041.Shadow Run:21_Lawful_Evil





 モルレドウ領、騎士達が慌しく動き回る北部基地跡は騒乱の気配に殺気立っていた。

 その中に内包されるドックの一つ、転送設備の程近い七番ドックで、指揮下の部隊の一つと合流せんとする
デスペラートは、自らの乗騎、ノーブル・マシン、グラムを立ち上げさせる。

 胸部には人体の肋骨を模したような凹凸が彫刻されたグラムの黒い機体を震わせる
ジェネレータの音は、大気の振動となってドックの鉄骨にその振動を伝染させる。
それは空間が魔装鎧の起動に戦き、ざわめいている様であるようにも見える。
腰の左右に機関砲を下げ長剣とサブマシンガンを手に、肩の装甲を怒らせて立つ、
物干し竿の様な可変長距離魔装砲一門を斜めに背負った
剣闘士の如し逞しいシルエットのグラムは、
眉を形作る様に頭部と一体になって左右に伸びる太い角を巡らせて周囲を伺う。

 彼のグラムの起動を守るべく、ハンガー周囲とドック周辺に配置されたフラ・ベルジャ達の姿を確認すると
デスペラートは、ハンガー入り口から入り込む黄昏の夕日の,血の様に赤い逆光に眼を細める。

 「スラス、転送の為の設備魔装は充分機能しているとは言い難い。
保護対象を一度に全員転送出来んと言う事だ…、
車両、魔装鎧は当然後回し。
保護対象を魔装が安全に機能する範疇の少人数のグループに分け、
最優先でチェスピに飛ばす事になる」

 ノーバの一手によって急転したチェスピの状況を連絡してきたスラスとの対話によって
傷の騎士団の不穏分子と言えるデスペラート達は、
現在北部基地跡で保護されている
連合領土の拉致被害者をチェスピへ転送する判断に踏み切り、その準備に追われていた。

 北部基地跡に多数配置された、デスペラートを中心に利害の一致から結束した傷の騎士団の異端一派は
自分達の駐留する北部基地跡の転送設備が万全の状態になるまでは
共闘するスラスが戦闘の被害を抑えながら連合をチェスピに足止めし
北部基地跡から人質の半分ほどをチェスピに転送、
連合に傷の騎士団から人質を取り返したと交渉を持ちかける
いわば交渉カードとする腹積もりで有ったが、
その目算はノーバの疑念によって今、
半ば追い立てられるように急激に進行していた。

 デスペラートとスラスの挙動に
違和感を覚えたノーバは北部基地跡の団長派の騎士数名を
デスペラートに刺客として送り込み、
また、チェスピのスラスを懐柔するか葬ろうと目論んだ。
スラスは一連の事件の罪の一切合財をなすりつけるスケープゴートを必要としていると構えを注視していた
傷の騎士団の異端一派、捜索容認派に属する騎士達とスラス達は相手の構えに即応して、
その鋭敏で各々剣を取り、
返り血も生々しく降りかかった火の粉を払いのけてもいた。

 「ようがす。転送設備は死守していますが、こっちはちょっとしたクーデターですぜ。
ノーバの息のかかった連中──つまり団長派の騎士──は連合と、それから我々への嫌がらせに
チェスピの破壊、市民の殺戮までを片手間に始めています。
人のせいにするから何でもあり。ノーバの野郎のヒステリーが出ましたな。
…マ。この辺はお互い様。

…連合から見れば、我々も団長派の騎士も、同じ穴の狢に見えるってんでそうしているんでしょうがね。
とにかく一人、二人でもそちらの保護対象を送って貰わない事には、連合に話も振れやしません。
送れますか」

 スラスの言葉を聴いて、頷いたデスペラートがグラムに一歩を踏み出させる。
血の海の様な赤い逆光を泳ぐ黒い勇魚の眼は、夕日と同じ色で光る。

 北部基地跡の人質の転送に対して施設内から魔装鎧、
陸上部隊で妨害を仕掛けてきた手合いを一掃し、
平行して転送を強行しようとするデスペラートの視線は追跡者の執拗を燃やしているように見える。

 「こちらは設備の大部分を掌握している強みがある。
手持ちのダィンスレーで地上制圧戦を展開、短時間集中で
こちらの転送設備周辺の敵を排除して即移行する、もたせろ」

 グフッというスラスの笑い声が陽光の纏う血の匂い、気配を一層濃密なものにする。

 「一蓮托生。そちらも、人質を殺されんで下さいよ。
傷でもついたら大損だ。
いやいや大損なんてモンじゃない。
この首落としてまだ賄えぬ大赤字、名前は永代笑いもの。
名声、名誉。興味はひとつもありゃしないが
死んだ後まで恥かくのは御免でさあ」

 「極道ではあるし、そろばんは利いてはいるが…
ましな方へ行こうとする損得の序でに、
結果、騎士の戦いをさせてもらう事になる。
未だ私は、騎士ではある」

 平行して部下からの報告を受けたスラスはデスペラートの言葉に了解した旨を告げ
自らもチェスピで傷の騎士団相手に打って出ると告げる。

 「したっけ、その間にこちらは、ノーバに言いくるめられて
ちょろちょろしているビナーのヤツを始末しておきますわ」

 ドック周辺に陣営の展開を広げる傷の騎士団の小型魔装鎧、
アンコモンマシン、クリスナが、敵性派閥の魔装鎧と接触し交戦を開始した事を
コンソール上の情報で確認したデスペラートは、
バイザーメットを降ろし、己のその針の如し眼光を隠す。

 「──三番スレイプニル班、
ノーバ派のスレイプニルとの接触を把握した。
魔装鎧の数が把握できない?」

 デスペラートの眼光と一体になった黒いグラムの
赤い眼は今や夕日の色の中にあって
それよりも赤い色で
血の海を切り裂いて正面を睨む。

 「なに、数の把握は後回しで構わん。
脚を使って塊を周りからつっついて崩すのは、
戦力、数量の劣る集団の戦い方だ。
魔装鎧は分断して、確実に仕留めていけ!
護送ルートへの侵入は許されんし、許さん!
我々は騎士であり、護るのはナイトガルドの善良な人民だ!
引き際、カタギにかける迷惑は打ち止めだ、
少しでも傷を付けさせるのは己らと私の誇りを損なう事と肝に銘じろよッ、
──いいか。
こいつは、損得と、ついでに義務だ。
てめえら、しくじったら俺ァケジメを必ず取るぞ、
自分で言うのも何だが
俺の仕返し食らって正気を保てるヤツなんざ、まず居ねえ。
そいつが嫌ならここをどうするか、判ってるな!?」

 酸いも甘いも噛み分けた
生粋の戦士であるデスペラートはオウと言う圧しの効いた声で
彼らの及び腰に芯を通す。

 デスペラート達の出陣を助けるべくスレイプニルの放った砲撃がドックの周囲、
クリスナの円陣よりも遠くに続けざまに着弾する轟音が遠くでズンと鳴り、
ドックの床にまでその振動を微かに伝える。

 フラ・ベルジャがハンドサインを送り、盾を構えて小走りにドックの入り口を飛び出す。

 戦場の波は荒い。決まらぬ覚悟、引けた腰でその波間に立てば
たちまち波は身体を浚い、流され、沈み、浮いて、漂う屍、無残を晒す。
ルサンチマンの前線を
ほぼ一領土の戦力だけで抑えているモルレドウ領の傷の騎士団は
それを誰もが知っている。

 僚友のフラ・ベルジャに守られるグラムがドックの入り口を潜り
同時に、背中の魔装砲が可変を始める。
ゴクンと音を立てて、半分に折りたたまれていた魔装砲が展開しながら旋回して
身構えたグラムの右肩の装甲にがっきと固定される。

 展開を終えた砲はは、グラムの身の丈を凌ぐほどの長大な姿をそこに顕す。

 デスペラートの頭部保護具、簡易バイザーメットとして機能する魔装の内面に
四角く区切られた窓の様な仕切りが映りこんで、味方の捕らえた情報各種と視界が
中継、統合された情報がそこに反映される。
グラムの高精度のFCSは照準を極めて短い時間で合わせる。

 「クリスナ、スレイプニルを詰むぞ」

 秩序にして悪の騎士、
デスペラートが眼を細め、雷電そのまま黒い犬の唸り声で呟く。
その呟きが空中に融けるときには
クリスナは急速後退し、スレイプニルと軸を遭わせた
グラムの長距離砲が黄昏の光を白い閃光で押し返していた。
 グラムの主力兵装、車両並みの出力のバニシングレイに匹敵し、
尚且つそれよりも長射程を誇るエナジーボルトが瞬間を走る。

 光は、時化た血の海に潜り、飛沫を上げて海を割り。
勇魚達は血の海の水面と水面下を巧みに行き来し、ザブと震える波を切り取って泳ぐ。

惨劇の血の海は熱いか、冷たいか。
そこに棲む魚達にそれを聞いても彼らは恐らく我々の期待する答えを持つまい。
そこは決して異世界ではない。
そこで戦う人間もまた理解を超える神魔の類ではない。

 猟犬の走る殺意が、スレイプニルの車輪に着弾する。
車輪のついた塔の様なスレイプニルの巨体が傾き、ゆっくりと倒れる。

 殺して笑え。偽善を以って偽善を食らい、
絶たんとするデスペラートの業が言葉に溢れ落ち、それは
赤い光の中に爆ぜて融ける。
溶けた声の音の残響は海の中に顕れ消える気泡に似る。

   エナジーボルトの巻き起こした風の音は
デスペラートは、己を嘲笑うペリゼの声と、細い肩を幻の中に想起した。

 だが、スレイプニルの倒れる轟音に彼の感傷の聞かせた音はかき消され
詰んだ砲弾が誘爆し、スレイプニルの車体を閃光が引き裂く、
その眩い逆光の中、天を衝いて立つ黒いグラムの騎体は赤い色をしているようにも見えた。

 「アレキサンダー卿、どうしたんです、その顔は」

 剥きだしの鉱物の色と冷たさの漂うアルゴンキンの司令室に続く廊下で
すれ違ったアレキサンダーの左右の頬に赤い手形が一つずつ張り付いているのを
すれ違ってから知覚したアストランが
振り返って素っ頓狂な声を上げる。

 アレキサンダーはその声を聞いて立ち止まると
ばつが悪そうに頬を掻いて、
アストランの、防護服の上にオレンジのつなぎを羽織った立ち姿を
振り返ってジト目で見返す。

 「魔装鎧の中から救い出したご婦人の手をこう取ってだね」

 「はあ」

 手を軽く振って、身振りも交えて話すアレキサンダーの、
普段の軽佻浮薄な振る舞いを多少知るアストランは生返事を返す。

 「愛の告白をしたんだ」

 「したんですか」

 「うん、したんだ。そうしたら、どうやら、人違いだった…。
少年の手を取って結婚を申し込んでしまったんだよ、この、私としたことが…」

 「…はあ…そいつは、また、お気の毒」

 アストランはどうでもいいとでもいいたげに、投げやりに返事を返す。

多分、頬の手形はその時にひっぱたかれたか何かしたのだろうと得心したアストランは
アレキサンダーの軽く開いた掌の中に何やらチカリと光るものがあるのに目を止める。

 「あれ、そいつ…」

 自らの掌中を指差して目を見開いたアストランの
視線を追ってアレキサンダーは自分の掌中をちらと見ると、
うんと小さく声を上げて目を細め、アストランの視線を真っ直ぐに返す。

 「魔装鎧のコクピット周り、
記憶媒体の部品ですよね。
クイシトウに当てはまる規格ではなさそうですけど…」

 その小さな光に目を奪われたアストランは知的好奇心を覚えて、
アレキサンダーに歩み寄り、彼の掌中を覗き込むがアレキサンダーは半歩下がる。

 「そうだねえ」

 今度は、アレキサンダーの声に空虚なものが漂う。

 「何です?そんなものをわざわざ、パイロットの貴方が持ち歩くなんて
悪い事でもしているんじゃないでしょう、ね」

 アレキサンダーに、王都で横領の嫌疑が掛かった事が
あるという噂を回想するアストランは、その空虚を訝って顔を
下から覗き込んでアレキサンダーの目の色を伺う、
ふいとアレキサンダーは目を背ける。
 アストランはそれでも回り込んでアレキサンダーの眼を覗き込む。

 「いやね、正直に言うと、
ロス・ロボスの騎体から抜き取った記憶媒体なんだが…
残った情報の中に有益なものがあるんじゃないかなと思ってね」

 チカリとアストランの吊り目が尖って、
逃げ回るアレキサンダーの目を目で捉える。

 「ロス・ロボスの機密事項は撃破された時点で破壊されるから…
パイロットの個人的な情報が残っているくらいでしょう。
ねえ、それ、
傭兵にはたまにそういうことをする人が居るっていうけど…
死人に鞭打って遺族相手に因縁つけて、
言葉のあやを使って詐欺をしたり
損害賠償請求を無茶振りして、
小遣い稼ぎでもするつもりですか」

 「うん、そう」

 尚も身体を捻って目をそらしながら、しかし、顔色も変えずにアレキサンダーは即答する。
アストランはその、けろりとした顔色と返答に失望して軽く鼻を鳴らして、一歩退いて姿勢を戻す。

 「変なことを聞きました。
足止めして済みません」

 「助かるよ。そういうことだから。物分りがいいね、アストラン卿」

 冷淡の滲む事務的なアストランの謝罪に、
アレキサンダーは妙に薄っぺらい笑いを浮かべて謝礼を述べる。
アストランは胸中では今の答えでアレキサンダーを決定的に軽蔑したが、
自分の感情の為に連合の関係の調和を乱すことは出来ないと判断したのだ。

 「あいつ…前は、王都で横領の容疑がかかって、左遷された騎士だというけど。
やっぱり、何かやる奴は何処まで行っても何かやるんだな…」

 窓から差し込む斜陽の光を背負い、太陽の光に背中を向けて
彼が向かって居た方角へ向かって歩き出すアレキサンダーの、
防護服の硬いシルエットを内包する軍用コートの後姿を見送るアストランは
舌打ちを鳴らしながら指の骨をベチと鳴らして気分悪ィと廊下に言葉を吐き捨てた。

 「共食いをしていやがる…」

 クモキリで移動しながらチェスピの城壁に設置された機銃、対空砲から
散発的に生じる対空砲火をかわし、
チェスピ上空の索敵に赴いたレィの声に
僅かにノイズが混じる。

ノイズ交じりの声でも伝わるほど
レィの意識に発生したノイズは
彼の声を震わせていた。

 震える声で呟いたレィの声を聞いて、アルゴンキンの司令室は波が走るようにざわめく。

 レィの転送してきた映像、情報を車両オペレータ用のコンソール上で整理する
バーベナが、こくりと音を立てて唾を呑んだ。

 チェスピの城壁内部。基地を中心に周辺市街地で、傷の騎士団同士の戦闘が起こっている。

傷の騎士団の騎体の幾つかは設備、市街地の破壊に走り
また幾つかはそれを妨害すると思しき動きを見せている様がそこに見て取れた。

破壊された設備の周辺には
突如、城壁の中で牙を剥いた巨人の暴力に巻き込まれた市民の屍と、その欠片が無数に転がっている。

 連合騎士団に対応する動きは、殆ど無い。

しかし、都市の城壁の内側に何事か異変が起こっていると
察知した連合はチェスピとの距離をじりと詰め
圧力を掛ける動きを見せた態であるが
城壁の中を探ってみれば
そこでは仲間割れらしき惨禍が今まさに渦を巻いていた。

 「テロ工作…?」

 「誰の…何の」

 司令室の、共有情報を映し出す石板を見上げて
眉に皺を寄せ、汗をじっとりと滲ませたダトラが発した声をユンデルが掬い取る。
が、ユンデルの声にも当惑の色らしき色が漂い、顕れている。

 レオンが何事か声を上げようとしたときに、司令室の鉄扉が荒々しく開かれ、
長く、美しい金髪が転がるように室内に飛び込むのをレオンは見た。

 飛び込んできたのは、ベディヴィアだ。
青い顔をして飛び込んできた彼の眼底の色に室内の者らの視線が一斉に集まる。

 「チェスピの、傷の騎士団から支給された装備に…
傷の騎士が連絡を取ってきました」

 レオンがすっくと椅子から立ち上がり
ベディヴィアに頷いて見せて続きを促す。

 救出された彼の主人、
アルバを差し置いて飛んでくる程の異変であるのが、
ベディヴィアの顔色にはありありと表れている。

 確信と言ってもいいが、レオン達の胸中にはチェスピの内部で起こっている異変と
ベディヴィアが教えようとする異変には関わりがある、
そこにあるべき必然が収束する予感が有った。

 「チェスピの傷の騎士団の指揮を執る、
あの、陰謀の騎士。憎きスラス・タブが…
連合騎士団の指導者と話がしたいと…」

 自分の首から提げた携帯魔装を差し出す
ベディヴィアの美しい眉間は、憎しみの炎で歪み
見開いた目は壮絶な色の光に焼かれて引きつっている。

 「ベディヴィア卿。
携帯魔装をアルゴンキンのネットワークに同期して。
バーベナ卿は通話をメインスクリーンに廻して頂戴」

 言葉こそいつもの言葉遣いだが、レオンの声の色にはレオンの隠れた色、明王の剣の重さが有った。

 「連合の諸侯に、耳を傾けていただき光栄です、
これなるは、傷の騎士団に籍を置く銀剣騎士、スラス・タブです」

 バーベナは指示通り、アルゴンキンの情報ネットワークの末端にベディヴィアの携帯魔装を繋げ、
メインスクリーンには通話の相手、スラス・タブの携帯魔装に登録された情報が映し出され
スラスの声と背後の騒音、魔装鎧のジェネレータの駆動音らしき音がアルゴンキンの司令室に届く。

 気付けば、メインスクリーンに歩み寄るレオンの眼には明王の炎の光が宿っていた。

ダトラも、スラスの声の色を確かめるように眉に皺を寄せ、
その広い肩を揺すると凝とスクリーンを睨む。

 「初めまして、スラス卿。気の利いた罵倒の一つもしたいところだけど、
それは後回しにするわ。
そちらの都市は騎士が二手に分かれて市民に危害を加えているようだけど、
それに関わりの有る事でしょう?

いずれにせよ手短に御用を伺おうかしら」

 「はい、まさに。

我々はせめて無辜の人々はお返しせねばなるまいと
北部基地跡に配備された騎士の大半と連携し、
北部基地跡に保護されている連合領土の拉致被害者の、チェスピへの転送を企てましたが
傷の騎士団団長代行、ノーバ・ネスによって、
いうなら団長派の騎士に妨害と内部からの攻撃を受けているのが今の始末です。
連合騎士団にチェスピのこの状況を沈静化する為の協力をお願いしたいのです」

 問いと答えが用意されていたかのように、スラスは要項を淡々と読み上げる。

ウムッ…とユンデルが低く唸る。

 ユンデルの背後に音も無く入室してきたアレキサンダーが歩み寄っていた。

 「人質を返す代わりに、連合の武力を以ってチェスピへの介入をしろと仰る?」

 目を見合わせるレオンとユンデルに変わって、ダトラがスラスに問う。

 「といっても、すぐに全員をお返しできるわけではありません。
北部基地跡も交戦状態に陥っている為危険であるのと
基地後の転送設備も万全な状態ではない事に起因します」

 「それは、沈静化してから全員返すから、
連合はそれをもってモルレドウ領から撤退しなさいと言うことですか?」

 ダトラはスラスの声の色に耳を澄ませながら問いを発するが

 「いえ」

 と答えたスラスの声の色には冷淡一色が滲むのみである。
事務的に、冷淡にスラスはダトラに陰謀の内訳、提案を切り返す。

 「折角ですので、
そちらの問題とする拉致首謀者を断罪するまで何人かは安全な所に保護させていただきます。
居ない、見つからない、とするならばモルレドウ市攻撃の口実になりましょう。
発端の事件の首謀者、関わったものが無傷のままではモルレドウの領民にもいい迷惑です、
こんな事がまた起こるのでしょうからね」

 事もなさげに騎士団を裏切る行動と、
提案を口にしたスラスの声の色は相変わらず事務的で冷淡だ。

ダトラはそこにまた、二重三重の企みの気配を警戒して
スラスの言葉を反芻するが。

 「貴様、貴様、貴様貴様!
他人事の様にッ!
貴様は、それで罪を逃れるつもりか!
事実を隠してきた罪を!
アルバ様に穢れを背負わせ、亡き者にしようとした罪もだ!
貴様自身の罪の事だよ、判っているのか!」

 ダトラとレオンの間を割って前に乗り出してきたベディヴィアの声がそこに割り込む。

 聊か、この場の対話の本題から反れる
その激昂の色をスラスがフンと鼻でせせら笑う音が通信に混じる。
その音を聞いてベディヴィアは更に激昂した。

 「ベディヴィア君。罪如何は私が決める事ではない。
私はするべきだと思ったことを提案申し上げているだけだ。
今は先にせねばならんことが多い。
後回しにするべき話をしている間にも人死にが出ている。
君こそそれをわかっているのか?」

 スラスの言葉の最後に、砲の発射音らしき轟音が重なり、
エナジーボルトが空間を焼く音がそれに重なる。

 スラスは、魔装鎧で戦闘を行いながら
平行して連合に交渉を仕掛けていたのだ。

 敵ながら見事な胆力であるとダトラが舌を巻く。

 感情の色にとりつかれ、さらに一歩を踏み出して何事か喚こうとするベディヴィアの襟首を、
後ろからアレキサンダーが掴んで
ベディヴィアは締まる防護服の襟に喉を詰まらされ、ウウッと妙な声を上げる。

 ユンデル、ダトラ、レオンと、アレキサンダーの視線が交錯する。
四人は目の色の中に、暗に何かを語り、順々に頷いていく。

 「…そうね、即決するしかない。
スラス卿、チェスピ内部の情報を送って頂戴。
要請に答えて我々はチェスピに介入する事にするわ」

 「御意。──こちらの周りが少々騒がしい、
蹴散らしてきますので御用があれば呼んで下さい」

 了解した旨をユンデルが告げると、
スラスはやはり事務的に、「では、また後ほど」と言って通信を終了した。

アレキサンダーがベディヴィアを解放し、ベディヴィアの長身は急に解放された為
無様に床に転倒する。

 「連合が脅しに屈するのですか!」

 しかし、それを物ともせずに直ぐに立ち上がるとベディヴィアは手近なアレキサンダーに食って掛かり
レオン達の顔を見渡すように睨む。

 「屈したように見えるか。
利害が一致するから奴等を使ってやると言っているんだ」

 「詭弁だ!アレキサンダー卿。わたしを詰まらない男と仰った、
貴方の──」

 振り返ったバーベナがあッと声を上げる時には、
アレキサンダーよりも背の高いベディヴィアの、
伸びるその手はアレキサンダーの胸倉を掴んでいた。

 「あなた方の騎士道か、これが!この現実が!」

 「知らないか。人間言う事がその場その場で違うものだ。
子供は黙っていなさい」

 ベディヴィアに胸倉をグイと押されながら
アレキサンダーが呆れたように首を振る。

 「子供ォ…」

 眼球の中心に瞳を据わらせ、
わなわなと唇を震わせて、ベディヴィアが呻く。

 「だったら、完成した大人は、騎士は。
力のある領土は筋違いをやってもいいって言うのか!
信頼できない約束を積み上げて!
空言で人を弄して!
最後は約束を破るんだな、
裏切るって言うんだな!
そうなのか、
結局、あんたたちも!」

 アレキサンダーの胸倉を掴んだまま、ベディヴィアは脚を前に踏み出す。

二三歩歩くと、アレキサンダーの背中は、
魔装を内包する司令室の鉄の柱の一つに押し付けられていた。

 「キャンキャンと、うるっせえなぁ、見りゃ判ンだろ。
そうだよ。そのとおりで御座います。
判ったか?判ったら
正直者でハナタレの、青ッ鼻でガビガビの手を離して共産主義の那でも建国してこい、クソガキ」

 自分の背骨が、
そこに密着するのを待ってアレキサンダーは表情を変えずに、ベディヴィアにけろりと答える。

 ベディヴィアは、自分の形が判らなくなるほど、
自分の眼が何処を見ているか忘れるほど逆上した。

 「…そうかよ…あんたは!
だったら騎士道をハッタリに貶めて!
ハッタリを口にするんじゃねエ!」

 ベディヴィアの眼底に轟々と燃える感情の炎を覗き込むアレキサンダーは
ハタと自分の右手を、ベディヴィアの手袋の左手親指に被せる。

 ハッとしたベディヴィアに、アレキサンダーはゆっくりと首を左右に振って見せる。

 「嫌なら帰りなさい。
帰って巣でも作れ。
何も出来ずに。
ローカルに借りも返さずに。
誰の役にも立たないで、
誰の敵にもならないで、
アホ面下げて泣きべそかいて帰ればいい。

後付になるが、
君の姫様をここまで連れ戻してきたんだ。そう出来る道はあるだろう?」

 アレキサンダーが、貌の左半分で笑う。

 「うぬぁッ!アレキサンダアーァッ!」

 マグマの様な激昂を爆発させ、吼えたベディヴィアの左手は、
吼えると同時に雷の様な痛みに貫かれる。

 ベディヴィアが己の左手を見れば、彼の親指はアレキサンダーの右手の手袋の掌中に
するりと流れ込むように握りこまれ、ギチと悲鳴を上げていた。

 「私は騎士だ。
望んでなったのだから夢とは別のところで役に立たねばならない義務がある。
連合の諸侯と善き人々が積み上げてきた徳は
嘘という負債を超えたところにある
行動に至るまでを信じてもらう為の
担保になる。

人に、手を伸ばす事。
一つだけ訂正しよう。
嘘をつくのは
最後に約束を破る為じゃない。
最後の最後に、人間の約束を守る為だ。
道の途中で美しく死ぬ為だ。
約束違反の理不尽な死から大切なひとを守ったらモテるだろう?
家族や、友人や、恋人や、ペットをさ。
なるべく、多く。手を伸ばせるところまで伸ばして。
そうして敵の領土の女性にもモテたいのさ、私は。
ついでに、紳士諸君に尊敬させてやっても、悪くない」

 覇王の素質らしきものに気圧されたベディヴィアが息を吐いて、
アレキサンダーの言葉を切り返そうとした瞬間、アレキサンダーは気を被せる。
ベディヴィアの視界がぐるりと廻る。
アレキサンダーが親指を握りこんだままいきなり姿勢を下げ、外側に己の腕を廻し、捌いたのだ。

 ぐるりとベディヴィアの長髪が円を描き
天地を逆にして廻る世界でベディヴィアは背中を打ち付ける。
ガツンと言う骨身にこたえるその衝撃に、ベディヴィアはうばッと喚く。

 「判ったかい、いや、判って貰わなくても別に、どうでもいい。
迷惑だからあまり駄々をこねるんじゃない、ボクちゃん」

 しゃがんで、大の字になって伸びる
ベディヴィアの顔を覗き込んだアレキサンダーがもう一度鼻を鳴らして笑う。

 「──この──ッ!」

 立ち上がったアレキサンダーに尚も掴みかかろうと、ベディヴィアも息を巻いて立ち上がるが
弓を引くように拳を振り上げる前に、振り向いたアレキサンダーの拳がベディヴィアの顎に真っ直ぐに伸びて
鉄拳は顎を打ち、骨をカンと鳴らす。

 たたらを踏んで後方に身体を流す
ベディヴィアの泳ぐ腕を、アレキサンダーは掴んで引き戻し、立たせる。
そうして揺れるベディヴィアの視界に片目でウィンクを送り、無言で笑う。

 「チェスピに向けて前進する、諍いは後にしなさい!」

 ダトラが、ベディヴィアの背中に雷の様な大音声を落とし、ベディヴィアは不承不承退く。

 「どうあっても…納得、できない・・しかし、恩があるのは事実。
恩を返したらもう一度、貴方とあなた方の詭弁を追及する、アレキサンダー卿。
ゆめゆめ忘れるな。殴った分も、貴公を殴り返す。必ず!」

 「そお。あてにしちゃアいないが、
覚えているさ。安心したまえ。まぁ、いつでもどうぞ」

 レオンは己の席に着席すると、バーベナのコンソールに、
外部からのリンクをしている魔装端末がある事を示す小さな表示がある事を認め、
自分も右手のコンソールを叩く。
バーベナは、その表示に気付いていない様子だが。

 「ザノンちゃん」

 「何さ、親父殿」

 通信で答えるザノンの声と共に
バーベナのコンソールの小さな明かりが消え、代わりにレオンのコンソールに明かりが灯る。

 「貴方、聞いていたわね」

 「聴くなとも言われて無いものでね」

 ザノンの声に、エクスのフレバーが僅かに漂っているのをレオンは察知する。
過去、事故に遭ったザノンの命を繋ぎとめる為に
ザノンに分け与えたグレンとクロウスの血。
それは、いまでもザノンの体内を巡っているのだろうか?

 「盾シフトのまま、城壁まで前進、
ダィンスレーの城壁越え、地上制圧を支援、出来る?」

 「やるよ、TSってのはまさにそういう仕様じゃねえか」

 ザノンは迷わず、静かに即答する。
その声の色に迷いは微塵も無い。
迷いと無縁の、少年らしさをどこかに置き忘れてきたようなその声。
それは、どこか遠くの道を見据え、確信を貫く声であるようにレオンは錯覚する。

 「そう…ね」

 その声の色に、僅かにレオンが声を揺らめかせる。
その声の波紋を、ザノンは察知した。

 「父さん」

 「何?」

 「騎士なら、そうします。父さん達の様に。
そうする事が痛みを呼ぶなら、
父さんの痛みは僕に分けてくれていい。
僕も父さんと、禁殿にいる母さんの子供なんです」

 「…ガーハート卿とジョン卿に話を通すわ」

 バッソウの中に居る我が子は、今、一体何者であるだろうか。
レオンはその鋭敏と優しさの同居する声に戦慄すら覚えた。

 「了解しました」

 姿は見えないザノンの声の色は、いつもの様に優しい。



 この世の光景とは思えぬ光景だ。
一体全体、自分は正気なのか。

 ──狂っていて欲しい。──

 ──こんな事実、滅茶苦茶な
理不尽はこの世にあってはならない。──

 サムソ山中の森の一角、
今や、地面を埋め尽くさんばかりに数を増やした鉄の鎖が蠢き、這いずり回る。
禁騎士達は次々に鉄鎖にその腕を脚を胴体を絡め執られ
死因も判然としないまま
折られ、切られ、砕かれ貫かれて、
樹木、岩石といった【障害物】ごと【破壊】され、
無残に命を落としていく。

 液体になった夕日の光が、地上に漏れ出て山の大地を汚していくような。
ビリーは、最早自分の発するべき言葉さえ思い出せなくなっていた。

 仲間の禁騎士の頭部、下顎から上の砕けた上半分が
立ちすくむビリーの足元にドスンと音を立てて落着する。

 横倒しになって無造作に放り出された人間の顔だったもの。
その、涙と血液に塗れた眼球が、砕けて緩んだ眼窩からどろりと流れ落ちる。

 「ッあ…うぁあ、ああッ、ああ!」

 半狂乱になったビリーは叫ぶ。
叫んで仲間の頭だったものに拳銃を撃ち、粉砕する。

そして、しかし、それでも彼は【何者か】に抗おうと
左手に拳銃を構え、右手で腰の短剣を抜く。

 戦う意思が、彼の正気を繋ぎとめる。
同じ空の下、家族が呼ぶ声は、
彼の立つ地面と繋がって、彼の骨を震わせ、
自分がどうしようもなく生きていることを彼に教える。

 生きているなら、敵と戦うしかない。
敵、誰が敵だ?

 ビリーの意識を、今しがた殺したはずの男の影がよぎる。
その幻を打ち砕いて、バツケの声がビリーの名を呼んだ。

 「生きているか、ビリー!」

 「バツケ!俺は、まだ!」

 稲妻が木々の間を走り、粉砕された鎖が吹き飛ぶ様をビリーは見る。

仲間、バツケは未だ健在だとその光を心に焼き付けたビリーは
自分も剣に宿った魔法を起動する。

 「マッハスクラッチ及びラスト起動…バツケ、今、そちらまで突破する!」

 薄闇の中で、バツケの発する稲妻の光は焼きついて眩しい。
人の放つ光はこんなにも眩いものだったのかとビリーはその光を頼もしく思う。

その灯火はビリーの剣を握る拳に力を巡らせ
高速振動するビリーの剣は
紫電一閃、襲い来る鎖の一本を切り払い
瞬時に鎖を錆びさせる。

瞬時に参加した鎖はバラバラと砕け、

その破片を浴びた鎖の何本かも同じようにじわと錆びる。

 「ビリー、未来のカミさんは元気か!」

 「おうさ、飯食いに来いよ、貴様も。
俺は死ねない、死んでやる理由がない!」

 「そうだ、俺も、【途中】だ、何もかも!
やっと、俺は、立ち上がったら生き返って歩き出せるんだ!」

 ビリーはスラスとお互いの勇気の炎を宿した声と光を目印に、距離を詰める。
鎖を潜り抜け、切り払い、ビリーは力強く立つバツケの影を見つける。

 敵は、誰だ。
そんなことも今はどうでもいい。
ただ、自分の生きる道を走る。
それは夢中の様に甘美な必死の様相であったろう。

 ビリーが、もう五本目か六本目になる鎖を叩ッ切ると同時に鈴の音が何処かで鳴る。

 ガツンとバツケとビリーが背中を合わせる。

 「鈴の音が聞こえなかったか」

 「貴様にも」

 火の息を整え、
ビリーとバツケが見過ごす事のできぬ不思議の音について、
短く言葉を交わす。

 鎌首をもたげるように身構える鉄鎖の向こうで、もう一度鈴の音が鳴る。

 木々の陰に、いつか、人の影が紛れているのを目の当たりにして二人は息を呑む。

 「お隠れになった御霊、荒御霊、人間を漂うもの。えいれいのなれそこない、
今一度集い、ひとりのうつわにて顕れなさりますよう、言上奉る」

 その一瞬の、魔の通り過ぎる時間。
その隙を突いて鈴の音にも劣らぬ燐とした響きの女の声が
木々の間を縫って駆け、空間を震わせ、願いを知らせる。

 「おい、こりゃ…
行者の、祝詞か、呪詛だ…」

 ビリーが、震える声でバツケに告げる。
元々は魔装技術に関わる技術者だったビリーは、
今は遺棄された古い魔装技術、
エンシェントと一括される古い種類の魔法の知識も持ち合わせているのだ。

 「行者…最も猛き聖人、ムハン・マドの教えをサムソ山脈で継承する行者か?」

 そこまではわからぬ、と眼で答えたビリーは、
行者の影が音も無く、木々の間に幾つも増えていくのを捉えた。