044.Shadow Run:24_real_distance





 「…教えてくれ」

 絶対零度よりも、ずっと冷たい存在がある世界の、眼。

空間中に開く、無限とも思えるような、距離。

 「君の言うとおり、皆が現実に得ている利益を捨てたとする。
そうしたら、君は、皆の家族や、皆の一生の収入を保証してくれるのか?」

 その異世界の冷たさを孕んだ眼の色と共に
デスペラートの脳裏に蘇るのは若かりし日、デスペラートに発せられた問いだ。

 デスペラートが騎士となった時に、目標とした人物の、裏側を見た日の回想。
装甲の軋む音で、デスペラートはその回想から現実世界に引き戻される。

廃墟と化した基地の、かつては騎士団車両のターミナルとして使用されていた、背丈の低い石造りの棟が散在する滑らかに整地された平地。
そこに合流する道路の中央を貫く一際大きな道路を闊歩する真ん中の影・・・ライデント隊を睨んで、デスペラートは呟く。

 「雲が出てきた─凶兆が後からついてくるとか、え、忌々しや」

 グラムのコクピットの中で、肩に力を漲らせたデスペラートが呟いてから
何かを振り払う気合と共に、グラムに肩から伸びる物干し竿の下部グリップを引ッ掴ませる。

 自分達の背負うフェンスの手前、翻って前面には扇状にパイルを打ち込んで固定した設置型の大盾とその隙間を埋める積み上げた土嚢。
グラムが踏み出して位置調整をすれば、そこから長槍の如し長い砲口がにゅうと突き出される。

 グラム隊とライデント隊の直線距離は、3ka強。
標準的な中型サイズの魔装鎧の歩幅、1kaの千分の一である1aに換算して凡そ
4000aに満たない程度だ。
  基地跡内部の区画を貫く道路の真ん中を、ライデントは堂々と歩く。

その道路は、デスペラート達の急所、転送設備へと続き、デスペラート達はその道路を封鎖する為に
自分達の勢力に属する魔装鎧と車両、歩兵とを配備して敵対勢力を排除し、転送設備から遠ざけていた。

 この場所に、ライデントが姿を見せたと言う事はその配備の穴を突かれたか或いは魔装鎧を相当撃破してきたか。

 いずれにせよ出し抜かれ、敵の接近を許した動揺からかデスペラートの姿勢は更に前のめりになる。
グラムが、その主力武器である長距離砲からライデントに向けてエナジーボルトを放った。

 ライデント隊の白いフラ・ベルジャ四騎が散開するそれと同じタイミングで、
その中心に居るライデントのドラムの様な両腕の装甲は、六枚に分割され、放射状に展開して
隠微な白い光を纏うている。
ライデントが引きずるように左右の腰から提げた杭が、その光を受けて禍々しいハイライトを作り、デスペラート達の眼を刺す。



 一瞬、眼を細めたデスペラートはずっと以前の──
警邏の任務中に、偶然に端を発して人買いの手から少年少女を救い出した時の、
彼らの見上げる顔の内にたゆたう、
不安と期待の入り混じった表情を回想する。
光そのものを見上げるような。

 『もう大丈夫だ』

 誇らしい気分で、何の気は無しに口にした言葉。
声によって震わされた
自分の頭蓋骨の振動する感覚も、回想すればそこに蘇ってくる。



 基地区画を仕切るフェンスの手前、進路を塞ぐバリケードと土嚢で身を隠すグラムから発したエナジーボルトの閃光が
バリケードと、仲間のフラ・ベルジャを隠す。
 一瞬の光がぎらりとハインの鷲鼻を撫でて。
ござんなれといった態でライデントの胎内のハインは笑う。

 まるで、友人に握手を求められたとでもいうような、屈託のない表情である。

云うなら、デスペラートの放ったエナジーボルトは中型ルサンチマンの質量を一撃で消し去る威力の握手ではあるが。

 エナジーボルトはライデントに着弾する瞬間、
両腕を持ち上げたライデントが腕の装甲に纏うた光が、前面へと展開する。

 光の壁に吸い込まれるエナジーボルトは、分解されるように細かい光の筋となって、その光の壁に沿って、放射状に拡散する。

 ライデントは旧式の騎体で、その出力と総合力は現在主流の騎体を大きく下回る。
恐らくはハインは突撃に発揮する超瞬発力に使うエネルギーを確保する為に
アンチボルトの出力や、ダメージカット能力をこちらの攻撃の出力、
砲弾の威力と距離に合わせて、ダメージを受けるぎりぎりのところまで落とし、
毛ほども誤れば命取りになる発動タイミングまで微調整しているのだろう。

 フム!と咳払いをしてから

 「アンチボルト出力を三割五分くらい落としたところが基準と見たね」

 ハインは小さく呟き、小刻みにコンソールを叩く。

実弾、弾頭の爆装を満載した騎体は騎体周辺に生成されるアンチボルトの魔法の出力を落とし
その光と粉塵の後ろで、ライデントの背面ユニット、腕部装甲が上にスライドして、
升状に仕切られた内部ランチャーポッドと、そこに据えられた無数の対地ジャベリンがグイと押し出され展開するのを、デスペラートも了解した。

同時に、ハインの僚騎たちのフラ・ベルジャが構えを見せて、手持ちのアサルトライフルや機関砲を次々と構える。

 「普通ちらっと見ただけで判断のつくものじゃないし、戦闘の片手間にやりきれるものじゃない、が」

 「あれは…一人で普通にライデントを現役にしてしまってるハインだ。そこまでできなきゃ・・・」

 呟きながら、黒いフラ・ベルジャの騎士達はフラ・ベルジャに盾を構えさせ、機関砲の照準をスモークの向こうに据えなおす。

 何処にいるのか、眼を凝らして見てもやはり、判別は難しい。

 「先ずはライデント。超スピードの移動後から、アンチボルト再発動までの隙が有る筈だ」

 言うが早いかデスペラートはグラムを一歩後退させながら
長身砲から手を離し
グラムの肩の可変砲を軽く跳ね上げると
 「突撃を、塞げぇッ!フラ・ベルジャもだぞッ!」

 叫んでグラムの肋骨の様に見える部分、左右合計六本の湾曲したパイプ状のパーツが
胸部装甲から分離して、胸部外側を支点にゆっくりと胸から外側に、胸の前面に向かって展開する。

 グラムと並ぶフラ・ベルジャの肩についた機関砲が傾き。左手の騎体は左から右、右手の騎体は右から左とそれぞれ掃射をかける。
デスペラートのグラムも、惜しげもなく機関砲を撃つ。
盾を構えたライデント側のフラ・ベルジャはこれを凌ぎつつ、マルチランチャーから中距離用のエナジーボルトを発して牽制し返す。

火線の応酬と化したその中心を悠然と進むライデントを、機関砲の掃射の巻き上げる土煙が捉える。

 「畳み込め、ライデントの突撃発起と、そこから生ずるクリティカル・チャージを、止めるんだよ!」

 ライデントの背負う赤い線が、消える。

今は、姿を隠した夕日の残り火が僅かに、しかし確かに雲を赤く赤く照らし上げているのみである。

 巻き上がった土煙の隙間から、ライデントの視線がちらりと覗く。
土煙に巻かれて直ぐに隠れたそのその視線の残す残響の如し余韻。
それは割れた三日月を通じて下界を覗く死の神の視線の様な冷たさを孕んでいた。

 二度、三度と敵味方との間を往復する銃砲の弾が陸の怒涛と化す。

 グラム側の騎体はライデントを落とすべく執拗にライデントに火力を集中するが、
その銃砲に何度も捉われている筈のハインは、厳かに、しかし妙に高らかに、デスペラート達に問う。

 「知っているだろう?」

 ライデントの胎内で、ハインはデスペラートにも劣らぬ鷲鼻の頭を一つ掻いて、
肩に力を漲らせる。

 ハインが問うたのは、ライデントの性質。
話にならない機動性・・・
だが、なまじの機関砲の、十回や二十回の直撃でがたが来るような騎体ではない──
それが、ライデントの持ち味だと言う事を知っている筈である事を、確認したのだ。

 機動性能は水準を大きく下回るという表裏一体の欠点も当然挙げられるものの
ハインのライデントは頑健な機体と強固な魔法によって
マツカブイを越える程の能動防御能力を発揮する騎体である。
被弾を物ともせぬ防御力とアンチマジック能力。
騎体の優れたボディバランスを盾として見せる強み、一瞬の瞬発力は夜空を一閃、切り裂く流れ星の見せる光軌を連想させる。
その全ての特徴を発揮するライデントの最も得意な戦法は
超距離を突破して、敵の密集地帯に深刻なダメージを与える【突撃】であると目されている。
 かつてセミ・ノーブルであった騎体は、今尚、後先を考えない突撃性能において─
いいや、後先を考えないからこそ時代に切り捨てられ
しかし、それであるからこそ、数多の騎体の中、唯一のピン・ポイントの性能をその身に帯びるライデントは
誰の眼にも尖って見える。

 やあッと気合を発して、ハインの鎧の放つ重圧を払い去ろうとしたデスペラートの声に
ヒュ・ウ・ウウッ・・・という巨大な音が覆いかぶさる。
 土煙が晴れ、ライデントの少しも損なわれていないシルエットをデスペラートの眼は捉える。

 消え去りゆく夕日の残光。その残響を切り裂いて大気は震え、鈍く光って走る低音はやがて澄み渡る。

形容のし難い・・・その、音。

 音は、ライデントの発しているものだ。
その大音声を従えてライデントのシルエットがゆらりと揺らめく。

 「魔女のサイレン──」

 ライデントがその最大の持ち味である
急速移動、瞬発力を発揮する直前にジェネレータは震え、
高速振動するジェネレータの一部とフレーム、
排熱の為に装甲に開けられた穴から発する
その音は吹く風の音を掻き消して尚、基地の外までを易々と貫く爆音となる。

 ライデントの特徴の一つでもある
その音はライデントとハイン・ロベールへの畏敬の念を込めて
人々に魔女のサイレンと通称されていた。

そのそら恐ろしい響き、音。前線の兵士たちはその意味を知っている、
その音と共に有る時、突撃騎ライデントは、既にその瞬発力に拠って敵の狙いを外している、と。

  薄闇を切り払う銃火が、砲弾の醸す騒乱の音楽がデスペラートの直ぐ脇のバリケード代りの土嚢を吹き飛ばす。

 その爆音と共に去来する、
ハインの放つ重圧がじりッと音を立てるように、デスペラートの背中から首の後ろを駆け上がる。

無意識に身を後ろによじらせたデスペラートの背骨がシートに当たる。

 ぬぅッというデスペラートの声と共に、グラムの胸部から立ち上がったパーツは赤い光を纏う。

 「来る…!
この風格、男惚れしちまうってもんだぜ、全く──!」

 グラムのコクピットの中で、デスペラートが狭い額に皺を寄せ、
グイと上体を乗り出してライデントを睨む
デスペラートの狭い額と鼻の頭に、じわり玉の脂汗が浮かびあがる。



 まだデスペラートが今よりもずっと若かったあの日、
人買いの凶手から救い出した子供達を、奪い返しにやってきたのは
清廉潔白で、人格者と誰からも人気のある、尊敬する騎士だった。

 モルレドウの小都市の一つ、その役所のロビーで、固い、冷たい石のフロアを踏みしめて。

 静かに、とても静かに…
今は、この世の何処にも居ないその騎士はデスペラートにその時の言葉を。
デスペラートの記憶に焼き付けた。

 「剣騎士に連絡が周知されていなかった事を詫びて、持ち主に返す話がついた」

 眼窩には、あの冷たい双眸が燃えていた。

 デスペラートが現実よりも、律法の唱える理念理想の方が尊いと信じていた頃の話だ。



 そして、今日現実の側に立つデスペラートは、律法の側に立つ騎士の、魔女のサイレンを迎え撃つ構えを作る。

 モルレドウ領の汚れ仕事を数え切れぬほどその豪腕でねじ伏せて、
力で伸してきたデスペラートだからこそ肌で感じる危機の直感に焼かれながらも尚──。

 デスペラートは奥歯をグイと噛み締め、笑うように自らの口の両端をぎゅうッとこじ開ける。
その力強い動きは、脂汗で全面を光らせる彼の面に、何かをねじ伏せる動きを象らせる。

 「遠からんものは音に聞け、か─
聞かずとも聞こえる、
モルレドウの守護神、ライデントのハインの発する大音声!」

 更にライデントを撃つべく機関砲の狙いを定めたグラム側の黒いフラ・ベルジャがライデントを見失う。
ライデントは、グラム側の騎体の視界から一瞬で消え去り、彼らの視界から切れた。いいや、切られたと
グラム側の騎士達は皆瞬時に察知する、が
グラム側。最右翼のフラ・ベルジャの構えた盾は反応が間に合わずに、死角から撃たれたライデントの機関砲の砲弾に弾き飛ばされ、
火花が上がると同時にギィという禍々しい音を発し、弾き飛ばされて、空中でフラ・ベルジャの装甲は風穴を増やしながら火花を上げる、

 「被弾・・・ッ!なんて、うわッ!わ、わ、わ・・・」

 フラ・ベルジャが体勢を崩した隙に、その装甲に風穴が開き、鋭い音と共に幾度も雷火の如し閃光を上げる。
フラ・ベルジャを捉えたのはライデントの機関砲だろうか。
フラ・ベルジャの乗り手の騎士は何とか身を守ろうと狼狽した声を上げるが、
フラ・ベルジャは盾を浮き飛ばされた時にその手段は殆ど失っている。

 「これが、超スピード移動!なれば、今、ライデントは足を止めてるぞ!反撃するんだよ!」

 視界から消えた敵を捉えるべく、デスペラート達はその姿を探す。

 ライデントの機関砲に捉われ、装甲のあちらこちらに風穴を開けられ、
隙だらけになったところにハイン側のフラ・ベルジャからダメ押しのマジックミサイルを貰った
フラ・ベルジャはダメージに耐え切れずに遂に後ろに吹き飛ばされる。

フラ・ベルジャの巨体は土嚢に足を取られ、
その背後に設置されたフェンスに衝突してフェンスを滅茶苦茶にひん曲げて仰向けに倒れる。

 ゆらりと揺らめいた白い影を、黒いクリスナの一騎が視界に捉える。
 「奴にも散々命中している筈だ、少しは堪えてるのか・・・ッ!?」

 白い影に、機関砲とアサルトライフルから発した閃光と轟音が殺到する。
 「さすがに全部受け止めるのは厳しいね」

 カァン、カァンとライデントの装甲から硬い音を上げつつ、
フラ・ベルジャの騎士の声を掬い取る様にハインが答えて、
脚部ユニットから何かを地面に射出する。
それが地面に着弾するや、もうと白煙が立ち上がり、ライデントのシルエットは煙に覆われ始める。
瞬発力を発揮して、足を止めたライデントを敵の照準から隠すべくライデントがスモークを炊いたのだ。

 スモークがライデントの姿を隠しきる前に、グラムのエナジーボルトが再び走る。

間一髪のタイミングでありながら、アンチボルトを展開しなおすライデントにはやはり、エナジーボルトは通じない。
スモークを一瞬払ったエナジーボルトの光は先ほどよりもざっくりと、大きくライデントの前面で拡散するのをデスペラートの眼は捉える。

 「逃すか!」

 その場でライデントの動きが止まるのを承知するデスペラートは、グラムのコンソールを手早く叩き、バイザーメットを下ろす。

 と、同時にグラムの【肋骨】に灯っていた赤い光が次々と消え失せる。

 グラムのこの挙動はデスペラートがガバナー・オブ・バンディッツ、GOBゲッベルスと呼ばれる
グラムの兵装に拠る魔法の設置を仕掛けた事を意味する。

 GOBゲッペルスは移動する物体に接触すると大爆発を起こす不可視の空間固定魔法、
設置の為のアンテナ・ユニットをフル稼働させれば
設置場所は射程内であれば自在で、空間中に存在する物質の密度が有る程度以下の座標であれば、
距離の離れた場所にも瞬時に100とも200とも言われる膨大な数を設置することが出来るとされている。

 実際、ライデント隊の白いフラ・ベルジャは設置された魔法に接触し
発した爆発により左腕部と脆弱な背面装甲の半分ほど、それから頭部を吹き飛ばされ、
瞬時にフラ・ベルジャのジェネレーターは損壊により停止して、
騎体そのものも横に切り揉みして弾き飛ばされていた。



 「何故だ!律法では・・・普通の人間の売買は禁止されているはずだ!」

 「聴取の結果、売買ではないという話だ。ならもといたところに引き渡すのが筋だろう」

 「白々しい!売買ではないだと!?そんな与太話をあんただって信じては居ないだろう!
それが証拠に。あんたはさっき、この子等の持ち主と云った!確かに言った!律法がなんでそれを汚す人間に媚を売る!」

 デスペラートよりも頭一つ高い騎士・・・その熱い胸倉を守る軍用コートの襟を掴んでデスペラートは
騎士を問い詰めた。

 「なんとか・・・ならないのか!」

 搾り出すような声で呻くデスペラートに胸倉を掴まれた騎士は、
デスペラートの両肩にぽんと手を置いて
諭すような声色で云う。

 「私にも昔そういう考えはあった。
が、その疑問を抱えていては持たないんだ。
我々も生活が有って、家族が居る。
そういう商売の連中と、上で話が付いてるものをああだこうだと言っても首を切られて終わりだろ。
私達だって、街中で都合のいい時に金を引き出せる財布を失くすのは大変だ」

 「…何」

  尊敬するこの騎士も、汚職に汚染され、肯定している・・・
それを突然告げられ
デスペラートは、愕然として眼を見開く。
唇は、無意識に震えていた。

 周囲の、役所を訪れた商人や役人の眼が
只ならぬ雰囲気の二人を刺して小さなざわめきが、漣の様に無数に囁いている。

 「そんな・・女王陛下に・・許されない・・」

 「もちろん我々は女王陛下の忠実な騎士だ。
王都の監視官が取り締まる眼に、見えさえしなければ逮捕もされない、裁判もされない。
裁判にならなければ、罰せられる事は無い。罰が無いなら、罪もない。女王陛下を裏切る事には、ならない」

 騎士は、ばん。ばんと二度デスペラートの肩を叩く。

 「…駄目だ、やはり駄目だ!俺は、律法は正しいとあの子達に」

 妥協に飲まれかかったデスペラートが、それでも、それを振り切って
騎士の腕を掴んでグイと貌を近づける。

 騎士の眼に、冷たい炎が灯った。

 『…教えてくれ』



 もう一度、あの時の問いの声の冷たい色を回想して、
デスペラートは現実世界に戻ってくる。
カッ、カァンと高く鳴る音は、吹き飛んだ騎体の破片が、
ライデントやフラ・ベルジャの装甲を撫でた音であろうか。

 爆風は、ライデントの炊いたスモークも吹き飛ばし、敵の姿をグラム隊に明かす。

 「おっと、爆風は嫌うよ・・・盾とランプは、落とせない」

 しかし、一瞬姿を見せたライデントはそのGOBゲッベルスの使用を察知していたか
間髪居れずに脚部の長方形のユニットからスモーク弾を射出してその姿を煙に再び隠す

 すぐさまスモークを炊いたライデントに習い、
ハイン隊のフラベルジャは次々と手首のランチャーユニットから射出し、煙幕を補強していく。
 「ランチャーにスモーク弾を装填してある?全騎か!」

 GOBゲッベルスは不可視の魔法である。
可視光線は通過するが
そこを通る大気の流れまでは変えないでいる事は出来ない。

 およそ魔装鎧の拳一つ分であろうか、大気の運動は干渉を受けて調度、見えない球がそこに有るかのように
設置された空間の周りを流れる。

 そう、煙幕を張れば・・・そこに不可視の罠を見せるランプが灯る。
 眼を細め、定間隔で縦横に設置されたGOBゲッベルスの設置座標を一瞬睨むと
ハインはライデントの重心を後方に移し、騎体にブレーキを掛けてからライデントの両肩の砲を大きく旋回させて
砲口の仰角を可変させる。

 「各騎!ルート構築を砲撃で支援!」

 ハインが、ハスキーな声を張り上げて怒号を飛ばす時には、ハインの化身ライデントは両肩の機関砲の掃射を始めていた。

 白い閃光と、眩い火花が次々に空中に生じ、大気を震わせて辺りを蹂躙していく。
ハインの見切った軌道に設置されていたGOBゲッベルスがライデントの砲弾に捉えられ、
計算しつくされた掃射軌道に拠って次々と爆発を誘われて、
幾つものGOBゲッベルスを道連れに爆砕させられていく。

 しかし、その爆発はライデントを守っていた煙幕を吹き飛ばし、魔法で身を守りながら爆風の中を前進する
フラ・ベルジャの向こう、微かな煙幕の衣を纏うて立つライデントの姿を、デスペラート達の眼に正しく映し出す。

 即座にデスペラートのグラムはライデントを照準に捉え、エナジーボルトを撃つ為に砲のグリップに手をかける。
 その胎内のデスペラートは、ライデントのアンチボルトの許容量を越えるエナジーボルトを放とうと、シート右手のジョグを大きく右に廻す。

それと同時にライデントを守っていたアンチボルトの光は爆ぜるように飛散し、その光芒が放射状に走る。

 「あっ」

 デスペラートは、対魔法防御をライデントが捨てたのを目の当たりにして──
思わず前のめりになる動きの途中にライデントが何をしたかを理解し
驚愕に拠りて発した、彼の小さく叫ぶ声は爆音に掻き消された。

 アンチボルトの魔法に割いていたエネルギーを転化し、
質量の運動に割いた魔法、ショックウェーブを発動させたのだ。
ふと湧いた突風程度、人間を吹き飛ばす程度の出力しかされない魔法である。
クラックの魔法と同じく、人間からすれば大事だが魔装鎧や車両に対しては効果の見込める局面と言うのは少ない。
 しかし、それでも。
 放たれた以上大気はそれなりの速度で運動する。

 運動した大気は、ライデントの周囲のGOBゲッベルス全ての反応を掠め取り
今度は、ライデントは膨大な閃光の中に姿を眩ませる。

 「爆風を、追い掛けてェ・・・!」

 来るッ、デスペラートの言葉の続きを、黒いフラ・ベルジャの騎士の一人が掠めとる。

 白い影をデスペラートの視界が認め・・・ガァンという轟音を発して、
声を発した騎士のフラ・ベルジャの足が、地面から離れる。

 フラ・ベルジャの胸から背中は、ガンドリル状の長大な杭に貫かれている。

ライデントの白兵戦兵装・・・腰部に取り付けた杭を高速で射出し、重装甲をも貫き通す恐るべき槍
ランサー・フィストである。

 「撃ーつッ!」

 デスペラートが叫ぶ
ランサー・フィストに貫かれたフラ・ベルジャを持ち上げたライデントの胸部装甲が展開し
射出用のジャベリン六基がせり上がる。

両肩の機関砲が唸り、フラ・ベルジャは持ち上げられた態勢のまま、止めを刺され
デスペラートの絶叫が空中を走る時には既に傍らに投げ捨てられていた。

 ハインがアンチボルトを再び発動させる事を予見したデスペラートはグラムを飛び退かせ
両手に左右の腰の機関砲を持ち上げさせる。

 前進する白いフラ・ベルジャの内機関砲を装備した騎体の仕掛けた掃射が、
黒いフラ・ベルジャの一騎と設置された大盾を粉々に粉砕し
土煙と共に爆走するその射線は盾の向こうのグラムを捉える。

 だが、直撃を受けたはずのグラムを包む土煙を裂いて稲妻の如しエナジー・ボルトの閃光は発し
その柱の如し光芒は、ライデントが射出したジャベリン六基を空中で爆発させながら
白いフラ・ベルジャ二騎と、ライデントに破壊された黒いフラ・ベルジャを飲み込む。

ライデントは、射撃の先読みが間に合って済んでのところで直撃を免れたが、
展開した左腕の装甲、肩部装甲、盾さえもが飴の様に歪んでいるのが認められた。

 ライデントのアンチボルトの出力調整が間に合わず、回避運動自体も瞬発力を活かしての回避を取る事が出来なかった為
ハインといえども、ダメージを免れる事が出来なかった事が此処に現象している、と言えよう。

 ライデントは機関砲を切り離し、次いで左腰のパイルを切り離す。

 ガランと音を立てて、ライデントが切り離した装備はエナジーボルトの爪跡・・・
焼け焦げ、大きく抉れた地面の上に突き刺さる。

 対照的に土煙が晴れ、屹立するグラムの黒い影は機関砲の直撃を受けたにも関わらず少しもその形を損なっては居ない。

 シグルズ・ザ・アイドル。グラムの備える兵装の一つの効果であり、
有効時間後の一時的な物理保護能力の低下と引き換えに
ごく短時間周辺空間の摩擦、抵抗の増加と魔法、プロテクションによって装甲の強度強化を同時に展開する
アンチ・アンチ・マテリアル志向の複合防衛魔装だ。

 生き残った黒いフラ・ベルジャと、白いフラ・ベルジャのアサルトライフルの弾が往復する。

 グラムは傷ついたライデントを畳み込むべく、再び機関砲を構える。

 ハインのライデントは、右脚にもダメージを負っている。
その為か、構えた敵の視界で、ライデントは膝を折って大きく態勢を崩し、地面に膝をつける。

 「ハイン!傷ついて勝利する人間が英雄という時代じゃあないんだ。
人間なんぞより、傷つかないで勝利する、道具のスペックを求めることこそが、最適化された概念だろう!」

 どこかで、キューン・・・という甲高い音が鳴った。

 それをデスペラートが知覚するよりも一瞬早く、
身動きの取れなくなったライデントを、グラムの照準が捉えて機関砲が唸る。

 「そういうデスペラート卿だと知っているから、われわれはグラムの事を学習してきた」

 聞き覚えの無い・・・囁くような声が、デスペラートの耳に届く。
少女か、少年か。判別の付かない若者の声。

 「グラムにはなれる。しかし、それではグラムを超える事は出来ない」

 今度は、ハインの声だ。

 グラムが機関砲を撃った瞬間、グラムから二十歩ほど距離を置いた空間に大爆発が起こる。
グラムは、騎体のバランスの制御を失って、機関砲と長身砲にを装備する事に由来する自らのボディバランスの悪さから尻餅をつく。

 爆発の向こう。グラムの放った機関砲の弾もダダッという駆け抜ける爆音を立てて、ライデントの胴体の装甲に風穴を開ける。

 「自慢ではないが、傷つかないで勝った事は無い!」

 ハインの声と共に爆発の中から覗くのは、鈍く光ってぎらり眩しく目を刺す光。
燻し銀の如しその不動心の光る、鈍く、静かな輝き。
砲弾の軌道は爆発の眼くらましと衝撃によって逸れ、
ライデントの頑強な騎体に取っては、二つや三つの風穴など息の根を止められるほどのダメージとはならない。

 魔女のサイレンが、再び鳴り響く。
カカッと大声でハインが笑う。

 何が起こった、とデスペラートは再びシートに背中を押し付ける。
魔女のサイレンは、彼の額、乾いた脂汗の上にもう一度玉の汗を浮かびあがらせる。

 爆発は、ショックウェーブの影響を免れ、相当近距離に生き残っていたGOBゲッベルスを利用され、
一時的に回避能力、防御能力の低下したグラムを狙って仕掛けられたものだろう。
それを誘発したピン・ポイントの長距離砲撃は、スレイプニルからの支援射撃によるものか。
、 極めて正確に座標を特定していなければ、いいや、特定していたとしても相当難度の高い神業であるはずだ。

 「まぁまぁのお手並みだ、エイストン!」

 エイストン・アッサルト。デスペラートの聞いた正体不明の声の持ち主の騎士の名を、ハインは呼ぶ。

 センサー忌避の為のマントを翻した騎体・・・
自らも長身砲を装備し、ジャベリンを爆装した簡易ジャベリンポッドモジュールを背中と腰に装備した白いフラ・ベルジャの影が、
ライデントのはるか向こうの兵舎に足を掛けてこちらを睨んでいるのをデスペラートと黒いフラ・ベルジャの騎士達は認めた。

 「視界は悪い。風の影響もある。
換装と平行して車両の砲撃の為の魔装鎧からの情報収集と補正。
どれだけ短時間に作業を詰め込んだと思ってる」

 「普通の事だ!さぁ、行くぞ、エイストン!」

 「俺の完璧はあなたの普通だ。
いつもいつもついていくのにこっちはぼろぼろだマジ。
胃が痛い。若いうちから苦労は、買ってでも、したくない。
つまりそれだけ人より早いうちから苦労するって事だろ。
いや、したくない、本当に」

 フラ・ベルジャの胎内で、真っ青な顔色で抑揚無くぶつぶつと文句を紡ぐ人物。
綺麗に切りそろえた黒い前髪の。年若い騎士がシートに小柄な身体を沈めている。

その人物・・・エイストン・アッサルトは十五六の少年と見まがうような体格であるが、
齢二十歳の準一等鉄剣騎士であり一族同士の親交から交流のあったハインにその才覚を見抜かれ、
彼の配下でその技術を磨いている騎士である。

 「突撃発ーッ起!」

 バシッと指を鳴らして宣ずハインの、魔女のサイレンにも劣らぬ怒号を聞いて
顔色が悪いまま、ふと、笑いの陰を唇の端に見せて直ぐにその暗い明かりを消したエイストンは、
自分もパキンと指を鳴らして、ストールを翻すフラ・ベルジャに長身砲を構えさせる。

 「真っ直ぐ突っ込むのは、ライデントの最大パフォーマンスの発揮ではない。
ハイン卿とライデントの最大パフォーマンスの発揮だ。
脳筋ハイン卿が最高に尖る最低の状況を・・・
まっすぐいかせて、突破する為にいつもいつも俺は苦労しているんだ

ああ、成功した瞬間だけは、どんな苦労も、痛みも
どこかへ行ってしまう。それだけが救いなんだ。だから。

…ハイン卿。有効打を与える為のグラムへの到着のタイムリミットはカウントから十五秒ジャスト。
理論どおりの突撃スピードなら、発動まで0.08秒ほどプラスの時間が生じる」

 足を使わねば。
危険を感じてグラムが立ち上がる。

扇状に展開した黒いフラ・ベルジャはグラムを守る様にその展開の角度、間隔を縮めていくが、
その内一騎が無残にエイストンの騎体からの、砲の直撃を受け、胸から上を粉砕されて吹き飛ぶ。

 「…カウント9、8、7・・・」

 エイストンがフラ・ベルジャのマントを払って陰気に呟くと、敵陣のガードの開いた直線、再びグラムとライデントを結ぶ道が開く。
グラムは半歩旋回して態勢を整えると長身砲を構える。
ライデントはその一瞬で、すでにデスペラートが眼を疑う程の距離を詰めている、
ライデントが手にした剣がぎらと光る。

 「ハイン・ロベール!やはり普通じゃない!
何で、これだけ真っ直ぐ行くことを押し通して生き残って来れたんだ、あんた!!
突撃だけを、やってきて!」

 旋回し、ハインとデスペラートの直線軌道に割り込もうとした黒いフラ・ベルジャは
すぐさまその膝をアイストンの長身砲で打ち抜かれ、バランスを崩した所を超加速を見せるライデントの
曲がった盾で殴られて、横合いに吹き飛ばされる、
 ライデントとの距離からグラムは
再びエナジーボルトの発射準備を捨ててアイドル・ザ・シグルズを発動せざるを得なくなった。

 「迷ったな。予測よりも使用兵装の移行が遅い」

 エイストンの呟きを聞いて、ライデントは右腰のランサーフィストを引き上げて、パイルの先端に近い部分…
四角い発射機構から伸びる取っ手を掴む。

 「ネイキッド。説明の仕様が無い。特に真っ直ぐ行ったとも思っていない。
わたしは、普段と同じように騎士をやっているんだ、若い友人」

 射出の火花と、銃声の様な音を立てて、ライデント右腰のランサー・フィストのパイルが
グラムの左腕と、右肩の長身砲を胸の前で交差するように下から上へと貫く。

 魔装の切り替え操作の運動の僅かな時間が仇となり、
効果を充分に発揮するまでにタイムラグが生じたとデスペラートは悟る。

 「舐めるんじゃねえ!普通にやってるだけの奴に、そう簡単に出し抜かれるなんざァ・・・!」

 目の前までに迫り、ランサーフィストを突き刺したライデントを、
グラムが右腕で引き剥がそうとグラムはライデントの歪んだ左腕を掴む。

 「誰が勝つか決まっているような言い種だね。
結果の為に戦うのでは、結果は、心に引かれて動く。
そこには重さがあって、重量には力学が、力が働くんだ」

 うおおおあッと叫んだデスペラートのグラムの右腕と、
突き刺したパイルとライデントの左腕の下をすり抜けるように通って
ライデントの右腕に突き刺さる。

 ライデントの剣が青く光り、
次いで剣を物ともせずに密着したライデントを更に引き寄せるグラムの右腕の装甲に小さな亀裂が入る。

ライデントの剣の魔装、メイジブラスターに拠ってグラムはフレーム内部を循環するエネルギーの循環を狂わされ
そのエネルギーの流れは暴走し、
暴走したエネルギーが過剰に流れ込んだ右腕末端、指先で小さな爆発を起こし
爆発に拠ってグラムはライデントの腕の装甲を巻き込んで右手の指を殆ど失う。

 「ッツアアアアッ!」

 デスペラートはコクピットの中でその衝撃と、
騎体の過剰な負荷と同期エラーから
パイロットに齎される痛覚の刺激に絶叫を上げる。

 その上メイジブラスターはグラム右腕のコントロールを麻痺させる。
グラムの操作システムは、
アイドル・ザ・シグルズの発動に要する高エネルギーの暴走を恐れて発動動作を停止させる。

 「結果でなくて何のために戦う…ッ!」

 それでも、デスペラートはグラムの体格を利用してライデントを振り払おうと
グラムとライデントを密着させる。

 「信じる道が有る事を示し、道に忠を尽くすために。
ただ、最初の約束を曲げないために」

 「負けて消え行く者に証せる道があるか!」

 グラムが、勢いをつけて胴体をライデントにぶつけようと胴体を僅かに離した一瞬
ライデントが拘束を振り切った左腕の歪んだ盾でグラムの胸を打つ。

これだけ形を変え、歪んでもまだ生きているライデントの左腕、
そこに顕れるライデントの頑強さにデスペラートは舌を巻く。

 「勝つために信じる事の出来ぬ違う道程を行くのは
只の敗北ではない、人間に業を深く残す、とても罪深い敗北だ」

 何度もグラムの胸を打ちながら、ハインが呟く。

グラムの肋骨の様な胸のアンテナユニットと装甲が、凹み、その形を歪めていく。

 「故に、騎士道を、自らの信ずるところを正しく歩く。
達せずとも、それ故に一つの道を貫徹する。道を信じぬ者に旅の終わりは、訪れない。
それのみだ」

 「道そのものが断崖に通じていても、か!?笑っちまうぜ!
その道を選んだ時に、既に負けているって事が現実にあるんだ!
誰だって割りを食いたくない、
最初の道をかたくなに行く事の出来る、
見返りも無いのに断崖に向かって最高速度で走る事のできる
お前の様な異常なのは一握りだ、
狂っているんだ、貴様はァ!
普通の人間が狂人の物まねをやったら
いい笑いものの、馬鹿で語り草になるのが関の山だ!」

 デスペラートはグラムの左腕に渾身の力を込めて、
ランサーフィストのパイルを真っ二つに圧し折ると、間髪居れずに剣を引き抜いたライデントを突き飛ばす。

 二三歩たたらを踏んで、それでもライデントは産み留まり・・・
その顔の十字のスリットがグラムを睨む。

 「勝つ者が居る、負ける者も居る。
しかし、それに拠って人を嘲り笑う心根は、
恨み辱める心根は病理のものだ。
勝つ者が居る、負ける者が居る。
人の、その魂の価値は何処まで行っても等価だ」

 グラムはまだ、生きている肋骨のアンテナユニットを二本立ち上げる。

ライデントは、グラムに歩み寄るが。

 「止まれ、化け物!MDMを食らわすぞ・・・!」

 デスペラートの言葉に、ライデントは脚を止め
半身に構えを作りながらグラムに対して二三歩後退して、距離を窺う。

 「わたしのライデントが、この錆まで廻ったような鎧が、化物にでも見えるか。
その眼には朽ちた風車小屋だって化物に写るだろう。
それはキミの姿だ。
影だ。
他人を通じて、人は、自分の姿をみるものだよ」

 ライデントは、廻るように歩いてから足を止め、剣を構える。

 「上から見下ろして、人生の始末までわかったような説教かァッ、爺がァ!
終わりを見てきてからほざくがいいぜ!」

 「随分、低いところから見上げているんだな」

 「はぁああッ!?」

 グラムが、残った人差し指をトリガーガードに引っ掛けるようにして、右手で機関砲を引き上げる。

 「心に映る人の姿は、己の鏡だと今云ったよ」

 グラムのジェネレータの音が、変質する。
急激に熱を奪い、下がっていく気温に、その冷気にハインは身を震わせる。

 {計測エラーが出た、MDMが生成される}

 「知ってる、ちょっと黙っていたまえ」

 エイストンの警告を、ハインが制するとライデントは半歩だけ進んで
みたび、魔女のサイレンをけたたましく鳴らしつつ、小さく跳ねるように後ろに下がる。
ズシンという腹の底に答える音が響いて澱む。

 「グラムは、ノーブル・マシンだ!
あんたの普通には何にも叶わない俺の手にした唯一つの、【異常】だ!
時代の先鋒を走るマシンが、時代遅れのあんたを、遠慮なく過去に追いやる」

 ひぃっひっひい、とデスペラートが狂笑を上げて、グラムの前面の空間の大気がゆらりと揺らめく。

 「哀れだね」

 「何ィ!?」

 ずるりと前後に脚を開いて、ライデントの腰が沈んで
ライデントは、極度に低い姿勢で剣の構えを変えて。頭上に掲げるように構える。

 「なら、わたしの前に立つのはどんな意思を持つ者でも、
君じゃなくても、いいじゃあないか。
新しいマシンに乗れるなら、誰でも。
どんな意思を持っていようとも、マシンを、同じように使うしかない。
意思を通すためのマシンではなく、マシンに従う意思だ。
時代から生まれる新しいものに・・・
君の名前は、魂は奪われてしまうのかい」

 「かぁあ・・・ッ!」

 デスペラートは、ハインの言葉を切り返すことが出来ずに、ただ、苦しそうに呻いた。
グラムの威容に拠らず、そこにはデスペラート自身が苦しみ、激怒する気配が漂い、満ちている。

 「魂とは、意思。意思を鎧の面に表さない者・・・、
マシンは、未来を想像できない。創れない」

 「黙れ!」

 展開したグラムのアンテナ・ユニットが青く光る。
その直後、グラムは機関砲を正面に構え直す。
それでも、ハインは、ライデントを通じてデスペラートを真っ直ぐ見据える。

グラムの騎体から青いオーラが溢れ、足元に霜が張る。

対照的に、機関砲は熱を帯びているのか砲身から水蒸気の蒸発する音をあげ
湯気をたなびかせている。

 「君の言う、時代に消費されて・・
君も、名前を失いマシンの一つと同化して忘れられるだけだ。
君の言う、負けて消え行くものと、どう違うんだね」

 この、至近距離で。極寒の世界に畝る、
デスペラートの熱を、見る。

 見て、ライデントは機関砲を切り離す。

 「黙れというんだ──ッ!」

 熱は飽和し、爆発する。
デスペラートは右手レバーの、連結されたトリガーを引いて構えたグラムの機関砲を撃つ。

砲弾が、閃光が土を抉る轟音と、土砂が炸裂する。空気は焼けて炸裂し、
それに拠って発した衝撃が爆風となって閃光と共に去来する。

 機関砲のマズル・フラッシュのものよりもずっと強い閃光と
轟音がグラムの前面から発し、走りぬけ、爆発の様な力は空間を焼く。
グラムのMDMグロウリー・オブ・アドルフは、機関砲の弾道に沿って
本来は設置される爆発魔法を数千射出し、爆発させる。
機関砲の射角に入るもの全てを破壊し、制圧する為の魔装だ。
 GOAの発する爆発によって、デスペラートの前面だけ真昼になったかの様な閃光が、その場を十秒ほども支配する。

 「俺は・・・ッ!俺は──!ただ、最初の約束を破ったのが・・・!」

 残るフラ・ベルジャも、クリスナも。その場にいる者は誰もそこに眼を向けずにはいられなかった。
その、閃光に。いいや。閃光の向こうにあるデスペラートの熱らしきものに。

 「・・・収束した」

 オーバーロードからくる負荷に拠って膝を付いたグラムを見届けて
エイストンが呟く。

 「敗れたものの、理想への、距離は──」

 「人生は短い。
実る種は、口で唾吐いて埋めるものじゃない。
…手で埋めるんだ。
君の突撃発起は、どこであったのか、思い出してみろよ」

 背後から。ハインがいとも容易く、そして静かに呟く。
ガクリと音を立てて、ライデントの剣が背中からグラムのジェネレータを貫くと

グラムは四肢を震わせて、膝をついた。

 「この、重いアンコモンアーマーで跳躍して後ろに回りこんだなんてな」

 グラムの死角。
機関砲を向けることの出来ない真上と背後を狙ってハインは【突撃】していたのだ。

 跳躍に拠って。

 観念していたのか、デスペラートは両の掌で顔を抑え、コンソールに突っ伏す。

 満身創痍のグラムも膝をついて、ライデントとの距離がゼロになる。

 グラムを抑えた余裕からか、ハインは、ライデントのコクピットハッチを開いて
シートから立ち上がると半歩歩みだしグラムを貫いた剣を見上げると、してやったりといわんばかりにニヤリと笑う。

、「返すべきものは正面切って返す。しかし、恩のある国と、領民がある。
その為に戦って、筋を通す。実に普通の事だ」

 デスペラートが落とされてしまえば、自分達を撃退するのは難しい。

 「デスペラート卿配下の騎士達へ告げる。
即座に投降しろ、やれば制圧する自信はあるが、こちらもこれ以上消耗したくない」

 エイストンの勧告が、怯んだ黒い騎体の部隊の騎士達の、意識に出来た空虚な空間に流れ込む。

 「俺は・・・」

 デスペラートの掌で隠した眼球の瞼に、
あの日人間の深淵に連れ去られた子供達と、ペリゼの細い肩が幻の様に浮かぶ。

 何かの蒸発した熱さが自分の吐いた息に宿っているのを、デスペラートは感じた。