039.Shadow Run:19_Bond_Of_Battlefield.





 チェスピが内包する小規模な基地の中央に、舗装され、広大な平地となった場所がある。

その、基地面積に比しておよそ半分以上という尋常でなく広大な【空席】を囲う様に
魔装鎧を凌ぐほど巨大な、いくつもの設備魔装機関と、
それを制御する為の設備が林立している。
複数の大規模な魔装機関からエネルギーを供給されるその場所、異様と言えば異様な空虚な空間。
これがなんであるかといえば
都市が有する軍事設備、
都市間の軍事車両、魔装鎧の物質の移動に用いられる
巨大なゲートウェイ設備である。
その、巨大な空虚を囲み睥睨する大規模エネルギー生産、制御の為の設備の一つ。
塔の形態を取る設備群の中でも一等背の高い建物。
北部基地跡の設備との連携の為の空間と、物質転送設備を足下に一望できる場所にはスラスの姿が有った。

 設備の運転、制御の為に慌しく行き来する騎士達の中に有って、
腰に手をあてがって仁王立ちの姿勢で足下の魔法陣を睨む
スラスの眼光は冷たく、暗く、鋭い。

その眼光の真後、殆ど囁くような小声でスラスの名を呼ぶものがいるのを了解して、
スラスは僅かに眼を細める。

 「使えるのか」

 「チェスピの設備の利用には何の支障もありません、
北部基地跡の設備の支障さえ解決できれば」

 そうかね、と答えて、
スラスは、背後の騎士が続く言葉を抱えているのを知ってでもいるのか、
言葉の続きを促すように肩を小さくゆする。

 「北部基地跡のデスペラート卿は、位置的に見ても孤立しています。
今の状態で何か異変があったとしても、すぐには察知できませんな…。
ノーバ卿と連絡を取って、
北部基地跡の人質の件、打ち合わせをなさった方が良いのではありませんか?」

 スラスの背後からスラスを呼んだ防護服姿の若い騎士の、まだ、ほんの少し幼さの残るあどけない顔は、
緊張からか表情を硬直させて居るように見える。

 グフッ、と太い音を立ててスラスの喉から空気が漏れた。
スラスが、騎士の言葉を聞いて笑いを押し殺したのだ。

 若い騎士は驚いたのか、じりと僅かに身じろぎして、スラスの後頭部を穴が開くほど見つめる。

 「何故、異変が起きるかもしれない、と考えた?その思考の発端はなんだ?」

 「現状、今、デスペラート卿や保護している人民、お屋形様に何かが起こっては命取りになります。
ノーバ卿とも連携を取って不測の事態に備えておいて損はないかと…」

 「何人居ても測れないのが、不測の事態だろう、
測れぬものをどう測るのか。
不測の事態が絶対に起こる、
で、不測の事態はノーバ卿なら測れるといいたいのかね?卿は。
──それが、事態に即応できるデスペラート卿ではないのは何故だ?
もう一つ。連絡を密にするのは、北部基地跡とではないのか?
…フム、言い方を変えて
現場に関わっていないノーバ卿と、何故今、連絡を取るべきと思ったのかと聞いてもいいかもしれんね」

 騎士の言葉の意味を掘り下げ、追及する言葉を切ると、
スラスは声を上げずに笑ったのか、
彼の低い身の丈の、硬く、ごつごつした印象のある岩の壁のような
その背中がぶると震えて、
スラスの圧しの聴いた冷たい声に気圧された若い騎士は、大股に一歩退いた。

 腰から手を外し、スラスが太い首と腕とを軽く廻し
ゴクリと骨を鳴らし。
肩を前後に運動させ、左側に大きく一歩横歩きして、アーと大きく息をつく。
スラスの前面に空いた大きな窓から、その息と大声が震わせるかのような威圧感、振動。

 その振動は、彼の目の前の、窓に張られた薄い硝子を突き破り、
魔法陣の描かれた地上に滑り落ちたら突風にでもなって
その辺のものを見境なしに吹き飛ばすのではないだろうかと思えるほど
重い吐息、溜息である。

 それで。スラスは無造作に空中に声を投げる。
スラスの大きな手に嵌められた右手の手袋が、ぶらぶらとだらしなく運動していた。

 「その話は、息を潜めた大勢を背後に従えて。答えを聞くような事かね。
質問は三つ目だが、合理的な答えを一つでも返さない、か。
使えないな。使えない君に三点問題を出してやろう」

 騎士と、その背後で彼らを見守っていた四五人の騎士達の意識が、
スラスの言葉に傾き、空間中を漂うその声の振動を思考しようとした一瞬。
だらりと運動したように見えたスラスの右手は突然閃きを見せ、
鋭い動きで下がって、自身の腰のベルトから下げた拳銃を抜いていた。
抜かれた拳銃の銃身が、スラスの左脇を通って
振り向かないスラスの眼光の代わりに、銃口の邪眼が背後の騎士達を睨む。

 うっ、と息を呑んだ騎士が顔を上げてスラスの肩越しに彼の目の前の硝子を見る。
刀傷の一文字が走る軌跡の上に輝くスラスの眼光が、スラスの前面の硝子窓、鏡の世界を経由して騎士を刺す。
銃声が鳴って、銃弾は騎士の後頭部を砕いて進入し、滅茶苦茶な衝撃を拡散させ、伝達させながら
人間の肉体と摩擦し、骨と肉を砕いて、突き抜ける。
貫通する銃弾の、螺旋の痕跡は肉の花弁を開花させ、
眼窩を砕き貫通した銃弾によって騎士の意識も砕かれる。
ばちゃっと言う音を立てて、膝を折った騎士の屍体は頭部に載せていた残骸を床の上にばら撒いて
スラスの靴の爪先までが、あっという間に血の海に侵食される。

 「ああ、後ろで聞いてる君達のことだよ。
落第点を出したカレは俺の言葉に反応できなかった時点で終わっている。
後ろで聞いている君たちは観客か何かの積りだったのかね。
言われるまで判らないのか。
どこも、舞台だ。
自分の役どころも掴まないで舞台で棒立ちしているんじゃあない。
ぼうッとアホ面下げて見てないで、現実くらい物事の気配から読み取れよ。
──それから、仲間同士で固まるならよ。
仲間も通り一遍、一先ず疑ってみるべきだな?
得物は吟味しろよってことだ」

 スラスと言葉を交わした騎士は、
背後で事の成り行きを見守っていた騎士の一人の放った銃弾に撃たれたのだ。

スラスの放った銃弾は、その騎士の右手の側の騎士の一人の胸を撃ち抜き、
撃たれたその騎士も己の胸の穴から
血の池を生み出しながらベタリと言う音を立てて倒れる。
肉体の束縛から逃れて、自由な姿になった血液はその器であった肉体を沈め、
拡散し、漏れ出たそれは人というローカルから世界に還る。

 豪傑、スラス・タブが振り向く。

顔を真一文字に横切る刀傷の両端が持ち上がって、スラスの牙が覗く。
哀れ騎士達はその眼光の気配に、薄闇のような彼の本意を覗き込もうとして踏み入った場所は、
深淵の縁、道の途絶える断崖である事を悟る。

 「どうせ君達、人の決めた道筋に乗るか文句を垂れる事しかしやしないんだ。
ふらふらしてねえでノーバに乗るのか、こちらに乗るのかはっきりしろよ。
役に立つなら、こちらも取るべきはからいを取るんだってわかるだろう、
なぁ、おい」

 スラスは、ノーバが自分とデスペラートを訝り、探りを入れていることを承知していた。
ノーバは、スラスから情報を引き出す次いでに
ノーバとデスペラートの離間工作の為の口車の複線を仕掛けたという事にはなろうが
その構えを見せるには、相手が悪かった。

 デスペラートと並ぶ荒事師としてモルレドウ領で恐れられる
スラスは、事実の断片から全体を把握する能力と、
そうして進める恫喝や威圧による交渉、情報戦を得意とする騎士であった。

 ノーバの性格も、行動の傾向も把握した彼は
恐怖と不安に焼かれるノーバは信用できぬ有能を、
無知な人間を使って始末しに来ると仮定し
ノーバの身辺に手を廻し、
その動きから仮定の裏を取ると
領主とデスペラートにこの一件のもろともの罪を被せに来た上で始末に踏み出すだろうと
スラスは結論していた。

 ノーバが、デスペラートを危険視している。

 第三者の言葉一つからノーバの怯えから来る卑屈な構えを悟り、
物証無くとも気配だけで先手を打つ。
ノーバは穢れを畏れてその手を汚すが
スラスは穢れを承知で相手を食らう。
現実に適応した雑食。

ノーバの猜疑の才能とは異なる、
マイナスの可能性ごとその芽を摘み、殺す繊細な想像力と豪胆な行動力。
視覚とは異なる感覚で、いわば闇を聴く
スラスの翼は、音も無く羽ばたき、人間の闇を掻き分けて、その隙間を飛ぶ。

 欲望と言う重量を律して現実という空間を潜り抜け、
巧みに今を滑空してきた人物、スラスの眼光は鋭い。
その眼光に打たれて尚、騎士達は逡巡を動きに見せている。
その戸惑いは、捕食される予感、恐怖から来る怯弱か。

 「──時間切れ、だな。
腰の重い奴等と手を組んで足を引っ張られる積りは無い。
悪く思うなよ、
生かして口封じするのも
お利口なやつか、桁違いの馬鹿でもなきゃあ大層面倒なもんなんだよ。
おい、バスタ卿。事故でいこう。
皆さんお帰りだ。送って差し上げようか」

 恐怖と迷いに縛られた騎士達を睥睨し、スラスは銃を下げて左手を顎にあてがうと、
滅び去った偉大なる血脈の欠片を阿頼耶識に眠らせる少女の名を呼びつける。
拳銃を両手に一丁ずつ構え、スラスに与する騎士が
後ろに大きく飛び退くや否や、ズンという音を立てて塔の天井が震える。

 その音が一体、何に由来するものであるか騎士達が把握する前に夕焼けの赤い空が
天井を割って彼らの視界に割り込み
落下してきた天井の欠片が、棒立ちとなっていた彼らを無惨に押しつぶしていく。

 ギャアという悲鳴が辺りを裂いて、天井の破片の纏う粉塵が霧となる。
鮮血が跳ね散って、巨大な破片を背負った人体があらぬ方向に歪み、砕ける。
腕に重量を集約させて塔の天井に大穴を開けた
黄色いダィンスレーの鉄拳が巨大な鉄の柱となって
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う騎士目掛けて落ちる。

 苦悶の表情を浮かべた騎士の首が捻じ切れて、
独楽のように回転しながら横に弾き飛ばされていくのをスラスは見て、
この場に居た──始末した騎士の数を指を折って再確認しようとする。

 「こうですの、スラス卿」

 スラスの耳朶が、ダィンスレーから発信された少女の声を受信して震え
スラスは拳銃を持った手を上げて、己の耳朶に指を掛けた。

 「上出来だ、バスタお嬢さん。鼻血は収まったかよ。
騎士が乗り換えたダィンスレーの慣らし運転中に
三次元戦闘モードを使用して、設備と接触する事故が起きたんだってよ。
お互い始末書ものだな、士勲奉還となったら面倒だが」

 「センサー周り、いじって有るみたいですし。
わたくしのセンス以上にマシンと、チューンのお陰ですわ。
地上制圧用に調整された透過センサーは相当な精度ですわね。
──で、重大な過失から来る事故といっても
接触に耐えれない強度の軍事設備となったら、
建築工事を受注した建築業者や
発注したビナー卿にも責任は分散すると思いますわ」

 「ああ、なるほど。それも使えるな」

 ダィンスレーに搭乗した少女、バスタ・ホーネットの進言を受けて
スラスは器用にも手袋を嵌めたままの左手の指をスナップして鳴らし、再び指を折る動きを見せる。

 「起きてしまった事故は仕方ない。ウム。
墓代は傷の騎士団の没収資産からだな。
個人的に香典くらい包んでやるか。ふふ。
何人事故死すりゃいいんだっけかな、ええと」

 指を折ろうとするスラスの名をバスタが呼び、
スラスは指を折りながら、うん?と生返事を返す。

 「菩提を弔う遺族というのは、
…どんな事を思うものなのでしょうか。
肉親の葬儀に参列した人は大小の差はあっても感情の揺れを見せますわよね。
自分の事で無いのに感情が動くというのがよく判りませんわ。
自分の手駒が居なくなるから、
損をして辛かったり悲しかったりするというようなものなのですか?」

 「家族を持ってて取り残されりゃあわかるよ。言葉で説明するほど安っぽいことじゃない。
…試しにそのうち暇になったら家族でももって、無くしてみたらいい」

 指を折りながらスラスは適当に答えると

 「スラス卿は私と家族になってくださいます?」

 冗談めかした声色でバスタがスラスに媚びる。

 「うちはガキはもう間に合っててな」

 じろッと割れた天井から覗く、ダィンスレーの腕の付け根とか胸部の辺りを一睨みして
スラスは鬱陶しそうにバスタの牽制をいなす。

 「そういう意味ではありませんわ」

 バスタも軽く返すが、スラスはすぐさま

 「よく判らん。
マ、どうにせよ俺ャ、カミさんとガキにへいこらするだけで
今既にひいひい言ってるんだから
人数増えるなんて想像したくもないな」
 と釘を刺す。
バスタが絡んできた話題の様な事で、彼女を相手にしたくないのだろう。
スラスから見て
バスタはエネルギーを向ける先を常に探しているような、若さを溢れさせる少女だ。
バスタの調子に合わせるのもスラスからすれば少々億劫ではある。

が、

何より高慢ちきなバスタが、
デスペラートやスラスの、人間の機微に通じた、相対の能力に拠る強さ…
年齢と、経験と洞察を積み上げた技術…を才能と誤解し
自分自身が認めた猛者であるスラス達への憧憬を恋愛だと勘違いする小娘の事である。
あまり邪険に扱いすぎてお冠となられても困ると
スラスはその微妙な距離感を保つ事にそれなりに注意を払っていた。

 「デスぺラート卿はホモセクシャルですし、スラス卿は所帯持ち。
アア、わたくしって不幸ですわ!」

 「ハイハイ、不幸の種を探して
不幸だ不幸だっていうのもいい暇つぶしでさぁね」

 うろうろと血の海の中を歩き回って、
下の階への階段が瓦礫に埋まっていない事を確かめるスラスの硬い両肩に。
さっきから、生返事ばかりですけど真面目に聞いています?と
バスタの突っかかる声が降ってくるが

 「何者、とね──。
家族の手がかりがない、現状家族が居ないってんなら、そりゃ、知りたいだろうよ。
例えば、うちの話をさせてもらうなら、だ。
家督と言うほど立派なものでもないが、
ま、自分の色々を受け継ぐ人間を守って暮らすっていうのは、
空ッポな人生のいい暇つぶしをさせていただいているとは思うぜ」

 スラスは話題を戻し、色恋らしき話題から、
彼女が興味を覚えているらしき人の繋がり…家族、人のローカルの話題に戻して
絶妙な手腕で彼女の意識の焦点をそちらに向けさせる。
頭を上に傾けて、スラスの眼が、引き上げられるダィンスレーの拳を捉える。

 「受け継ぐ…ね。このわたくしも誰かの何か、受け継いでいるのでしょうか?」

 バスタのこの問いには。
反射的にか。スラスはそいつは全くその通りだ、と真っ直ぐに答えていた。

 「世の中最後に残るのは、見えないものばかりだからこそ、
その、自分では見えないものを受け継いでこなきゃ人間、面倒でやっていられん。
受け継ぐ、受け継がせると言う間柄は血の繋がりが無くても有るもんだ。
なら、血の繋がりがあるならそりゃ、教わらなくてもあるもんだろう」

 冷徹非道を地で行く男、スラスにも感情の揺らめきは有るらしい。
意思で行う行動に澱みや歪みが生じるとき、それは波紋の様に言葉に立ち現れる。
如何に業が深かろうと。
いや、業が深いからこそスラス・タブも一人の人間であることには変わりはない。



 



 「こういうのは、シバのグリード達が得意な立ち回りだったがな──」

 木の陰に見え隠れするエクスを追って銃身を振った禁騎士が、エクスの声を背後に感じる。
直後禁騎士はブルと一つ体を揺すって…
彼の喉からヌイと鋭い光が生えいずる。
血脂のぎらぎらした光沢を纏い、滴らせるその光は、エクスの手にした刀のそれであろう。
背後に回り込み、禁騎士の首筋に刀を突き立てて、
喉まで切っ先を貫かせるとエクスは、刀を引き抜いて飛び退く。

と思えば、禁騎士の屍体にいくつも風穴が開く。

絶命の叫びさえ許されずに命を絶たれた禁騎士の屍は、 仲間の放った銃弾に蹂躙されて
震えるように踊り、
生命を放棄した従の動きならではの重さを見せて地面に投げ出される。

 エクスの身のこなしを捉えきれずにいる
禁騎士達は背中を合わせ
再び木の陰に隠れたエクスの動きを捉えようと早足に踏み出し、エクスの姿を探す。

 再び、エクスが姿を見せる。
バツケのすぐ脇の茂みの中から立ち上がり、
刀を腰溜めに構えたエクスの次の動きに備え
バツケは拳銃を投げ捨て腰の戦斧の柄に手を掛ける。
一呼吸の間も与えず、獲物に飛び掛る虎を思わせる動きで、エクスが低く、短く、跳ぶ。
刀身の広い戦斧でこの一刀を受けようと
バツケは戦斧を抜き払い、ガチと音を立てて得物を打ち合う火花が散る。

地面に露出した木の根や、石ころといった凹凸に加えて
先ほどの雨の為に地肌は水を吸って重く、ぬかるむ泥になっており、
足場は極めて悪く、膝までを隠す草で足場の視界も悪い。
バツケの靴底は、地面の凹凸や傾斜を殺しきれずに崩れたバランスから
膝はぐんと下がり、彼の靴の踵もいくらか滑る。

 バツケは吼え、下腹に力を込めて踏み止まると
着地したエクスの足から初見の挨拶代わりの前蹴りがバツケに飛ぶと見えた。

が。エクスも踏み止まってバツケと密着するような間合いのまま、
肩口まで刀を鋭い軌道で振り上げると、ガチリと物凄い音が鳴り
エクスの刀の刀身に着弾した銃弾が火花を散らせる。
刀を振り上げたことに拠り、エクスは己の胴を守る術を失い、
その好機にバツケの大きな目がヌラと光る。
剣を手に、側面に回り込んだ仲間と
気配と僅かな仕草で呼吸を合わせ、ッシャイと気合を発し、戦斧を横に一なぎしようとしたバツケの視界に、
異様に大きな円筒が割り込む。
突き出されたその金属らしき黒塗りの円筒に眼窩をしこたま打たれて、
眼から火花を散らしながらバツケはその円筒が何で有るかを理解し
本能的に上体を下げていた。

 バウッと凄まじい声で散弾銃が鳴く。

 エクスが、帯代わりに腰に巻いている鉄鎖、
背中の側にぶッ込んだ散弾銃を左手で抜き、
その銃口はバツケを殴り、突き飛ばしてからすぐさま横に向けられ、
剣の間合いにまで踏み入っていた禁騎士の一人の胴体に、
至近距離から無数のベアリング状の散弾を食い込ませる、
エクスが手にした散弾銃は、イネウから譲り受けた熊を仕留めるような大口径の散弾銃である。
当然、人間が至近距離で食らえばどうなるかは知れている。
散弾によって胴体をずたずたにされた禁騎士が、一瞬にして遠眼には正体の判別のつかぬ、
真っ赤なぼろきれの様になって吹き飛ばされ、
エクスが右手に持った刀は反対側から打ちかかっていた禁騎士の脾腹を貫いていた。

しかし、その時には既にバツケも態勢を立て直し、
低い姿勢からエクスに掴みかかろうと左手を伸ばし、踏み出している。

 チィッと舌打ちを残し、エクスは襟元を掴もうと伸びるバツケの腕を飛び退いて避ける。
バシッという乾いた音と共に、
空中を掻いたバツケのグローブが青く光って、蒸発する水蒸気がバツケの拳を一瞬隠す。

 「焦っているんだな、クロウス!」

 飛び退いたエクスが、刀を逆手に持ち替え、ひょうと振って右脇腹から己の背中に沿ってその峰をあてがう。
直後、再び拳銃の弾が着弾したか、ヂャンと火花が散って、刀が震え、銃声の残響が空間に響いて融ける。
エクスは、刀を落とさない。

 エクスの隻眼が、己を追って詰め寄るバツケの叫びの意味を探して、バツケを撃つ。

撃って、エクスは刀の柄を口で咥えて左手のショットガンのポンプを右手で引く。
バシャンと言う音が空間を走るときにはエクスは既に体を捌き、
禁騎士の放った銃弾が際どい所を走って地面の泥とか木の根を抉る。
エクスが足を止めるのも一瞬だ。
エクスの刀は右手に戻るやすぐさま巡り、首を貫かれた禁騎士の屍の、肋骨の直ぐ下に突き立てられて
類稀な彼の剛力で屍は引きずり起こされる。

 再び散弾銃が吼えて、屍は腹部から、胸部にかけて吹き飛ばされる。
撒き散らされる臓物と夥しい肉の欠片と、血液とは
エクスの姿を禁騎士達の大勢の眼から隠し、屍が再び転がる。

 「そりゃあ、焦るよなぁ、仲間を助けたいよナァ」

 禁騎士の一人が、エクスの死角から彼を照準に捉えて拳銃の引き金を引く。
引いたと同時に、禁騎士は、をッという奇声を上げる。
殺気を捉えでもしたのか、
向けられた銃に向き直ったエクスが凄まじい強力で投げ放った刀が、廻りながら禁騎士に殺到し、
回転する刀は禁騎士の眉間に屹立するが如く突き立ったのだ。
禁騎士は背負った木に背中を押し付けてそのままズルと尻餅をついて絶命する。

 「誰が焦っているんだ、誰が。
仲間だと?
お前達は汚れを拭く為の
使い捨ての襤褸切れを仲間と考えるのか?
ああ、そりゃ襤褸切れに失礼だな。
襤褸切れは汚れが拭けるが、
連中じゃあそれ程の役にも立たん」

 クロウスの癖がはじまった、と小声の通信で仲間に呟いて
年配らしき禁騎士の一人がエクスの冷徹を鼻で笑う。

 「オイ、そこ──俺の機嫌を損ねて
親が一見して笑ってしまうレベルの変死体になりてえのか。
舐めた口聞いているんじゃねえ、不愉快だ。
いいから、雁首揃えて殺されろ」

 通信を魔装で盗聴でもしたのか、禁騎士の会話を聴きつけたエクスは
言葉を禁騎士達に向けて大音声で吐き捨てると木陰に身を隠し、短刀を抜く。
左肩には、大口径拳銃の銃弾を受けて風穴が開いている。
それでも、エクスは散弾銃を硬く握り締めていた。

 バツケが、エクスの姿を探してゆっくりと足を踏み出す。
其処此処から、禁騎士の銃口がいくつも、彼の周りに殺気の線となって走り、
バツケを守る。

 「クロウス、貴様は自分の事は何もわかっちゃあいないんだな。
禁騎士の眼は節穴だとても思っているのか。
利用価値の有るものには優しいクロウス」

 バツケが。一本の樹の幹を睨み、その奥に隠れるものの姿を見定める。

 自らを取り巻く殺気が変化した一瞬、その変化を感じ取ったエクスははッと息をつき、
己の流した血か、返り血か判らぬほどに赤く汚れ、血を滴らせる己の袖に眼を走らせる。

見れば、うっすらと衣服が燐の様な光を放っている。

 次の瞬間、爆発するような勢いでエクスの衣服が炎上した。
一瞬にしてエクスは炎の舌に呑まれ、
炎の、絶えず変化し続けながらも禍々しいシルエットが
エクスに狂乱の舞踊を教える。

 フレイム・マイン。
禁騎士の、魔装をたっぷり含んだ血液を魔装によって検知され、
やはり血液中に含まれていた魔装によって発動した魔法である。、
その、ナイトガルドでは行使に対して重犯罪の刑罰を課せられる
呪殺の分類に限りなく近い、人体発火の魔法攻撃によってエクスの体が燃え上がったのだ。

 ぬぅッと絶叫するエクスの耳に、モノの悲鳴らしき声と音が混じり、届く。
真逆とは思えたが、その一瞬の感情の揺れは、
魔装で身を固めた禁騎士の部隊と瞬間を争う現在、この戦局では致命的な対応の後れになった。

 燃えるエクスの腹を、背後から殺到した銃弾が貫く。
ゲァッと妙な唸り声を上げたエクスの腹は爆ぜる様に肉片をぶち撒ける。

 エクスを補足した禁騎士達は、エクスの死角から一斉に拳銃の弾を撃ち込む。
腕や、胴に、脚や、頭に、腰と、肘と、踵に。首や、心臓に。
血の雨が炎の祭壇から降って、森の空気は赤々と燃える炎の色を映し
そのスポットライトの中の大気に飛散する血の陰惨な湿り気に答えて震える。

エクスの腕が泳いで、空中を掻く。

 バツケが、クロウスの隠れた樹を正確に正面に捉えると、手にした戦斧を振り上げる。

 「ライトニング・ボルト起動
──稲妻を大気中に発するライトニング・ボルトが必ず当たるとなったら、死ぬよな。
左様なら、シヲンを俺の世界から奪った報いを今、受けろ。クロウス」

 パァンと森の空気を裂いて、
バツケの振り下ろした戦斧の周囲に発した光芒が
稲妻となってエクスの隠れる樹を打ち、引き裂く。

 「俺の、従妹を。
最も愛しい女性の貌を
俺がまだ、それも告げぬうちに
この世から割り落とした貴様が
生きているのは
──間違っている。
故に、俺はその誤りを自分の手で正す」

 裂けた樹木の幹がメリメリと悲鳴を上げ、真っ黒に焦げた肉塊、
白い煙を上げる哀れな屍が、その影から倒れるのをバツケは見た。

飛散した血が一瞬で凝固し、
屍の周辺は焦げた血と瞬間を焼く焦熱地獄の爪跡が放射状に広がっている、

 「魔装なしで禁騎士を五人も六人も斃しおって。
貴様は確かに崇拝されるだけの力を有していた。
騎士であった時分も、今も。
しかし、結局は貴様を認めない俺の意思は成就し、世界は俺の言い分を肯定した。
結果を見ろ、十聖槍。
無法だろうが、卑怯だろうが、貴様は俺の復讐を受け入れて死んだのだ。
シヲンの痕跡を残すこの世界は俺を愛してくれている。
おのれではなく」

 バツケの声に、十聖槍クロウス・アーメイを倒した高揚の色は無い。
それは仄かに、喪失感と虚無感をさえ漂わせてさえいる。
クロウスの背中に歩み寄るバツケの背中がうなだれているように見えるのは
彼の僚友の禁騎士達の錯覚であっただろうか。

 平原の、緩やかな傾斜によって少々の高台となった場所に駐留する連合騎士団のスレイプニル班で。
ザノンは、チェスピで一瞬だけ検出された、
大規模施設に拠るものと見られる高出力の
エネルギー反応を巡る連合騎士団の慌しい動きの中でバッソウのコクピットの中に滑り込む。
錯綜する情報がコンソールを忽ち支配し、ザノンはそれらに眼を走らせながら
スレイプニルを介した映像でチェスピの城壁を視覚で捉える。

 「種別は?…特定できていない?砲門は沈黙している…。
魔装鎧の動きは、どうなんだろうか」

 右の手袋の、人差し指の背を唇にあてがってザノンは呟きながら情報を整理する。

 「さっきまでの、
アレキサンダー卿の一時的な指揮権限からは解放されたっていうことでいいんだよな?」

 ザノンの呟きに耳を止めたリブラも情報を整理しながら話しかけているのだろうか。
早口にまくし立ててる、焦燥を滲ませる声でバッソウからの通信をザノンの耳に割り込ませる。

 「スレイプニルが、連絡のつかないアレキサンダー卿について、
そう判断したならそうですね。ここは、現場なんだから
教練には無い臨機応変というものはあるでしょう。
ただ、足並みはぶれちゃいけないからアルゴンキンには、
ガーハート銀剣騎士殿とジョン銀剣騎士殿に念を押してもらって。

…痛ッ──。

つつ、すまん。──ええと、念を押して貰って口約束でも取り付けておいたほうがいいな。
何せ集団戦だ。今すぐ無軌道に飛び出す事も有るまいし軸は置いておきたい。
口約束でも軸にはなる。僕らの動きの骨子も定まる」

 リブラの焦燥を諌めるように、ザノンは言葉のスピードに注意しながら声を発するが

 「え、何、どうした」

 とリブラが訝るように、異変が有ったと推察できる大声が言葉の中に混じっていた。

 「うん、左眼が痛い…と、一瞬感じたんだけど。
何だったんだろう。急に忙しく動かしたからだろうか?
とにかく、心配には及ばない」

 ザノンは、頼りない足取りでスレイプニルの正面へと
巨大な盾を背負って移動する
リブラのバッソウRBに向けて
自分のバッソウTSの手に悪運を祓うまじない、コルナサインを作らせる。

 「親指が足りねーなぁ」

 「体捌きがふら付いてるよ。ボディバランスを完璧に取れたら足してあげる」

 「ファックされろ、優等生野郎め」

 あんた達、言葉遣いがいつもに比べたら変よ、可愛くないと通信でネルが二人を咎める。

 ハイ、と答える二人の声が重なる。

 「グーヴァイン卿のさ」

 「うん?」

 アッシュが、リブラのバッソウの身の丈を凌ぐほどの大盾を見て
何かを思い出したように声を上げ、
級友達はその声に反応して其々のコンソールを叩く手を止める。

 「いや、グーヴァイン卿のガラティンがさ、
あれくらいの大盾を、
ノーブルの、出力を食う防御魔法の多重発動状態なのに
凄く綺麗に取り回していたのを見たことがあるんだけど
…どうやってああも綺麗に動かしていたんだろうって思ってな」

 アッシュは、
動きを見て、感覚的に試して自分の物にする能力に富んでいる。
しかし、彼の言葉に表れているようにアッシュは
アッシュの回想する
偉大な騎士、
エドワード・グーヴァインの盾の扱いの動きの記憶は
想像をする事も出来ぬほど
自分の能力、技術とかけ離れたものであるように彼には思え
その思いからアッシュは呟いたのだ。

魔装鎧と一体になった人物の技術の妙。その賛辞。

 「グーヴァイン卿のご令嬢に聞けば、
盾の扱いのことだって、何か判るかもしれないよね」

 ネルが、アッシュに何気なく答えると、訝るアッシュがええ?と声を上げる。

 確かに、連合とベディヴィア・チューナーとの公約にアルバの救出は約束されている。
しかし、今現在は、その安否が不明な人物の事である。
聊か楽観的に過ぎるとか、
不謹慎であろうという考えはアッシュの胸をよぎったのは否めない。

 「え、だってアレキサンダー卿は、約束を守る為に
今、どこかに急行しているんでしょ?
違うの?あれ?」

 「あ・・・」

 そうか、とザノンは相槌を打つ。

 行き先を秘して、急に姿をくらましたアレキサンダーは
確かに優れた魔装鎧の乗り手であるが──
しかし、
それ以上に優れた諜報部隊の指揮官でもある

 「降魔騎士団に明かしてもらったクイシトウのスペックなら、短時間とはいえ…
大盾よりもずっと安全な防御能力を発揮できる。
アレキサンダー卿のクイシトウなら
バッソウを連れて行かずとも一騎で救出が叶えられる」

 ネルの推測に得心したザノンの声にリブラも膝を打って、
バッソウの大盾を構えて、両肩の対地ランチャーポッドを起こす。

 「そうならクイシトウ…の戦闘データは生で収集したかったな。
まぁ、この辺は今言っても仕方ない。
事に仕える。
──スレイプニル。盾シフト完了した。前進いつでもできる」

 声を交わす彼らが、横目で睨むチェスピは今はまだ、外界にその動きを見せてはいない。

大気の流れさえを見落としてはならないという胸は彼ら全員、抱えている。

兆候が見えたときには物事はすでに過去だと言う事を彼らは知っている。

故に、今、どんな小さな過去の痕跡を見落としてはならないと。
過去に現在を撃たれぬように。
ひとを、失わぬために。
アレキサンダーがそうしているように、
互いに守りあう為に彼らは魔装鎧の指先まで気を巡らせ、眼は城壁を睨む。

城壁を破る事までも可能とする鎧は、瞬きさえ見せない。



 「ぬぅッ…この私としたことがなんという無様をさらしてしまった。
このタイミングに間に合わなかったとは…」

 アレキサンダーが額に汗を浮かべて、
片手槍を手に携え、地上を高速で走る銀のノーブル・マシン、クイシトウの体内で呟く。

クイシトウの細い足が地を蹴って高々と飛翔する。
跳躍し、全体的になだらかな曲線で構成された装甲を纏う痩身を見せたクイシトウは
手に中型の盾を備え、片手槍と腕部に装着したランチャーポッドを構えて地上を見下ろす。

 眼下にはロス・ロボスの魔装鎧の群れ。中心には囲まれ、孤立した魔装鎧三騎。
まず、聞こえたのは、アルバを庇って被弾した己の弟、エステル・コモンの名を呼ぶ少女、
エスター・コモンの悲鳴だった。

道中、工作兵の敷設した霊子撹乱兵装を利用して姿を隠しながら
この場に馳せ参じたアレキサンダーは胸中で、
その、僅かな遅れから生じた己の美学に泥を塗る屈辱を噛み締める。

 「…これでは全て台無しだ。私のプライドも。女達へ誇れる栄光も──
──愛の対価に誓った完全な勝利も」

 アレキサンダーは、
コクピットの中で役者が嘆く素振りを見せるように己の両の掌を眼窩にあてがい、グイと身体を反らす。

 ──嫌だ、馬鹿、エステル、返事をしろ、姫様と私を一人にするのか。

 己への詰問の様に降り注ぐ、エスターの声。
ベディヴィアのレクイエンに残されていた通信先から受信する少女の声は
この世の終わりを見たかの如く灼けている。

 少女の涙の音をアレキサンダーは聞ける。

 アレキサンダーが両手をフィンガーパネルに置き、グイと上体を乗り出す。

クイシトウが地上へと落ちる。

物理保護の魔法が働いて、ギシと空間が鳴いた。
アレキサンダーの耳には、その音よりも少女の流す涙の音の方がずっと明瞭に聞こえている。

 彼の見下ろした、ロス・ロボスの狙撃手の鎮座していた高台は、何が有ったのか、
崖崩れの様に泥と岩とを放射状にばら撒いて凄まじい崩落の痕跡らしきものを見せている。

 その高台に居た狙撃手の駆るフラ・ベルジャの銃弾は、

確かにエステルのエペタムを貫いている。









 ただし、それは、コクピットではない。

 「お嬢さんの泣き声を、私は愛せません。
しかしお嬢さんの事を私は愛しています。
貴女の悲しみを取り除いたら泣き止んで、
こんな無様な私と結ばれてくれませんか?」

 着弾によって、ジェネレータに致命的な損害を受けたエペタムは
着弾の衝撃でバランスを崩してその巨体を転倒させたのだ、
ジェネレータが死んだ為、エペタムの魔装備の全機能は機能不全に陥っていた。

 ──パイロットは転倒のショックで失神しているのだろうか、本人の反応は携帯魔装からもない。
しかし、生体反応を拾う携帯魔装が【在る】事を知らせる微弱な反応は返ってくる。 アンチマテリアル弾の着弾は、コクピットと離れた胸部上面だ。
間違いなく、パイロットは生きている。

ガァンと音を立てて、アレキサンダーの乗騎、クイシトウが三人の騎士の魔装鎧の前に降り立つ。

 「お歴々。ギリギリで格好良く顕れて、間に合う筈だったのが…ギリギリアウトでした。
申し訳ありません──
しかし、
まぁ、
とにかく、
情け無いベディヴィア君が哀れっぽく
泣いて頼むものだから正義感に突き動かされて速攻やってきた
クンダリニの降魔騎士団の超一流…
いや、ちょっとキズをつけてしまったので一流のヒーローの登場です。
リアリストの傭兵諸君、ヒーローを、見せてやろう。
言っちゃ何だが、私は自分では十聖槍のグレン卿あたりとも器を競える騎士だと考えている」