都の影の騎士、プロト・カルマと呼ばれ、
失敗作とされるナンバー2と3を割り振られた一対の宿業騎士です。
人の宿業から、宿業の力を以って逃れなさいませ。
 「ベディヴィア、おかしな物言いをなさらないでください!
仮に事実がそうであるとしても…そうなら、貴方も一緒に逃れるのです」

 「なりません。
私は、私とシャングリラの騎士たちが、
モルレドウと連合の争いの為に此処にあるのではない事を
証明していかねばなりません。
…エスター、エステル、
【世界を、回天にて巡らせば、逆の運命こそが天理となる。
然らば、回天を興すは、何であるか】」

 ベディヴィアの言葉に、エスターが、静かに答える。

 その声は、エスターの声の響きを持っていながら、
どこか虚ろで違った響きを持っているようにアルバの耳には聞こえる。

 「過去から未来を貫く、人に刻まれた宿業」

 「【否】」

 続けて、エステルが、静かに答える。

 「言葉で語られる未来、偽りの希望」

 「【否】」

 エスターと、エステルの二人の声が重なって、ベディヴィアに答える。

 「共に生き、共に死なんとする、人の意思。
…本当の、意思
それは収束し、世界と運命を書き換える」

 「【あなたの神さまってどんな神さまですか。】

 そしてベディヴィアはまるで、うたうように言葉を紡ぐ。

 「──【ああごらん、あそこにプレシオスが見える、
おまえはあのプレシオスの鎖を解かなければならない。】
──

 言葉が、素粒子を伝ってその記憶を世界に刻む。そしてそれは小さな空気の振動となって伝播し、世界を震わせる。
発せられたベディヴィアの声と共に異変が起こった。

 エスターの左眼、エステルの右眼、その瞳の色が金色に変化し、
二人の搭乗するアンコモン・マシン、エペタムとスバターリがゴクンと駆動音を鳴らして立ち上がる。

 ベディヴィアの告発に、アルバは少なからず動揺した。

疑惑めいた気持ちもアルバの心中には持ち上がるが、
機体の中に待機していたエスターとエステルが
武器を取って機体を立ち上がらせたその異変に気付く。

 「─エドワード様、ガラティンを起動させて下さい。
ここからの指揮は不肖乍ら、このエスター・コモンが預かります」

 「やれよ、ロス・ロボス。そやつらは最早ものの足しになる道具ではない。
統べて物言わぬ死体になって、
我々とチェスピ市がその尊い犠牲の為に報復に出る、その大義名分になって貰おう」

 スレイプニルの通信を介して聞こえた、
鉱物のような硬さと重さを感じさせるスラスの声が、ベディヴィアの告発を決定的に裏付ける。

   スラスらに裏切られた事を悟ったアルバが嫌ッ、と声を上げ、
ベディヴィアの機体に着弾する金属音が通信に入った音が混じる。

 動きを起こしたロス・ロボスのクワィケンが、
小柄なスバターリの体当たりを食らって横合いに弾き飛ばされ、
スバターリの手にしたグレイブが
クワィケンの胸部コクピットを金きり声の様な物音を発して深々と貫く。

風を鳴らして抜いたグレイブを振るってこびり付いた血脂を払うスバターリは、
四つの菱形の眼の付いた丸い頭部を回して、見栄を切るように辺りを睥睨する。
小兵ながら、肩や腰の装甲は大振りで長く、
また、各部の装甲はそこそこに重厚なものを備え、そこから伸びる
短く太い四肢のせいもあって、
固太りの印象のあるマシンである。
このスバターリ、クワィケンと同じく小型に類するアンコモン・マシンであるが
非力で有る故に
火器は携帯武器程度の物しか扱えない特性を持つが機動性に優れ、
被弾しても機体サイズに見合わない耐久能力を発揮できる機体ではある。

 野郎、と気色ばむロス・ロボスの傭兵達がスバターリとガラティンを取り囲もうとするがその脇で
エペタムの両肩に搭載された対地砲が旋回して、
エペタムがロス・ロボスの指揮車両、
スレイプニルの操車室に接射を撃ち込む轟音と振動とが鳴動する。
スレイプニルが発動した防御結界が、
砲弾に接触して火花を上げるが、エペタムは構わずに前進して手にした槍の柄で
スレイプニルの上背の高い車体を引ッ叩き、更に砲弾を打ち込みながら、胴の機関砲も稼動させて
砲弾の雨あられをスレイプニルに至近距離から浴びせる。
エペタムの正面はもうと巻き上がる粉塵と閃光に包まれ
地獄を連想させる火と煙の入り混じった光が、
エペタムの異様に横に広い上体とそこに埋没するように据わる丸い頭部、、
角の様に尖った両肩の対地砲と両腕の外側に据えつけられたランチャーポッド、
いびつに長い両足の作るクワィケンの二倍近い巨大なシルエットの
アンコモンマシン・エペタムの異形を浮き彫りにする。

 スレイプニルの窮地に、
バジユラーが動きを見せて、動きの鈍いエペタムをその腕力で掴み、
引き剥がさんと腕を伸ばすが
粉塵を裂いて横合いから飛び込んだスバターリが振り上げたグレイブの一撃を食い、
バジユラーは肘の駆動部を切り裂かれ、
更に跳び蹴りを続けてその脇腹に受けて押し退けられる様に飛び退く。

 機関の出力する防御能力の限界を超えたスレイプニルがエペタムの砲弾の直撃を食らい、
歪み、焼け焦げ、吹き飛んで、スレイプニルの車体の上半分は無惨に破壊しつくされる。

 「ああ・・・」

 混乱と、動転の極みに落ちたアルバのガラティンを守るように
エペタムとスバターリはガラティンを挟んで背中を合わせ、周囲に残った魔装鎧を睨み据える。



 ベディヴィアは、レクイエンの手にした長剣を地面に突き立て、コヨーテに向けて叫ぶ。

 「コヨーテ、聞こえるか!
エドワード・グーヴァインの騎士、
モルレドウ領の勢力の一切を敵と見なし、決別した
ベディヴィア・チューナーが連合の騎士に申し上げる事がある!」

 コヨーテは脚を止めたレクイエンの見せた無防備さに驚き、
レクイエンを小銃の照準に据えたまま立ち止まる。

 「巣に帰れ、ベディヴィアとか。俺達の仕事はここから誰も通さない事だ」

 和平を阻む騎士が、
和平交渉に力を添える為に直訴に向かった騎士に攻撃を加えて、
連合に一糸報いる為に特攻を仕掛けようとしている…。

 敵方からその忠告が今先ほど有ったという連絡をマルコも、既に受けている。

 言葉通りには受け止める事が出来ないこれまでがあり、
また、敵方の事情がどうであれ、
言葉に捉われず、
敵は敵と迷いなく断じるコヨーテの判断はまさに傭兵のものだった。

 「いいや、通ると云えば、なんとしても通る…撃たば撃てイ!
この私は剣なくして無明の道は歩けぬ不出来者。
私の道を、私の背後の誇りを、それを守る為に武装は御免被る!
此処を切り開いてでも、一命以って我は進む、
異議あらば近う拠って剣で吾を斬り斃すがいい。
──吾も、寄らば斬る所存!」

 逡巡を一瞬見せて…しかし、剣を手に取るとその長大な剣を肩に担ぎ、
大盾を手にしたレクイエンは一歩を踏み出した。

 「へっ、やっぱ誰だってよう…
剣をもたねえで自分の何も守れるとはおもわねえよな。
丸腰なんて寝言をほざかねえ分、共感しちまうね、俺ァよ」

 ジャックが、アサルトライフル下部につけたマルチランチャーから魔装弾を射出する。
音を立ててレクイエンの頭上で展開された弾頭は、
ワイヤーネットが格納されたネット弾と呼ばれる弾丸であった。

 動きの重いレクイエンはこれを避けることが出来ずに網に絡め取られるが
自らを拘束する網をその腕力と魔剣銃とで引き千切りながら、更に前進する。

 「紺の方、ちッとかっけーじゃねーか。
野郎、アンチマテリアルライフルの弾をものともしない奴なんだぜ、侮るなよ!」

 ボークリフが、そう云いながらも
手にしたライフルで支援射撃を見舞い、弾丸はレクイエンの膝の装甲を捉えたが、
僅かに装甲を凹ませるだけだった。

 「どういう状況?
…しかし、どうやら、ビナー某とやらよりはマシな子が出てきたようね」

 事態の変動の為に、アルゴンキンの自らの席に戻ったバーベナからの、
通信を通じた状況の報告を受けて、レオンはにたりと笑う。

 スラス・タブからの忠告とやらを告げる通信がアルゴンキンにも齎されたが、
その内容を聞いて、遂にレオンは確かなものの確信の一端を得たのだ。

 「チェスピで何やら流れの異なる構えを見せたのもポイントよね。
裏の裏…あると思わない?ユンデル卿」

 ユンデルが長い髪の毛を後ろに束ねて、レオンに答える。

 「今時直訴もないものだと思ったが…
信用できないものが、信用できないと云うているものなれば、
真実の一端は握っているかもしれんな。まして」

 「モルレドウと、連合に自分だけの意思で、
単騎で二正面を挑むと堂々と宣言して来ると言う事は
死の覚悟のある人物よ。
決死のその意思がなにを望んでいるのか…
少なくとも、モルレドウの騎士の虚ろな言葉よりも信じられるものを持っていると
あたしの眼には見えたわ」

 「それよ、レオン卿。私も全くの同感だ…
しやつの大丈夫たる姿に秘めるもの、それをはからずに
犬死にをさせるにはちくと惜しいと私にも思える。
コヨーテのお後、この私がその覚悟をはかってくれようと思うが如何」

 戦太鼓のごとし声を震わせて、椅子から立ち上がるユンデルの言葉を聴いて、
ふウむとレオンが何事か一考する。

 「単騎で?」

 「イヤ、降魔騎士団のフラ・ベルジャでも連れて行こうと思うが」

 「ユンデル卿、こちらから、
その、フラ・ベルジャの代わりにバッソウ部隊をつけるわ。
少々あの子達の面倒、見てあげてくださらない?」

 ユンデルは流石に眉をしかめて難色をその炎の如き眉間に浮かばせる。
ユンデルにとっては、この申し出は随分と心外であったろう。

バッソウ部隊といえば、盾の騎士団に随行する学徒で構成された部隊である。

 先の対空戦用魔装鎧部隊との接触では確かに眼を見張る活躍を果たしはしたが
皆初陣では経験は他の騎士に到底及ぶとは思えない。

 世話を焼くのも面白くなければ、
それを察する事の出来ない若さに世話を焼かれた気になるのも面白くない。

 「ム・・・しかし。
実際問題、なにがしかの策が巡らされているという事も考えられる。
今彼らを前に出す事もあるまいて」

 ユンデルは断りの口実をとっさに口に浮かべたが、
これも現実問題として棄てきれない可能性とは言えた。
ユンデルらにとっては、
相対するレクイエンは無謀な直訴を計ってはいるものの、
その正体は未だ不明瞭なままなのだ。

 「もしそうなら、その時こそバッソウの出番よ。
面で囲まれたとしても数で応戦できる、
退却するにしても逃げ足が早い上、
位置的な優位の取りやすいあの機体は退路を開くのにうってつけ、でしょう?」

 「なれば、いっそ私の騎士団のダィンスレーを…」

 とユンデルが言いさしたところで、ユンデルの横に控えるアレキサンダーが
軽く手を上げてユンデルを制するように声を上げる。

 「しかし、お屋形さまや、ノーブルが目標に着く前に損耗するのは避けたいですな、
レオン卿、お屋形さま。…ここは私とクイシトウがお屋形さまの代わりに前進致しましょう。
あれならば相手に傷一つつけられない理由を有しています故」

 うーん?とアレキサンダーの提案に唸り声を上げたユンデルが首を傾げる。

 「出来る事なら、
すわ有事となってレオン卿のご令息と若き騎士の才覚、
私も見ておきたいという邪心は、正直ありますよ。バッソウの性能もね」

 アレキサンダーがおどける様に肩を竦めて言う言葉を聴くと
ユンデルはその硬い面を崩して、グハハと豪快な笑い声を上げて、
アレキサンダーの二の腕を、手袋をはめていても
石塊か何かと見まがうようなごつごつした巨人の手でばしと叩く。

 「臆面も無い。人たらしめ、おのれのコネクションを広げるのをまだ怠らぬかよ!
よりによって親御様の目の前で
御令息やら学生にめぼしい者の
おらぬものかと欲を見せるとは底が知れぬ人ばかよのう」

 「そんなに褒めんでください」

 ダトラがレオンの言と、アレキサンダーの擁護について不思議に思い、
視線をレオンに送るがレオンは肩を竦めて無言でニイと笑いを作るばかりである。

 「まぁ良いだろう、初陣の騎士を連れて不明を渡るのも勉強。
レオン卿、バッソウの若者たちにこやつのクイシトウでお供させていただく事を
お許しいただきますぞ。なに、私の誇りに賭けて、
御令息らには何が起ころうと無傷でお返しできると約束致そう。
アレキサンダーというのは、私がこうまで申し上げる事の出来る男にて候」

 豪快そのものの発した声を響かせて、ユンデルは先ほどよりも更に快活に笑う。

 「不躾なお願い、聞き入れて頂いて感謝するわ」

 ユンデルの、人間の練磨を以って良しとする姿勢は
武人の模範といえば模範と言える姿だとレオンは内心舌を巻いて礼を述べた。



 巧みに機体の位置を操り、レクイエンHldrとの間合いを保ちながら
コヨーテのクワィケン四騎は
レクイエンに次々とアサルトライフルの弾丸を浴びせる。

 強力な物理衝撃緩和の魔法が働き、
勢いを殺された弾丸はレクイエンの装甲を打ちつつもその殆どが有効打となりえず、
細かく火花を上げながら弾き飛ばされ、レクイエンは平然と前進の脚を進める。

 「これだけ相手の防御の為に出力された魔法をしこたまブン殴っても、
まだ刺さらないとは手元の出力調整だけじゃないな。
プロテクションを何重かでかけて、
ブーストマジックでジェネレータの負荷を圧縮、防御性能を強化している様子。
歩く壁か」

 「回避を考えない、それだけ下手糞が乗っているって事よ…
クワィケンで仕掛けるのか?」

 ジャックの呆れ声に、ユーンが答え、彼のクワィケンは
後続のユージンとルカ班のクワィケンにハンドサインを送り、
扇状に展開した陣形をより拡散させる意図を見せる。

 「おい!レクイエンは一発が重いぞ。よっぽどじゃないなら止めておけ」

 「当たらなければなんとやら」

 マルコの制止する声を振り切って、
ジャックのクワィケンと、ユーンのクワィケンが同時にレクイエンへの間合いを詰めるべく
直進を掛ける。

 「シャッ」とべディヴィアが奇声一叫、レクイエンが剣を肩から外してクワィケンを迎え撃つ構えを作り、
クワィケンはそれに構わず前進を掛けながらアサルトライフルの弾を休み無く撃ち込み続ける。
ジャック、ユーンのクワィケンが左右から迫るのに対して
それに若干遅れてもう二騎のクワィケンが前後からレクイエンに迫る。

 ジャックのクワィケンが、バインドの魔装榴弾を
アサルトライフルのランチャーからレクイエンの足元の地面に撃ち込んで、
榴弾に込められたバインドの魔法が発動する。
このバインドの効果範囲では
短時間ながら物質に対して掛かる重力(引力に非ず。限定的である)の効果が増す。
その為にレクイエンは姿勢を崩して膝を僅かに落とす。

 レクイエンが姿勢を崩したのを確認したユーンのクワィケンが、レクイエン目掛けて高々と跳ぶ。
空中でアサルトライフルを投げ捨てると、クワィケンはブロードソードの柄に手を掛けながらも
ぐるりと一回前に機体を回転させ、
長剣の刀身で受けようとするレクイエンの緩慢な動きをかわして、
レクイエンの首の駆動部を脚部装甲で捉える。

ガシという音が鳴り、レクイエンは首を廻す。

銃弾や専用の接近戦武器での攻撃よりも、相手の装甲、
防御魔法に掛ける負担ははるかに劣るものの、装甲での殴打は有効面積も広く
射撃武器の瞬間的な衝撃に比べて、微弱な衝撃が長時間、効果範囲内に居座る事になる。
面積が広い分、防御魔法の出力を誘い、
その魔法の限界を超えさせて有効なダメージを齎すための布石としては、
単純な装甲での殴打や盾での殴打はそこそこ有効な手段である。

 身軽な動きを得意とするジャックは、
滞空したままのクワィケンの脚をさらに運動させ、
二度ばかりレクイエンの頭部を突き飛ばすように爪先で蹴り付ける。

空中を歩くように見えるその挙動の、
打点の高い蹴りによる衝撃に頭部をさらわれたレクイエンは、
今度は上体を軽く持ち上げられてぐらりとその巨体を揺すった。

 ガツンという機体の中を駆け巡る硬い音に負けじと、
ぬぁッと大音声でベディヴィアは喚く。
レクイエンはバインドの魔法の負荷によって出遅れていた剣をごうと横なぎに振るい、
未だ滞空するクワィケンを両断しようとするが
クワィケンは器用にそのレクイエンの長剣の鎬を
両足で踏みつけて後ろに宙返りをして飛び退くと、
間合いを外した場所で逆さになったまま地面にブロードソードを突き立てて、
くるりと脚を回してバランスを取り、
またしても一つ宙返りを打ちながら剣を抜いて着地する。

 未だ振るった剣も戻せず、ようやく軸足を変えて姿勢を戻そうとしたばかりのレクイエンを、
今度は、こちらもアサルトライフルを投げ捨ててブロードソードを
腰溜めに構えたユーンのクワィケンが間合いに捉え、
ベディヴィアは半ば強引にレクイエンの上体をそちらに向けさせるが、
ユーンのクワィケンは走りながら剣の構えを右八双から蜻蛉の構えの如し、
高い構えに移行させる。

 今度こそ剣で受け止めようとレクイエンは剣を水平近く横に倒し、更にその後ろを盾でカバーするが
クワィケンはその動きを見るや
見せた構えをもう崩し、剣を両手で突き出して、低く飛ぶ。
まるで低空を滑り込みでもするかのような姿勢のままぐいと突き出された剣は胸板を守るレクイエンの剣の下を潜り抜け、
ガツンと音をさせて
深々とレクイエンの腿の装甲に突き刺さる。
剣を握ったままだったクワィケンは
殺しきらないその勢いを借りて柄から片手を離して、片手で柄を握ったまま両脚を上げて
柄の上で身体をあん馬運動の様に廻し、運動させると
盾の向こうのレクイエンの胴を蹴り付けて、押し退けるようにグイと相手の機体を突き、
剣を抜いて飛び退く。ワァンという音を立てて
レクイエンの装甲が哭き、レクイエンはたたらを踏んで何とか姿勢を戻す。

 「この野郎・・弱いぞ・・」

 「素人に毛が生えたようなもんさ、
満足に機体を扱えていない。本気で畳み掛ければ、
この硬さでもまず間違いなくクワィケンだけで沈められる」

 ジャックとユーンは、相手の力量を判断すると再び散開する。

 更に距離を詰めるもう二騎のクワィケンと連携しようというのだ。

 「な、なんのッ」

 ベディヴィアは叫び、その場で仁王立ちとなったレクイエンの長剣を再び、横なぎに振るって
バシリという雷が空間を裂くような音をさせ、
刀身に満ちたエネルギーを空間中に、散弾の様にばら撒く。

 エナジークラスター。エナジーボルトを拡散させて広い範囲に
効果を及ぼす亜形の魔法である。
これはベディヴィアがクワィケンの素早い動きを封じ、
またも容易に前進してくるのを防ぐ為の牽制で有ったが
クワィケンたちは全て空間を焼く光の球、
この無数の光の弾丸に対して
跳ね、或いは旋回し、次々と潜り抜ける。

 長大な柄物から発動する魔法ゆえ、
長大な柄物の取り回しの為に動きが大きくなる
レクイエンの剣の構えから、散弾の殆どが通るで有ろう
軌道のあたりをつけて、範囲の判断に踏み切ることが可能なのだ。
敵が構えた段階でそれが見えていれば、リスクの少ない位置取りの為に動くことが出来る。
クワィケンの機動性があれば──
いや、ある程度魔装鎧の制動に手馴れているものであれば
それは、造作もなく回避できる種類のものであったろう。

 弾丸は失速し、次々と地面に着弾して土煙を巻き上げていく。

 「一撃できれば、道は開ける」

 ベディヴィアは呟く。
そうして今度は脚を止めて盾を上げ、クワィケンのアサルトライフルの弾丸を凌ぐと
守りを固める構えを見せて、接近戦を仕掛けてくるクワィケンを待ち受けようとする。

 「どこで立ち止まっているんだよ、ハリボテ野郎!」

 土煙を潜り抜けて、低い姿勢で飛び込んできたユーンのクワィケンの剣がベディヴィアの眼に閃いて見える。

 窮地に立たされたベディヴィアの心は却って無心となり、
下段から振り上げられたブロードソードをレクイエンの長剣は上段からの巻き落しで遂に捉え
ガチリと硬い音が鳴る。

 「吸い付く…!?」

 とっさに離れようとして、ユーンは自らの柄物に強大な力が働いて、
交差し、打ち合わせたレクイエンの柄物に引き寄せられる異変を感じ取る。
次の瞬間火花の出るような衝撃がユーンの身体を駆け巡って、
ユーンはうわっ、という叫び声を発していた。

 レクイエンの長剣を媒介として発動していた
ショック・グラスプと呼ばれる電撃の魔法によるものである。

 その衝撃に、瞬間的に意識を霧散させたユーンは慌ててクワィケンの上体を下げる。
間一髪のところで、
レクイエンの長剣がクワィケンの頭の上を掠めるのをユーンは認めた。

 剣を振りぬいて隙だらけになったレクイエンの間合いからしゃらくせえ、と
吼えてユーンのクワィケンが飛び退く。

 「あたらなければどうとか言っていなかったか?」

 「ち、痺れるが…ギリギリセーフ」

 「また生え際削られるぜ」

 ユーンの窮状を察したマルコの言葉にユーンが答え、
ジャックは以前の戦闘の失敗の皮肉を掘り返して笑う。

 「もう一丁バインド弾行きますえ」

 中盤の騎士団所属フラ・ベルジャが前進してくるのを意識しながら、
ユージンのクワィケンも榴弾をアサルトライフルから射出し、レクイエンを牽制するが
レクイエンは榴弾を盾で叩き落し、
魔法発動のタイミングをずらされた榴弾はレクイエンに降下の及ぼさない
横合いの地面の上をバウンドし落着して、魔法を空振りさせてしまう。

 「繰り返すぞ、四方から仕掛けるにしても、
奴の物干し竿の一発には注意しろよ、
さっきみたいなまぐれ当たりというのもあるんだ。
クワィケンが巻き込まれたらまず間違いなくバラバラになる。
途中で死んだら生存手当てが打ち切りになるからもったいねえぞ、
長引きそうなら、フラ・ベルジャと一緒に囲め」

 「コヨーテは戦死しても香典は出ない決まりだからな」

 ジャックがサムの声を思い出して自嘲気味に笑う。

 「ホントの実力主義って事さ。冷たい言い方だが、
社会は生きてる奴の王国なんだからよ」

 ボークリフのライフルの弾丸が、レクイエンの頭を捉え、
この弾丸は射角の為に頭部装甲を凹ませるのみに留まったが、
その衝撃でレクイエンは上体を仰け反らせる。

 スラスがそう評したように、レクイエンは脚を進めることもろくにできないまま
猟犬の群れに追い詰められていく。

 しかし、レクイエンHldrの中のベディヴィアの闘志は折れるどころか一層冴え、昂ぶりを見せる。

 ルカ班のクワィケンが、ジャックやユーンに習って跳躍し、
レクイエンに接近戦を仕掛けようと距離を詰める。

 これに同調した残り三騎のクワィケンもそれぞれ
タイミングを合わせて一斉にレクイエンへの間合いを詰めるが、
最初に飛び込んだクワィケンは、レクイエンが投げつけた大盾に空中で衝突して叩き落される。

 盾という防御魔法のエネルギーの源泉の一つを失ったレクイエンの肩を、
ボークリフのライフルの弾が貫く。
運動する焼けた鉱物がその破壊的な威力で装甲盾に風穴を開ける。
それには構わずに瞬時に長剣を両手持ちの構えを変えたレクイエンは、一瞬だけ右八双の構えを見せると
ジャックのクワィケンに袈裟斬りに掛けようと
どしりと一歩の踏み込みを刻んで、野分の如き一の太刀を打ち込む。

 ジャックのクワィケンはこれを飛び退いて避けるが、
この一刀、先ほどの剣撃よりは鋭いと見たジャックはあえて溜めを作り、
敵の次の動きに対応する眼を開く。

 振り下ろした刀が、下から迫るのを見たジャックはこれを跨ぐように飛び越えて立ち位置を
反対側にシフトする。レクイエンの軸足は、ジャックのクワィケンが今しがた立っていた方を向いたままであり
剣を振り上げる動作の只中でもあるため、直ぐには向き直れない。

 「どんくせえツバメ返しもあったもんだ」

 ガシリという衝撃と共に、ジャックのクワィケンのブロードソードが
抗えぬ姿勢のレクイエンの背面に一刀を浴びせる。

 しかし、この一刀は打ち込む角度が悪く、
レクイエン自体の守りも薄い機体とは言いがたいのもあって、
火花を散らして若干装甲の表面を削っただけに留まる。
ベディヴィアは、背中に冷たいものが走るのを覚えるが、
それも高揚した精神を打ち消す事は叶わない。

ジャックは反撃を嫌って直ぐに飛び退いていた。
ベディヴィアはそれを受けて、
レクイエンの振り上げた剣を逆手に構えると、
間髪入れずに上段から
飛び込んできたユーンのクワィケンの一刀を受け止めると剣を運動させ
体格に劣るクワィケンを弾き飛ばす。
弾き飛ばすと今度はユージンのアサルトライフルの弾丸がレクイエンの装甲を舐め、
眼のくらむような火花と共に一気に腕の装甲に五六個の穴が開く。

 「もう一騎のクワィケンは?」

 「中で伸びてる」

 「左様で」

 ユージンと短く会話を交わして、レクイエンとの間合いを取りながら
脇へ脇へと回り込んでいたジャックは、被弾したレクイエンが片腕を泳がせたのを機として、
再びレクイエンに向かって死角から間合いを詰める。

 「馬鹿野郎、お調子者」

 狙撃を掛けていたボークリフが思わず叫び声を上げる。
あまり急に大声を上げたので、声の末尾は裏返って掠れていた。

 ジャックは、好機に気を取られて、
自らの進路がボークリフの射線の上であるのを失念していたのだ。

 あッとジャックが過ちに気付いたときには、レクイエンは泳いだ筈の腕を振り、
手首に内蔵された機関砲を撃っていた。

直撃は避けたが、ジャックのクワィケンは間近を通り過ぎるこの衝撃のあおりを食って脚部にダメージを負い、
転倒する。

 「撃ちぬいた弾丸は、腕のフレームに引っかかった!?ち、こんな下手糞に!」

 同時に反対方向から飛び込んでいたユーンのクワィケンはその一瞬の出来事に気を取られ、
空中で痛烈な剣の一撃を肩口に貰い、叩き落される。

 「あ、ヤバッ…」

 ユージンは、アサルトライフルの弾を撃ち切った
タイミングにそれが重なった事にぎくりとし、咄嗟に後続のフラ・ベルジャの位置を確かめる。

 フゥッとレクイエンのコクピットの中のベディヴィアが、
肝臓の膨れるような充足を滲ませた嘆息を漏らす。

 魔剣銃から、エナジーボルトが走る。
走ったそれはユージンのクワィケンの直ぐ右側を通過し、
クワィケンの右腕を武器ごとずたずたにして焼き切る。
クワィケン本体もその衝撃で大きく後方に吹き飛ばされて、
空中で一回転してから何度も機体を地表に引っ掛けながら転倒する。

 「ウゼー!・・そんなトウシロ相手に何してるんだ!」

 ボークリフが叫ぶ。

 マルコは、機体の中でばしと自分の右の頬をぴしゃりと叩いて唸る。

 「言わない事じゃない・・フラ・ベルジャ、フォロー間に合うか!?」

 「柄にもないドジ踏んだな、コヨーテ。・・中距離から、仕掛けていく!」

 マルコの問いに盾の騎士団のフラ・ベルジャが答え、
マジックミサイルが二本ずつ、計四本空間を走る。

 「中距離の射撃の距離を保っている間に
スレイプニル、敵のレクイエンHldrを狙い撃ち、
転がってる味方を巻き込まないように頻度と狙いは絞れよ。
ハリーの旦那よ、俺達も間合いを詰めていくぞ。
スレイプニルは適当に距離を見ておけ」

 マジックミサイルが、
全てレクイエンの付近に着弾して柱の様な土煙が上がる。

 「行ったか!?」

 疾走しながら瞠目する
フラ・ベルジャのパイロットは回転草がぴたりと止まり、風がそこで澱むのを見る。
風が澱めば土煙は晴れない。
土煙の向こうの影が未だ立っているのを認めると騎士は舌打ちを鳴らす。

 舌打ちを鳴らしたところで、騎士は僚騎の
フラ・ベルジャの胸部装甲を、マジックミサイルが貫いたのに気付いて、
轍を、と肝を冷やし天を見上げる。

 着弾の土煙に隠れ、レクイエンはマジックミサイルを魔剣銃から撃ち、
上空からの軌道を走らせたのだろう。

 もう一本のマジックミサイルも、フラ・ベルジャの首から胸板に掛けて焼き、貫いて、
ジェネレータの大部分を損壊したフラ・ベルジャは転倒する。

 果たして、魔が差したとでも言うべき事なのだろうか。
歴戦の古兵、騎士は数々の偶然に絡め取られ、
一騎のレクイエンの前に打ち破られた事実がそこには有った。

 「天佑、吾の前に道は開けり」

 ベディヴィアのレクイエンは、機体を引きずるように土煙を抜けてその姿を光に晒す。

 左腕の下腕部は、マジックミサイルによって吹き飛び
左肩の装甲盾は焼けて、花弁のようにめくれ上がって歪んでいる。
胸部装甲も歪み、抉れているため、
胸部に治めたジェネレータにも致命的と言えるダメージがあるだろうと推測できる。
右の腿には大きな穴が開き、太いフレームの一部が見え隠れしている。
そして、魔剣銃はその刀身の半分を残して折れてしまっていた。

 あの時よりも酷い。

 ベディヴィアは、笑いを止めることが出来なかった。

 ──こんな状態でも…まだ、もう少しだけ自分は歩かねばならない。

そこにたどり着けたらもう、いつ死んでもいい。

それはきっと最高に甘美な死に方だろう。
わが命を祭壇に捧げ、いたいけな少女達の無実の罪を晴らし、
私の気高い死に様を捧げて、強く、同じくらい気高い騎士達に彼女達を守らせるのだ。
私は。
私が。
その【いつか】は、手の届くところに、もう見えている。

 ギシと機体を揺すり、視界にマツカブイとコヨーテのレクイエンHldrを認めると、
べディヴィアは折れた剣を構えようとする。

 「…その胸の穴を狙って…貰った!」

 打ち込まれたボークリフのハバルドのライフルの弾が、狙いを微妙に外したのか
ベディヴィアのレクイエンの頭部を貫通して、頭部を半壊させた。