040.Shadow Run:20_Shadow_Run





 「騎士…ベディヴィア…?」

 感覚、意識の後退の極みに閉じ込められたアルバは、
ガラテインの丸い面を起こして、白銀の魔装鎧の背中を見上げた。

 「はい、あなたの騎士です」

 アレキサンダーは、アルバの願いの毀れたか弱い声に滲む、寄りかかる依存の色を
嘘も言わず、本当の事も言わずにするりとかわす。
しかし、その声は冷然の色を持ってはいない。
アレキサンダーは、彼女を望まない、彼女の望んではいない者であり、
しかし、彼は、彼の意思により彼女の望んだ騎士の姿を彼女の心の中に投げる。
夢の影を。

 「ヒーローだとう…」

 気障ッたらしいアレキサンダーの言葉に反応し、
唸り声を上げて凄む傭兵の言葉を受け、
クイシトウはガチリと音を鳴らして短槍と盾を構える。
細やかな装飾を随所に施した
クイシトウの手にする腕部から肩までを守る細長い盾。
四角い盾の中央に大きく描かれた恐ろしい三眼の鬼神の首を描いたイングニシアと
その美しい痩身を背負った夕日に映えさせるノーブル・マシンの立ち姿に。
ロス・ロボスの傭兵達の眼は引き付けられる。
アルバや、エスターの魔装鎧を痩身と盾で持って守る様に立つクイシトウの背中に
鬼神の顔は見えない。
背後から見れば、クイシトウはスマートな騎士を思わせる姿を持っていた。
守護の騎士の背中と、降魔騎士団の鬼神の印を持つ
白銀の装甲の魔装鎧、クイシトウを囲む円陣を徐々に狭めるクワィケン達の動きは群狼の動きに似る。

 崩落した斜面から滑落しながらも機体をどうにか捌き
損傷を免れたフォイエルのフラ・ベルジャが面を起こす。
長大なライフルを構えるフラ・ベルジャの足場は悪いし、
先ほどの高台の場所よりも高度はずっと低い。
しかし、ライフル・ドルガノウもフラ・ベルジャの照準も。
何より、狙撃手のレンジが生きている。
重火器でなければおいそれと反撃のならぬ距離に敵は降り立ち、
【獲物たち】は、味方に囲まれている。
舞い踊る土埃と粉塵を貫いてフォイエルとフラ・ベルジャの視線が走る。

 クイシトウの頭部、ぎらと光る横長のスリットが
フラ・ベルジャの視線を察知したかのようにそちらを向いた。

 「そう。今日の有様のためだけに生きるのは退屈だ。
それよりも明日の無様なロマンに生きるのは素敵だとは思わないか。
私はわが主の命と、ある騎士との約束に拠ってここに来た
降魔騎士団のノーブルマシン・クイシトウ。
共にあるは、決意と意思をまかり通すロマンチストの銀斧騎士だ。
文句があるかね。
最も、聞く耳は持たないがね」

 美辞麗句を並べ、死を都合のいい逃げ道にして
あわよくばそこに逃げ込もうとしたベディヴィアの自己欺瞞を見破り
現実世界で晒しものにしたアレキサンダーの冷酷なその眼光は
偽りの美学を許さない狭量の現象。

 傭兵達の魔装鎧の影の向こう、地の底まで続く奥深い闇を見透かすように
アレキサンダーは細く、整った眉の下の眼を細め、
鋭い眼光を一層絞り、シート右手のレバーを大きく押す。

 アレキサンダーは
クイシトウのジェネレータの音が変質し、怪鳥の絶叫を思わせる音が
コクピットの中を振動となって突き抜けるのを
シートにつけた自分の背骨で感じ取る。

 「寝言は!」

 クワィケンの傭兵が失笑した刹那にクイシトウの構えた槍が空間を切り取り
腕のランチャーポッドから巨大な鬼火の様な火球が炸裂したと見えた。
発するは火焔魔法、ファイアーボール。
短距離射程の攻撃魔法である。
魔法が有効範囲を走る速度はエナジーボルト・クラスターやマジックミサイルより早く
代わりに射程距離は短い。
有効範囲は散弾の様に若干拡散する。
何れにせよ、クイシトウは溶滅する威力を誇る高火力の魔法を射出し、 魔法は短距離を人間の感覚を超える速度で走って、
射出された赤い炎の塊はクワィケンの一騎の胴体に結末される。
魔装鎧の装甲さえ融かす火球の高温は大気を歪め、クワィケンの上半身の装甲を舐めて融かし
その嘲りの嗤いごと傭兵の一人の命をもぎ取った。

蒸発した命が空間に焼きついて
ガァンと音を鳴動させ主を焼かれたクワィケンが膝をつく。
その溶けた装甲は流れ落ち、滴る金属が地面を焦がす。

 「結構。理想の自分の夢を見る。そういう人種の言う言葉は何時でも寝言さ。
それでもって、私はそういう人種だ。
君達は夢を見ないのか。
例えば不利な状況だからこそ、
戦って、勝ってみせるというような。
戦車の支援も無しに、
足手まといを単騎で抱えて戦ってみせる今のこの私のように」

 だが、ノーブル・マシンと見ればその威力を知る傭兵達の事。
覚悟の上で、やられ放しでは終わらない。

 「単騎と言っても
まともなノーブルならそうなるって話だ、
そうなったから、そこで、揚げ足を取る!
そいつは現実!現実と現象が絶対のルール!
事実だけが利益を生む、俺達は事実と利益で食っていってンだ!」

 クワィケン一騎如き、許容範囲の赤字だ。
割を食った前衛の命の代価に、群狼は獲物に食らいつく。
敵は点、こちらは面。
ロス・ロボスはクイシトウが仲間に仕掛けるその瞬間をこそ狙っていたのだ。

 クワィケンの一騎は火球の走った反対側から
熱気で揺らめく大気を切り裂いてクイシトウに殺到し、
クワィケンの歩幅にして十歩ほどの近距離まで
間合いを詰めると
クワィケンはアサルトライフルを構え、即座にマルチランチャーから魔装榴弾を一射する。

 クワィケンの動きを把握していたクイシトウは榴弾を盾で受け止め、
その衝撃を盾の強固な防御能力で凌ごうと目論むが。

 「夢とやらは幾らになるんでエ!
夢に利子がついた事でもあるのか、え?
こちとら給料もらって飼い犬やってンだ!夢なんか見なくても腹一杯サ!
大黒柱が寝言をこいて家族揃って腹ペコ一家なんてやっていられるけえ!」

 榴弾が盾に阻まれて炸裂する。
鬼神の恐ろしい貌が凄まじい閃光に隠れるのと同時に、
焼けた空気の重さが変わる。
ウムッとアレキサンダーが呻いて、クイシトウのコントロールが鈍化する。
同時に、容積を変えずにアレキサンダーの体重が増加する。
重さを増した己の体の制御を一瞬失ったアレキサンダーの掌が、
コクピットの中でクイシトウのコントロールパネルに張り付き
身体を固定するベルトに胴体が食い込み、筋肉が悲鳴を上げる。
グウッと唸るアレキサンダーの眉が跳ね上がる。

 地鳴りを鳴らして、クイシトウの片足が膝を付いた。

 殆ど身動きの取れないアルバのガラテインが狙われるのを嫌って
クイシトウの背中とガラテインを挟んだ位置にスバターリを移動させていたエスターの騎体にも影響は及び
エスターは押しつぶされる様な重圧の中で、アレキサンダーに問う。

 「範囲性重力増加魔法…機体のコントロール、可能ですか?降魔の騎士どの!」

 クイシトウの動きを止めたのはバインドの上位魔法によって増加した重力効果。
これはクワィケンの装備、2G弾と通称される魔装の発揮する魔法効果だ。

クイシトウの動きが止まったと見るや、傭兵達のクワィケンはアサルトライフルを構え、
重魔装鎧、バジユラーに耐久力を上げる改造を施した改造騎バジユラー・ヤクサは片手持ちに ガトリング砲を構え、
クイシトウへと間合いを詰めていく。

 フッ、と微かに息を漏らしてアレキサンダーの唇の端が持ち上がる。

 その音は、エスターの耳にも届く。
その悠然とした吐息の色は余裕から来るものだろうか。

 エスターの胸に灯火の様な希望が灯るかと思えたその瞬間、
間髪入れずにアレキサンダーが口を開いた。

 答えは、エスターの予想を覆すものだった。

 「不可能です。……ちょっと、クイシトウを動かすのは難しい。
直立させて、旋回するのも厳しい。
いやね、こいつはノーブルにしてはというより
中型サイズ、全クラスの魔装鎧の中でも相当非力な方に入るような奴なもので」

 綺麗に切りそろえた金色の前髪の下の眼を皿の様に見開くと、
ぱかん、と音を立ててエスターの口が小さく開く。
 エスターは、一瞬、自らと自らの乗る騎体に圧し掛かる重圧と
迫り来る剣戟、銃口の存在も忘れて呆然となってから
一拍置いて自分を取り巻く重力、負荷を思い出し、
倍になったようにも感じられる自らの憔悴にどんと小突かれて叫び声をあげた。

 「…嘘ッ…!?」

 アレキサンダーの額に滲んだ汗が流れて落ちて、ぼたと音を鳴らす。
ぎしと奥歯を噛んで重圧に耐えるその苦悶の表情は、偽りではあるまい。
それでも、剃刀の如し眦から発する眼光は、長い睫を潜り抜けてぎらと光る。
 エスターの叫び声を聞き流すアレキサンダーは苦悶の表情を殺して、もう一度不敵に笑う。
 彼自身の身体は、頭を押さえつけられたように姿勢を下げてはいるものの
不恰好ながら何とか魔装鎧の操縦の可能な姿勢まで上体を戻すと
深呼吸をして、言葉を吐く。

 「ロス・ロボス。
夢見て利子が貰えるかというのは…意見の相違だな。
私は、利子は取られる方さ。分割払いなんだ。
現金一括で買い取る今日の為だけに命など賭けてはいられん──、
そんなものァ馬鹿馬鹿しくっていけねえや。
──甘美な夢に命を賭け、
夢破れて路傍で果てたとしてもそれは、栄光有る敗北だ。
勝利して魂を縛られるなら、栄光有る敗北の方が美しい」

 偶然か、クイシトウの盾に着弾を遮られた銃弾が、轟音と火花を上げる。
バジユラー・ヤクサとクワィケン二騎はクイシトウの背後、アルバ達の方角から
詰め寄ってくる。

 「この…ッ、役立たず…ッ!貴方が、自分の仰る、足手まといでは無いですか…!」

 「可憐な声でもっと罵ってください、お嬢さん。
それは貴女が私に眼を向けてくださっていると言う事です。それが、失望の眼差しであっても。
眼を向けることこそが愛の始まりです。
と、するならばお嬢さんは私の事を愛しているのと相違ない」

 搾り出すような声を上げ、重力に囚われながらもスバターリに構えを作らせたエスターの罵倒を
アレキサンダーも絞り出すような声で、しかし、妙な事に言葉は軽やかにいなす。

 「こッ、この人。この男は、何言ってんだ…!?」

 感情を面に出すことを好まぬエスターらしからぬ動揺がその声には顕れ
その声の波紋は傭兵の殺気の怒涛に押し流される。

 「栄光有る敗北とやらをさぁ、しっかり味わえよ、望み通りよ!
いつまでも変わらない今日を繰り返すなら
博打を打って乞食にでもなったがましってかい!
ぶっこいてンじゃねえ!手前も飼い犬だろう!
俺達の今日に貫かれて、身動きも出来ずに死んでいけよ、ノーブル!」

 僅かにクイシトウの腕が運動し、またしてもその盾にアサルトライフルの弾が着弾して、火花を散らす。

その烈しい光は、鬼神の敵を焼く眼光ではあるまいが──。

 「そう、私も君達と同じ飼い犬で、その上王都を左遷された負け犬だ。
しかし、私と言う飼い犬が守るものは、完全な騎士となって世界中の女性に愛される夢である。
それが、望みだ。
夢を見ない眠りは、退屈ではないか。
そして、私は私の夢の為に生きている。
ベディヴィア君の様に死を願って夢を投げ出すつもりも。
君達の為に敗れてやるつもりも──ない。

──なぁ、君達、銀行という概念は騎士の軍隊が発明した物だって知っていたかい?
もとを正しゃアそいつも博打さ。
飼い犬といったって犬は犬。
牙を持ち、狼を祖に持つ者同士だ。仲良く…じゃれようじゃないか!」

 見栄を張るアレキサンダーの言葉と裏腹に、立ち上がろうとしたクイシトウは
重力を振り切れずに再び地面に片膝を付いてしまう。
クワィケンの傭兵の一人が、声を上げて笑った。

 「いいぜ、相手がノーブルだろうが、犬同士は犬同士だ」

 傭兵がアレキサンダーに向けて吼えた拍子に、
エスターのスバターリは得物のグレイブを取り落としてしまう。
スバターリはもともとがそう力の強くない騎体である。
まして、それを操るエスターは消耗し、動揺している。
無理をして武器を保持させようともこの過酷な状況下で気を散らせば
軽くも無い得物を取り落としてしまうのも無理は無いとは言えた。

 「ピストルなら…」

 エスターは震える声で呟くと、スバターリのスカート状の腰部装甲、
背面に装備した小型ハンドピストル、ダリア・ガンに手をかけさせる。

 最小限の動きでなんとかピストルのグリップに指を掛けるスバターリの手の動きを眼で追うエスターは
ちらとエペタムの巨体から伸びる脚部、
その脛の四角い魔装機構を眼に入れる。

 「そうか…エステルだって、アルバ様だっている。人をあてにすることじゃない…。
私は、エステルと、アルバ様と──三人でいなければ、私は、望まれた私ではない。
一緒に、居るんだ…いつまでも、一緒に居る為に。

命を使ってでもここを凌ぐのは、私にしか出来ない、
望まれるべき、答えるべき──私の役目だ、ドーリッ!」

 エスターの額にじっとりと浮かんだ汗が雫となって顎まで流れて落ちる。
エスターが荒い息で、重い呟きを吐き出した。

 言葉に力を漲らせたとしても、その意思が届く望みがどこまでも薄い絶望的な状況だ。

だが、確かにアレキサンダーが示した様に
彼女にも投げ出す選択は取り得ない。

 彼女に取って、
エステルとアルバを失うことは
自分自身の命を失う事よりも重い喪失である事を彼女は知っているからだ。

 「私にだって、因業によって生ずる性能がある…!!
しぶといぞ、スバターリも、私も!」

 エスターはハンドピストルをスバターリに構えさせ、撃つ。

 クワィケンの横を掠めたピストルのエナジーボルトは、
その背後のバジユラー・ヤクサの頭部に着弾するが
着弾場所から煙をなびかせながらスピードを落とさずに走るバジユラーにダメージがあったようには見えない。

 「そんな貧弱な出力の魔装が、一発とか二発で、まともに効くかよ!
その貧弱な騎体をフン捕まえて、
しぶといなら、しぶとい分苦しませてやる、
このバジユラーのパワーで捻じ切って、いたぶってやらァ!」

 相手の機体の群を
射線に捉えようと跳躍し、クイシトウの背中を見下ろした
クワィケンの一騎を駆る傭兵も笑う。

 「そのピカピカ光る首輪は幾らになるんだよ!
俺達は、群で戦う野生の山犬の本能だって覚えてるンだ!
引き千切ったはらわたまでこちらの餌、
鳴いて悶えて、無体を晒せ、騎士ども!」

 短槍を杖に、アレキサンダーのクイシトウがまたも立ち上がる構えを作る。
スバターリのエスターは吼え、火花散らせるハンドピストルを尚も撃つ。

 「コーディ、クワィケン、コンビネーション!」

 跳躍したクワィケンがアサルトライフルの連射をかけるのを合図に、
地上を走るクワィケンとバジユラー・ヤクサも銃火の光を吐き散らして得物を乱射する。
重力に縛られて動けない魔装鎧の逃げ道を、幾重もの火線が塞ぎ
連携を叫んだフォイエルのフラ・ベルジャも、ライフルの引き金を絞る。
 クイシトウに、ガラテインに銃弾の雨が降り注ぐ。

昏倒したエペタムにも銃弾は届くだろう。
エスターが奥歯に無力を噛み締める。

 獲物の至近で、幾つもの光芒が弾ける、

撃ち放した猟犬の牙は獲物の喉元に食い込んだ筈だった。
獲物は死の摂理という偉大な主の懐深くに追い込まれたと見えた。

 だが、しかし。

 光芒の光る一瞬の狭間に発した異変の予兆を感じ取り、
フォイエルも、傭兵達も得物を撃つ手を止め
目を見張って異変の起こる瞬間を目撃する。
 銃火の閃光に隠れて影が空に走り…
跳躍したクワィケンはクイシトウの肘に胸部コクピットを打たれ、
アレキサンダーのクイシトウは彼の技量に拠って
空中で落下する騎体の力の流れを巧みに捌いて
まるで巴を描くように反転し、
クイシトウに腹を踏みつけられながら落下したクワィケンは
雷の様な物凄い音を発して地上に叩きつけられる。
その衝撃で胸に突きつけられていた短槍はクワィケンの胸部装甲を突き破り
パイロットが破裂したのを教える血飛沫がちらりとコクピットから押し出される。

 痩身の硬い肩を揺らめかせると、
直立したクイシトウは何事もなかったように短槍をクワィケンの胸からガクリと抜く。

走りながら引くに引けぬ間合いに入って、
たたらを踏んだクワィケンは腹を決め銃剣で以って、クイシトウに襲い掛かるが
盾でその身を守りながら、姿勢を下げ、
構えを半身に開いたクイシトウが膝を下げ、短槍を片手で突き上げる。
クワィケンは、自らの走る勢いそのままに火花散らす短槍に頭部から胸部にかけて切り裂かれ、
前に出る足のバランスを泳がせたところで
クイシトウの奥の手の盾に突き飛ばされ、
自重をそのまま返す盾の一撃の衝撃に拠って後ろに吹き飛ぶ。

 「何したんです!?確かに撃たれたはずだし、
動けないと言っていたクイシトウは嘘みたいに動き回る…。
2G弾の効果時間でしょう!動けないっていうのは、ブラフだったのですか!?」

 エスターの側から迫るクワィケンとバジユラーは脚を止め、
振り返ったエスターが、クイシトウの滑らかな挙動に、自分達の無事に。
なにもかもが不可思議でありながら、
そこに事実としてある自分達に都合のいい現実を把握できずに魂消た声を上げる。

 「私は生まれてこの方、女性に嘘を付いた事はありません。
これは本当です。本当の本当に。
2G弾が効いていれば動けないのは…本当です。
貴女の騎体、動きますよ。
たった今、ようやく、
クイシトウの大魔法が起動したという事です」

 変質したジェネレータの音を纏うクイシトウの背中、
守護のシルエットが…そこに陽炎でも起こっているかの如く揺らめく。

 我に返ったエスターがスバターリを四分の一ほど旋回させる。
アレキサンダーの言葉通り、スバターリは至極スムーズに旋回する。
動くたびに、大気に波紋の様な歪みが走るように見えるのを、エスターは不思議に思う。

 バジユラー・ヤクサと、残るクワィケンが発砲を止め、踏み止まると
傷一つ無いクイシトウ達の立ち姿と、
死の匂いを漂わせ、沈黙した三騎のクワィケンを順に睨む。

 「確かに、銃弾を当てた。あれで外れたって言うんなら…
銃弾が避けていったとしか思えない」

 バジユラーを駆る傭兵、コーディ・ストンランが声を震わせながらも
バジユラーはガトリング砲を投げ捨て
背部に背負った無反動砲に手をかける。

 「──ご名答。
当たるはずの銃弾は、その軌道周辺の空間ごと、騎体を避けたのさ、
我がクイシトウの防御大魔法によってね。
大魔法は起動まで遅い。
起動までの時間を計算して駆けつけたんだが
クイシトウに他の魔装を使わせたせいで少々誤差が生じた」

 「大魔法…
あれだけの同時攻撃を全て凌ぐだけの防御魔法を、
この短時間で起動した…ってのか…」

 「ノーブルと言うだけじゃない、こいつ、クワィケンを落としたあの動き、
この野郎のコントロール技術…尋常じゃねえ…」

無反動砲を構えるバジユラー・ヤクサの巨体の動きには、
傭兵達の逡巡をその体内に巡らして戸惑っているようにも見える緩慢さがあった。

 傭兵の想像から出た言葉は、実際的中していたとアレキサンダーは言う。
クイシトウの発動した魔法は、特定範囲に、魔法と、一定以上の速度で進入した物質に反応して
魔装鎧に影響を及ぼさないように空間を捻じ曲げ、置き換える効果を得るものだ。
重力の効果を増加させる変異空間霊子の侵入も拒む事から
起動すれば2G弾の魔法効果の継続も、クイシトウの魔法の効果範囲内では絶たれる事になる。
害の及ぶ周囲の空間が、魔装鎧を避けて通る魔法。
絶大な効果を持つその魔法を帯びる魔装の名は。

 「クイシトウの魔装兵装、チェインド・チャリオット。
繋ぎ止めるのはゴルディアスの結び目。
結び目を解くものは千年を支配する帝王にだってなれる。
魔力の限界を超え、処理しきれない程の攻撃を重ねて、力押しで断ち切れなくも無いが…
都市を蒸発させる戦略浄化魔装、レイン・メイカーでもなければ凌ぐ代物だ。
機知と勇気で破るを試すなら、受けて立つ。
私の愛するロマンがそこには漂う」

 クイシトウの丸い頭部、その中央に走る横長の一ツ眼が
ぎらと光って群狼の視線に答え、その脚はぐるりと巡って背後に向かい、
沈黙したエペタムとガラテインの脇を通ってバジユラーに向かって一歩を踏み出す。

 「もう一度言おう。このアレキサンダー・ピアスは、クイシトウのアレキサンダー。
クイシトウは戦略防衛魔装鎧だ」

 「なっ…馬鹿野郎!」

 クイシトウの分類を告げる言葉を聴いて吼えた
フォイエルのフラ・ベルジャが、肩部対地マジックミサイルランチャーを起こす。
直後、フォイエルは背筋に冷たいものが走るのを感じ取る。

 フラ・ベルジャノ足元の岩に音を立てて亀裂が走って、二つに割れた。

 この足場の損壊は先ほどの、フォイエルの狙撃ポイントからの滑落の原因となった崩落と同じく
クイシトウが行使した魔法、
魔装の影響が薄い無機物を粉砕するクラックの魔法によって誘発したものだ。

 先制攻撃された時は、場所を事前に特定されていたものと
諦めもついたが
重力の嵐と、あの烈しい閃光の中で。
アレキサンダーはマズル・フラッシュの閃いた場所を正確に捉えていた事を察し、
更には相手の持ち出した魔装鎧のスケール違いの防御能力を把握して、
フォイエルは愕然とする。

 その意識の傾きから、対応の遅れたフォイエルは、
真っ二つに裂け、割れ落ちる足元の岩に脚を取られて
フラ・ベルジャの脛をその亀裂に滑り込ませ、
フラ・ベルジャは身動きの取れない格好になってしまう。

 「フォイエル、あいつは…一体、何なんだ!?」

 波濤の如く押し寄せる不安を、
魔装鎧に銃弾を撃たせる閃光と轟音で誤魔化すクワィケンの傭兵は
金切り声でフォイエルにその不安をぶつけ、
フォイエルは呆然としながら意識の上の情報を、声にして浮かべる。

 「戦略防衛魔装鎧。
ベルゼビウムのエネルギー効率、つまり燃費がきわめて悪い。
主要な防御魔法の有効時間は短く
普通は重篤な危機に運用されるものだ。
高火力、或いは高攻撃力の攻撃、魔法を凌ぐ事を目的に
防衛の為の魔装を魔装鎧に集中させたもので
戦術級は単独で部隊単位、戦略級は…」

 「どこまで守れる代物なんだッ!教えろよ、フォイエル!」

 「そりゃ、言うが…」

 ぐびりとフォイエルが唾を飲み込み、躊躇う息を吐く。

 「言いづらいようだね。
挿し支えは無いと思うので私が代わりに教えるが
ルサンチマンからの、
拠点へのすべての攻撃を、
単騎の防御魔法で回収できるものも有る」

 光は巡り、歪み、廻る。
ただその光はクイシトウの装甲に反射され、
クイシトウの装甲の光を際立たせるのみである。
エスターたちを従えてただ悠然と立つクイシトウは
傷付けることの出来ない覇王の威光を物理現象として纏っているように見える。

 「馬鹿な!」

 「馬鹿なスペックが、人間が道具に託した夢が。
それを現象にするのが、ノーブル・マシンだ。
撃つ切る壊すだけが魔装鎧の能ではないよ。
ロス・トヒュテア世界で魔装鎧の建てた家に住み、
耕した畑から捕ったモノを食い
舗装された道路を歩いて
自分たちの王を魔法で千年の生に閉じ込めて置きながら
それを
忘れたのか?
ただ、現実の中の自分の生を享受するだけで、返す積りは無いと言う事か。
世界に、夢を」

 アレキサンダーの声は、女を口説くときの色をしていなかった。
その声の、喉元に突きつけられた刃物の如し切実の色は、
アレキサンダーの苛立ちがほんの一瞬姿を見せたものだろうか

 「夢…わたし…」

 その言葉は、意識と無意識の縁を泳ぐアルバの耳にも届き
アルバは、アレキサンダーの心を隠す鎧、クイシトウを見上げる。

 「有様はつまらない。すべてはスムースに、残酷に起こっていってしまう。
だから、無様でそれに刃向かう、対抗する。
さすれば、有様は波打ち、新しい世界の一片を見せる。
それこそが、夢だ。生の可能性だ。
ひとは、人生という有様に従って生きていく。
眠るときは無様な夢を見ながらの方がいいだろう? 自分の都合のいい夢だ」

 アレキサンダーの胸中からこぼれたかの様な物言いは、
社会と相容れないようでいながらも
ある天才を有孕んでいるようにアルバは感じる。
その、矛盾を同時に展開しながらも堂々とした姿を損なわない
それは──覇王の素質だろうか。
眩しい素質を輝かせる、彼の本当の魂。
彼自身がそれを望んでいるか、そもそも知っているのかは別として。

 そして彼の覇王の鎧、戦略防衛魔装鎧は僅かに前例の有る、
超大型ルサンチマンの発生、侵攻を想定して少数作られた、
支援車両さえも別次元とする防御能力を持つ魔装鎧であり、
本来は王都の為の究極拠点防衛兵器が、戦略防衛魔装鎧だ。
 「何てものを持ち出しやがる…。
そいつは!
防衛の為の大魔法を使ったらベルゼビウムを100グラーブは軽く食う代物だろうが!
レインメイカーの弾頭がへたすりゃ二つ作れるぞ!
お前ら、こんな詰まらない連中を助けるのに一体いくら使う積りだ!」

 「行為の価値を、銭金がいくらでしか測れないのか。
ロマンこそ全てだと私は告げた筈だが」

 「ふざけるんじゃねえ!
俺は親の無いガキを何人も食わせなきゃならないんだぞ!
お前みたいな空ッポの奴に、お前なんかに!」

 激昂したフォイエルのわめき散らす声の色に、
不安を伝染させられたコーディがそれでもバジユラーに無反動砲を構えさせる。
照準は決まっている。
魔装鎧の中心にいるクイシトウに狙いを定め、撃つ構えを作ってみせるが──
コーディは、撃てない。

 コーディは今、目の当たりにした途轍もない魔法の前に
単なる無反動砲が通用するとはとても思えずにいたし
無反動砲を撃って、勝利できない現実─決定的な絶望を知るのが恐ろしかった。

 発症した、傭兵らしからぬその迷いは
彼のバジユラーを金縛りに掛け、それを察知したフォイエルがコーディに喝を飛ばす。

 「バジユラーY、コーディ!際限がないわけじゃねえ!
防御魔法は燃費が悪いし負荷も大きい、
レンジを取って、時間切れまで粘ればいいんだ!」

 フォイエルは、戦闘の流れが音を立てて変わったのを感じ取り
騎体の脛を岩の亀裂から抜こうとフラ・ベルジャに身を捩じらせるが
フラ・ベルジャの脚の装甲は軋み、
変形していく音を立てるばかりで
却ってその脚は亀裂に深く食い込んでいく。

 止むを得ず、狙いをしっかりと定めないままフラ・ベルジャはマジックミサイルを撃ち
空間を走る四発の光の弾丸はその甘い照準を補うべく軌道を大きく変更しながら
アレキサンダーたちに殺到する。

 フォイエルとて、相当な腕前の狙撃手だ。
照準の甘いその不利を覆して、マジックミサイルはクイシトウや、ガラテインを捉えるかと見えたが
空間に波紋が走るように大気を貫く光が歪む、

 「どこから来るかが判ってるなら、合わせて返す」

 冷気さえ漂ってくるようなアレキサンダーの声。

 アレキサンダーの右手が、コクピットシート右手のパネルの上を軽く円を描いて巡り、
視線はマジックミサイルを捉え、
次いでその眼はバジユラーを睨む。

 フォイエルが
それを知覚したときには、アレキサンダーたちに向けて撃った筈のマジックミサイルは、
歪んだ空間によって軌道を変えられ
軌道を修正する間もなく
クワィケンたちとバジユラーに突き刺さり、
火花を散らしながらその騎体を貫いていた。

バジユラーは頭部と右肩を吹き飛ばされたのみに留まり、何とか踏み止まるが、
スバターリはグレイブを拾い上げ、そこに開いた道をバジユラーに向かって一直線に走る。

 「チクショオ!俺は…帰るんだ!」

 フォイエルの叫びに答えるフラ・ベルジャの大容量マジックミサイルのランチャーが
次弾を放とうと隠微な光を纏った瞬間
フラ・ベルジャは火花と共に発した閃光と噴煙に隠れ、
その煙に混じって粉砕された騎体の装甲が崩れ落ちる。

 「…あんたが詰まらないと言った俺達にだって、
親はいない。
詰まっちまっている人生は、
あんたと、あんたの知ってる人だけのもんじゃあない」

 エステルが、荒い息と一緒に言葉を吐き出す。
フラ・ベルジャを撃ったのは、エペタムの頭部から発した長距離エナジーボルトだ。
エステルは意識を取り戻して直ぐにフラ・ベルジャの位置を捉え、狙いを定めていたのだ。

 「私は、君達と今日戦った事も忘れないよ、ロス・ロボス。
──君達が、自分を曲げずに戦い抜いた事も。
もう、誰も聞いてはいないしだろうし、信じないと思うが、
君達のような正直な種類の強さを、私は羨んでいるんだ」

 アレキサンダーの呟きを、コーディの甲高い断末魔がかき消す。
盾を構え、背筋を伸ばすように直立したクイシトウの胎内のアレキサンダーは
クワィケンが跳躍を繰り返しながら後退し、
その向こうに微かに見えるロス・ロボスの支援車両も撤退を始めるのを見た。

 「冬になったら、日が落ちるのはもっと早いだろうな…
わがクンダリニ領の人がたの、冬の備えは充分だろうか。
それが気にかかるのもまた、現実。
ままならんね、どうにも」

 アレキサンダーが眼を細めて見つめた彼方。
夕日は、飛ぶ鳥よりももっと早く刻々とその姿を地平に沈めていく。







 もうと漂う煙と辺りに充満した肉の焦げた匂いを掻き分けて
若干二十二歳の禁騎士、
ビリー・ゲーブルは脱走犯クロウス・アーメイの死体を改めようと脚を踏み出す。
 息苦しい頭部保護具を外して、首を廻して頭を振り
長い赤毛を整えて、
あたりの惨状に眉を潜めると
彼はバツケにジェスチャーで先に歩く事を告げる。

 自らも頭部保護具を外したバツケは、歩きながらビリーにちらりと視線を返し、
小さく頷く。

 僚友たちの足音を聞きながら、ビリーは自分達の仕事に区切りがついた解放感からか
重い溜息を着いて、自分の帰る場所を心に思い描く。
踏んだ落ち葉が砕けてカサリカサリと音を立てる。
その音は、ビリーを現実世界から引き離して明日に誘う妖精の羽音のようでもあった。

 自分の休暇も近い。
王都に還ったら結婚を誓った女性と
年老いた父母を連れて、
秋の景観の見事なオウディス領でも観光に行こうか──。

 「奴の連れの始末は済んでいるのか」

 「クロウスを揺さぶる役には立った。
役に立ったら、後は、どうでもいい。
おまけの丸裸の女二人、始末できないで禁騎士になれるか。
生きてても何が出来るというわけでもない。
一々処分したしないと進捗を言ってたら仕事が何倍になる。横着も良し悪しさ」

 僚友たちの会話は、ビリーの意識の上を滑り落ちていく。
 人間は、眼を背ければ見る対象を選ぶことが出来る。
脚を止めたビリーの眼前には今、炭になったクロウスの死体が転がっている。
ビリーが穏やかな休日に思いを馳せるのは
禁騎士団の水に馴染んだ彼らが人を殺した罪悪感から眼を背けるための
日常的な現実逃避であろうか。

 「カリバーンは」

 何かを言いさした禁騎士の声が鉱物のこすれる様な音と共に途切れ、
ン"ン"ッという只ならぬ吼え声に変わる。

 振り向いたビリー達は、異様な光景を眼にした。

 声を発した禁騎士が、ビリー達の視線の先、大木の木の幹にぶら下がっている。
 樹上に吊り上げられ、ぶら下がる彼の口からは
折れた枝の根元が保護具を突き破って突き抜けており
彼の体はそこに支えられていた。
悶える騎士の首には…鎖が、
大蛇の様にしっかりと巻きついて
彼の身体を木の幹に引き寄せたのはその鎖であったことを教えている。

騎士は、絶命の匂いの漂う痙攣を見せて四肢を震わせ、
断末魔にもならぬ吐息をひゅうひゅうと漏らしている。
頭部保護具から溢れて、毀れ、或いは地面に流れ落ちるのは彼の血液と唾液、涙も混じっているだろうか、


 騎士の痙攣が止まり、ガクリと肩が下がる。
錆びた鉱物をすり合わせるざらざらした音を立てて、
彼の首に巻きついた鎖が滑らかな動きで騎士の首から外れる。

 「は?・・・や、何」

 そこで何が起こったか、推測どころかその現実を一瞬で把握できずに呆然と声を上げるビリーは、
大木の根元から伸び、
幹に絡みつく尋常ではない長さの鎖が蛇の様に退いていくのを見た。

 バツケが吼え、戦斧から稲妻を発する光芒と轟音で、
禁騎士達はようやく現実に引き戻される。

 バツケの発した稲妻に打たれた木の幹が粉砕され、
禁騎士の屍もばらばらに弾け飛んで血と臓腑の雨を降らせる。

 身構えようとした禁騎士の一人は、自分の足元に視線を降ろして
電流の様な本能の戦慄に背骨を貫かれる。
今姿を消した鎖が、張り巡らされるように縦横に横たわっているのを
目の当たりにして、正気を失ったかのような叫びを上げた。

 鎖はずると身を揺すり、何本かが束になる。
鎖が蠢く混沌としたシルエットは、
薄闇の中で何物かに姿を変える。

 「ヤツの、散弾銃!」

 ビリーが無我夢中で叫ぶときにはもう、それは散弾銃の姿を現して銃口から火花を散らしていた。

 発した閃光の向こうで、禁騎士の肩と胸の半分が吹き飛び、消えてなくなる。

吹き飛んだ肉片の内、一際大きい右腕がガサリと音を立てて地面の上の落ち葉を撫でて弾む。

 あれを散弾銃とするなら、スラグ弾を撃ったのだとやっとのことで
把握しながらも、ビリーは再び絶叫していた。

 斜陽の光は頭上からは差し込まない。
その森の中を駆け抜けている。
そして、黄昏から発した闇は徐々に重さを増して彼らの頭上を覆い始めている。

 そして、光と等速で影は走り始める。
人間の契約を捨て、自由になった意思の欲望。
道理を曲げてまでも願いを叶えようとする外道の無法。
だがしかし、それを為したるは、
人間世界から逸脱し、孤独な陰獣となった男の、意思。
折れるべき剣そのものへと化生した何かは
鉄床から世界と言う王に抜き放たれ、
青い烏は羽根を広げる。

 その羽音は祝福か呪詛か。

 剣は、誰に向かうのか。