038.Shadow Run:18_Asking._The_Impossible.





 デスペラートは、騎士二人を従え北部基地跡の設備の一角、
地下室を改造した部屋の分厚い鉄扉の前で脚を止めた。

 「我々が唯一所有するフロオル式幻術魔装は、フロオル家の滅亡と共に抗体が失われている。
ペリゼ様の体内の魔装が稼動して、空間中に散布された幻惑成分の濃度が一定以上になると、
その増加速度は爆発的なものになる。
屋外ならそれなりの抵抗効果のあるお前達の魔装の頭部保護具に装備した濾過装置。
痛し痒しだが、この場所は屋内の、それも地下室だ。
事そこに至らばその装備でもものの十秒持たない、
くれぐれもペリゼ様の機嫌、損ねるんじゃないぞ…」

 デスペラートは、左右に控える防護服姿の騎士に向かって確認の視線を送ると、腰に下げた鍵を扉の錠前に差込み、
ギシイと音をさせて錆びの廻った鍵を廻す。

 「お兄様?」

 錠が廻り、デスペラートが鉄扉に手を掛けると、
それを動かすよりも早く室内から抑揚の無い少女の問い掛けがデスペラート達の耳に届く。

 欲深い俗物にして荒くれ者の小悪党と自らを定義し、その定義をなぞって生きる男、
金剣騎士デスペラートも流石にこの少女の声には心に波を立たせずには居られなかった。

 彼女には彼女の現実が有り、その現実を生きるのに必要な人物と彼女を
自分達の現実の為にモルレドウ領の騎士、デスペラート達は引き離し、利用している。

 「──そうだ。この部屋は今日は寒くなる。
暖の取れる部屋に案内しよう。今日はそこで休みなさい」

 日の光の差さぬ地下室は、昼間で有ってもそれに関わり無く暗い。
廊下の薄闇が、鉄扉を開いた室内の濃密な闇に吸い込まれて一体となる。

 「天井のお兄様達、生き埋めになったお兄様達と今、お話をしていたの。
その部屋にも、お兄様は居るのかしら」

 心身の均衡を崩し、幼子の純粋さを得たペリゼにデスペラートは答える。

 「私がペリゼを一人にするものか」

 彼女と、カダン・モルレドウを、拉致被害者の一部と共に【解放】する準備を静かに進める為に、
答えたデスペラートは腕に力を込め。古い蝶番がギイと鳴き
分厚い鉄扉が隙間を押し広げる。

 鉄扉を半ばまで開いたデスペラートの視覚は、濃密な闇の中に人影は見当たらないと認識した。
その直ぐ後ろ、デスペラートの右手側の騎士が、部屋の主の不在と言う事態に少々動転して、
室内を覗き込もうと首を伸ばす。

 「やめろ」

 デスペラートが小さく、しかし鋭い声を上げて手の甲で首を伸ばした騎士の胴を抑え、制する。

 どうした事か、とデスペラートの手袋が自らを制する理由をはかり兼ねた騎士が視線を上げる。
 扉の隙間から見える室内の闇に満ちる、隠微に黴の匂いを含んだ空気は、
まるで重力の異なる異世界の様な──
まさに異様な、殺伐とした殺気を孕んでいるように騎士には感じられる。

 どこへ、とペリゼの白い肌を探して騎士の視線が右から左へと走る。

 右から左に走った視線は、その姿を見つけられずに左から右へ走る。

 途中、視界に入った簡易ベッドの上には所々血で染まった酷くしわだらけになったシーツが乗っている。

 その血の色を避けて、騎士は少し視線を下げてから、視線を再び戻そうとする。

 右手側、壁の直ぐ後ろから音も無く、ペリゼの白いワンピースが翻り、茶色い髪の毛と丸く見開いた、
眼球の中心に据わった青い瞳が騎士の目の前に飛び込む。

 デスペラートの腕を挟んで、騎士の視界に躍り出て上体を乗り出して
騎士の頭部保護具に吐息の掛かるような距離に顔を近づけたペリゼがゲタゲタと屈託のない笑い声を上げる。

 ペリゼの血走った眼球の中に据わった
大きな青い瞳の色、何にも拘らず発せられる物凄い笑い声の色に
ぞわと背を粟立たせた騎士は、危うく大声を上げるところだったが、
腹にあてがわれていたデスペラートの手の甲が拳となって、拳は騎士の腹を打ち、
騎士が大声を上げるのを戒める。

 騎士は拳の重い痛みにウム、と唸ってペリゼの眼前で二三歩たたらを踏んで後ずさる。

 「心配するだろう、いたずらは止めなさい」

 デスペラートは長身の腰を折り、 領主カダン・モルレドウの実妹、齢十四歳になる少女、
ペリゼ・モルレドウの眼を覗き込んで
言い含めるように、ペリゼを優しく諭す。
笑いをひたと収めたペリゼの首は傾き、眼はデスペラートのずっと後ろに焦点を求め、
遠い眼でなにかを見ている。
この世の何処も見ていないと思えるペリゼの耳、
その異世界に。声は届く。
しかし、ペリゼに声は届けど
言葉は届かないのはデスペラートとて承知していた。

 それでも彼がペリゼに慎重に接するのは、
馬鹿鹿馬鹿しいとその行為に見を切り、
彼女の眼から眼を背け、声を捧げなかった騎士の一団が
機嫌を損ねた彼女によって生きながらにして幻覚の地獄に突き落とされ
その騎士達のほとんどが正視に堪えない死に様を晒したという前例があっての対応である。

 部下がつけている頭部保護具をつけず、
対応をしくじれば自分が真っ先に血祭りの新しい生贄になるかもしれぬという
恐怖を抑圧して、ペリゼに美しい声で嘘をつき、
眼の色と顔の肌を晒して彼女の永久地獄を呼び起こさぬように計らうデスペラート。

 それら全ての欺瞞は、自分の生きる現実を整えるための業を紡ぐ行為と彼は胸中に断じていた。

 その点については彼自身、疑いを差し挟む余地もなく確信を得ている。
──しかし──その欺瞞の奥に彼の心の曇りがある事もまた、彼は知覚して居た。

 彼女をその偽りの幸福から解き放ち、本当の世界を見せ、
突き落とし、律法への生贄の一人として差し出す時が差し迫っているという、
その事実はデスペラートの胸中に於いても、確信の鏡の上に乗った晴れぬ曇りとして
重い視線で彼を睨んで居座っている。

 彼女の割れた世界はその時、どんな音を立ててもう一度割れるだろうか。

彼女の世界の割れる音を想像したデスペラートの胸中の重いものがその重さを増す。

しかし、胸中の曇りが如何に重かろうと
彼には自分の生きる現実の方が重い。

 デスペラートはかつて、直情漢だった。理想家だった。
騎士となって社会の中に加わり、その社会の中で生きる内、
理想も、感情も折らなければならない挫折と屈辱を幾度も味わった。

 いつか、そうして何度と無く折られ、
矯正されていった彼の中に生じた【普遍の】歪みは
他人を犠牲にし、利用して自分を守る様に彼を作り変えていた。
自分が何度も折れ、妥協してきたように。
今度は自分がシステムの側に紛れ、他者に自分の負債を渡す。

 ククッと音を立てて、ペリゼの喉が鳴った。

グイとペリゼがデスペラードの顔に向かって背伸びし、その眼を間近で覗き込む。
デスペラートの頭蓋骨の裏側を、澄んだ視線が貫き通す。

 「本当はどこに居てもどこにも居られないので嫌なんでしょう、
──いつか、沈みたいの?」

 「いいや、そんな事は無い」

 ガシとデスペラートの防護服の黒いグローブが、
ペリゼの細い肩を掴んで彼女の上体を引き離す。
孤独を宣告しない程度に。

 殆ど反射でデスペラートは懐疑らしき言葉を否定する。
安らかな嘘をつく。

 その視線に打たれる動揺を微塵も見せないのは、彼が経験の中で身につけた擬態だろう。

 微かな疼痛に似た痛みは、過去のデスペラートの感情の名残だろうか。
ペリゼの瞳は、見透かす透明さと無垢の美しさを併せ持っているようにデスペラートの眼には見える。
デスペラートの眼に映るペリゼの眼が美しいのは
彼が穢れている事を自覚しているからであるとも言える。
かつて、彼もザノンの様に人を守る道を進む為に騎士となった。
その過去は、彼に何かを伝えようとしているのかもしれない。

 デスペラートの意識は冷え切っている。
しかし、デスペラートの指は、何故か微かに震えた。
震えを了解したペリゼが、ググと笑って眼を細める。



 ──私の事を影で笑っているのは、何人で、誰だ?──

 チェスピでは、少数展開したマシン部隊と、城壁に設置された砲台と連合が睨みあって沈黙を守っている。

結果的には、都市チェスピに配備された騎士達は
シール・クンダリニ連合を足止めする役割は果たせていると言う事になるだろうか。

 それにも関わらず、北部基地のさらに北西、海を背負ったモルレドウ領の首脳都市モルレドウ市に鎮座する
カダン卿の邸の中で呟いたノーバは一人浮かぬ顔であった。

 猜疑は、彼の才能である。

今その才能は、身辺にひたひたと迫る破滅の危機の匂いにその身体を闇の中で静かに起こしている。
彼は、その猜疑の才能で、自分達のローカルに害為す者たちを数多葬り、排除してきた。

危機に瀕したとき、彼は人間の指先の動き一つから、最悪の可能性を想像し、
驚くほど残酷に、静かに、何より迅速に手を廻し。
敵が、力を発揮する事を許さず数々の秘密を人の眼から守り抜いて来た。

無論、数え切れない程の無実の人間も含めてである。

 人の眼に、影に埋もれる事実、己の正しい姿を見せてその失望や嫌悪から
様々なものを失う事を恐れるが故にノーバはその影を震わせる。

 その、猜疑の視線はこの危機にあってある男に注がれ始める。

 ──北部基地跡─そこにモルレドウ市が拉致をした人々を幽閉し
デスペラートにその場所の監督を任せた。

 それ以来、デスペラートとそのシンパの第一人であるスラスはノーバをそれとなく避けている。

ノーバは、デスペラートが時折見せる、感情を乗せた声を回想する。

 嫌悪。軽蔑。そして、静かな憤怒。

感情を揺らがせる素振りを見せることはあれど
今までは結局、
彼は物分りの良い騎士としてノーバに力を貸してきたし、秘密は看過をしてきていた。
同じ騎士団に属するもので有る以上、
彼とは利害の一致はある程度ある故、
利用しあっている関係が成立しているもので、
今度の騒動でも、スラスやデスペラートの足場でもある
モルレドウ領の秘密を守る為に
デスペラートは力を貸してくれているとノーバは考えていた。

 だが、連絡を取ろうとしても直接の対話を避けられ
直接の対話にこぎつけても明瞭に答えないデスペラートやスラスの動き、
離れていくような距離感に、デスペラートは欺瞞の匂いを嗅ぎ取る。

 彼が、欺瞞を武器にモルレドウ領の現実を守ってきたほどにそれに通じる人間であればこそ
その気配には敏感なのは自然な事だろう。

 (しかし…利益が確約されているならば、人は、小さな利益に関わる人間を絶対に棄てる)

 ノーバの世界は、効率と総量の世界だ。

 徹底して無駄を切り捨て、
どんな方法であっても利益を上げる事に固執してきた彼が、
その辣腕をモルレドウ領で振るってきたのは、彼が、手にした舞台で
彼の世界の表現に執念を燃やしてきた結果だとも言える。

 そして、自分達を信じるものに仕打ちしてきたように
自分がそうして効率と総量を求める時にそうして来た様に、
今度は、自分が棄てられるのではないか──
ノーバの眼は、デスペラートやスラスを通じて、自分自身の影を見つめる。

 『──あなたは、可哀想なひとだよ。私より、多分、ずっと──』

 五年前、当時内密に出向いていたシール領のある廃墟で、荒い息を吐くノーバが聞いた、
年端も行かぬ少女の声が、影の中から蘇る。

暗闇の中で聞いた声。

引き裂かれた上衣を手繰り寄せ、その白い肌を隠すと、しかし、
少女は静かに
床に座り込んだ姿勢でノーバを見上げ、
涙を流しながら、
己の身を嘆く言葉でも無く、
ノーバを恨む言葉でも無く、彼を哀れむ言葉を、
それまで彼が生きてきて聞いた、誰のどんな声よりも優しい声で、ノーバにそっと手渡した。

 少女の声は美しい、それはまるで一つの音楽のようで。
それが故に、ノーバの耳にそれは突き刺さった。

片二重の瞼の、涙で揺らめく赤い瞳の光と共に。

 暴力を用いて、彼女を傷付けたのはノーバの筈なのに。

ノーバが、少女に触れて、自分の心に映った物を確かめようと
手を伸ばそうとした時、ガシャンと天井近くの、明り取りの窓が砕ける。

耐衝加工された硝子が細かく砕けて、光を反射させながら光の雨となって降り注ぎ
少女は座ったまま頭を抱え、ノーバも身を翻してその光る粒子の雨を避ける。

物音の発した場所を見上げたノーバは、
建物の窓を突き破って少女の背後に恐ろしい眼の暗闇が、影が。
暗闇を纏う男が無言で降り立つのを見た。
 その闇の持つ重量を、大気に巻き上がる埃と、廃墟の床が悲鳴を上げる音が教え、
その男が降下に使用したワイヤーが跳ねるように切り離される。

その声の真意を少女に正そうとしたノーバは、
その問いを発すること叶わず、
騎士の纏うこの世のものと思えぬ冷たい殺気に畏怖して後ずさる。

 騎士の手にした刀が、鋭く光って闇の中を切り取っていた。
黒い防護服に全身を包んだ人物。
十字の傷を額に刻んだ、猛禽の眼の銀斧騎士がその面を起こす。
騎士は無言だった。
しかし、言葉を必要としないほどに彼の眼と、纏う空気は殺気に満ち溢れていた。

 その直ぐ横に、黒いロングジャケットを翻して、黒髪の騎士が降り立つ。
頬に傷持つその美しい騎士は、肩を、殺意を押し殺して震わせる。
そして彼も、腰に佩いた剣を抜く。
彼の鳳眼の眼光はその剣の刃の光よりも鋭く、眦はビシリと裂ける。
騎士の瞳は眼球の中心に据わっていた。

 二人の黒衣の騎士は、一瞬視線を交わし、同時に頷く。

 十字の傷の騎士が音もなく踏み出すと
少女の身体をを脇に抱えるように左腕で持ち上げ、
旋風を起こすように少女の身体を己の背後に運び、ストンと床に降ろす。

 見上げた少女の視線に答えず、十字の傷の騎士は、
無言のままで刀を払い、再びノーバを猛禽の視線で穿って、言葉を、発する。

 「外道、どんなツラだ。
アクセルをばら撒いた金で
この狂態を隠してきた人間のツラが、
どんな風にその害毒を隠して人にそれを伝染させてきたのか。
──興味がある。

そのツラの皮を冥土の船賃に良く見せろと云うんだ。
──さっさとしろ、
もたもたしているンじゃねエ」

 薄闇の中で、十字の傷の騎士の冷たく燃える目は威圧的な声でノーバを縛る。

その静かな、しかし濃密な殺気を迸らせる、獣の唸り声を想起させる音の持ち主、
十字の傷の騎士が、刀を正眼につけ、首を軽く振ってから、じりと一歩を踏み出すと
その挙動に気圧されたノーバは痺れるように震える脚をもつれさせて尻餅をつく。

 鈍くさい、もう良いわと騎士が呟いて、刀の刀身を僅かに立て、グイと上体を反らす。

踏み込む間合いを計っているのか。

ノーバが、脚を引きずって尻餅を着いたまま後ずさる。

 追う脚を踏み出そうとした十字の傷の騎士の前に、
黒髪の騎士は歩み出て、
剣を持った手を水平に上げて十字の傷の騎士を制する仕草を見せる。

 「貴様。この間の貸しだ。
この男は私に譲れ。
──もう、この子に、例え指一本でも、髪の毛ほども近づけさせない。
息をするな。この子に…おのれの吐いた息を吸わせない。
匹夫。よくも…その子と、数多の人生に、
ナイトガルドの人間の未来におのれの闇を植え付けたな。
あな恨めしや。

おのれは私の国の女王陛下の、民衆に。

私が、
この私が仕える者たちに、傷を、付けた。
この屈辱。
私は…私は、許さんぞ。貴様。
貴様のような、害毒を他人に移殖する愚行を働いた愚か者。
同じ社会に生きることを…認めるものか」

 黒髪の騎士が、じりと一歩前に歩み出て、憤怒に震える声で、静かに呪詛を吐く。

彼の眼もまた、十字の傷の騎士と同じく、凍てつく殺気を漲らせていた。

 その二人の影に、次々と続けて廃墟に飛び込んでくる騎士達の影が重なる。
最後に、あの恐ろしい巨人が、ノーバの眼前に降り立った。

 巨人の眼が、ノーバを捕らえて眼光がノーバを縛る。
その琥珀色の眼には炎が燃えているようだった。
ノーバが直立していたとしても見上げるほどの
長身の騎士は、
防護服と軽装甲冑を身に着けていても容易に見て取れる、
隆起した逞しい筋肉が怒りにわなわなと震わせる。

 騎士は針金のような赤みがかった茶色く、長い髪の毛をばさと振り
ノーバの頭上から炎の雨の如くその眼光を浴びせかけ
空間を震わせるるような大喝を飛ばす。

 「うぬは何をした。
私の都市の律法と、私の都市の子供に何をした。
言ってみろ──
言ってみろ!
今、おのれは何をこの子の未来に与えた!
言葉を解する獣なら、己の認識を言ってみよ、外道ッ!」

 騎士はまるで炎を吐き出すような気迫を見せて、二人の黒衣の騎士を押し退け
ノーバにずかずかと踏み寄る。彼こそは、名高い豪族の直系の血筋を継承する名門、
シール家の所有する領土の領首にして【盾の騎士】の二つ名を継承する銀盾騎士、レオン・シールである。

普段温厚なレオンは、しかしひとたび律法を侵し害毒を人民の中に流付するものの姿あらば
その父性の滲む優しい面から想像する事のできぬほどの、この場の薄闇を払い、照らす
苛烈な明王の如し相を顕す。

 烈しいその怒りは炎となり、堅固な盾を迂闊に打ったものは、
ナイトガルド以前から在る盾が、何を以って盾なのかを身を以って知る。感じ取る。
 打たれ、決して割れぬ盾は民衆と国を守る。
あらゆる危機と、その芽から国を守り、破滅の輪を退けさせる、
【守護の意思】が、人に盾を執らせる。
意思は、その盾でひとを守り、戦うための剣を取る。

 盾は打たれようとも、
その後ろにあるものは少しも形を損なってはならない。

 その血筋は、盾としての役割を誇り、
その誇りと意思から生ずる力と潔癖さこそが、盾を千年間盾と呼ばせてこさせた
割れぬ盾の力の源泉と言える。

 そしてレオンの怒りが烈しいのは、
眼前の男が
盾の高貴な役割と千年の誇りを汚し、
己の欲の為だけに悲しみを人の間に落とし、伝染させ、
国を侵す徒輩だと見たからだ。

 その場にいる騎士達の殺気は収束し、熱有るものの力場の如く、
高められ、空間中に溢れるそれは渦を巻き、蠢いているように感じられる。

ノーバは首を振り振り、砂塗れの床の上をじりじりと後ずさるが、
やがて彼の後退を倉庫の壁が阻む。

 騎士達は徐々に半円を描くように展開し、早足でノーバを追い詰める。

 ヒと上ずった声を上げ、ノーバはガチガチと歯を鳴らし、
動転からか壁に阻まれて尚、脚を二三度、床の上に引きずって下がる素振りを見せる。

 騎士達の背後で、赤い目の少女がよろめきながら立ち上がって
いけない、と叫ぶ。
澄んだ声は、しかしその場を貫き通す強さを以って
その場にいるものらを打ち、
レオンを除く全ての騎士がその声に打たれ、振り返る。

 ノーバの頭上の壁がずしりと重い音を立てて哭く。
伴って、地鳴りの様な振動が
建物の床の上を滑ってその音と振動が一体となり、騎士達を襲う。

 助けてくれ、とノーバが悲痛な叫びを上げて、頭を守って床に伏せる。

異変を了解して、一挙にノーバへと殺到しようとした騎士達が脚を踏み出すと同時に

発破の様な轟音と共に建物の壁に亀裂が走り
ノーバの頭上、2A程も上の壁を突き破って
巨大な金属で出来た柱の如し腕が倉庫の中に突き込まれる。
砕ける壁が石の雨となって弾け、降り注ぐ。
真下にいるノーバはといえば尻餅をついたまま転げるように飛び退き破片の直撃を避けている。

壁を無惨に破壊して突き込まれた 装甲で固められた巨大な腕と、無骨な指先に大きな掌。
それは、掌を上に向けて、貫手のように突き込まれた魔装鎧の腕である。

 少女が、裂けた上意をかなぐり捨てて

白い足が床を蹴り、駆ける。

 「五紅星!助けてくれ!私を!
私は、隠さねばならない!私の事を、助け出してくれ!」

 魔装鎧の腕を真下から見上げ、
金切り声で哀願を発したノーバの叫びにぎろと目玉を剥いたのはレオンだ。

 「その名前、ナイトガルドに並ぶ列強、
東方は華陽国の海賊公社、五紅星のことだろうが!
うぬは、外患の手先か!」

 脚を踏み出そうとするレオンの分厚い背中にに、
少女の裸身ががどんとぶつかり、少女が即座に叫ぶ。

 「伏せて!」

 レオンの巨体が、少女を振り切ってでも脚を踏み出そうとするが、
赤い目の少女は尚もレオンのマントにしがみついて首を振る。
彼女の涙が、その烈しい動きによって飛び、払われる。倉庫の埃の舞う空中に飛散したそれは、
その埃にぶつかると、消えて落ちる。

 「あのシビリアーは、手首に爆裂弾を搭載している!」

 荒い呼吸をねじ伏せて叫んだ少女が咳をする。

 言葉に打たれたレオンが魔装鎧の腕に眼を走らせる。
確かに、改造されたシビリアーと思しき魔装鎧の手首上面には、
小型の榴弾射出のためと思しきランチャーが装備されている。
地上制圧用か。あるいは拠点制圧用か。
いかぬ、と呻いてレオンが少女の頭を押さえ、
庇うように太い腕と胴を被せ、おのれの背中を盾にして膝をつく。

 十字の傷の騎士が、跳ぶようにノーバの背中を追って駆ける。

 レオンの配下の騎士達は次々とその身を伏せ
黒髪の騎士は剣を垂直に立て、キー・ワードを口中に融かして
剣の魔装としての機能を起動する。

 「機能限定で、
リムーブ・マジック高速起動ッ!間に合え!」

 グレンの剣が魔装として有する機能、リムーブ・マジックと呼ばれる
ある一定のレベルまでの魔法を発動前に解除する為の特殊な魔法は
非常に制限が多く、指向性が強い。
除去したい魔法がどんな魔法かを事前に把握していないとならない上、
いつ、何処で発動するかをきわめて正確に把握できているのでなければ
代わりに、
魔法の発動する対象、
魔装そのものに接触していなければ機能しないという種類の制限を抱えるものである。

 しかし、グレンの剣のリムーブ・マジックに限って言えば
これらの従来の制約の多くを無いものとしてクリアーされている、
つまり多くの制約は無条件で起動できるよう
バージョン・アップが施されており
また、魔法の発動に要する時間もきわめて短い。
禁殿でグレンたちと出会ったニーズホッグが、
その神技によって魔法の改良を行い、戯れにこの魔装の改良を施していたのだ。

 壁の穴を無理やり広げて、魔装鎧の腕がグイと下がる。
ガラガラという音と主に瓦礫を産み、
壁を切り開くその胴体ほどの径を持つ腕にノーバがしがみついて、
影を裂いて十字の傷の騎士が一際強く床を蹴り、空中を駆けるが如く跳ぶ。

 シャッ、という気合と共に空中に隠微な光の尾を引いて走った流星の如き突きは、
間一髪の所でノーバが張り付いた魔装鎧の腕が持ち上げられた為、その狙いを外し
刀はノーバの背中を掠って、右肩の肩甲骨の上に張り付いた肉を鋭く抉るに留まる。
鋭い痛みに反応したノーバの、イ"ェ"ア"ア"ア"という甲高い叫びが空間を裂き、
裂かれた大気は魔装鎧の手首の奥でガチリと鳴った、装弾機構の蠢く音で塞がれる。

 十字の傷の騎士は、魔装鎧の腕の真下に着地し、
アァイという奇声を発して血脂に汚れた刀を弧を描いて払い、
態勢を整えて、左手の指先をついと刀の峰に這わせながらぐんと姿勢を下げる。

ノーバを追って跳ぼうとする騎士を、鋭い声で黒髪の騎士が咎める。

 「登るなッ、地べたに脚をつけたまま!伏せろ!」

 膝をつく黒髪の騎士の剣の周囲の空間が、震える。
霊子が空間中の物質を反魔法物質に変化させ、剣は胡散臭い白い光芒を発する。

 十字の傷の騎士はなおも、跳ぼうとする。

 だが。

 それを見た赤い眼の少女が、
レオンの掌の下から少しだけ頭を持ち上げて、叫んだ。

 「逃げる人の孤独。
それを追いかけて、捕まって、死ぬのは駄目だ。
騎士様、今、あなたと同じ高さに、皆が居る。
身勝手に、孤独に旅立つ人。それを失った人達が、
世界に置き去られて悲しむのを見るのは、あたしはイヤだ。
あたしは、一人なんだから。
他人には、そういうことして欲しくない!
あなたの周りの人を、
──見て。
──思い出して──」

 澄んだ声が、十字の傷の騎士の耳に届いたのか。
騎士は振り向くことはせずに、しかし無理やり膝を落とし、
腕で頭を守りながら、勢い良く腹ばいに伏せる。
殆ど、転ぶように。

 ドシュッという音を立てて、魔装鎧の手首から榴弾が打ち出される。

直後、大気の震える轟音と、閃光が辺りを支配した…。



 あの時。リムーブマジックは発動し、
魔装の爆発は殆ど無効化されたが
ノーバはシール領の騎士から命からがら逃げ切ることにも成功した。

 しかし。

 ノーバは、猜疑と不安の嵐の中で、一人静かに呟く。

 「逃げていなかったなら…私に、違う何かがあったのか…?
一人なのは…私の生んだ対価なのか?
しかし、生き延びた私は、今を生きていてしまう。
私はこの他に方法を持っていない…この方法が、私なんだ」

 呟く言葉が、塵一つ無い清潔な、鏡の様に磨きこまれた
石の床の上に吸い込まれて落ちる。
彼が呟いたように、
今、彼を包む閉塞と孤独は彼の隔絶と猜疑によって、
彼自身の心が産んできた結果なのかもしれない。

 重い動きで、顔を起したノーバの眼に暗い光が灯る。
駆り立ての獣が彼の胸中で何事か囁く。
騎士達に追われ、あの優しい赤い瞳から逃げ出さざるを得なかった彼には
それは最も容易で、自然な選択であったのかもしれない。

 裏切られるかもしれぬなら、裏切られる前に、彼らに自分の罪を手渡そう。

 ノーバは、デスペラート達をも棄てる決意をした。



 コォンという金属音が間近から聞こえて
 スレイプニルの脇で
地面に膝をつけて待機するバッソウのシートの中で
不在間の情報の確認を行っていたザノンは顔を起す。
 もう、負傷は殆ど快復したのか。ザノンを訪ねてきたベディヴィアが、
コクピットハッチの縁をノックして、
コンソール上の作業に没頭するザノンの視線を向けさせたのだ。

 「ベディヴィア卿」

 少々驚いて、ザノンが大きな声を上げる。

 ベディヴィアが静かに笑って頷いた。

 「君の前に顔を出せた義理ではないとは思ってはいるのだが」

 ベディヴィアの言葉を聴いて、ザノンはその声の奥にあるものを、即座に打ち消す。

 「あの決闘の戦い方でご自分を責めているなら─
あれは、そういうものでは、ありません」

 「そうかな」

 ザノンは、ベディヴィアの眼を真っ直ぐに見上げて頷く。

 「勝ったのは紛れも無くベディヴィア卿です。
負けた僕自身がこうして認めた騎士に
他に、誰が物言いをつけられますか──」

 まっすぐにベディヴィアを見つめながら、
改めて決闘の勝敗を彼に告げるザノンの真剣な表情を見て、
ベディヴィアはからからと笑う。
暖かい笑いである。

 「やはり、君とレオン卿は親子なんだな、
レオン卿から、まるでそのまま変わらないお言葉を今しがた頂戴してきたよ」

 「レオン卿と、話しましたか」

 ほんの少しだけ、ザノンの声が小さくなって、ザノンは眼を細くする。

 グーヴァイン市の騎士であったなら、以前のレオン・シールの相も知っているだろう。
故に、ザノンは胸中を曇らせる。
当然、発するはずの問いがあるからだ。

 それが何であるかと言えば。
己の傷でもある、あの事件から連なる、レオンの変化であろう──。

 「うん、お眼に掛かるのは久しぶりだがご健在のようだね──」

 言葉を切り出すのを戸惑う様に。僅かに揺れる
ベディヴィアの声の残響をザノンは受け止め、胸中でその問いに備える。

 「はい」

 「決闘で証明して見せた私の意思を一先ず信じ、
アルバ様と二人の騎士を救出する為に騎士を手配していただいた。
願いを聞き入れていただき、
レオン卿、ユンデル卿には頭が上がらぬ始末と相成ったし
レオン卿のお人柄もまた、
話をさせていただいた限りでは以前と変わらぬ、寛大な慈父の如しお方と見えた。
しかし…あの言葉遣いと、物腰だけが以前とはあまりにも異なっている。
差し出がましい事なのかもしれないが、
何か理由があっての事ならば聞かせてはもらえないだろうか?」

 風が吹いてベディヴィアの長髪を撫でる。

 その風は、見上げるザノンの無言を空間に運んだ。

 「ベディヴィアさんと、ザノン君じゃない。何を話しているんだろう?」

 スレイプニルから、自分の乗騎まで移動していたネルが二人の姿に眼を留めて
二人に声を掛けようと腕を上げかけたが、
並んで歩いていたリブラが素早くその手を掴んで、腕を下げさせる。

 「止せよ。二人で話したいことがあるから、
ベディヴィア卿だってわざわざマシンまで直接行ってるんだろう。
あんまりなんでもかんでも首を突っ込むな」

 「今しがた決闘してた二人の内緒話なんて、心配しちゃうじゃない」

 気遣いを見せたリブラが、ネルを諭すがネルは若干憮然とした様子で
リブラに食い下がる。

 「見て、話したのに女にはわからないものかな。
そういうんじゃ、ないだろう?
二人にだって余人を交えたくない話だってあろうよ」

 自分を挟んで、反対側を歩いていたアッシュも
ザノンとベディヴィアのやり取りに珍しく気を使い
二人の会話を気に掛けるネルを宥める。

 「ふぅん…」

 ネルはアッシュとリブラの言葉に渋々納得の姿勢を見せて
ベディヴィアとザノンの方から視線を切って
防護服と揃いの帽子の左右側面にそれぞれ両手の指先を差し込み
未だ不満そうに唸る。

 「お前も案外俗っぽいところに興味があったりするもんなんだな」

 その表情を見て苦笑いするリブラの視線に、にんまりと笑ったネルが答える。

 真面目な優等生のように見えて、これでもリブラは中々気が多い。
ネルの、可憐な中になにやら秘めたもののある笑い顔に、ボレロからちらりと覗いた白い首筋に
リブラはどきりと胸を高鳴らせる。

 「あたしはね、こまったことにみんなの事ならなんでも知りたいな。
生きてると欲が深くなっていってしまうものだナと困ってはいるんだけどね」

 チェスピの外れも程近い平原。
三騎の魔装鎧を捕捉し、捉え、包囲した傭兵達の魔装鎧の姿がある。
慎重に敵を囲みながら徐々にその逃げ道を断ち、追い詰めている傭兵達のマシンは
高名な傭兵ギルド、ロス・ロボスの物だ。
クワィケンとフラ・ベルジャ、それにバジユラー・ヤクサで構成される
傭兵の部隊は八騎の魔装鎧と、二台の戦車で構成される大部隊と見えた。

 傭兵達に追い詰められているのは、
一度はロス・ロボスの部隊の一つを全滅させてその場を離脱した
アルバとエスター、エステルの三人の魔装鎧だ。

 ロス・ロボスは更なる追っ手としてスラスが放った増援である。
全てアンコモンマシンで構成される部隊であり、
ノーブルを相手にするには心もとのない戦力と言えるが
ロス・ロボスやスラスの見立て以上にアルバ達三人の消耗は激しく
機体はともかく、著しくパイロットのパフォーマンスが下がった好機に乗じて
ロス・ロボスは彼ら自身が想定したよりも
はるかに容易く三人を追い込むことに成功していた。

 黒い重装フラ・ベルジャのドルガノウが吼えて、
逃げる巨体の魔装鎧の背面を捉え、遂にその装甲に穴を穿つ。

 ロス・ロボスの班長兼狙撃手、フォイエル・ケーニッヒの砲戦用フラ・ベルジャは、
放った銃弾がエペタムに有効打を与えた事を確認すると、前衛のクワィケンに相手への接近を促す。

 「くそ…ッ、傭兵なんかに」

 打たれた衝撃でバランスを崩し、膝をついたエペタムの巨体の中で
荒い呼吸を発してエステルが呻く。
彼の切りそろえた髪の毛の下の額にじわと汗の雫が浮かんで流れ落ちる。
先ほどの交戦で幻の様に変化していた彼の金色の瞳の色は今は失せていた。

 「エステル、脚を止めたら袋叩きにされる。
動きを、反撃を止めるな」

 「やっているんだよ!エスターなら俺のことは判るだろう!」

 焦燥と消耗からか、エステルの声は尖っている。
実際、彼の言うようにエペタムの砲は敵を捕捉しようと忙しなく旋回し、
砲弾を吐き出してはいるが
放つ砲弾はどれも魔装鎧の機動に狙いを易々と外され
戦車を狙えば逆に魔装鎧からの射撃を受けて照準もままなら無い始末と見えた。

 「エドワードさま、マジックミサイルで反撃できますか」

 冷静、冷徹な声の色ではあるが、
スバターリで敵の攻撃を一手に引き付けてきていた
エスターの声にも押し殺した荒い呼吸が混じり
彼女の消耗を暗に教える。

 窮地である。

 何より、エステル、エスターの二人よりも消耗しているのは…
エドワードの名で呼ばれたアルバ自身だった。

いまや、物を言おうとしてもろれつは廻らず、
彼女自身が思考が鈍っていると悟っても、
加速的に進む思考、反射の鈍化を抑えることは出来ず
もはや魔装鎧ガラティンの胎内で荒い息を押し殺して鉛の棒の様に重くなった腕の先、
熱っぽくなってむくんだ指先を守る手袋を、
インターフェーズパネル、コンソールの上にのろのろと這わせて
防御に徹するのが関の山と成り果てていた。

 アルバが、ろくに言葉を発せられないほどの
消耗に至っているのには理由がある。

アルバ自身には、本来、ノーブル・マシンを操るほどの能力はない。
では何故今まで傭兵達や騎士を相手に戦ってこれたのかといえば
それを含んだ溶液を血液に注入することで
使用者の体内に組み込み、自律制御をすることで機能する、生物魔装として
ドーリが完成させた魔装の存在が有っての事である。

 目に見えぬほど小さなその魔装が体内に組み込まれ、
起動すると
その魔装は自律制御によってその数を必要なだけ増やし
使用者の情報の処理能力が著しく向上されるようになる。
また、使用者が接触する無機物が記憶する特定の他者の経験や記憶、
技能などを霊子を通して信号に変換して読み取り、
一時的に自らの能力に組み込むことができるようになる。
定義するなら、不完全ではあるが読み込んだ情報を自分の体験として
利用できるサイコメトリー能力とでも言うべきだろうか。

 アルバのガラティンには、
ナイトガルドで最高の騎士の一人である父親、
エドワード・グーヴァインの歴戦の記憶と、記録が眠っている。

 さらに、この魔装の効果はこれのみに留まらない。
魔装が起動した状態で
魔装同士の同期が可能で、尚且つこれに類する魔装を持つ人物が
それを起動した場合
…今現在、彼女を守る騎士
エスターやエステルがこれに当たるが…
その魔装を持つ者と、五感の共有を実行することが出来る。

 歴戦の傭兵達は、この能力と三人の連携の前に敗れ去っていた。
これほどまでに絶大な効力を持つ、その魔装とは何か。

 女王、シヲン・ミドガルドの神骨の宝冠を
ドーリの専門分野である生体分野の技術と王都の魔装技術の粋を凝らすことで、
掛けた穴を埋め合わせして今現在の技術で模倣した(それでも不完全な)魔装であり、
ドーリはこれをフラッグオブシバリーと名付けた。

 ドーリが引き継いだ、王都が長年にわたり研究してきた生物分野の魔装技術のひとつに
魔装を最高の能力で扱え、尚且つ最高の能力を持つ人間を生みだすというものがあった。
 女王、シヲン・ミドガルドが自分と
遺伝子的、肉体的に全く同じ条件の人間を生産するため、
身体から必要な情報を
取り出し遺伝子情報として寸分違わぬそれを作り出す、
或いは
万能の細胞を作り出し、肉体の一部を培養して複製する技術を王都は所有している。
女王の脳が記憶している情報は
ナイトガルドの至宝と言える神骨の宝冠に全て記憶されているため
実質、シヲン・ミドガルドは肉体が滅びる時には
神骨の宝冠を経由してある程度まで成長させてある肉体に乗り換える、
いわば同一人物が千年を生きているとも捉えられる部分を有していたし、
ナイトガルドの殆どの人間はそのように捉えていた。
 ドーリは、その、女王が肉体を複製する技術の副産物として生まれた技術によって
人間の遺伝子を魔装を使用して操作して
デザインされた人間を生み出す遠大な計画に関わっていたのだ。

 カルマが生まれた時の、その決定的な失敗
──つまり、現在の理論上は完全な能力を持つ人間として生まれる筈の
カルマが四肢と五感を生まれつき欠損して生まれてくるという始末──
で計画が打ち切られるまでの
生産過程で生まれた失敗作、
エスターとエステルを王都が処分する筈であったどさくさに紛れて、
この魔装の存在を闇に葬った。

 現在、完全な形でこの魔装の生産に必要なスペル・コードを述記でき、
魔装のコピーと生体への付与が可能な大元のオリジナルを所有するのは
ドーリだけである。

 そして、人間の能力と、肉体をハードウェアとして捉えるならば
あらゆる効率を飛躍的に引き上げるこの魔装は、同時に様々な欠陥を抱えても居た。
今、アルバ達がその状態に陥っているように
起動すれば人体に容易に回復しない、極度の負荷を掛ける性質を帯びている。
血液中で、そこに有るものを捕まえて
その成分を無理やり作り変えて数を増やすこの魔装は、人体にとってはいわば不純物といえるし
起動時に見境なしに捕まえる成分は
人体に必要な物として体内を循環しているものでもある。
その数が突然激減すれば人体に影響が無い道理もない。

 フラッグオブシバリー、FOCは
用を終えればその数を自律的に減らして体内の状態をフラットに近づけようとするが
自律医療魔装と違ってその間の人体の状態は考慮されていない。

その残骸は身体から排出されるまでは、
膨大な不純物という荷物になって血液中を漂う事になる。



 傭兵達は容赦なく三人の魔装鎧を駆り立て、追い詰め、
今度はアルバのガラティンの分厚い四肢の装甲が火花を上げる。

 「…ベディヴィア…
ベディヴィア、助けてくれなんて言わないよ、
声が聞きたいよ……最後に」

 最早。着弾にもろくな反応を見せられなくなったアルバが、
やっとの思いで搾り出した言葉は、
連絡の途絶えたベディヴィアの魔装に向けて、ベディヴィアを呼んでいた。
涙声だ。
十三歳の子供が、頼る人間を探す切実がその声には滲んでいた。

 エスターも、エステルも、その声を聞き…
しかし、自分たちはアルバの英雄になれない、
自分達の身一つすらも救えぬという現実を噛み締める。

 傭兵。フォイエルの銃口は誰を相手にしても精妙にして無情に、【事実】を齎す。
彼が、鎧に身を固めたのはまだ幼さの残る子供三人だとは知る由もないが。

しかし、それを知っていたところで、
彼の黒いリーゼント・ヘアの下の眼光は
針の先程も揺らめく事は無いだろうと思わせるだけの
冷徹な色を映しているように見えた。

 (騎士様、あんたらはナイトガルドのパーツにすぎねえ。
自分が社会のヒーローだと自惚れて生きてきたのか?
ヒーローなんていねえんだよ。
あんたらは居る場所が良かっただけだ。

殆どの騎士は、それを全て自分の力だと勘違いしていやがる。

──あんた達には、
積み上げて、
積み上げて、
積み上げて現実を現実で覆した人間の、
届いた手を撥ね退けられるだけの現実、実力を何も有していない。
今、こうしているようにな。

あんたたちは、俺達以上に空ッポだ、

追い詰められれば、尚更の事だが…)

 フォイエルは、動きに憔悴を見せ、
面白いように手玉に取られて
傷ついていく騎士の魔装鎧を照準の中に捉えて、胸中で哀れみの言葉を描く。

しかし、その意識の水面に映った波紋は
フォイエルの指先に影を落とすことは無い。
傭兵部隊ロス・ロボスの兵士、フォイエルに取って
その人間への断絶の宣告は平常な、
日常の悲劇の舞台であったし、指一つ揺らめかせるほどの事も無い
ルーティン・ワークの中に込みになっていると割り切っても居た。

 そして、彼は生きる為に照準を睨み
斜面で片膝をついたフラ・ベルジャの持つ
ドルガノウ・ライフルは、アルバのコクピットに照準される。

 (誰に聞かれることもないが、挨拶だけは送ってやるぜ。俺が、人知れず土に返るあんた達に。
──あばよ──)

 フォイエルは、また一つ、
己が数え切れぬほど繰り返してきた指先の動きを
フラ・ベルジャの動きに重ね、積み上げて、事実を刻む。