043.Shadow Run:23_Dust_Devil





 そしてその、ある人にとって希望の偶像そのものであるかのようなシルエットは、
ある場所では絶望そのものであったと言えよう。

 辺り一面を膝まで隠すような身の丈の草と木々の影に
見え隠れする行者たちの呪詛らしきものの響きの中心で。形を忘れたように奇怪に蠢く影。
液体のようにヌタとその身を揺すり、伸縮して鎌首をもたげるそれが。

 死も
痛みも捨てた身で有りながら戯れにのたうつ影が
内包する記憶。

 影は、その刺激の中で
焼き付いてそこにあるかのような、眩しい黒色を見る。
空に畝る狂雲を思わせる、巨大で、不吉で、しかし自由な、静かな気配。
彼という形を。

 どんな人のどんな僅かな回想さえ、わたしは知っている。
だから、その回想をさえ詠う。

 樹上、天高く狂雲を運ぶ風は鳴る、
鳴る風の音は巨鳥が羽を打つように、ボッ、ボッ、ともの凄い音を巡らせて木々の枝を揺らしていた。

 ──シヲンよ、その笑いは、わたしの狂気がみせているものなのか──。

 【影】の思考に、シヲン・クノウの笑顔が浮かび、それは亀裂のようにノイズを生じ、彼の心を乱す。

 風は止むこと鳴く吹き荒れる。

 それでも、その音は、揺れ動く大気に靡く枝葉の気配は
眼前の妖事に立ち会ったビリーとバツケの胸中にある動転に比べれば
まるで漣のようなものである。

 影が、得体の知れぬ声で魔の気配に縛られた彼らに呼びかける。

 「バツケよ、禁騎士よ」

 声に、バツケとビリーはたじろぎ、呼吸さえも封じられる。

 ──どこかで、山犬の群れの遠吠えが聞こえる…──。

 斜陽の光が樹々の影を伸ばし、彼らの周囲は既に闇に支配されてさえいる。

 行者どもが呪詛を唱えるのを、止める。

 収束し、立ち上がり、肉体を生成した影は、具体性を帯び、彼らの思い描く人物の姿に変化していく。

行者姿で腰に巻いた鎖に散弾銃と二本の刀を差し
首から下げた鉄鎖の上、
隻眼となった猛禽の眼光で薄闇を切り、そこに立つ妖人は。

 「う、おぅ・・」

 ビリーは、その男の名を口にしようとして、舌をもつれさせる。

 「俺のシヲンは、俺に笑いかけた」

 影の声に歯をむいたバツケの貌が、ぐわッと隆起して鬼のものとなる。
バツケが、立ち上がった影の名を吠える。

 「クロウス・アーメイ!」

 立っているはずが無い。
動いているはずが無い。
目の前で、あれだけ破壊し尽くされたのだ。

 怒りによって恐怖を殺したバツケの横で、ビリーはそれを口に出そうとして、
しかし、金縛りにかかったように動けずにいる。

 「行者どもッ、殺した人間が立っているのは、うぬらの妖術の類であるかぁッ!」

 巨漢のバツケが、眼を剥いて戦斧を手に、怒気を満身に漲らせて叫ぶ様は凄絶なものがある。

 距離を取った行者の中にも、その殺気に萎縮したものが居るように見える。

 「行者の人方には気の毒だが、こいつは紛れもない俺自身の力だ。
俺は、魔装と怨念に存在を売り渡した。
殆ど焼却してもらえたお陰で、古い体の不具合、すっかり再構成させて貰った」

  「魔法では、あるまい・・・。
いや、殺された人間が生き返る無法は、断じて、科学、魔法、そのどちらといえど、存在しえない。
させてはならぬ、秩序がある。
それを超えるのは断じて、忌むべき概念のものである!
如何な外道の業かッ!クロウス!」

 バツケが怒声で貫く薄闇の中に佇む行者姿の男──
クロウスは、エクスは無表情だった。

 「なんと言われても仕方のない始末のもんだ──。
はなから俺は、あんたさんがたのルールの外側でルール違反をやってンだ」

 ちぇあッ、と奇声一叫、バツケが戦斧を振り上げる。

 音も無く、エクスの右手が腰の太刀に伸びる。

 間合いは、十歩も十五歩も…とにかく、とんでもなく離れている。

 ビリーが、その光景に違和感を覚えるよりも先に鈍い物音を伴なう火花が空中に咲いた。

 えッとビリーが声を上げるのと、何か小さい肉片がバツケの戦斧からちょんと飛ぶように見えたのは殆ど、同時の事だった。

 戦斧は振り下ろされる勢いのまますっぽ抜けて、その身に帯びた魔法でぶつかった木の一本を瞬時に丸焦げにする。


 うッと呻くバツケが、そのまま右手を押さえて膝をつく。
バツケの右手から、赤色が溢れるのを見た
ビリーが地面に落ちた物に眼をやれば、
同じように赤色を吹いて地面に転がるそれは、
グローブの布地がへばりついたままの、親指らしいとビリーの眼には認められた。

 「吹き飛んだとか・・・何?」

 事態の始末を把握しきれないビリーは、ろれつの回らない舌で疑問を声に乗せて漏らす。
エクスは、一瞬の間に抜いたらしき剣を正眼につけて、背筋を伸ばして淡々と答える、

 「斬った。もはや、どこであっても剣の間合いだという事は、教えておこう。
カリバーンの魔装能力も、いや、カリバーンも今や俺とイコールの物だ」

 ビリーは、率直にえっと声を上げた。

魔装鎧と同じ種類の能力を意のままに操り。
間合いを無視して、斬撃を見舞ったと告げる言葉は
俄には信じがたいが・・・バツケの指は現実にそこに、切り捨てられている。

 「──これが、現実──」

 ビリーの言葉に、エクスは、構えたまま無言で僅かに頷き、立ち上がろうとするバツケに視線を投げる。

 「人間の携帯出来る魔装の出力ではないが・・・
如何な邪法の仕業だとしても、論外。
始末は、人間であるならばつけるべきである。
どうでも、殺す。
まして、此処にいるのはお前だ。
おのれだけは、わたしのシヲンの名を呼んではならない。
お前は、殺されるべきなのだ、シヲンを思う人間に!
願わくば、この、俺に!
その執着の歌を歌いきる為なら、わたしの命など、いくつでも、使う!」

 血を流し、痛みに縛られながらもバツケの気迫は却って増しているように見える。

 「もう、駄目だ・・・何やっても、無駄だ。今と同じ要領で、どんな手段も潰される」

 隣に立つビリーは、眼前の絶望的な事実に打ち拉がれ、
手にした短剣と銃を構えるのがやっとと言った態だ。

 「─奴は稲妻に倒れ、銃弾に貫かれた事を私達は知っている。
それならば、もう一度そうするだけの事だ、何度でも、出来る限り」
 バツケは、身に帯びた怒気でビリーを否定して左手で銃を抜く。

 「立ちあがらない保証は…ない。
いや、奴は事実としてこうして今、殺されても立ち上がるという事の証明さえ済ませているではないか。
あれは魔だ。刀を持ち、クロウスの技術を振るう魔王がそこに立っているんだ。

 逃げ出さんばかりの弱腰になったビリーを差し置いて、一歩を踏み出したバツケはエクスと睨み合う。

 「殺し方が判らないから、殺さずに逃げる道は、俺にはない・・・!」

 荒い呼吸を殺して、震えながらも痛みに耐えるバツケは右手を下げ、左手だけで構えた銃をエクスに向ける。
奇妙な事に彼の意識は、背後の行者達の顔を細かに捉えられるほどまでに観察出来るようになるほど、冴え、澄み渡っていた。

 「そんなに恐ろしいなら、もっと近くに寄って私を確かめたらどうだ?
さぁ、仕留め損なった君たちの憎い敵はいま此処に、影を引きずって確かに立っているぞ。
私を倒して、名前を売れば禁騎士の仕事は引く手数多。
花でも貴石でも、何でも手にはいるようになるぞ」

 表情を変えずに淡々とエクスは、二人を挑発する。
バツケの拳銃の照星が、身動ぎもせずに構えるエクスの頭を捉えるが
──バツケの左手は、震えて、引き金を弾けない。

 「やつめ、舐めている…人間の秩序を、意思を!
名誉だと、富だと。そんなものは、わたしは一つも欲して居ないと、奴は、絶対に知っている、
全て、シヲンのためだというのに!
だというのに、この、手!
撃てない、撃つんだ・・・あいつを!シヲン!」

 バツケは魔性のものに見いられたのか、眼を見開いて照星の向こう・・・エクスよりも向こうの虚空を睨んで
銃を構えたままうわ言めいた呟きを漏らす。

 「やつに眼を囚われたら、死ぬ!魔の誘いに乗るのか!生きて帰る約束はどうするんだ!」

 ざあッと草を揺らす風と同じ速さで、ビリーがバツケを咎める。

 「魔を倒せば、不死身だ!」

 しかし、バツケはもう、エクスの猛禽の眼光に捉えられて、その異様な力場に引き込まれていた。

ビリーは、半ば強引に、バツケの前に半身をねじ込んで拳銃を構えた左腕を脇に固めて、
じりじりと退こうとする。

 「全て、不明だ、敵は!そんな中、闇雲にすることではない!聞き分けないのか!」

 ビリーが大喝するも、バツケは取り乱して、体格差に任せてビリーを振り飛ばす。

ざんッと音を立てて、弾き飛ばされたビリーが叢に頭から突っ込む。

 僅か一秒か、二秒。

 何者にも阻まれずに、バツケとエクスが睨み合う。

遅れて、自分はもう、エクスに銃を構え、照準に捉えて居たことをバツケが思い出す。

 エクスの左目が、もの凄い光を帯びる。

記憶に焼けつく様な、凄絶な表情でエクスがギイと笑った。

 「敬意を払って、君達の場所で。
その姿こそが君の、嘘偽りの無い、真実の、美しい魂の色だ。
──得物を向けた以上は、命乞いも、文句も、一切は今、
その気高さに棄てられたものとなる──。
──よいね」

 恐怖に駆り立てられたバツケが引き金を引いた瞬間、エクスはもうそこには居なかった。

己自身を視界に入れやすい方向に動くと言うバツケの予測、つまり
エクスは左目を自分の側に向けて。自分の左側から回り込む動きを取ると思い込んでいた彼の視線も
右手側、反対方向に走ったエクスを見失う。

エクス自身が言うように、彼自身が騎士、人間の時より持つ、
【気を読む資質】が迸る──
人間として、限界まで積み上げた技術と、資質に依って
彼はバツケが引き金を引く直前、銃の狙いを外し、
狙いを外したと知覚したバツケが走るエクスを照準する時にはもう
姿勢を買える為に短く払われた剣の光の一閃が閃いて、
バツケにとっての全ては終わっていた。

 バツケがもう一度撃った銃弾は狙いが甘く、地面を抉る。

 エクスは、急激に姿勢を下げ、バツケの懐まで滑り込むや逆手に構えた剣を己の腕に這わせ、
背を見せて立ち上がりざま、
バツケの体を背負うように、
いや、己の背中をバツケの胸にぶつけるように密着させると、
飯綱の速さで、左手で掴んだバツケの左手を押し下げて──
その、バツケの胸の前から剣を滑らせて顎の真下から真上に突き上げるように
剣を、ブツンと刺し通す。

頭部の真ん中を通った剣がバツケの頭蓋骨の頂点に達した硬い手触りは、道具の柄を通して
エクスの手に返ってくる。

 ──【絶技・百舌刺し】──。

 それは異国の剣の一流の中にあって絶技と呼ばれる技術、
即ち、見せるときはどちらかの死を必然とする程の技、
組打ちとも言えぬほどの泥沼、
零距離での縺れ合いを征する為の合戦の体捌きである。

 その技で意識を断ち切られる寸前、バツケは、シヲンが自分の事を抱きしめる夢を見て──
絶命した。

絶命したバツケは、膝をついてどうと倒れ、その向こうで引き抜いた剣を振って血脂を払うエクスの
十字の傷は、立ち上がって距離を取り、事を傍観していたビリーの方に向き直る。

 「う、ああ・・・ッ!」

 恐怖に駆られたビリーはじりじりと下がり、エクスと距離を離して行く、
行者達も、それを認めては居るようだが、動く素振りは、見せない。

 「吾、此処に在り──」

 ぎろとビリーを睨んだエクスが、魔王の独白を漏らす。

 及び腰になったビリーが、エクスに向き直り、そして、何かに駆り立てられるように叫んだ。

 「お前──ッ!ふざけるな、どチクショウ!」

 恐怖が、ビリーの感情を爆発させて、それは爆風のように周囲を揺さぶる。
あふれた感情は声になって、考えるよりも先に、ビリーの口からエクスに向かって走っていた、

 「絶対に、許されない!
お前の様なやりたい放題の存在を容認していたら、この世は何も無くなる!
絶対に、お前は地獄に落とされるべきだ!
どんな手でも使って、
覚えていろ、お前は死ぬんじゃない!絶対に、殺される!
人間に、殺される!ナイトガルドの騎士が。秩序が、社会が、何よりも俺が。
お前の、敵だ!
バツケの命は、無念は──勝手に、俺が、背負ッてやる…!
くそっ…情け無い!俺は…俺はッ…畜生ッ!」

 「その憤りは、最もなことだ」

 しかし、その感情の洪水を前にしてもエクスは静かに一言漏らすだけで、口を噤む。
そのエクスに、ビリーは赤毛を振り乱して眼光を刺し返す。
恐れに蝕まれてはいても、赤毛の下のその眼光には人間としての抗体反応、その資質が光っているように──
エクスの眼には、見えた。
彼が辿り着けなかった、眩しい資質。
ベディヴィアと同じ、絶望へと立ち向かう種類の才能。

 「俺は・・・逃げる!畜生、チビッちまった!はは。なんものこってねえ、
この様で逃げ帰っても、居場所はねえ・・・命一つ、落とすだけだ。
ヤサのねえ犬コロみてえに周りの人間ごとたたき殺されるだけだ。
泣けてきた!
全部捨てた、ぶっ壊れた。俺アもう、恥も、外聞もなく、逃げる。逃げて、命を拾う!
…てめえをブッ刺す、命だ!舐めるんじゃねえ!
そんだけ捨てても、俺は、てめえは、絶対に許さねえ。
理由は、ねえ。存在がムカツクんだ、てめえ、クソッ…。
この空っぽな言葉でもよ、てめえも人間のナリしてるんなら・・判るんだろう!
どんだけムカツクか、伝わってんだろう。
てめえのお遊びには、させちゃならねえ事があるんだよ!
ド畜生、一生の捨て台詞だ、
いつか、俺の約束を砕いたお前に、代償を払わせる・・・今は、笑わば、笑え!」

 「そう、だわな」

 エクスは、身動きせずに無表情に即答する。

 答えたときにはもう、吠えたビリーは、踵を返して、脱兎の如く走り出していた。

 「ルール違反をしているのは、こっちだ。
人の道を走る君をわらう資格は、俺にあるはずはない」

 シャン、と音を立てて、エクスの太刀は鞘に収まる。
その残響は、木々の間をわずかにこだまして音は、
人間が山間に持ち込んだ騒乱の一旦の幕を告げているようではあった。

 「お待たせしたようだ」

 エクスは鞘に太刀を収めてぐるりと視線を巡らせ、
周りを囲んだ行者達、自分と同じ服装に身を固めた男たちを見回す。

 行者の一人が、シャアンと鈴の付いた錫杖を鳴らして、山間に漂う天然の邪気を身辺から払う。

エクスの視線もそちらに向いて、鈴を鳴らした総髪の行者がニ三歩歩み出る。

 年の頃は二十二、三。背は高くないが屈強な体躯の青年である。
どこか、涼し気な気配を纏った青年で、
行者の垢抜けない印象とは微妙に外れた、不思議な違和感のある男の様にエクスの眼には見受けられる。

 「拙僧、ウィル・マサンガンと申す。お手前は、エクス・ノア殿に相違有りませぬか」

 進み出た行者は、エクスの視線を受けて、名乗り、問う。
エクスは訝しげに眼を細め

 「そうだが、俺の知る限り、
ムハン・マドの行者達は人違いのある状況で、迎えに来ることはしないだろう。
そんな迂闊な奴が、旧来の教えを守るというので山に閉じこもっていられるものか。
なんでまた、念を押すんだ」

 と探りを入れる。エクスの左眼の眼光は尖って鋭い。

 「サムソ山脈は、ムハン・マドの思想を守るジャッハ・ナンム寺院から
エクス・ノア殿を迎えに参上いたしました。

我々はエクス・ノアという名前と、王の剣、カリバーンの名を教えられたのみ。
しかし、お手前の剣技。神技には違い有りませぬが、あの凄絶な性質。

そこに宿る魂は王の剣というには、あたらず。
故に、間違いはないかとお聞きしたまでです」

 ウィルのが薄闇の中を伺う、低い、慎重な声の色でエクスに何事かを問う。
彼らの古い魔法の力であるか、辺りに散乱する死体は靄の様なものが纏う。
──いや、これは、死体から水分が吹き出しているのか──
と、エクスが眼を落として確かめるバツケの死体から流れ出た血液も乾き、ミイラのようにその体積を縮めて行く。
エクスは、片膝を付いて、バツケの死体に触れる。

 「俺は山の中の自然環境が変わるのを恐れ…
世俗、人間嫌いで
ここまでする潔癖も仲々凄絶だと思うんだけど、な。
こいつが、孤高のムハン・マドの尊び、決すべしという教えの本意に沿うのか、どうか・・・
全く」

 纏わり付く蒸気を嫌って、エクスが首を振って左目を細める。
針ほども細くなったバツケの指が、バシンと言う音を伴ない、風化して砕けた。

 全く、ともう一度つぶやいてエクスは不愉快そうに眉に皺を寄せ、バツケのサイドバッグに手を伸ばした。

 「─煙草の匂いが混じってるな、一本貰うぞ、バツケ─」

 「この領域の、わたしたちの守るべき習慣なのです。気に触っても何卒、ご容赦を」

 膝を付いたまま、エクスが横目でチラとウィルを見上げて、サイドバッグから小さな紙袋を取り出す。

 「ふん…俺は、エクスさ。
俺自身の身上がこの始末なのは知ってるだろうが
カリバーンももう王の剣では、ない。
その辺のことは放って置いてやってくれ」

 取り出して、立ち上がるとエクスは紙袋から、ぐしゃぐしゃに折れた煙草の一本を取り出して、口に銜える。

 「左様でしたか。無礼の段は、平にご容赦を頂きたい・・・無礼ついでに聞くならば」

 エクスがマッチを錆びた鎖に擦りつけるが
湿気のせいか、火がつかずに三度ばかり同じことを繰り返して
やっとマッチに火が灯る。

 「もう一騎有ると言う、【新しいカリバーン】は、今、王都には無いと言う話を聞きました、
エクス殿に今は、関わりの無い騎体なのでしょうか?」

 ウィルの言葉にぎらとエクスの左目の光が、ウィルを刺す。

 ウィルは先程の凄絶な光景を回想し、その視線の、殺気のフレバーに思わず身を硬くするが
エクスはとぼけて煙を吐いた。

 「ひみつ・・・カリバーンに、拘るね、どうも。
【カリバーンは】小型レインメイカー…ドラゴン・スレイヤーを使えないぜ。
あんまりうわさ話に振り回されなさるな」

 使えば、災を証すを必ずふらせる程の兵器。
都市一つを無に返す極大爆裂兵器の名前を、持ち出して、エクスはウィルの問いをいなす。
 うん?と唸り声を発して、エクスの眼の中を覗き込もうとした
ウィルはその視線を外され、エクスは取り上げた紙袋を、軽い下手投げでバツケの死体に放り投げる。

 自分たちの習慣も有って、その行動を愉快に思わず、また訝しくも思ったウィルは。バツケの死体に歩み寄って
それを取り上げようとするが、エクスはやめろ、と短い言葉で彼を征する。

 「やめてくれ。頼むぜ。俺はバツケ・インラウドに返したんだ。
それくらいは、土に帰るまで、大目に見てくれ」

 ウィルは、エクスの言葉を受けて不承不承と言った様子でバツケの死体から離れる。

倒れた彼の体の、風化していく末端は渦巻く風に晒されて飛散し始めていた。





 「風、強いなァ…」

 抜爪の中で、ザノンが呟く。

 チェスピの正面から突入した本隊と防衛ラインを構築し、敵分子を制圧しながら前進する連合、
アルゴンキンにモルレドウ領の実質的な総理事、
ノーバからコンタクトがあったのは予想出来たこととはいえ
指揮官達に取っては気持ちのいいものではないと見えた。

 「ザノン、今は正面の部隊が進むんだから、
俺たちは空間を確保してればいいって話・・・お前ならわかるんだろ。
落ち着いてるんなら、余計なお世話なんだろうがさ・・」

 バッソウRBの胎内のリブラが、コンソールを叩きながらノーバと自分たちの指揮官のやり取りを盗み聞きつつ
先程のザノンの消耗を思い返して、バッソウTSの白い装甲を横目に入れる。

と、リブラがベルトにさした小型の携帯魔装が震える。
リブラは石版を取り上げて、
ザノンが携帯魔装経由で通信を求めているらしいというのはリブラも把握した。

 「・・・リブラ、傍聴はスレイプニル経由でアルゴンキンに直接繋ぐと、ばれてしまいますよ。
一回、魔装鎧経由の通信を遮断して、改めて繋ぎ直してください」

 耳に掛けた金属板を震わせるザノンの声。
先程の消耗はもう何処かに忘れてきたのか、
普段と変わらない調子のザノンは
バッソウの左手にハンドサインを作らせてリブラの盗聴に注意を促す。

 「なら、どうする?お前はどうやってたんだ?」

 「軍事ネットにスレイプニル経由で繋いで、
念のため、一分の内に、何度か交信するスレイプニルを変えて行ってください。
スレイプニルの権限なら記録されるものをリアルタイムで傍聴出来ます。
明言されてないからグレーだけど今のところ黒ではありません」

 「知らなんだ」

 ザノンの声は、すっかり普段どおりだと思いつつも注意深く相槌を打つと、
リブラは手早く乗騎の情報システムを操作し、
ザノンのアドバイスに従った実行をマシンに処理させる。

 「情報が取得できたら、魔装鎧経由でバッソウTSに情報転送して下さい、
さっき、アルゴンキンにイタズラして、
僕のバッソウに関してははかなりの部分の権限を封じられてしまったんです…」

 「ばかじゃね」

 「頼みます」

 間を置いて、リブラ達学生隊にリオーネから戦闘は小康状態、指示あるまでその場で待機を続行との連絡が入る。
傭兵界隈に顔が利くリオーネも傭兵の風に馴染んでいるため、無作法にも裏で聞き耳を立てているのか
やたらとうるさい早口でまくし立てると慌ただしく、一方的に通信を切る。

 「こそこそと何してんのよ」

 疾風のように通り過ぎたリオーネの早口に、反応を見せなかったリブラとザノンの騎体と、
通信状況の不審な挙動に眼を止めたネルが目敏くリブラの携帯魔装に通信を割りこませ
応じたリブラに刺のある声を刺し込む。

 「おい、ザノン」

 「…いや…うん…」

 動転したリブラはザノンと開いている通信をそのままネルに開放し、ザノンは少なからず動揺する。
面白いほどしどろもどろになったザノンに代わってリブラが言葉を選んで経緯を説明すると
ネルは相変わらず刺の抜けない声で
「盗み聞きとは趣味のレベルが違うのね、育ちが良いシスターコンプレックスは」、とだけ呟く。

 この不機嫌はお前のせいだからな、とザノンに居いたいのを堪え、
リブラはザノンが申し開きをはじめるのを期待して二呼吸ほど待つ。

 「いや…うん…勘弁してください」

 「何が?」

 ザノンとネルの会話の空気の険悪さに肌を刺すような居心地の悪さを覚えたリブラは、
どうすんだよこれ、と口の中で言葉をぐるぐると巡らせる。

 「別に人の事あてにしてないんだっけ…。
じゃあ、別に、あたしが誰に何を教えても関知しないわけよね?」

 「いや…その…それは、ですね」

 声から、ネルの血液が煮え立つ音さえ聞こえそうな空気である。
バッソウTSの中で首を竦めたザノンは虚空を見上げて先程の放言の言い訳を探す。

 「敬語」

 泳いだザノンの声、言葉の違和感を素早く捕まえたネルは、短い言葉で因縁をつける。

 「えっと、違う、と言うかあの、魔が差したと言うかね…」

 「えっ?」

 微かに笑ったように聞こえるが、刺々しい声に露骨に覗くネルの不機嫌は煮え立つばかりであるとザノンとリブラは青くなる。

 「スクラムを組んでいるんだから僕が多少粋がってもどうしても当てにしてる構造になるわけで─
えっと、あの、その辺は、本当。今纏まらないからシール領に帰ってからと言うことで一つ・・・お願い」

 降参したザノンが、極力へりくだってネルに泣きを入れる。
他人事ではないながら、リブラは危うく笑いを漏らしそうになった。

 「理由を聞いた後。忘れられたいとか、二度と言わないって宣誓を立てられる?」

 「宣誓」

 ネルが、擬態に気を取られたザノンの隙を突いて意思を刺す。
刺されたと知覚したザノンが、ぐうと息を飲む、真摯の意思の音が通信に混じった。

いつも隙を見せないザノンが道化の揚げ足を取られ、
隙を突かれ、ザノンの影が立ち上がる事に釘を刺したのを
リブラも知覚して、ネルめ、やるものだと息を飲む。

 「…ああ、そうだ。僕は…もう、そんなこと、言わない…」

 「うん…そっか。それならさ、今は、判った。
当てにしたり、当てにされたりしてくれるんなら」

 ネルは、相手を最後まで追い詰めずに追及の手を緩めた。
望みは、意思を奪うことではないからだ。
意思を映し、影響しあう事、
それは、一日にしてなることではないと知っているからこそ
彼女は相手の意思を硬化させる手前の所で、そこで、止まる。

 「話がまとまったんなら、バッソウRCに通信回すぞ、ザノン」

 そうして、とリブラに促すザノンは、周到にネルに詫びる。
言葉の上の事だけなのかもしれないが。

 「正直すまんかった…」

 「えっ?何?聞こえない。背が小さいと声も小さいのかな?」

 ネルも念入りに、ザノンを不機嫌な声で威圧するがザノンは遜る他処置なしと更に念入りに、半ば捨鉢になって詫びる。

 「済みませんでした」

 「肝心の話がきこえねえよ!後にしろ、そういうのは」

 迅速にネルの騎体に情報を提供する操作を終えたリブラが潮時と助け舟を入れる。

 丁度、通信はノーバの声を捉えたところだった。

 ─我が方の騎士団に、疑わしい点があると言って、都市の住民までを巻き込むのですか。
武力によって我らの領土の都市に押し込み、軍事占拠するのは些か無法にすぎるのではありませんか。
無辜の人民が被害を受けたとなれば、ランサ卿やグレン卿の心証も…──

 ネルの耳に、アルゴンキンの騎士たちを責めるノーバの声が届く。
記憶の底に焼き付いたその、声の色に──
過去の影がネルの背後に立ち上がり、その爪をネルの肩に掛ける。

爪の冷たい感触を知覚したネルは、その気配に背の肌を粟立たせ、咄嗟に通信を遮断した。

 ──あの日、グラデスに縋り付いて逃げ出した男の影が彼女の脳裏をよぎる──。

 細い、白い肩を震わせて、それよりもずっとか細い声で、彼女は空虚に呟く。

 「…この、声。間違えるはずなんかない、忘れる筈なんてない。
この人と、私たちが戦う…?
あの時、お互いが、奇跡みたいな生きる道を。
命を、貰った筈なのに…また…」
 「ネル?」

 ネルの情報システムの挙動不審を察知したザノンが、通信でネルの名前を呼ぶ。

 「うわっ・・・はいっ」

 ネルの声が、外界からの予想せぬ呼び掛けに異様に跳ねた。
声の跳ね方に、呼ばない方が良かったのかとザノンは一拍考えて
通信の挙動には触れずに済ませる。

 「総理事代行って、考えてたよりも若い人だったみたいだ、驚いた」

 しかし、咄嗟に対応を変えたことから、ザノンの言葉に空虚さの欠片のようなものは漂う。
ネルもそれを察知する鋭敏を持ち合わせているがゆえ、その空虚の向こうにあるものを感じ取り
「あのさ」とザノンの名を呼んだ。

 「うん」

 ネルは、言葉を探す。しかし、そこで、彼女は言葉を見つけることが出来なかった。

 「ごめん、何でも、なかった」

 あるある、気にしないとだけ答えて、ザノンは通信を切る。

 「あたしの、戦う理由に、過去が混じって邪悪な理由になる…
…そうだとして、とぼけていられるんなら…だったら、あたしは虫がいい…」

 ネルは、もう一度ザノンに通信を開こうとして右手をコンソールに伸ばし
左手でそれをつかんで、自分を押し止める。胸に、傷を押し込めて。





 旋風が、チェスピの基地の整地されて平らに慣らされた地面を舐める。

 ノーバと連合が対話している間、連合とチェスピ内勢力の戦闘は停滞していたが
中心の基地、スラス・タブを包囲しようと目論んでいたビナーは、
基地の中心から相当外れた、自分たちの占拠した空間で
支援車両間を移動する際に背後から呼び止められる。

 太い首を回して振り向いたビナーの大きな眼が、防護服姿の痩せた男を頭から爪先までじろじろと眺め回す。

 「何だ、何の用だ」

 栗毛で、人当たりの良さそうな・・・しかし、やけにへらへらした痩せた青年に、ビナーは苛立った声をぶつけると
青年は、慌てているのかスラス卿は一時間前にどうの、バスタ卿に基地中央に続くルートを封鎖された後どうしたのと
要領を得ない報告を口走り、ノーバ卿がと二度三度口にする。

 「なんなの、手短に!」

 北部基地跡の勢力はノーバ側に取って有利な方向に傾きだしているらしいが
この場所、チェスピに於いては連合の介入も有って
ノーバ配下の者達は相当に分が悪い。
だが、連合はまともに取り合わず、最優先で最低限、
スラス・タブとその周辺の騎士だけは口封じするべしというノーバの命令は
遅遅としてなにも進展のない状況だ。

 そんな時である。ビナーとしても時間が少しでも惜しい。

まして、自分は中途半端な立ち位置が信条の男なのであったから
人より点数を稼いでおかないとノーバの覚えも印象も良くはなかろうと
如何に目指すスラスを落とすか、それを自分の手柄に絡めるかという思考に腐心していた背景もある。

 「いえぇ…そのぅ…交代したほうがいいということでですねぇ…お話を話し合いしまして…ハイ…」

 余計な言葉で、全く本質が見えてこない青年の言葉に、ビナーの苛立ちは頂点に達し、
只でさえ彫りの深い中年男の額の皺をさらに深く持ち上げて見せ、
眼光と気配で青年を威圧するとビナーは後で聞くと踵を返す。

 「あっ、そんなに怒らないでください、あの、あの」

 ブツンとビナーの胸の中で音が反響する。

 何かが、胸の中を通った音にビナーは視線を下げる。
 ビナーの眼は、自分の胸板の下手から、短剣の鋒が生えているのを捉えた。

鋒が、緩やかに、しかし、確かに廻る。

 「ぅんぶ」

 びくん、と一度ビナーの膝が内側に跳ねる。
 ぐるりとビナーの眼が白目を向いて、流れ落ちる血がビタと地面を汚し
ビナーの死の残響が、喉を通って奇妙な唸り声を上げた。

 「ビナーさん、ゴメンネ。貴方に無駄にさせるフラ・ベルジャが、もう無いんです」

 ビナーの背後に密着した青年が、グイと短剣をねじると同時に声を発する。
発して、旋風の中でゆっくりとビナーの体を慎重に地面に倒し、短剣を引き抜くと
青年はゆらりと立ち上がった。

ビナーは、その男と面識が無かった。
チェスピに今年配属された騎士は、支援車両に配置されていた為知る者こそ少ないが
フラ・ベルジャの使役に限定して言えば、バスタを超える鉄剣騎士、左利きのサーフェス・ゲッコウ。
ノーバの作り出した人工の地獄に、積極的に関わった騎士の一人だ。

 「連合にするどう言えば僕が悪くないから仕方ないことだって
わかってくれるかなァ…うーん…大変だなァ…。
ハインさんが馬鹿正直なのはラッキーだったけど
こっちも楽に終わるように。スラスさん、早く死んでくれないかなぁ、ていうか死ね」



 北部基地跡、もはや、殆ど赤い線となった夕日の残骸を背負って立つ、細いシルエットに似つかわしくない
極端に大きな両腕と、膨らんだように隆起した背面の四角いユニットの目立つ、白い魔装鎧のシルエットが尖っている。

 「おいおい…話が違うぞ、結局、古い方につくってか…!」

 デスペラートは、風の音の向こうに立つフラ・ベルジャの目立つ魔装鎧の群れに少なからず動揺する。
中心で、剣と盾を手に立つ魔装鎧は、アンコモン・アーマー、ライデントCn。
今では旧式となった魔装鎧ではあるが、戦闘能力と
対魔装を意識したアンチ・マジックという前提を併せ持つ変わった突撃騎だ。
魔法に対して尖った突撃砲戦型と言えるかも知れない。

 大部分の性能は既に、何世代も前の騎体に取って変わられ、余りに古すぎて、もうまともに取り合う騎士も少なく
ノーブルマシンのように、騎体の名前で乗る人間をある程度特定されるような骨董品である。

 だが、勇猛なデスペラートの顔には確かに畏怖の色が浮かんでいた。
その古い鎧が如何なる魂を秘めてそこに立っているか、彼は、知っているのだ。
 人物の名はハイン・ロベール。
女王の玉座まで名の響いた騎士。
かつての十聖槍に数えられながら、王都の斧騎士を辞退し、
我が性向、最前線にあるべしと先代モルレドウ領主の縁故によって鉄剣騎士に収まり。
現在の齢65歳にして大型ルサンチマンを通算500以上仕留めている恐るべき人物である。
殆ど隠居させられたという環境にあるが現在にいたるまで何度も手続きを偽造して出撃し
その尽くを勝利している人物、人呼んで金柏葉付キの鉄剣騎士。

 「若い友人。ちょっと劣勢が過ぎる方に味方するまでだよ」

 デスペラートも、随分交渉を持ちかけてきたものだが
結局、ハインは義心から今、デスペラートの前に立っている旨を短く打ち明ける。

 「気取りおって、人質で揺さぶるような真似に加担するのか!」

 ゆっくりと、ライデントCnは吹く風を従える堂々たる威容で歩を進め、
グラムと、グラムが率いる魔装鎧十騎の黒い線へと歩みを進める。

 「それは、君の言う筋ではないな、若い友人。あるじに逆らうなら逆らうなりの筋は通すべきだ。
わたしは、騎士としての筋を通すよ。親殺しは、したくないものだ。
あるじの罪は、わたしの罪でもある、が。君の卑劣に始末をつけねば、それは言わせない」

 つやつやとした白く短い前髪を撫で付けた老兵、
硬い、しかしどこかしなやかな印象のある痩身のハインは切れ長の眼を一層細めて一つ一つ言葉を押し出す。
葛藤と、それを超えた決断を載せた言葉を、丁寧に。

 ハインは、デスペラートに交渉を持ちかけられるまでノーバ達が何を行っているかから遠ざけられてきていた。
しかし、それをデスペラートに教えられた時に彼の心が揺れたのも事実だ。

 「エイストン。早く到着したまえ。こちらは間もなく、真ん中を突破するぞ」

 数少ない味方に通信を送ると、ハインはコクピットの中で身構える。
とっくにここは、グラムの射程の中だ。

 グラム配下のフラ・ベルジャがアサルトライフルを構えハインのライデントCn達を
遠巻きに包囲する動きを見せる。

 「さて、37ma砲を搭載したCnでは、扱いも難儀だが…心するのだね、
グラムの装甲もぶち抜くよ、こいつは。」

 ハインのライデントの両肩に設置された機関砲が、ゴクンとうなって
老兵の騎士道が、巨大な敵の影に静かに歯をむく。

デスペラートの長い舌打ちが、苦渋の表情が風に溶け
デスペラートのグラムも砲を伸ばす。