046.Shadow Run:26_Flying_Storm_And_Knight_Of_Lion_Head





モルレドウ領、北部基地跡は外郭部、転送設備周辺をハイン隊に制圧され、
ハイン・ロベールらに反乱分子デスペラートが逮捕された事に拠って一時、沈黙の様相を見せていた。

 その、転送設備を制御するための背の高い石造りの建造物の一棟の真横に、上背の高さを競うようにスレイプニルが横付けされている。
車体固定用の極太のパイルを地面に打ち込んで停車したスレイプニルの上背は若干ではあるものの、この建物よりも高い。
見上げるような、という様子であるが、無限軌道を換装して、四本のシャフトに計三十二の巨大な車輪を備えたスレイプニルの車体底辺は厚く、広い。
上に行けば細くなる、円錐の様なバランスで屹立する車体上部はごく細く、塔を思わせる形状を取っている。
それらすべて上背を高くすることによって考え付く危険への対策だ。
スレイプニルは立体的な構造によって車幅や全長を抑え、その分のスペースを活用することに主眼を置いた、移動可能な建造物と言って挿し障りはないだろう。

 「あんまり前には出られないよな。この構造じゃ、サバイバビリティは話にならないし…?」

 エイストンは顔を上げて、片目を瞑り、腕を前に突き出して作った拳骨から親指を立てる。
ぐうと親指を突き出してスレイプニルの上部の窓から
上体を斜めに出して、スレイプニルと横の建物の隙間に見え隠れする狭い面積の地面を見下ろし、
向かいの窓に陣取った騎士が両の掌を上に向けて手招きするようにエイストンに合図を送ると、彼は距離を測る腕を引っ込めてそれを横目に見る。

 「小回りが利くのは便利だけど──それで他の欠点と等価かっていうと…甚だ…?」

 ぶつぶつと独り言を漏らしながら窓の奥に体を戻し、屈みこんだエイストンは、ワイヤーを巻きつけた角材をスレイプニルの窓から押し出す。
魔装と魔装を有線で接続するためのワイヤーを、窓から窓に渡して足場を兼ねる角材に巻きつけて建物の窓に連絡したのだろう。

 向かいの窓で、スレイプニルの窓から押し出された角材の端を掴んだ女性と思しき騎士は
しきりに首を傾げたり小声で何かを呟いているエイストンを叱りつける。

 「ほらぁ、手を動かせよオタクちゃん」

 ぐいと力任せに角材を引いた騎士の動きに流されて、角材を支えるエイストンは一歩よろめく。

 「働いてやってるじゃん、文句あるの」

 エイストンからすれば、独り言のつもりの声量だったが、現実、窓から窓、二人の距離は彼がイメージするよりも近かったようで、
相手の騎士はこれを聴きつけて呆れたようにエイストンを諭す。

 「独り言のついでに仕事をやってやってるなんて片手間で仕事して、怪我したりさせてから同じ事、言える?
仕事抱えてるなら仕事の事だけ考えなさいな」

 腰に手を当てて、エイストンをきッと見据える騎士の、真っ直ぐな視線から、エイストンは視線を逸らして逃げる。

 「説教かよ…。鬼の首を取ったかのようにさ。
下っ端の自分を棚上げして偉そうにする相手を探しているから、そういうことを言うんだよな、雑魚」

 顔を伏せて、斜め下に向かって、エイストンは声を落とす。
相手への言葉でありながら相手に向かわない声は石の廊下を転がって、消えていく。
しかし、エイストンの後ろで脚を止めて、その声を拾う騎士が居た。

 「いつも煩いよな、あいつ。まぁ──行き遅れの雑魚に言って聞かせて判るまでの時間を考えたら
今回はつっかからずにやっておいてやる方が、キミの得だ。あいつには後で私から言っておくから」

 ぽんとエイストンの肩を叩いた手をエイストンは振り返り、エイストンが振り返るのを待つ眼と視線がかち合う。
慌ててエイストンは、そこに待ち受けていた人の良さそうな笑いを浮かべる、見事に一際高い鼻の印象的な若者の笑顔から視線を外し、
やはり、聊か不自然な勢いで、反射的に相手の視線から逃れる。

 エイストンの肩を叩いたのは、若者ながら前線に於いて苛烈な工兵の役割を務めるベテラン騎士の一人

銀剣騎士、封竜のプレッサー・トゥエルブだった。

封竜という通り名は、彼が王都で学んだ治水、利水の技術をモルレドウ領で活かし
領土の河川工事に多大な貢献をした事によるものである。

 それを鼻にかけるでもなく人に接しても気さくで、誰とでも直ぐに打ち解けてしまう性質を持ったこの男は他の者にそうするのと変わらない調子で、
陰湿で気難しい性質のエイストンにも接し、エイストンもまたこの男にはハイン程ではないもののある程度の信頼を置くようになっていた。

 人となかなか打ち解けないエイストンでさえ信頼させる、プレッサーという男の魅力である。
エイストンでさえそうなのだから彼を知る他の者の多くは彼に対して
佳い人物、人格者だの揉め事を収めるまとめ役だのといった評価を与え、一目を置いていた。

 それは、エイストンを叱りつけた騎士も例外ではない。プレッサーの姿を認めると彼女も弛緩していた背筋を強張らせて
「プレッサー卿、一先ず転送設備の復旧に廻って欲しいという用件でハイン卿が探しておられました」と声を大にして呼びかける。

 手を軽く上げてそれに応じると、プレッサーはもう片方の手、エイストンの肩に置いた手も離して一歩退く。

 「そいつは、デスペラート卿の聴取をする方が先だし、ついでに設備の復旧の手がかりになりそうだね。体が幾つもあるわけでもなし…。
音に聞こえたあの荒くれを縛り付けておくロープが心もとない、
もう少し頑丈なものを探してるんだ。何かの拍子があったら私じゃまず組み伏せられてしまう、
おっかなくてね」

 プレッサーが言うように、デスペラートは今現在ハイン達の下に投降し、今はその身は彼の部下の何人かと一緒くたに
設備近くの樹木の幹に縛り付けられ、拘束されている。
プレッサーはどうやら、そのデスペラートに改めて訊く事が有るらしいとエイストンたちは了解した。

 それならスレイプニルに搭載されている資材固定用の鋼索を代用してはどうかとエイストンらはプレッサーにその所在を教え
プレッサーは熱心にそれを聞き取って荷重はどこまで耐えられる程度の強度を有しているものかと問う。
ここでエイストンがその薀蓄を披露し、あまり使用される機会はないが
傾斜が掛かった場所でスレイプニルが停車する場合、車体を固定する補助に使われる事も計算に入れて作られた物である筈だから
そう簡単に切れるような代物ではない事をプレッサーに伝えるとプレッサーは得心したように二三度繰り返し頷いて礼を述べ、その場を後にする。

  エイストンは、その背中を見送りながら、自分の胸中にふと灯った、なにか言い知れぬ違和感の様な光を見つける。

 「どうした、エイストン・アッサルト」

 角材を手元に引っ張り込もうと、角材の端に手を掛けた騎士は
エイストンが何事か思慮に耽ったまま棒立ちしているのを咎めて彼の名を呼びつける。

 「訊いてもいない理由を、やけに丁寧に…?」

 サムソ山脈と、このモルレドウ領まで連なった雨雲を運んだ風が畝る。
畝った南東からの風は今は生温い微風となって窓から吹き込んでエイストンの頬を撫でていた。

 その胸中の違和感に一々囚われる程暇な身の上でもない──。
エイストンは、大気を運動させる風の感触をその身に感じると自らの思考の澱みを取り払い
角材の端を掴んで、持ち上げる。

 彼の筋肉が、骨が軋むような音を立てて手袋越しに掴んだ角材の硬質な重さに答える。

それに反応して運動するように、
感覚の齎す刺激は、彼の中で上書きされて更新され…
やがて、違和感は断片化して、記憶として彼の内面へと格納される。

 その、スレイプニルの群れから外れた場所に
車両移動用の、舗装された道路の両脇にそれを示すかのように植えられた樹木の一本にデスペラートは縄を幾重にもその身にかけられ拘束され
その彼の前には、顔を蒼白にしたハインが呆然と立ち尽くしている。

 「本当に…」

 ハインほどの豪傑とも思えぬ、貌に顕れた凶相、不吉な気配は、今、ハインがどれほどの事態をデスペラートから聞き取ったかを暗示している。
ハインの胸中を汲んでか、デスペラートがしっかりと頷いてみせ、くの字に結んでいたその口を開く。
古傷か、彼の唇の上から下に小さな細い刀傷らしき痕跡があるのをハインの眼は認めた。

 「口からでまかせの様な話だ。にわかには信じがたいと思う。…事実は、その眼で、確かめてくるが良い…それしかあるまい?」

 たった今、デスペラートはハインの知らされていないであろう事実の断片──。
影武者を立てて静養している筈の領主カダン・モルレドウとその妹ペリゼ・モルレドウがどのような状態に陥り、どこに居るのかをハインに告げた。

 「言われるまでも無く、そうする。いいや、確かに、我々はそうせざるを得ない」

 やはり、ハインらしくない逡巡を見せる声色を聞き届けて、もう一度デスペラートは頷く。

 そこで、その場に到着したと思しきプレッサーが一人の少年を連れてハインの背後に立つ。

 ハインが無言のままで振り向いて、プレッサーと少年に眼をやる。
既に周囲は夜である。スレイプニルから接続した簡易小型照明器でこの周辺の視界は確保しているとはいえ
それでもやはり、昼間に比べればその視界は格段に悪く、個々の人物は相当近くに寄って見なければその特定は難しい。

 しかし、振り返ったハインの眼に飛び込んできたのはこの夜の闇の世界の中に有って
白昼の太陽さえ想起させる、異様とも言えるほどの白い色の肌だった。

 「この少年が、本当にデスペラート卿の侍従か」

 ハインは、その肌の色の眩しさに反応するように──反射的にプレッサーに訊いていた。

 「ナル卿といえば彼しか居ないという話ですが」

 訊かれるプレッサーも困ったように返答する。

 妖しい魅力持つ、見るものの眼と指を惹きつける力を有するかの様な白い肌だけではない。
猫の様な緩やかに釣りあがる曲線を持つ眼に大きく潤んだ瞳、
白い肌とは対照的に鮮血に紅をさしたような色で、艶かしく身を捩らせる一つの生き物の様な唇。
金色の絹のような、腰まで伸ばして切りそろえた美しい金髪のせいもあり。
よほど注意深い人物でなければ
一見して女性と錯覚するほど美しい人物は、しかしよくよく見れば年若い美少年であるらしい。
華奢な体躯のこの少年は
豪腕デスペラートを補佐する侍従の一人とデスペラート本人から保証されても、
それを目の当たりにする側からすれば中々デスペラートと目の前のこの少年との印象は結びつくものではない。

 錠に拠って手を拘束されているらしき防護服姿の少年は、傷の騎士団の二等準剣騎士ナル・ソキソスキー。

デスペラートの話によれば暗器術の使い手だという話なのだが…
ハインや、プレッサー、それに周囲の騎士達もなにかそれだけではない理由の断片であるとか
気配の様なものを感じ取り、奥歯に何かを詰まらせたように皆一様に沈黙してしまった。

 「そうだ…彼は、確かにわたしの侍従ナル・ソキソスキーだ」

 「ナル・ソキソスキーです。お呼び立てと聞いてここに参上いたしました…」

 縛られて、座したままのデスペラートに代わってナルが一同を見渡して会釈する。

ナルの声もまた、容貌の様に男性の物か女性の物か区別をさせぬもので、それは不定形の妖しい高さを纏って美しく漂う。
ハインがウム…と深い溜息をついてから間を置いて意を決したように
 「彼が、傷の騎士団の前代未聞の痴態にデスペラート卿が直接は手を染めていないという証明だとデスペラート卿は仰った。無礼だが…」

と、デスペラートに説明を求める視線を送る。
デスペラートもその視線を正面から受け止め一拍の間を置いてゆっくりと、しかし力強く頷く。

 「ナル、いいな?」

 「はい…失礼いたします」

 僅かに声を震わせたナルが錠をかけたままの両手を防護服の詰襟に掛けて
陶器の様な滑らかさを持つ顎を僅かに上げて、最上段のボタンを外す。

 インナー・シャツを着けていないのか、ナルが一気に防護服の胸元をはだければ、
白魚の様な胸元が衆目に露わになる。

 彼の胸元が明かりの下に曝され、顕れたのは痕跡。

彼の、はだけた胸の白い肌の上、所々に紅を挿したように赤くなっている所がある。
胸元から首筋にかけて、無数に──。

 「やァ──是は」

 反応に困ったプレッサーや、他の騎士が、目を背けてもう充分とでも言うように苦笑する。

 曝された胸元の痕跡から、注視されて一瞬後には目を背けられる、その恥辱にナルは微かに身を震わせ、
デスペラートはギリと縄目の己が身を揺すって下唇を血が出るほど噛み締める。

 その人々の中にあって、
ハインだけは、蒼白な血色は相変わらず、
しかし、目をかッと見開いてよくよくその胸元の痕跡を見詰める。

 「ふむン…」

 自らの鷲鼻の頭を親指で抑えて、ナルに歩み寄って、その肌の上の無数の痕跡を無言でじっと見詰め続ける
ただならぬハインの様子に息を呑んだデスペラートは、ハインの背中を注視する。
デスペラートの視線が固定する瞬間に、がばとハインが振り向いた。

 驚嘆したデスペラートが思わずおッと大声を上げるがハインは意に介さずつかつかとデスペラートの元に足早に歩み寄り
「ちょっと、じっとしてい給え」
と叱りつけて、デスペラートの前で中腰に腰を降ろしたものである。
一瞬前までナルの胸元を注視していたハインの眼がデスペラートの顔を凝と見詰める。

 むずむずと身を揺するデスペラートの顔色など意にも止めず、ハインはデスペラートの唇の傷をぴたと指差して
 「なるほど──これか──」

 そう、小さく呟いて上下に指を往復させる。

 「なにか不審なことでもありましたか?」

 ハインの背後からプレッサーが声を掛けると、ハインは首を横に振って、立ち上がる。

 「いや─デスペラート卿が──彼本人が、少なくとも我々と接触する以前にナル卿の胸元だとか、首筋、肌に唇を寄せて吸ったと言う…
その確信をこの目に見たまでのこと」

 「だッ、だからそう云ってるだろ!私は女を辱める事態の生じうる性癖の持ち主では無いと!」

 「男色家だからそうだとは残念ながら言い切れない、世の中には様々な嗜好というのが、ある」

 「貴ッ様ァー!」

 恥辱に貌を紅潮させ、デスペラートが歯を剥いて大声を上げる。
拘束されているとはいえ彼の上げる吼え声には大気を鳴動させ、他者を萎縮させる力が感じられる。

 「しかし、そういうならそんなにまじまじと見るまでもないのでは──」

 こそこそと胸元を隠すナルを横目に、プレッサーは、ハインに疑問を投げかける。

 「いいや、見るまでもある。少なくとも彼本人はナル卿との関係に於いて嘘は言っては居ないだろう。
本当の事を言ったか、嘘を言ったか。判断の出来ない程不確かな部分に関しては、それを基準に
判断を積み上げていくしかない。無分別な我々の得られる、せめてもの手がかりだ。手抜かりはしてはおけん」

 はぁ──と空返事を返すプレッサーの眼をギとハインの眼が捉える。
戒めるような、厳しさの覗く眼だ。

 「普通をやるなら、全力で普通をやる。見る聞く触る。
出来る事を、省かない。
手抜かりをして後悔と共に命を落とした騎士は、山ほど居る。

見ろ、そこなナル卿の胸元の痕跡に、例外なくデスペラート卿の唇の傷跡と重複する細い筋が入っている。
君達は、それを見たのか?」

 ハインの言葉に、その場に居る騎士達は全員、息を呑んでデスペラートの顔に視線を集中させる。
確かに、その彼の唇には目立たないものの細い一条の刀傷がまたがっているのを全員が認めた。

 「デスペラート卿」

 その、視線の集中するタイミングを測った様にハインが大声でデスペラートの名を呼んで

 「ナンですか!」

と、動転するデスペラートも大声で応じた。

 「カダン卿や、ペリゼ卿を監禁している場所には、ナル卿に案内して頂けると言うことでいいのかね」

 ハインは、シール領やクンダリニ領の拉致被害者の安否をその目で確かめると同時に
今は心を現世に置かない領主とその妹にも見えるつもりだと、既にデスペラートに打ち明けていた。

その、ハインの声が重い響きに変わってデスペラートを打つ。

 「…その為に、ここに呼びました。他の誰にもあの二人を騙して安全に引っ張り出す事は出来ません─。
知識で武装し、しかし、それでいて、魂にアガペーの欠片を持つ人間が、命を賭けなければ」

 デスペラートも、縄目の身体を僅かに揺すって気持ち姿勢を正すと、低い声で言葉を一つ一つ確かめるように答える。

 「命を賭けさせると言ったね。もう一つ、訊こう…デスペラート卿は、ナル卿を失いたくはないかね」

 「私は…」

 ──口にしたくは無い。しかし──。

 凝とデスペラートの眼の奥を見通す冷徹なハインの眼の色を見て、デスペラートは胸中に答えを確かめる。

 「他の何かで代わりが勤まるというなら。…今、私が行けるのなら、彼を行かせたくは有りません…。
他の何を失っても、失いたくは、ない」

 「デスペラート卿、ご自分の立場を判っていらっしゃるのですか」

 虫のいい願望を口にするデスペラートが勘にさわったのか、プレッサーが、苛立ちに焦げた声でデスペラートを大喝する。

 「所詮、たらればの話だ」

 デスペラートが、目を伏せて自嘲するように笑う。

 「そこまで露骨な言葉であるならば…薄い言葉ではあるまい、
道案内をナル卿に確かに頼む、と言うことはそれを信じる我々の命も、
その事実、君達の本当に預けるという事だ」

 ハインが、プレッサーを諭すように片手で制し、デスペラートに貌を上げる様促す。
デスペラートの眼が、大喝したプレッサーをぎろりと睨む。

 「立場は、最早無い。この足場から、俺は、ハイン卿の突撃の様に…。
真っ直ぐに、俺達全てが衆目から隠してきた恥を、全力で打ち破る。
その為に、真っ直ぐに振舞う」

 風が妙に生温いのは、湿気のせいだろう。

しかしハインは何か、それのみによらないデスペラートの声に篭る異様な粘度と湿り気を感じ取る…。

 言うなら、声に血が滲んでいるような。

 「直ぐに、また、会える。ナル・ソキソスキー」

 デスペラートはナルの名を呼んで
ナルは貌を伏せて二三度瞬きをした。
ハインの眼は、耳はそれを捉えていた。

 リオーネ・トワニングは元はろくに後ろ盾を持たない遊歴の、侠客気取りの浪人者だった。
無刀術と呼ばれる、オウディス家伝来の武術から広く派生した亜流の一つ、徒手格闘の術と、その他槍棒、短刀術を少々齧り
元来の骨太の体格と腕っ節の強さを活かして
舐めた当たったと言う水掛け論から生じるどうしようもない街の喧嘩ばかりはやたらと強く、
それを見込まれて用心棒のような食客としてシール領のある騎士の邸に厄介になっていた時期がある。
王都で取り組むべき仕事を抱えた騎士は、半年や一年では戻って来られぬ身の上と相成り
どうやらそれもあって留守を万全に守れると見込まれたのがどうやらリオーネであった。

 ところで、この王都に出向した騎士は夫婦となってまだ二年少々の新婚者であった。
この夫人と言うのが中堅服飾会社の令嬢という出自の若い夫人であり、
生まれもさることながら気立ての良い事や見目麗しい容貌も評判で、
嫉妬混じりに仲間内や近所一帯でこの騎士がからかわれる話の種となっていた。

 屋敷の者や用心棒を置いてはあるとはいえ後ろ髪引かれる思いで騎士は王都に旅立つ。

しばらくは屋敷の者共々、リオーネもさしたる騒動も無く穏やかに暮らしていた
 そんな時に、邸を一人の騎士が訪れる。

 騎士は名をリトー・デントゥスと云った。

 客として訪れたリトーは、横柄な物言いで対応に出た騎士の夫人を見るや「貴様の実家の借金を肩代わりしてやった」と云う。

 複雑な背景がある事柄だったが、地下の情報源に通じるリオーネはこの背景の事情を、おおよそ把握していた。

 この騎士の一族はシール領だけでなく様々な業界でその力を伸ばし、ここシール領に置いても
大手の服飾、生地の会社の会社を拠点に台頭を始めており、その会社が、この夫人の実家の服飾会社の客層に次々と目標を被せ、
豊富な資本力とバックアップを背景にシェアを徐々に奪った上で
最終的には買収をかけられるほどに弱体化させようと、方々に借金を作らせるように仕向けたのだ。

 そこに、前々からこの夫人に眼をつけていたリトーはこの攻防を横恋慕に利用し、首を突っ込んできた。
このリトーという男はデントゥス一族の中でもごく潰しと評判の、デントゥス家直系の四男坊、道楽息子であった。

 リオーネはハハァこの野郎と腕まくりをして腕の見せ所に息巻いたものだが
それはこの騎士が引き上げた後に、その様子をいち早く察知した夫人に厳しく窘められた。

 「旦那様と、旦那様のお家には迷惑をかけられませぬ。事は私と家族で相談して始末をつけますゆえ、なにとぞ早まった真似はよしてくださいまし」

 この夫人もこうと決めたら頑固な性質だ。

 夫人もああ言うが収まりはおそらくつくまいとリオーネは睨んで
王都にいる彼女の主人へと便りを送り、また自分も相手方にいつでも殴りこめるように得物と押し込む徒党の準備を怠らずにいた。

 リオーネの読みどおり、この道楽息子の目当ては夫人を自らの愛人として囲い込む事であったらしく
その後もしつこくこの騎士や、あるいは使いの者がこの邸を訪れるようになっていく。

 思うように状況を打開できぬのか、夫人は、日に日にげっそりと血色を失っていく。

 それに輪をかけて、リトーらの訪問は一日に二度三度といった異常な頻度になっていた。

 そういう相手だ、何やっても後手にしちまうような相手を真正直に相手にすることはないと
見かねたリオーネは、使用人や他の騎士達と一緒に何度も夫人を説得にかかるがこれも結局聞き入れてもらえず。

 とうとうある日、夫人は自ら命を絶ってしまった。

 リオーネは夫人の葬儀が終わるのを待って、五六人の荒くれ者を共に、
短刀と薪雑棒だけを一本ずつ懐にねじこんで彼女を追い詰めた騎士の館を訪れ

門で彼を追い返そうとする門番を問答無用、「やかましい!」と獅子吼一喝、
その太い腕から繰り出す薪雑棒の一撃でいきなり叩き殺した。

 真逆とこの事態に動転したもう一人の騎士は裏口から逃げ出そうとするがそこはすでに回り込んだリオーネの手の者に抑えられていた。
正面から上がりこんで暴れに暴れたリオーネが裏口に辿り着いた時には、リオーネはすでに息も絶え絶えといった様相であったが
匂い立つようなその身に纏う怒気ばかりはいささかも衰えを見せてはいなかった。

そこで身をねじ伏せられ、怯えるような視線でリオーネを見上げるリトーと、リオーネは短く、言葉を交わした。

 「騎士、ガリアン・ヒューズの奥様、ニンファ・ヒューズが命を絶ったのを、ご存知ですかね」

 ガリアン・ヒューズとは、リオーネがその身を寄せていた邸の所有者である騎士の名だ。

 今や、彼自身の流す血と返り血、痛みと殺気に拠って異界の力を引き寄せ、魔神と化したリオーネの眼は
相手を視線だけで射殺さんばかりに鋭利で熱い。

 「ああ、亡くなったのだね。葬儀に呼んでくれれば良かったのだが」

 そらとぼけた返事を聞いて、言葉の代わりにリオーネの鉄拳が唸りを上げて、男の頬の骨がくしゃりと砕けた。

 余りにも勢い良く殴った為にリオーネの拳も骨が肉を突き破る程に砕け、
仕方ないのでリオーネは空いた手で襟首を掴んでリトーを引きずり起こし、更に問答を重ねようとする、が。
リオーネは目玉を眼窩から飛び出させ、
口から異様な量の血を溢れさせ、ぶるぶると身を震わせるリトーの、見る見る青黒く変色していく顔色を見て投げやりに叫ぶ。

 「あ、こりゃ、死んだ…どうも、殺しちまッた。
見ろ、この野郎は舌を真っ二つに切っちまった様子。
あな恨めしや。
もう、二三発は死なずにいてもらわねば、奥様の苦しみのたった万分の一とて償わせられぬというのに」

 リオーネは結局、短剣を抜いてさぁ自決しようと言う所で一足遅く駆けつけた盾の騎士団と青年団によって逮捕され
そして、彼は偶々市の公安部に打ち合わせにやってきていたダトラの前に引っ張り出される。

 リオーネと、ダトラを含む取調役の問答を要約すれば。

 「何故このような凶行を為したか」

 「リトーは話し合いの芽を摘んで、己の欲望の為に合法的にニンファ氏を追い詰めた。
奥方を守る方法は、或いは無念を晴らす方法は非合法の手段にしかなかった」

 「明確な殺意の元に、凶行に及んだのか」

 「然り。リトーが例え平伏しようとも、断じて剣を穢さずに殺す積りであった」

 「剣を使わないのは何故」

 「リトーの行いが、知恵を持った畜生のものであるから、
精々棒切れで叩き殺される程度がお似合いだと。人間を殺害する道具を使うまいと断じた」

 「己の行いが人倫の道に既に反しているが」

 「人倫とは義のみではあるまい。
仁義は、むしろ矛盾するのが世の常だ。
義を定義する律法では間に合わない。壊された一家の無念を晴らすにも全く足りない。
一宿一飯の恩の主の恨みを捨て置いて、何が男だ。
不倫、姦計が人間に広まる前に、人倫の内、義とは相反する仁のみを信じ、社会から毒を抜くべく迅速かつ強烈な報復を致して候。
義によりて、吾はまごうことなく極悪人。吾一人の罰で済むならば、罰は甘んじて受けよう」

 「ではガリアン・ヒューズと一家に罰が及べばどうするつもりであるか」

 「吾、自決の末、人間に怨霊の因子を残し、必ずやシール領に百年の害を為してくれる」

 「決死の覚悟であったというがそれは誠か」

 「ごろつきの、いつ落とすとも知れぬ十把ひとからげの命、
どうせ捨つるならせめて一つ他人様のお役に立ってから死のうと思うて候」

としたものである。

 鉄面皮と言われるほどに頭は硬くは有るものの、渡世の仁義らしき概念を解するダトラも、
問答を重ねるうちこの豪傑の滾るような熱い血潮と侠気とにすっかりやられてしまった。

 「血祭りに捧げるには、ちくと惜しい。類稀な猪武者…」とレオンに向かってこの男の弁護を展開し
結果、リオーネとその手下のごろつきどもは執行猶予付きの判決を受け
主神を祭る寺院の僧侶による七百日の教誨を受けた後、リオーネ本人はシール領での金剣騎士資格を受勲し
残りの連中どもは散り散りに、各市の青年団に組み込まれ、馬車馬の様にこき使われる身の上と相成る。

 デントゥス一族によって王都へと訴えを上告される動きもあったが、
女王シヲンもそれに当たって様々な方面からこの報告に目を通し、リオーネの起こした凶事とその名前をと確りと記憶したが
「レオン卿のご裁量ですわね…」と
一言、曖昧に告げるに留めるのみであった。

 実質上、訴えは女王の一声に拠って棄却され事態は全て収束したわけではある。

 そのような逸話を背負う豪傑が、リオーネ・トワニングである。
そしてその彼の下に、チェスピの中心部に配備されたクリスナの何騎かがタイミングを計ったように基幹フレームのエネルギーを暴発させ
炎上を始めると同時に魔装鎧で戦線を離脱する兵士が現れたと報告が入る。
平穏の轍から外れた、鉄火場に置いてこそ無類の輝きを放つこの男は、そうした不穏な気配に敏感でも合ったし…
今がそうであるかのように、そういった不穏を押し付けられる、引き付けるかのような資質を有していた。

 「何、脱走か」

 「違います」

 「へぇ?違う?なら、ナンだ」

 「我々の頭を飛び越して、前に飛び出します、
前線よりも前に…どうも、その魔装鎧は突出しようとしている」

 降魔騎士団、アルゴンキンのバーベナは、動転した声でリオーネに告げ、リオーネはガハハと笑った。

 「よしわかった、一人で突撃しようてバカがいる、オレはそいつを止めりゃいいんだナ!
オレに頼んで、あとから死んだの片輪になったのと文句を言っても聞く耳もたんぞ!」

 歴戦の傷を装甲の方々に刻んだ緑のダィンスレーがぎりりと空を睨んで旋回する。
勇み足で、機関砲に隠れるナックルガードを下ろしてそれをがつんと打ち合わせるとその胎内のリオーネはさも痛快そうに大音声で叫ぶ。
それは獅子吼と例えられる、良く通る天然の大声だ。

 「ドレが何派だの正体の判らん、胸糞の悪い敵ばかりで辟易しておった所よ!
少々骨っぽかろうが、真っ直ぐ来るやつの相手をさせてもらえるならこれは痛快!
で、どこの単細胞だそやつは!」

 「…盾の騎士団の、バッソウTSのザノン・シール卿です。レオン卿のご令息の様ですが」

 「わはは、御令息にこんな馬鹿を持っているとは案外、うちの御屋形様も頭が固いばかりではないのかも知れんな、え?
…オレは!一向に!構わんッ!」

 聞いているのかいないのか。バーベナの言葉の途中、理解しているとも思えない勢いで、リオーネは吼え笑う。

 行者達の属する山岳寺院・・・
ナイトガルドの社会から追放された猛き聖人ムハン・マドの教えを厳かに伝え守る山岳寺院ジャッハ・ナンムは
今エクスたちがいる場所よりもずっと標高の高い場所に存在する。

人はおろか獣も避けるような難所である。
それ故にそこに集うムハン・マドの教えを継承する修行者達は滅多に人に姿を見せる事は無い。
魔装設備は殆ど無く、この山間に限っては
魔装による移動距離の短縮はこの行者達の行使するエンシェントの魔法系統に拠ってのみ成立する。
それは儀式と時間、それに捧げられる莫大な呪文を必要とする物だ。
その手間たるや、省略、圧縮を重ねて極度に効率化された魔法とは比べるべくも無い。
その使用も教義や秘密主義のせいもあって見込めない。

 行者達は、外に自分達の情報を伝えるのを好まない。

人に教えられた情報は即ち属する閉じた社会の情報を。
自分達の社会の断片を、
ナイトガルドの社会にかかわり合わせてしまう事を知っているからだ。

 小さな断片でも、刺激を与えれば、分析や反応をナイトガルドは必ず始める。
そして起こった反応は必ず、彼らの閉じた社会に踏み込んで変化を求めてくる。
ナイトガルドの領土の中でありながら、そこに住むかれらの持つ断片は、教えはナイトガルドの総体から
脱落してそこにあるものであるが故に、
その中にあるものがたとえ僅かな欠片でも明るみに引きずり出されれば
その空間の支配を宣言するするナイトガルドは
そこに住むもの全てナイトガルドの法に沿うべし、として
隠されていた、閉じた社会の裡に踏み入ってくるだろう。

それは山間に住む行者たちが社会に排除された聖人の教えを忠実に守ってきた事の表れでもあるし、
彼らにはその自負もある。

 ナイトガルドの都市と異なり、山間は純粋な空間だ。
人の気配、意思、混じり物の少ない澄んだ空間の大気は
循環を作り出し、また、そこに在るものは全て循環の中に組み込まれる。
 原因と結果と言うものの関係について、経験で知る彼らはそれらをとてもよく考慮していた。

 とにかく、行者達はそうした背景を有して、閉じた社会の門を中々開こうとはせず、
そこにあるものの意味もおいそれと外の人間に教えることは無い。
魔法とて使わずにすむのならば、他人に見せはしないだろう。

 拠って、行者達とエクスは歩く。

 行者達は。エクスを中心に松明を手にして木の鬱蒼と茂る陰湿な山間の空気の中を進む。

 「お仲間にも、迎えをやっておりますが、要らぬお世話でしたかな」

 歩きながら言葉を刺して、ウィルはちらりとエクスを振り返る。

 極限状況で、人が人を捨てた局面を目の当たりにするとか、
懺悔の呟き、言い訳を引き出そうとする好奇心が隠微に灯って
彼の眼光はさしずめ針の光の様に細く、鋭い。

 「このままジャッハ・ナンムに向かう距離ではないわな、
途中に中継地点はいくつあるんだ?」

 「数は──」

 言葉を無視され、ウムッと不服らしい鼻息を大きく吐いたウィルに代わって、エクスと二人分の幅を置いて歩く、ウィルと対照的な風貌の、
──むくつけし行者、垢じみた法衣で固太りの身体を覆う
四角い顔の男ががくと顎を揺らして答える。

 「申し上げかねます、が──」

 エクスは平然とウィルの質問を聞き流して行者の呼吸を測り、言葉の底に澱んだものを掬う問いを発する。

 「その口ぶりならある、か。
そこに向かっていると考えていいのですなぁ、行者殿」

 松明の明かりが行者の顎鬚のハイライトを映し出し、それが一拍の躊躇いを見せてから
ゆっくりと縦に動くのを見届けてエクスはウィルに視線を返す。

 エクスがウィルから聞いたところでは行者達は既にカリバーンを特定し、これを警護に当たっていると言う。
その話を引き合いに出してエクスは左眼を細める。

 ウィルの横に並んで歩く、小柄な女性の行者…先ほど、反魂、と呼ばれる呪詛を唱えエクスを呼び戻したと豪語するカメリア・エンヌが
未知の存在を訝る目で、ちらとエクスを見やる。

 エクスは笑うような表情と、その左眼で視線を睨み返す。

 慌てて彼女は、視線を戻してつとウィルに寄り添う。

 それをからかうようにエクスはわざとらしい大声で笑い、言う。

 「カリバーンの面倒を見てくれたなら、ついでに連中の面倒を見てくれることも、有るんじゃないかね。
甘えたっていいんだろう?フフフ」

 「ええ、種明かしは・・・その通りですが──根拠があってのお考えではありますまい。
エクス殿の胆力を見逸れておりました」

 いい加減な男だとウィルはエクスの見通しの甘さに呆れる。

 エクスは大儀そうな表情でついと松明の火に眼を向けると、うっすらと笑って無言でバリバリと髪の毛を掻き毟る。

 何を思っているのか、その不気味な気配を畏れ、首を竦めたウィルは沈黙を恐れたのかふと、先ほどの問いと同質の問いかけを漏らそうとした。

 「そういえば、山小屋の猟師の女性にも」

 「そっちは──バツケという大男を目の前で始末したろ。だからバツケにやってもらったさ」

 は?と言葉の意味を測りかねたウィルが脚を止めてエクスを振り返る。

 「どういう…?」

 「カリバーンは、時間差無く短距離の空間跳躍が出来る。それを利用して、俺の影に融けた死人の記憶を切り取って飛ばした。
人一人守るには充分すぎる腕前だよ、奴は」

 ウィルは絶句し、脚を止めた一行に沈黙が覆い被さる。

 「なんだ、人が正直に教えてやってるのにその顔は」

 エクスはにやにやと笑って、やはりからかうような口調でウィルの呆然とした表情の、
据わった眼を、ぞっとするような冷たい目の色で射通す。

 「…見たいのかい?」

 エクスが、眼を僅かに見開いて地の底から響くような声で聞く。
瞬間、ウィルの脳裏には百舌刺しなる絶技で脳天までを刀で貫かれて絶命したバツケの最後の姿が蘇る。
カメリアも、この目を見て彼の殺気に中てられたのだろうか。

 魔装の仕業を越える、溶解したと形容するしかないエクスの、あの悪夢の様な形態変化や一方的な殺戮とて目の当たりにしたウィルたちである、が。

 「いいえ、結構。すっかり…恐れ入りました」

 言葉を投げ出すように発し、ウィルが再び正面を向く。

 エクスの眼をまともに見たウィルは、知らぬ間に自らの背中に冷たい汗が発し、それが流れ落ちていくのを遅れて知覚した。

 それを知ってか知らずか、聞こえよがしにエクスが刀の頭金をバチと叩いて音を鳴らす。
電流が走るように、ウィルの背中が震えた。

 【人を言葉で弄する。

 そういう悪癖をこの男はどうやら、有している。
どちらを云っているのか、その判断に迷う我々の反応を見てこの男は、面白がっているらしい。

 面白がっているうちはまだいいが、境目も不明瞭な、彼の何かのボーダーから先に踏み入れば



殺す。



 あの、少しも笑う事のない左眼は、声は、言外にそう教えているようだ】

 エクスが、波打つウィルの胸中を引っ掻き回すように唐突に木の幹に手を伸ばし、何か細長いものを掴んで引き寄せる。

 ブチリという水気のある音が鳴って
エクスの左隣を歩く、先ほどエクスの問いに答えた行者は顔色を蒼白にして、視線をエクスに固定する。
頭を噛み千切られた蛇が、エクスの腕にへばりついて。
その緑色の背と白い腹を交互に見せながら、身体を妖しく震わせ、また、激しくのたうたせている。
エクスは、平然と噛み千切ったらしき蛇の頭を噛み砕いて、飲み込む。

 (頭、おかしいんじゃ無えのか…)

 身体を一つ震わせて小声で呻いたウィルに、やはり身を震わせるカメリアが細い肩を寄せ、恐怖を押し殺すようにウィルの二の腕を掴む。

 くっくと含み笑い、踏み出したエクスに追いやられるように一行は再び歩き出す。

 陰湿な空気が、一行に重く絡みつく。

山間であるが故に足場は悪く不確かで、伴って行者達の足取りも当然重くなる。

 いいや、それだけではない。この重さは…エクスの眼の奥の底知れぬ闇が、質量を持って我々に纏わり付いているのではないのだろうか。

 「そら、早く歩けよ。お前達の司祭、プラナス・フォレストをいつまでもお待たせするのはお気の毒だろうが」

 今度は、確かにげらげらと笑うエクスの声の色に、ウィルは、エクスの精神はもう既に狂気に蝕まれきっているのではないかと言う、ごく自然で、素朴な疑問を抱く。