048.Shadow Run:28_Ashes_with_the_diamond




 「何処に行けって?」

 チェスピ市内、盾を構えて歩くマツカブイの胎内。
水筒の水に一口、口をつけると後方のオクトパスからの通信の意味を測りかねたマルコは、
思わずクルーに確認の質問をする。

 敵の歩兵と雑多な魔装鎧を駆逐しながら、騎士団より先行するマルコ達ゴールデンコヨーテ・オクトパス統合班に、
バッソウ三騎とダィンスレーltgの保護がアルゴンキンから委託されたのだ。

 「突出した騎体を追って、急速先行した魔装鎧三騎、
それにオーバーロードから緊急停止して行動不能に陥った、
ノーブルのパイロットと合流して欲しい、とか言っていますよ……」

 オクトパスの通信手、カーンも、まだ困惑しているのか、いかにも
訝しいとも言わんばかりの声色だ。

 マツカブイの歩みを止めずに、
シート脇から陶器製の嗅ぎ煙草入れをつまみ上げ、マルコは鼻を鳴らして苦笑いと共に呟きを漏らす。

 マルコの眼から見ても確かに、訝しい話だ。

如何にも、ただのレスキューではない。
歩兵部隊を除けば最も先行しているのは彼らゴールデン・コヨーテである筈だったし、
本陣として機能している車両、アルゴンキンもそういった認識であった筈だ。

 ところが、その本陣、アルゴンキンからあろう筈の事前の連絡を飛ばして…
まだ制圧していない場所に、飛び地の様に盾の騎士団の騎体が四騎もいて、
一騎は身動きが取れなくなっているという話がコヨーテ達のもとに降って湧いた様に飛び込んできた。

 …訝しいのはそれだけではない。嘘か真か行動できる三騎の搭乗者は、普通の戦闘員、騎士に非ず。
後方で車両の護衛に当たっているはずの学生達の騎体だというのだ。

 「単なる学生の救難であるわけはあるまい。健在な騎体が三騎もいるんだろう。はて、怪しきかな」
ユージンのクワィケンが腕を交換する為に時間無駄にしたから、待ちきれないで先行したという、言外の嫌味かね」

 フーンと唸るマルコに、先行するクワィケンのジャックが疑問を投げかける。
マルコは、無言のまま肩をすくめてグローブを外す。憶測で返答を返すべきではあるまいと小さく頭を振って。

 「まずさ、三騎もいないだろう…ノーブルと、クモキリの他にそんなに脚の早い騎体なんて。
障害物だらけの街中じゃ、クワィケンでもそんなに早く進めないんだぜ」

 今度は、ユーンが横から会話に加わる。
ユーンの言葉を聴いたジャックが、手を打ち鳴らす音が続いた。

マルコは目だけを動かして、グローブを外した右手の小指で
嗅ぎ煙草の茶色い、目の細かい粉末を掬い取る。

 「学生なら…ザノン・シールの乗っていた飛行できる騎体は?
全員、あれに乗っていたな、確か」

 小指を上の前歯の上に軽く差し込んだマルコは、
ユーンの脚の早い騎体。と言う言葉を聞いて、TSの鮮やかな剣捌きと、
ベディヴィアとザノンが決闘に臨む前に見た、ザノンの強い瞳の色を思い返す。

 「バッソウ・タイプなる奴か…。いたな、そういや。
件のザノン卿と同型、一際派手にジャベリンを迎撃していた連中。あれ、皆学生なのか?」
 マルコが指を抜くと同時に、後方、距離を取ってオクトパスをリードする
ハバルドの狙撃兵ボークリフが野次馬根性で話に乗る。

 識別リストを見ればそういう登録データになっていますとカーンが即座に肯定する。

 「仮にあのチビみたいな学徒騎士ばかりだとしてもだよ、
乗ってるのは所詮学生だろうに、
なんでベテランでもない連中が、一番突出した場所に雁首そろえて居るんだか…前衛をやろうっての。。
馬鹿言うな!」

 マルコが嗅ぎ煙草を吸引して、ツンとする刺激に眉を顰める間にも、
ジャックは文句の様な疑問の様な、気乗りしない調子でぶつぶつと呟き続けるが
 「意図なんて判るやつに聞いておくんなせえ、応えるメリットも無いと思いやすがね。
なんでなんて疑問はお門違い。あたしら便利屋コヨーテだ。
犬死にやって銭をもらうか犬死にすれすれで運よく生き残るかしかできるこたありやせん。
…出来る限りの運を捕まえるノウハウやら、殺しのテクニックってのはあたしら、持ってる筈でしょ」

 ユージンのハスキーな声はけろりとしたものだ。
そうね、とボークリフもその声に同調する。

 「もとより、何かあるつもりって心構えは常に持って、備えておかんとなぁ。
今度はレクイエンの時みたいに変なドジ踏まんでくれよ、ボークリフ君?
クワィケンはまた末端の交換やら修理やらをさせんように。
連携を繋げるのを念頭に置いて、今度は突出するんじゃないぞ」

 クスンと鼻を鳴らして、マルコが手袋を手にはめ込んで
脚を止めずに歩くマツカブイは、バレルヘルムの様な頭部を
ぐるりと巡らせて視線を一周させる。

 「俺はミスった覚えはねえッ!ミスをしてないのに頭に当たった。
射撃の時のデータを見てみろ、何もかも完璧だったんだ、マルさんよッ!」

 「外的要因とかはあるだろ?風向きや勾配は」

 「ないな。補正もあるのに角度差を見落とした上に偶々発砲した瞬間に、
相手の前に城壁のような厚い強風が吹く?わけねーだろ馬鹿なのかッ、ハゲッ」

 マツカブイの後ろで、ドルガノウを担いだハバルドのずんぐりとしたシルエットが両手を広げて、
ボークリフは笑う。

 「しかしね、実際、空気は不穏。秘密秘密、秘密の後だしじゃ出る脚も出なくなりゃせんスかね。
生存手当てが打ち切られるのは痛いんスわ」

 データは見ておくと素っ気無い返事をボークリフに返したマルコに、
ボークリフのハバルドと足並みを合わせる黒いフラ・ベルジャヘビーアーマーの操縦を
ハリーと交代した砲兵バイパが溜息を吐く。

 「ゼニだゼニ。俺たちはゼニの為にのみつるんでしたくもない仕事をしているんだ。
したくない仕事は最低の仕事。クズの吹き溜まりに落ちてくるのは最低の最低の仕事さ!
仕事の愚痴でクダ巻いててもゼニにはならない、俺はゼニを稼ぎたい。
あんたさんがたは違うのかい?
…だもんで、最低の仕事はさっさと終わらせようや…カーン!進路と周辺マップの更新頼む。
クワィケン各機は、クローリングローテーションを継続、先行頼む。
クリスナ程度の魔装鎧と遭遇したら、潰しながら行くぞ」

 ─この都市の人々を巻き込むのは、【ルール違反】だろうか?─

 マルコの指示を聞きながらボークリフは防護服のオプション装備である襟の防塵マスクを引き上げた指で、首から提げた指輪に触れる。

 顔の半分を覆うマスクは、ボークリフの口元と頬とを隠し、眼は、ぎゅうと釣りあがる。

自らの口元を隠した彼は自分の思考に厚いフィルターを掛けて─
思考の展開を、封じた。

 マツカブイは、大盾を手に、反対側の手にサブマシンガンを保持している。
腰にはウォーピックととハンドピストルを据え付け、腰部に副砲の小型エナジークラスター砲を装備したその姿は
マツカブイが可能な限り都市と言う環境に対策した結果だろう。
太い足で市場であったらしき辺りの焼けた瓦礫を踏み潰して、
マツカブイは進む。前方には忙しく跳ね回るクワィケンの姿が見える。

 「鬼が出るか、蛇が出るか…。
いやさ、ここが地獄なら
なんであろうと、俺達にかなうものはないだろうさ、
出くわしたら一丁鬼畜のやり方てえヤツを教導してやるかえ。
ふん、しようもねえ。フフフ」

 マツカブイの胎内で魔獣マルコがギシリと歯を見せて笑う。
ボークリフは強盗、ジャックとユーンはけちな詐欺。ユージンは恐喝、マルコは殺人。
食い詰めて命を売る傭兵達は、殆どの者が罪を負っている。
その傷の痛みは、道徳心と言う束縛によるストレスを麻痺させる。
更に、武装した人間を相手に廻すことも少なくない雇兵達は、
ほとんどの者が人を殺める事への関与を経験している。
そして、殺してきた人間達が、殺す人間が、どのような過去を背負い、どうした事情で
自らの手に命を落としたか、そこに関心を持たない。
ある倫理を麻痺させた心は、
人間殺しを厭わない。いよいよとなれば街中でバニシングレイすら撃つだろう。

 人間同士の戦場で昂ぶりもせず、平常に、無神経に笑うことの出来る彼らは、連合内を通して見ても希少だ。
殺戮と破壊。それを躊躇わないというその異常、あのザノンや、グレン…騎士達が持ち合わせない彼らの特性。
彼らのようなものが表層で犠牲になるから、核である騎士の社会は、戦いは支えられている。
その自負が、マルコには有った。

 その自負、殺し殺される事への耐性を持つ事は、人間としては欠陥であるかもしれない、
しかし、その欠陥が必要とされるから雇兵の需要は無くならない。
多くの人間の欠陥品となりたくないという願い、需要がある限り、自分達の戦場は無くならない。

 マルコはもう一度笑う。嗅ぎ煙草の刺激が疲労と眠気を騙し、歯茎をじんと痺れさせている。

 「野郎共、俺たちが底辺、裏返った世界の表層。
現場で磨耗し代謝する俺たちが、地獄の中心だ。
ゼニを取る以上、仕事は速くなきゃな」



 マルコは、筋肉質な体を軋ませて、魔獣の唸り声を上げる。
彼に取っては人間など、ルサンチマンよりも陰険な程度の標的に過ぎない。



 「フラ・ベルジャ・コマンダー、TSの移動が早い!
GFの最高速度でも追いつけない速度が出ています…!」

 ヘキサからの通信を聞いたガーハートはライフル型に砲身をパッケージしたマシンキャノンを手に、小走りに移動するフラ・ベルジャの胎内で
舌打ちして、コンソールを思い切り殴りつける。

 「なら、どうするんだ、そんな事は見ればわかるんだよッ、お前の垂れ眼は眼の穴の場所に尻の穴をつけて、
そのケツめどがクソの重みで垂れ下がっているのかクソオカマ野郎!」

 ガーハートが怒鳴り声を上げ、彼女の駆るフラ・ベルジャCmdは後方のスレイプニルを振り返る。

肉眼で捉えられる程度の距離を保ってはいるが、
自らの魔装鎧でスレイプニルを振り切って先行してしまいたいというもどかしさにさえ囚われていた。

 「追いついたってのに!バッソウどもはマスでもかいてたのか!
貴様も、その状況で指示も出さないその口はなんだ、そこもケツの穴か貴様!
クソも出せないケツの穴が何の役に立つ!」

 リオーネがザノンに退けられ、
TSに追いついた筈の、ガーハートの配下のバッソウ三騎はその場に留まっている。

騎体を動かせないリオーネを置き去りには出来ないというジョンの判断であったが、
ガーハートはそれも不服であったらしい。

 ヘキサに向けられる罵声は荒れ狂い、留まる事を知らない。

 「ダィンスレーの総体システム・ロック準備が出来たようです。
ガーハート先生、リオーネ卿を回収してバッソウ隊を下がらせましょう」

 別口で、独自にリオーネと連絡を取っていたジョンがガーハートを牽制するように
指令を出す。

 「下げる…ッ、見殺すのか、分別らしく言ってる!」

 フラ・ベルジャが脚を止めて、足音が止む。
ガーハートが微かに呻いて悪態を吐くのをジョンの耳は捉える。

 「TSは追いかけられない…」

 ガーハートの駆るフラ・ベルジャCmdは、
頭部を丸ごと交換して、情報システムを詰め込んだ騎体だ。
フラ・ベルジャのバリエーションの一種であり
部隊の行動的頭脳としてあらゆる情報を捕捉するべく生まれた騎体。
両肩にはレクイエンの装備するものよりも大きな盾を左右それぞれに備え、敵を正確に捕捉する能力に長ける事から
有線式の対地ジャベリンポッドを腰と脛に装備し、
背面には外部設備の情報収集ユニットを稼動させ、通信するための
強力な各種情報機器と一体化した、箱の様な外部小型ジェネレーターを背負い、
それらの武装の重量に耐える為に脚部を太く強化して、
車両に迫る情報収集、管理能力を持ちながら重装相当に匹敵する火力の両立を成功させている。

 CmdはバッソウTSを追って先行したバッソウの、どの騎体と比較しても情報収集の能力と精度が高い。
最悪、撃破などによって車両との連携が絶たれたとしてもその能力は部隊の指揮を行う事を可能にしている。
それ故に魔装鎧の機動性を持ちながら、車両からの情報と広い範囲の情報を独自に把握するCmdは指揮官用とされている。
但し、Cmdはかなりの数が普及しているため
フラ・ベルジャCmdの霊子戦の手段の一つとして運用できる霊子ステルスに関しては
ベースとなった騎体が普及しており、装備の生産も低コストで済む事から
そのステルス状態を魔装の情報システム上で暴露するツールも早くから普及しており
ステルス性能の効果に関してはクモキリや支援車両の装備した専用の強力な装置には遠く及ばない。
とにかく、Cmdはそうした装備の充実や騎体の戦闘能力へは出力しないジェネレーターの追加の対価として、
騎体の総量が重く、大本のジェネレータも
その重量を運動させる事に相当出力を取られている。故に、行動のスピード全般も遅い。
そうした性行を持つCmdが孤立するのは甚だ危険だ

 「この肥満体の武装をパージして私がTSを追いかけたいくらいだが…!」

 眼鏡の奥の、ガーハートのサファイアの様な眼が見えないTSの背中を追いかけるように夜空を睨んで、
彼女はちらりと見えるアラバスターの如し白色の犬歯で、歪めた下唇を噛み、
犬歯は唇に食い込んで、唇には小さく血の雫と執念とが一緒に滲む。

 「遠慮してください、先生。非力になったCmdが孤立してしまったら
機動部隊がどうにもならなくなる。こんな状況ですがCmdは機動指揮官騎です」

 呟いたガーハートの言葉を掬って、
スレイプニルのジョンが冷淡な、事務的な口調で、ガーハートに釘を刺す。

 悪く言えば、Cmdは戦闘での武装への出力面に関しては、通常の重装フラ・ベルジャと大差ない。
そうした騎体が単独で部下の騎体を追っているのは大きなリスクであり、
呟いたガーハートの心情以上に学徒班の総体として、合流を急ぐ必要が生まれている。

 それが切実であるからこそジョンもガーハートの心情は理解できる。
理解できるからこそ強く言葉を刺したのだ。

 「ジョン・バッフ卿…。
TSを…ザノンを止められないのですか、我々のシステムは!間違いを、未熟を!」

 怒りに焦げる息の色が、ガーハートの通信に混じる。
何に拠ってそれは焦げているか──。
その火の強さを読んだジョンは、シートの上でみしりと厚い背筋を伸ばしてから、咳を一つ払う。

 「止める事が出来ないのではなく、止めないのです。
まだ奥の手や禁じ手は、ないわけでもない。
しかし、その破格のリスクを踏んで、
対価にザノン君の母親にでもなるつもりですか、ガーハート先生。
なるほど、あなたには母親の才能がある。
しかし、どんな聖人だろうと、他人の母親にはなれない。
ましてや、貴方も彼も、軍国主義の国の、軍隊の中の、兵士です。
命は重い。死線ではその重さに連なる繋がりの紐は他人の命も引きずって落とします。
命への愛情、愛着。そう、簡単に言えばそれらの重さは、有れば有るだけ邪魔です。」

 古武士である車両指揮官ジョンの冷徹に感傷を一蹴されると、ガーハートは竦んで
ぐうっと唸ったきり、何も言い返すことは出来なくなっていた。

 倒れたクリスナの騎体に巻き込まれて倒壊したと思しき建物の瓦礫の山が幾重にも折り重なって、
壁の様に立ち塞がる場所でガーハートはフラ・ベルジャCmdの脚を止めさせ、
マシンキャノンを構える。



 「バッソウ三騎と合流を急ぐ…!障害物を粉砕して、罷り通る!!」

 叫んで、Cmdがマシンキャノンで瓦礫を粉々に粉砕する凄まじい音とガーハートの叫びがジョンの耳朶を打つ。

 「レオン、僕の推測が正しければ…君の息子の振りをした彼は」

 ガーハートの感情の爆発の乗った声を胸中でいなし損ねたか。ジョンが重い呟きの声を漏らす。
独白の欠片に滲んだ色に、ヘキサが思わず振り向いて、ジョンは口を噤む。

 学徒班のスレイプニルの操縦士補佐務めるヘキサは、味方である盾の騎士団、降魔騎士団の部隊と、
ガーハートのフラ・ベルジャ・コマンダーのチェスピにおける走行実績を基本にしてスレイプニルを走らせる。
アルゴンキン以外、スレイプニル始め各車両が都市内に進入し、進軍できるのは上空のクモキリ、それに歩兵と魔装鎧部隊が収拾した街の現在の情報を
車両に配備された兵士が解析し、最適化された答えを共有しているからだ。

建物やかなりの段差に柔軟に対応できる魔装鎧とは
違って支援車両は都市戦に向くものは少ない。
その図体の大きさと、車輪、無限軌道で走る構造から進入、通行できる場所は相当制限されるのだ。
瓦礫をその強力な車輪で踏み砕いて、スレイプニルは燃える街を進む。

 「ジョン卿、ポール卿、今HvAが進んだこの道路の先、主神教会が横倒しになって、
スレイプニルではこの段差が越えられません。
次の曲がり角から迂回してもう一度この通りに出ます」

 操縦室の一席に陣取ったヘキサが、
コンソール上のタブを重ねて、地図で現在の街の状況を確認しながら、風速データにも眼を走らせる。

微風もあってか、火の手が上がった場所は緩やかに延焼を広げている。

 「そこも友軍が制圧した道路ですね」

 車両長のジョンが、自分の籍のコンソールにヘキサから送られた、変更して進む進路、道順に色を付けたマップをちらと見て
ヘキサに確認を取る。

 「勿論!僚友の部隊、魔装鎧三騎とスレイプニル一台、
その先には降魔騎士団の工作部隊の歩兵がこの道路を進行中です。
延焼が広がってくる前にこのルートを走り抜けますよ!」

 「周辺マップ、データ・キャッシュから更新!
魔装通行実績とそこから推測される通行可能道路をスキャン…1、2…3、4が無くて5で完了!
危険判定要警戒判定の道路を弾きます!」

 ジョンは、頷いて先に居る部隊の所在確認と登録情報のデータをコンソール上で呼び出す。
ヘキサは飲み込みが早い。直ぐに車両の中の空気に馴染んで
ジョンやポールの行動の回転に合わせたスピードで補佐を行えるようになりつつあった。

 「楽しみな説教をさせてくれない仕事ぶり。
若者を手放しで褒めなきゃならないとは、
年寄りとしては嬉しくありません、ヘキサ暫定準鉄剣騎士」

 ジョンは、独特の言い回しでヘキサを絶賛すると、
防護服の上に羽織った薄手のコートの襟を正して固い椅子の背もたれに背中を預け、
スレイプニルの頂点にある操縦室から見渡せる街の光景に眼を走らせてから、思い出したように机の縁を掴む。

 「進路情報を確認。お仲間を追い越します、
──ジョン卿、その部隊に連絡よろしくっ」

 ポールと呼ばれた鉄剣騎士、長身の中年操縦士が、甲高い声で喚いてハンドルを切ると同時に、車体が地面の段差を拾って、
スレイプニル操縦室の展開された視界から見える焦土の様な町並みがガクンと揺れて、視界は流れる。
ポールが操縦するスレイプニルが悪路を高速で走り、殆ど減速をせずに曲がったためだ。
幾らスレイプニルの走破性が高いとはいっても車両の分類を出ない。
あまりに無茶な操縦をすれば現実的に横転する危険性はある。
が、ポールは意に介する様子は無い。
慌ててコンソールに手をついて体を支え、
ポールに視線を送ったヘキサを横目に見て、自分の二の腕をばしりと叩いたくらいである。

 「ヘキサ卿、ポール卿は、ああ見えてベテランです。加減は知っているから安心して下さい」

 ポールの荒々しい制御でスレイプニルは悪路を疾走する。
揺れに揺れて、流れる体を腕で支えるとヘキサは、それよりもザノンの行方が気になるとかぶりを降って、
コンソール上のタブを切り替えてTSの動きをコンソール上で追う。

 「あっちこっちへふらふらと…。何処を目指している」

 不安に眼を細めて、コンソールを指で叩いたところでヘキサは自分の端末コンソールのガジェットに、
車内ネットワークを経由してメールと呼ばれ文字での通信が配信されていることに気付く。

 差出人を示す欄に、【L・B・マギ】と有るのを見てヘキサは慌ててガジェット上のタブをメール表示に切り替える。

 LBマギ…リトル・ブリリアント・マギというメールのシグネイチャは商取引時にヒサノが好んで使う、彼女の母が創業した
武器輸入・魔装開発会社の名でもある。

魔装整備に当たるヒサノも、今、通信を使ったバッソウ隊やCmdへの操作補助、支援で手一杯の筈だ。

そのヒサノから今、メールが届くという事は、並ならぬ緊急の用件であろうとヘキサは胸中であたりをつける。

 ヘキサは、ヒサノからのメールに眼を通す。ヒサノも多忙なのだろう、
用件は乱れた文章で箇条書きされていたがヘキサも手が空いているわけではない。
手を動かしながら、眼を通すだけで要点を把握できる記述はヘキサに取っても有り難かった。

 まず記載されていたのは、TSは出力されるエネルギーの抑制を止め、
リミッターカットを掛けてフレームが溶解する、機体の耐速度魔法の働くぎりぎりのところで
理論値以上の移動速度をたたき出しているらしいという事。

 次に、TSに搭載されている原動力用構造体…アスタリウムは、
時間当たりアイギスの五分の一程度までに迫る、
先ほどからの高いエネルギーの平均消費量をたたき出していることに拠って
魔装鎧の稼動が不可能なほど減少する、底を尽きる状況が現実的に有り得る事。

 さらに、スレイプニルの機器を通じてバッソウの状況をモニターしたヒサノによれば、
バッソウTSのシステムは、つい先ほど何箇所か上書きされているらしい事が記述されていた。
 次に記載されていたのは最も重要な用件であるとヘキサは見た。
ヒサノが察知した、TSのシステムを構成するスペルコードを上書きされた部分は、
学園でアイギスのシステムロックをいくつか解除した時に当てはめたスペルコード方式で記述されている。
(もともとこのシステムに使用されているスペルコードは特殊であり、
マリーがカリバーンのシステム作成時に、試験を兼ねて一から開発したもので、本来、他と互換性のない独自のものである。
アイギスに使用されているスペルコードはそのコードの一つ一つにニーズホッグが手を加え、
有力かつ一般的なスペルコードと有る程度の互換性を持たせる事に成功したものだ。)
このコード群と、ニーズホッグの改ざんの方向性は幾許かアイギスの調整をした際に実地に学んでいる、
それ故自分は、比較的干渉の容易な駆動部のいくつかに制限を掛ける事が可能かもしれないというものだった。

 無論、戦場の只中でザノンを制止するために騎体の駆動部に制限をかけるのは危険極まりない手段だ。
テストも無しで、スペルコードの改造をぶっつけ本番で、動いている騎体に仕掛けるのも
無謀ともいえる手段である。

 しかし、今のTSに追いついて制止できる騎体はごく限られている。
とても、現実的な手段とはいえない上に既に一騎を撃退されている以上、
そうしてTSを制止しようとする事に伴うリスクはどればかりのものか全く測れない。

 それならば、別の方法を取るべきではないのか。
そこに通じる自分達が。

 ヘキサの視界の片隅を、コンソールの片隅のメールのヘッダ、赤い印が掠めてそう囁く。

 ヒサノ達が自分の手で止めるか、
あるいはザノン自らが止まるのを見過ごすのか。
ヒサノは技術という手段で取りうる選択を、一人では持て余したと見える。

 そんなの…──。

 小さく呟いて、ヘキサは額にじわりとべとつく汗をかく。
一本向こうの通りで燃えている住宅の火が、彼の肌に照り返してそのじとりとした汗を光らせる。

 ヒサノは、わがままで、怠惰な癖になんでもこなしてしまう小憎たらしい才媛。
そのヒサノが、他人からの賛辞である、LBマギと言う名を自ら名乗る。
それは彼女の持つ技術の自負と才能、ついでにそれら全て若くしてという付加への自信の表れだ。
──いいや──。

 「覚悟か、失敗を封じるという」

 ヘキサが薄い唇をぎゅっと噛む。
汗の味が、痺れた舌に滲むように広がった。

 (できるからやるという絶対の自信。
否定、懐疑を言わせない強気。
…一人で死なせるくらいなら、俺たちが殺す、
その死の中に埋もれている、あいつの命を拾う。殺すために伸ばした手で。
その名前を名乗るってことは、そうしたいと言ってるんだな、リトルマギ。お前の名前に賭けて)

 ヘキサは、額の汗を左手の手袋で拭うと、そのまま左手を上げて後ろ側、一段高い席に座ったジョンに合図を送る。

 「ジョン卿!L・B・マギの令嬢から離脱するTSの事で早急にレオン卿に通して欲しい話があります」





 火の手と悲鳴、銃声夥しいチェスピを駆ける傷の騎士団の魔装鎧がある。
一群の魔装鎧の中の、クリスナの駆け脚が、転倒した一人の女性の背中から頭部に掛けて弾き飛ばして、石畳に赤い物が飛散する。

悲鳴と、怒号。激流と化した雑踏は、それでもそれに留められず流れていく。
流れを遡る二騎のクリスナと一騎のグラデスは、人を蹴飛ばしたことにも気付かずに走る。

 遠くで蹴飛ばされた女性が砕けて、空を泳いだ腕部が傷の騎士団の歩兵達の前にどさりと落ちる。
 「散開して脇に避けろッ、脇に!遮蔽物を使うんだよ!」

 割れがねの如し大声で警告をがなりたてるのは、
遠目から走りくる魔装鎧を迎え撃つ為に、その正面で待ち受ける歩兵達の一団のうちの一人だ。
…魔装鎧と同じく、傷の騎士団所属の騎士達である。

 傷の騎士が仲間割れをしているなどとは大方の市民は知らない。問えば応えてくれるだろうが、騎士達も歩兵もその手間も惜しい。

騎士団の誰が誰と戦っているのか。一見して見分ける方法は…人々にはない。

 魔装鎧を遠目に見ながら、路の真ん中で距離を取って人々の波を整理しようとする歩兵達の中心にて、
一人の騎士が携行型の金属製の大砲を担ぎ、石畳の上に、体を斜めに向けて伏せる。
バタリング・ラムという名前を持つこの兵器はジャベリンほどの射程、推進力と機動性には遠く及ばないものだが、
砲弾自体が推進力を有する簡易ジャベリンを一発装弾できる、歩併用の大砲だ。

 「此方には車両なり魔装鎧はどうしても廻せないのか!目の前まで魔装鎧が来てるんだ!
俺達の配置場所にはバリケードも無いんだぞ!」

 通信で、仲間の一人が焦燥しきった声を連携する魔装鎧部隊に送る。
大砲を構えた騎士はすすと土煙に塗れた顔を歪めてそれを聴きながら厚い下唇を噛んだ。

 (喚いたって、無駄だろう…。傷の魔装鎧部隊も真っ二つに割れて連携がずたずただ。
暗がりで相手も見ないで殴りあいをしているようなもんだ)

 伏せた騎士は、小さく舌打ちして捨て鉢に焼けた溜息を漏らす。

 スラスに与する騎士…僚友達は複数個所で敵方の騎士、ビナー派の廃棄した魔装鎧に拠る自爆に同時多発的に遭い
態勢を崩されている。

 人間の携行できる防御魔装は、魔装鎧の火器の前には紙ほども役に立たない。

しかし、暴走する魔装鎧を止めるには、極力引き付けて大砲を撃つに限る。

 彼らの勝算は薄い。しかし、彼らが大砲を構えているのを見れば、対峙する魔装鎧の火器も動く…。

 距離良し!と側面の歩兵が大声を張り上げる。

友よ、と大砲を構えた騎士も叫ぶ。

 「我々のケツにぶち込まれた根性で。
我々は今じゃセンズリが出来るほどだ。
それだからこんな割を食っている」

 叫びに、間を置いて我も、我もと笑い声混じりに、仲間の歩兵が応じる。

 走り抜けるサブマシンガンの弾によって、
崩れた柱が砕け、そこから拳ほどの木片が弾き出されて、
大砲を構えた歩兵のフリッツヘルムを打つ。
日が落ちて歩兵の顔をうっすらと縁取りはじめた青い影の様な髭が、
押し込まれたヘルムの影と重なる。

 「そして」

 ガツンと言う音と共に降って来た瓦礫の衝撃を
頭を揺らして耐え凌ぐと、歩兵はヘルムを左手で直して、担ぐように保持するバタリング・ラムを構え直す。
衝撃の余波で発した風が、沿道の炎を撫で、その赤色は歩兵のヘルムの下の顔を照らして揺らめく。

地面の直ぐ上、地べたと言っていい場所から発する、揺れない歩兵の眼光は火を突き抜けるほど強い。

 「偉そうにしてるんだからよ、普段よ!
こういう時に偉くない奴等の代わりに死ぬのが仕事なんだよ、俺たち半端に偉い芋騎士は!
ヘイ、来るところまで来ちまった!
友よ、俺達イモどもは
精々根性がケツに刺さったまま一物をぱんぱんにして、
胸を張って地獄に入るとしよう!
見てくれよ、俺のムスコは立派だろうってな!!」

 大砲を構えた騎士と距離を置いて左右に並んだ騎士も、軌道を交差させるようにそれぞれ無反動砲を構える。
サブマシンガンを構えたクリスナの腕も走って、サブマシンガンの銃口は彼らをより正しく捉え直す。

 殺意が乗る射線、その交差がこの世で見る最後の光景であろうと覚悟を決めて、
無心と成った歩兵達が砲の引き金にかけた指に力を込める、その、瞬間。
死神の渡す時計は、針を遅く進める。
死と破壊が交差する一瞬前、速度の変わった世界の中で
中空に、弧を描く三本の線が走るのを歩兵達は目の当たりにする。
 ──いいや、弧を描く線は、落ちてくる。
──彼らを正面に捉えた魔装鎧に向かって!

 それを認識した歩兵は、ガンという装甲を貫く轟音を知覚すると同時に、死神の時計から解き放たれる。

空中を走る線の一つがまずサブマシンガンを構えたクリスナに殺到し、クリスナはその線に棟から腹部を貫かれ、
即座にクリスナのジェネレータは緊急停止する。
騎体は貫かれた勢いのままに転倒して
路上を円を描く軌道で引きずり回されて、ジェネレータがフレームに出力していたエネルギーを
収束させられずに装甲の隙間から火を吹き、瞬く間にクリスナは炎上しながら、その装甲が道路を削って火花と破片を撒き散らす。

 おーッと絶叫して、歩兵はバタリングラムを撃つ。
轟音と閃光が走って、一瞬に殺到する尻尾付きの巨大な弾頭は、今引きずり倒されたクリスナとは別に
もう一騎のクリスナを見事に捕らえ、着弾するや大爆発を起こす弾頭に拠って、
クリスナは腰を無残に粉砕されて、焦げた破片を四散させ、
コクピットに直撃を受けた上、二つに分断された巨体が、
逃げ遅れた市民数人を轢いて赤黒いものを撒き散らしながら
道路の上を転げて、建物の壁に衝突して、やっとの事で止まるが、
魔装鎧の衝突した二階建ての木賃宿の薄い外壁は、剥がれるように崩れて騎体の上半身に覆いかぶさる。

 無限軌道の音に似た、キュルルという音を響かせて、小さな無数のジョイントで鎖の様に連結されたワイヤーが火炎の中で不気味に蠢く。
クリスナを貫いたのは、このワイヤーの先端についた円盤状の基部から生ずる爪だ。
爪が僅かに動いて、炎上するクリスナの装甲がひしゃげて、装甲はメリメリと悲鳴を上げて、裂ける。

 「傷の騎士団の猛者たるや、然もあれかし!」

 雷鳴の様な声が鉄火場を揺らす。
と同時に、クリスナを貫いたワイヤーが大きくたわんで、爪に貫かれたままのクリスナがすぐ傍のグラデスへと乱暴に叩きつけられる。

 グシャアッという音を背に、振り向いた傷の騎士達は
魔装鎧の巨大な影とその胸部に描かれた降魔騎士団の鬼神のイングニシアを頭上に見た。
 声の主はユンデル・クンダリニ。
魔装鎧は彼の乗騎体であるコンバット・スペシャルバージョン・バジユラー、
バジユラー・アスラだ。

 騎体は、両腕とは別に、さらに四本の長い腕を背面に備え、
その長い腕の一つを伸ばし、腕の装甲の左右側面は展開して、
爪の様な刺突用ユニットを先端に備えたワイヤーらしきものが
そこからは伸びている。

 クリスナを貫き、グラデスに叩きつけたのはこの拡張された腕の仕業だ。

 バジユラー・アスラの背部にマウントされたこのバックジョイント・アームと呼ばれる四本のいびつな腕は、
元々は重火器を携行する事の多い魔装鎧の火器と盾の運用を助ける為に換装されるものであったが
このバックジョイントアームを装備する事による行動の拡張性に着目されて
このアームを強化し、それに合わせた改造を施して、対全方向白兵騎として生まれたのが
バジユラー・アスラだ。

 バジユラーや、そのバリエーションであるバジユラーO、Yとは異なり、四肢も胴体も細く、長い。
頭部には、用途の異なる四対八つの、剣の如く尖った眼を見せ、
口の部分に開けられた複数のスリットはまるで剣を並べた様に鋭い。
左右の頬当ては顔の外側に向かって炎のような波型に細工され、後光の如く拡散している。
降魔の鬼神の様な騎体。
王でありながら一人の兵として先頭に立つユンデルに扱われる事を見越していたかのような性能と、容貌。
それはユンデルの駆るバジユラー・アスラというアンコモン・マシンだ。

 「どれが敵だ?卑怯者が敵だ!傷の騎士には敬意を払え!
だが、敵は打ち据えろ!傷の騎士のなりをした卑怯者、
傷を偽るキツネ野郎共が敵だ!」

 ゲッハァとユンデルが大笑して、
 五騎、六騎とフラ・ベルジャ隊がアサルトライフルの銃口を揃え、バジユラー・アスラの後ろから姿を現す。

魔装鎧と車両に随行する歩兵も、同じように銃を構え歩を進める。

 クリスナの衝突を肩で受けたグラデスの上半身はスクラップ同然に歪み、
その歪みはコクピットを覆う胸部装甲にまで及んでいる。
肩のフレームを押し込まれた胴体、平らな胸部装甲は前に大きく飛び出して、二つに折れている。
搭乗するパイロットが圧死していないなら余程の幸運の持ち主で有ろう。

 いいや、不運か。

 グラデスを貫いたワイヤーを備えるバックジョイントアームの肘には、ハイパワーウィンチが格納されている。
それが唸って、棺桶と化した死に体のグラデスが引きずられる。

 グラデスのハッチは歪んで開きそうに無い。

 バジユラーAの元へ転がるように引き寄せられるグラデスの薄い装甲は剥がれ、
損傷した腕は火花を立ててもげる。

 ユンデルは棺桶を引く死神程優しくはない。

 グラデスの貧弱な膝関節が、手荒な招待のダメージに耐え切れずに捻じ切れた。

 軽くなったグラデスが地面に弾かれて跳ね上がる。

 「おゥら!」

 バジユラーAが腰の二丁手斧の片方を抜き払い、
引き寄せられたグラデスの胸部はその手斧から繰り出される
一撃を受けて、手斧をズブリと飲み込む。

 グラデスの体内からヌタァと引き抜かれる首刈りの手斧の分厚い刀身は、
大量の血と肉袋の中に詰まっていた汚物で
如何にも汚らわしく、濡れていた。

 群集は圧倒され、人の流れは停止する。
 自然、人の波は割れ、騎士達の行く手に路が出来る。

 制圧だ。
学生班や先行隊から格段に遅れるものの
今ユンデルらは基地へと続く重要な大通りを制圧し、
戦力の大多数を集中した部隊でそこを進撃する。

 彼らの制圧をはばむものはこの場に居ない。

 ユンデルの暴勇は敵を無残に叩き殺し
制圧を一瞬にして終える。
それは彼らの街へと侵攻して来た騎士団であろうが
逆らえるものは居ないだろう。

 ああ、血が沸き立つ。
殺し合いが加速する。
血と火薬の匂いが充満して、戦場にいるわたし達は
善を声高に叫ぶ。
そうしてわたし達は、ありとあらゆる罪とペテンとを行うことを許される札を与えられる。
札を持って不道徳と偽善の中とに没頭しよう。
息を忘れて。
死ぬ事すらペテンに掛けて。
わたしとわたしたちの偽善が一等輝いているのだ。

 ユンデルの脳裏で、いつか聞いた赤毛の詩人の奏でる神代の戦争の詩が、リラの調べと共に今あることの様に再生される。

 「逃げ隠れする小癪な連中は叩き殺して進むのだ。
胸がすくじゃあないか!人間狩りをする口実なんてそうはないぞ!
狩りだ、宴だ、角笛を持て!ものども。獲物は意気地のない騎士くずれどもだ!
一気に踏み潰してくれようぞ!」

 ぎょろりとした目を血走らせ、
鼻の穴は興奮で開ききり、
細い青筋が走っている。
口を大きく開けば裂けたように大きい。
 手堅いレオンと比較して、ユンデルは血気盛んな王である。
それは戦場にある彼の、その凶相にも顕れていた。

 「楽しそうにして。
しようがないお人だ。あれはほかの事忘れているんだろうな。 …自分がキングだと言う事すら忘れているのでは、こまったものだが」

 車両での指揮を代行するアレキサンダーが、ユンデルの大声でしびれる耳の穴に指を突っ込んで、溜め息を吐く。
吐いて、反対側の手で、オペレーターのバーベナの肩に廻そうとしたが
バーベナは虫でも払うようにぱしりとアレキサンダーの手を叩き落とした。

 「その真っ直ぐさで、ユンデル卿は戦場を牽引するわ」

 総指揮席で、レオンが水の入った杯を舐めて唇を湿らせて、手を振り振り引っ込めるアレキサンダーを見やる。

 「前線とは言わない辺り…良くご存知ですな、
レオン卿としては御屋形様を信頼なさって、
【道なり】に進む、という尻馬に乗る判断をなさるおつもりで?」

 ちらりとそちらを見て発したアレキサンダーの声の色には妙な含みが有った。
レオンからの具体的な、大きな指示は今のところない、
ユンデルとレオンが懇意なのはアレキサンダーも知っているが、
【道なりに進む】というやや乱暴な、砕けた言い方をしたのは
ユンデルの作る流れのみに任せていていいのかという、アレキサンダーの嫌味だ。

 「ええ。あのケタ外れの闘志は前線の更に先に居る敵を萎縮させ、領域を支配する」

 最も、レオンもアレキサンダーとの付き合いは短くない。
平気で嫌味を言い、人の事を煽ってけしかける。
人を煽って遊ぶ、アレキサンダーはそういう性質を持つ男だが、
それが顕れるのは彼自身の思惑だとか、
狙いがある時だとレオンは知っている。
 だから、レオンは広い両肩を竦めてその嫌味を軽くいなした。

 「闘志ですか。御令息のは、どうなんです?
私の見た限り、そこに関しては、ご令息も負けて居ないようですが」

 ふうんとレオンは軽く息を吐く。

ンンッ、とレオンの横に直立して控えるダトラが咳払いをしてアレキサンダーを牽制した。

 「規格外。規格ではかれない、いわゆる馬鹿…で、あるならば…よ。
戦場、現場でのみ発揮される真価はそこで測るしかないわな…」

 レオンの胸中を、ザノンがアイギスで連戦した事件が掠める。

 親の眼から見ても最近の彼の異常行動は全て論外に無謀だ。
しかし、ただの無謀ではない…その無謀を越えるかのように、ザノンの能力は明らかに肥大化している。
邸の、あちこちがたの来たフラ・ベルジャの操縦を行い、メンテナンスから修理をこなしていただけの秀才が
アイギスに出会ってから、三次元戦闘モードを一度で掌握して使いこなして、
バッソウTSを支配している。

 ザノンが、計り知れぬ、由来を知り得ぬ不気味なものに化生しつつあるのは、レオンも認めている。

それがレオンの声に浮上した。

 レオンの、気持ち低くなった声のトーンを聞いて
アレキサンダーは小さく舌なめずりする。

 ベディヴィアとの一件で目を付けた、姫に従う騎士の一人は明王レオンでさえも測れぬ、手に負えぬ大馬鹿ものかも知れぬと。

 「なら、ここは、左様な戦場です。道なりに行く道も、悪路でしょう。
如何な悪路を行くとしても…そこにどんな嵐が吹いても
我々はレオン卿のご采配を信じるまでです」

 トットと二度コンソールを叩いて、レオンがアレキサンダーの肩を視線で射る。

 「アレックス。わたしが日和見していると思ったのなら率直にそう言えば良い」

 「はは、レオン卿もユンデル卿と同じく、私が嘘つきだとご存知だとおもいますので…
それは、言ってしまったら、レオン卿は却って安心してしまうのではないですか、ねぇ?」

 視線をかわす様に、アレキサンダーはレオンに背中を向ける。
相手を煙に巻いて自在にかわす。アレキサンダーのいつもの挙動だ。
その動きある限り、誰にも、アレキサンダーの真意を捉える事など出来ないだろう。
レオンは、腕を引っ込めて指を顎の下で組んだ。

 「子供が乗ってるぞ」

 傷の騎士団、ビナー派に与する黒いフラ・ベルジャのパイロットが、ハッチを展開したバッソウGFの姿を望遠映像で認め
黒いストールを纏ったフラ・ベルジャに小さく足踏みさせる。

 ストールから顔を出している重ライフルの銃身がぎらりと光って、足踏みをする地鳴りの様な音が、
ごろりと粉砕された道路、傾斜の掛かった上り坂の頂点近くを舐めて、転げていく。

 「少年兵なんて珍しくは無いだろう。…この辺じゃ、どうか知らないが」

 ごん、ごんと音を立ててその音を掻き消す振動が、その背後の下り坂を上ってくる。
フラ・ベルジャの背後にフラ・ベルジャの三分の二ほどの全高の、際立って小さな戦闘車両…【キリング】の正面に塗られた、
ロス・ロボスの狼を象るイングニシアが、
クワィケンや黒いクリスナと共に姿を現す。

 「ははぁ…ありゃ、十代後半くらいだな。大人、大人。
体格も立派なもんだ、あれくらいじゃ少年兵とは言えないよ」

 望遠映像でバッソウGFのハッチを展開しているアッシュの姿を認めて、キリングの操縦士が鼻を鳴らして笑う。

 「あんたたちがカテドラ領で苛めていたテロリスト達はどうか知らんけどね…こっちでは、言うのさ」

 フラ・ベルジャの騎士は、緩やかな下り坂の底辺に有るエネルギープラント設備を見下ろしながら、
キリングの前進を、手を上げて制止する。

 背部に追加ジェネレーターと一体化した情報ユニットを搭載、車輪の横に計四本の楕円形の脚部を格納し、
上下に分割するように展開する主砲である速射砲のカバーを兼ねた流線型の装甲を中心にして、
機関砲を左右に二門ずつ搭載したキリングのその刺々しい姿は
小型ながら異様な殺気を孕んで魔装鎧の群れを従えている。

 「ダィンスレーは何してる…低空飛行で塀に激突でもしたか、…身動きは取れない様子だが」

 ロス・ロボスの所属であるらしきクワィケンが黒いフラ・ベルジャに並んで身を屈める。
遠眼に見るダィンスレーは膝をつき、杖の様についた円筒状の瓦礫を両手で掴んで身体を支えているが身動きをとる様子が無い。
 そのダィンスレーの周りを囲む同系三騎の魔装鎧は稼動しているようだが、一騎は片膝をついてハッチを展開している。

損傷しているものもある様子。

フラ・ベルジャを駆る傷の騎士は小首を傾げた。

 「連中が何していたんだか知らんし、判らんが…
こちとら、危ない橋はわたりたくはない、が…背後から追いかけられるのも危ない。
逃げるか戦うか、どちらがマシだと思うよ…車両のお二人はどうだ」

 フラ・ベルジャがちらとクワィケンを見下ろすと、戦力の中心らしき二人乗りのキリングを振り返る。

 「やるんなら、やる。照準は決まっている」

 キリングを駆る兵士はキャリアの長い傭兵だ。
傷の騎士が把握する限りであれば、彼らは少数民族系テロリスト集団を相手取っての
戦闘の絶えない有数の激戦区である任地から、最近になって異動してきた荒くれ者であるらしい。
素っ気無く、退屈そうに答えた砲手の返事には高揚も怯弱も見えてこない。

 「…連中、前衛から大分離れているようだ。突出しているのか」

 傭兵の一人が、幾度か乗騎のコンソールを叩いて口の片端を吊り上げる。
魔装鎧周辺の霊子の分布が異常に少なくなっている事、
ダィンスレーの装甲の部位ごとの温度差が、
自然には発生し得ないものである事を把握したのだ。

 「ダィンスレーは、動けない。MDMを使って行動不能に陥っている…と思われる」

 「そいつは朗報」

 背中のマウザウア・ライフルを揺すってフラ・ベルジャが半歩踏み出す。

 「一騎は撹乱だろうか、先行して街中をあっちこっちにふらふらしている…」

 「あればかりで先行して、二手に分かれられると踏んだか。実際、この現場、そうできるくらい混乱しているが」

 総勢クリスナ三騎、クワィケン四騎、キリング一台にフラ・ベルジャ一騎の、傷の騎士の一隊が坂の上に出揃って、
眼下の盾の騎士団学徒班の魔装鎧三騎と、ダィンスレーを見下ろす。

 「なんにせよ、時間前に連携されて時間前に突入でもされるのは嫌だね…」

 フラ・ベルジャはストールを払って
一息にマウザウア・ライフルを取り上げると、ボルトを引いて銃身上部から弾丸のクリップを押し込む。

 「フラ・ベルジャHvAはライフルからのウェイスト・マジックによるサポートに徹する。
直撃からの行動停止は勿論、狙うが…
原則、懐に入られる前に、キリングの主砲で着実にしとめてもらうと言うことでよろしいか」

 「エネルギープラントの真横だぞ、本当にやるんだな?」

 「相手はあそこから動けないんだ。そういうロケーションだろ。
…プラントには当てない様出来る限りは考慮するとしようや」

 退くか、進むか。この場にある傷の騎士と傭兵とで混成した一隊のリーダーらしきフラ・ベルジャの騎士は
長髪を手で鋤いてバイザーメットを下ろすと、横着を決め込んで、
攻撃の指示を口にせずに、ライフルのコッキングレバーを動かす音を鳴らした。



 リオーネが、苛立ちを撒き散らすようにチッ、チッと舌打ちを連続して鳴らす。

 「ケェッ、子供が乗っているのを、勘付いたか。狡猾なやつらめ。連中、臆病な分、堅実だ。
石橋を叩いて来る、そういうやつらが向かってくるということは、それだけ分が悪い…が…」

 最低限の視界透過のみ残して
機能を停止したダィンスレーのシステムに頼らず、いち早く傷の騎士の到来に気付いたリオーネだ。

こちらへと散開すると思しき動きを見せる一隊の影を遠くに目敏く見つけると、耳朶に掛けた金属板に指を掛け、
反対側の右手でダィンスレーのコクピットハッチを手動開閉する為の
レバー掴んで力いっぱい下げ落とす。
コクピットハッチはガコンと音を立てるが、鉄扉が歪んでいるのか少々の隙間を作って、引っかかったまま展開せずに動きを止める。

 リオーネの反応より僅かに遅れてバッソウGFがコクピットハッチを展開したまま唐突に立ち上がり、ぐるりと騎体を旋回させる。

 「空気がささくれてる」

 どうしたと問うて返って来たアッシュの呟きは、針の様な殺気を含んでいるとネルには思えた。

 「なによそういうの、今更でしょ…あっち、こっちで戦力が衝突してるんだから」

 「そういうんじゃない、この感じ…」

 敵との距離は、かなりのものだ。
意識していなければ遮蔽物を駆使して、隠れながら進んでいる傷の騎士達の姿を見つけるのは難しいだろう。
自らの直感力を自負するリオーネが、チュッと舌打ちを鳴らして、アッシュの言葉に感心する。

 「何かが俺達を見て、動いてる、感じ…。背筋が、びりびり強張ってるんだ」

 「いい勘だな、学生!貴様、兵隊に向いているぞ!」

 携帯魔装経由で通信を繋ぎ、割り込んだリオーネの大声がバッソウのパイロット達の鼓膜を一斉に揺さぶる。
ゴッ、ゴッと硬い音が通信に混ざるのは、リオーネがコクピットハッチの鉄扉を蹴り付けている音だろうか。

硬い音は何度も続く。
 「何よっ…!居るなら居るって言やいいものを!」

 ネルが、コクピットの中で首を縮めて身構える。

距離と、活動を活発化させたことにより傷の騎士達の一隊の行使する偽装能力は
バッソウRBの索敵能力を下回り、リブラがひゃあと裏返った声を上げた。

 「アクティブな魔装鎧の反応を、発見したっ…」

 「今更何ぬかしてけつかる!」

 バァン、と一際大きな音を鳴らして、ダィンスレーのコクピットハッチが開く。

下を向いたコクピットハッチを、リオーネが全体重を掛けて両脚で蹴り付け
ハッチ内側の鉄板を支えるシャフトが壊れて、鉄板はハッチを叩いてその勢いでハッチが開いたのだ。

 「ほらな!」

 「何騎!」

 鬣の様な金髪を靡かせて、リオーネはコクピットハッチから飛び出ると凹凸で最悪の状況である道路を転がるように走って、それみたことかと笑う。
アッシュが殺気を乗せて飛ばした声が、その声に重なった。

 「傷の騎士団と…ロス・ロボスの騎体が、合計八騎だ、戦闘用らしい車両も一台…!車両は…戦車だ!」

 リブラが戦車と呼んだのは、小型魔装鎧並みのサイズの小型戦闘車両だ。
キリングと名付けられたこの車両は、平地でしか運用できない車両だが、
小回りが利くところから都市内での戦闘に使用されることが多い。
リブラがキリングを戦車と言う分類で呼んだのは、
キリングの重武装…対空機関砲一門と50ma対地砲一門、37ma対地機関砲を四門持ち、
スレイプニルよりもはるかに小型で有りながら
高い制圧性能を持つが故だ。

 アッシュたちは把握していない事柄であるが、集合する傷の騎士団ビナー派は、何台か点在する戦車と合流して
集合場所に向かっていた。
運の悪い事に、アッシュたちが遭遇したのはその中でも。特に大きな規模に属するものだった。

 最も、ビナー派の騎士達とて、アッシュたちが
ザノンとリオーネに引っ張られてこの場所に居る事は知る由もない。
ユンデルのバジユラーがそうであるように新鋭魔装鎧とノーブルマシンは自分達の事を掃討するべく
ここにいるのだとかれらのうちでは了解が成り立っていた。

 「お前の騎体は、防衛魔装主体だな、乗せいッ」

 RBの足元まで走り拠ったリオーネが喚く。

 バッソウRCが庇うように正面に立つと、バッソウRBは膝をついて、コクピットハッチを展開する。
戦場の、焼けるような熱気と夜の冷たい空気が混ざり合って、リオーネと共にRBのコクピットに転げ込むと
リブラは、リオーネがパイロットシートの後ろに入るのを待たずにコクピットハッチを急いで閉め
聊か乱暴に、急いでRBを直立させる。

 右腕を失い、各種火器を満載している為にバッソウRBのバランスは良くない。

 バッソウRBは盾で杖の様に体を支えて、ふらつく体を何とかして立て直す。

 「逃げられないか…!?」

 「いてえっ、逃げたことはねえのか!
立ち上がるだけでふらふらしているような奴なんざ、客寄せで出す、
一等でかい的だよ馬鹿者っ」

 シートの後ろに、頭から落ちたリオーネは、逆さになった姿勢でジタバタともがきながらも、
リブラの呟きを即答で潰す。

戦車の目の前で、浮上して逃げるのは危険だ。
浮上しばな、加速するところを狙い撃ちの的になる恐れが大きい。
逃げるにしても危険な状況である事を把握して、
リブラは針のような痛みを唾と一緒に飲み込んで青くなる。

 「…八騎!まじでッ…」

 アッシュが投げやりに笑う。
空廻って響いた笑い声に続く言葉を、アッシュは見つけられない。
絶句。しかし、アッシュはGFに構えを作らせた。

 「それに、戦車だ…本当に、なんとか逃げられないだろうか…」

 その構えを見ても、リブラの闘志は後退し続ける。
リオーネがシートの後ろからリブラの脳天目掛けて鉄拳を振り下ろして打ち据える。

 「気軽に弱気を吐かすな、心根が竦むぞ!そうら、固くなってる間に、今にもお客が坂の上から来る!」

 光る軌跡が彼ら目指して伸びたのを認めると、リブラが、慌てて盾の魔装を起動する。

 一拍おいて、ロス・ロボスの放ったRBの展開する防衛領域にマジックミサイルが着弾して、
リブラたちの周囲の瓦礫がマジックミサイルの衝撃の余波で吹き飛び、衝突して砕け、建物の残骸と
プラントの塀がびりりと震える。

 「そんなのわかってる!」

 「ナルァヨシァッ!ここの、エネルギープラントを背負え!盾にして相手の手数を減らすんだよ!さっさとしろ!」

 リオーネは、エネルギープラントの塀を真後ろに背負う陣形を指示するが
ネルはぎょっとしてそれに反論する。

 「そんな…下手したら、エネルギープラントが被弾して、当たり所によっては…!」

 都市設備のエネルギーを生産するエネルギープラントは、
魔装鎧や車両と比較しても桁違いのエネルギーが循環している。

だが、これだけ混乱した状態の中、
平時には有効な保安の為の魔法を出力するための機能であるとか、設備が損なわれていないとは限らない。

 ネルの懸念するように、その大規模なエネルギーを生産し、またそれを管理する場所が攻撃に遭った場合、
攻撃の加えられた場所の機能や性質、状況によっては最悪、チェスピの面積の何割かをを巻き込むような大爆発を引き起こすという可能性も有りうる。

 「だからだ!理屈をうるせえ!血の出るような殴り合いの──
返り血で、流した血で、おべべを汚すかどうか気にするのか、あるかそんなこと!
そんな綺麗なモンじゃねえ!理屈は生き残ってから付けろ!」

 「あたし達はそうせざるを得ない…!?人間同士の戦争のリアル…。それはあたし達だって痛いほど判ってる。
でも、それ以外に戦いようは無くって!?リオーネ卿」

 ネルは、バッソウRCにマジックミサイルを発射するためのランチャーを展開させながら
血色を失った顔色でリオーネに食い下がるが

 「今ここにあるのは貴様らとオレの方法だけだ。
たらればの話など何の役にも立たん。
他に助力も、借りる知恵もねえ。
現実、オレの指南できるのはちんぴらのやりようだけよ、
手前らが戦争のやりようを他に知ってるのかい!」

 リオーネは即決の人である。
選択肢を増やして迷う事を、許さない。

 ネルは、ぐびりと唾を飲む。
汗ばんだ手で、左右に設置されたサイドスティックの内の一組を起こして
RCの肘に格納された短いパイル…RCの汎用魔法兵装マジック・ワンドを外側に弾き出す。

 RCのFCSは、RCのその挙動からマジックワンドの魔装行使に必要な魔法を順次起動していく。
兵装チェック、マジックワンドのエネルギー供給をマスターフレームから切断、二次チェック、
セット・ポイント検出、選定、ポイントへのエネルギー・ルート確保、マジックワンドの内蔵ドライブ稼動。
 コンソールの複合ディスプレイには一連の操作からマジックワンドが地面へ打接する準備を完了した旨の文言が表示されて
ネルは、サイドスティックをぎゅうと握る。

 「…リオーネ卿、あたしは…やるよッ!じゃなきゃ…
わたしは邪悪な理由で戦う自分に理屈をつけられないまま、
正体を見つけられないまま死んでしまう!
アッシュ、リブラ!二人ッ!生き延びたいわたしの為に、共に戦え!」

 「お前のためだ?ただでさえザノンに舐められて、お前程度にまでその扱いか!舐めるんじゃねえ!
俺はお前の召使いじゃねえ!いいか、俺だ、俺が、お前らのお守りをしてやるんだ!」

 RCは腕を交差させてパイルを引き抜くと地面に深々と突き刺し、
ネルの言葉に逆上して喚くアッシュのGFは小走りに敵影の方角に向かって前進する。

 「やりあうのか…。この、傷ついたRBで…ごまかしの効かない、正面から…」

 白地の装甲に青のラインを引いたバッソウRBが、
健在な左手で盾を保持したまま動きを止めて、魔装鎧の巨体に怖気を映しだす。

、  リオーネは、シートの後ろからRBのコンソールを覗き込み
バッソウRBの装甲前面に格納されたマルチランチャーがどれも展開しておらず、
両肩の機関砲も上を向いたままなのを認めると、
くすんと鼻を鳴らしてリブラの恐れを嗅ぎ付けて、腰の拳銃を引き抜いた。

 「ジャリガァッ!のか、じゃねえよ。やりあうんだよ!
距離を見ろ、そいつを決めるアドバンテージは既に俺たちにはねえ!
モタモタしてるなら叩き殺してこの騎体は俺が使うぞてめえ!」

 リオーネは、リブラの長い髪の毛をわしと掴んで引き上げてこめかみを銃口で殴りつけ、
リブラの耳元で例の大音声を張り上げる。

 手順を踏んで搭乗者の生体データを登録して、同調する事に拠って操作する魔装鎧のシステムが健在である以上
リオーネが脅し文句で言う様に騎体を奪って直ぐに使うことなど出来る筈は無い。
それはリオーネも了解しているが
ブラフや脅しを使ってでもリブラに構えを作らせねば
この魔装鎧は居ない方がましな荷物になる、と考えたリオーネは苛立ちをリブラに向けて出力する。

 リブラはといえば嫌な汗をかきながら、
でも、だって、どうすればいいんですと言った類の泣き言をリオーネの魔装に返すのが精一杯だった。

 魔装鎧の消耗とパイロットの消耗は同調している。
まして、騎体の操作の為に身体感覚を同調させ、限界に近い防御性能を出力すれば、
魔法エネルギーの流れの中心近く、只中で、その流れを交換するパイロットの消耗も尋常な程度には収まらない。

 「騎体が片輪だろうが、お前が子供だろうが関係あるか!ぐずっているんじゃない!
何もしなければお友達も、お前もオレも、ついでに関係ない奴も、死ぬだけだ!
今有るもので、どうにかするんだよ、お前が!」

 「もう一度…守れるのかッ…RBは…俺、俺に…アッシュ、ネル…!」

 錯乱の断崖の一歩手前に立つリブラの声。
 「そうかい…そんなに」

 リオーネが吐き捨てるように呟いて、拳銃のセーフティトリガーに指を掛ける。

 ちぃッと苛立たしげにアッシュが舌打ちを鳴らし。
GFは右手に銃剣を装着したアサルトライフル、左手に小型盾を構える。

 「…ガタガタ吐かして気を殺ぐな。
俺が全部やりゃ、事はすむんだろう…!
やるよ!
…オメーの分も、全部俺がやってやる!
そしたら文句はネーだろう!」

 白い騎体に、赤いラインでカラーリングされたバッソウの、装甲全面が赤色にじわり変化していく。

 迷彩や味方の誤射を避ける為に使用されるという名目の機能だが
アッシュの頭にその考えはあるまいとネルは首を竦める。

 「リブラ、防衛魔法、当てにするからねっ…」

 ネルの声に、リブラは肩を張って、くっと唸る。

 「…なら…盾の防衛魔法を出力するパターンを変える…!
腕を片方失くして、
出力分配のバランスが悪くなっているから、余り身動きは取れない」

 髪の毛を掴まれた頭を振ってリオーネの手を振りほどくと、
シートに腰を落としたリブラはコンソールにしがみついて指を走らせて
RBの各種ランチャーを起こしながら、
システム上で状況設定の見直しをかけると
RBのフレーム内を巡るエネルギーの密度は徐々に高まっていく。
エンジニアによる遠隔操作ほどの精度ではないにしても
魔装鎧のフレーム出力調整システムが、ジェネレーターから出力されてコンバーターから
変換されたエネルギーをフレームへと分配して、
膨大な作業、必要な魔法の維持と不要な魔法の終了や
程度の再設定を開始する。

 リオーネは、鼻の頭から汗をぼたりと落として、溜めていた息を胸からぶはと吐き出すと拳銃を引っ込める。

 「そおだ、ビビリはそこで見てりゃあいいんだ!」

 アッシュは、自らの気迫を燃やして自らを奮い立たせる。
 元来、アッシュは逆境に強い。
彼は、
危険、失敗、敗北…あるいは、失望の境界線を敏感に察知し、
自らの潜在能力を発揮する特質を持ち、
意思萎える逆境に於いて特に、
勇気と闘志を発揮して逆境に立ち向かう資質に関して
云わば、英雄のそれに通じる才能を有している。

 「リブラ、魔法、物物理の割合、五分五分にして防衛魔法を三十秒展開。
アッシュ…マジックミサイルを出せるだけ撃ち込む!あなたは飛び込んで陽動、いいわね!?」

 「防衛魔法の圏外で、デッドライン。言うまでも無い!
俺は試験はいつも赤点。
だけど、こいつは、
…本番も本番、本番には強いの、俺。
お前らには近付けさせない!ちょっと行ってくらぁ、姫様!」

少年らしからぬ、低い圧しの聞いた声で、アッシュが叫ぶ。
アッシュの声の気迫と、その騎体の赤色が、熱となってネルに暴勇の火を分け与える。

 「任せてやるよッ」

 ネルの返事を待たずに、バッソウGFは走るスピードを格段に上げて瓦礫を蹴散らして走る。
僅かに坂の上を見上げるように頭を動かすと、GFは三次元戦闘モードを起動して、飛び出す。

 バッソウGFは、元来TSに比べて三次元戦闘モードの加速、
駆動部の柔軟性による挙動のスピードは優るが攻撃の為に出力出来るエネルギーは劣っている。
TSがリオーネとの交戦で行った、攻撃の為の著しい出力解放が難しい。
GFのエネルギー伝達経路はTSと比べて
複雑で繊細なフレーム構造に拠って構成されている為、
武器からの高出力でのエネルギー解放は効果が薄い上に、
フレーム、武器の損壊を招き、危険ですらある。

しかし、その、低く抑えられた攻撃力と引き換えに、
GFは対魔装戦闘に於いて、他のバッソウには無いアドバンテージを一つ有している。

 「来るか」

 エネルギープラントを背負った場所から猛烈な勢いで前進する接近戦用の騎体があると認識して
対峙した機動魔装部隊の目がそこに集まる。

 「早い。が…空中だ。プラントを背負って陣取った連中よりは狙いやすい」

 照準システムを呼び出し。GFを狙うフラ・ベルジャの騎士が呟く。
ヒュッと音を立てて、キリングの砲手が口笛を吹いた。

 「飛び出しただけあって、本当に早いな…。特攻か、陽動か…」

 「兄弟、あの赤い騎体の動きをトレース、予測が出来るようになるのにはどの位時間が掛かる」

 「平行してマジックミサイルの誘導を妨害する領域を生成している、二十秒は相応に相手してくれ」

 散開したクワィケンはキリングの防衛魔法展開を催促し、キリングの外部ジェネレーターもそれに答える様に震える。

 アッシュは、腹の底から吼え声を上げて
 水平移動するバッソウGFが、構えたアサルトライフルの掃射を掛ける。

 フラ・ベルジャが牽制に撃った2G炸裂榴弾は、空中でアサルトライフルの弾と接触して暴発し
魔装効果は騎体のFCSによって中断される。
高速で横滑りしたGFはすぐさまその動きに制動を掛け、建物の棟を迂回してその影に身を隠し、
斜め上方にありったけの加速で浮上を掛ける。

 一拍間を於いて、木造のアパートにバタリングラムが着弾し、
弾頭の爆発に拠って、棟が爆炎とともに吹き飛ばされる。

上昇を掛けながら、GFは螺旋を描く軌道で旋回して、GFを追う弾道、弾丸を避ける。
 「ネルが魔装を起動するタイミングを、確保する!」

 加速による重圧を、魔装で緩和しながら
アッシュは紙一重の場所を走る弾道にじりと焦燥らしきものを浮かばせて、
ザノンがポイゾのレクイエンと相対したときの動きを思い返す。

 GFは、武器よりも装甲と機動力に重きを置いた騎体であり
装甲全面に出力されるエネルギーと、装甲に仕掛けられた魔法ギミックは、
TSには行使できないある機能を発揮する事を可能にしている。
 「命中しているのに、びくともしない、ダメージが無い!?そんなに頑丈なの!?」

 少しも速度を落とさずに飛び回るGFの騎影に傷の剣騎士の一人が魂消た声を上げるが、
キリングの砲手がそれは誤認であると喝を入れる。

 「違う…あの騎体、
実際の座標が、見えている場所とずれている。各員、システム上の座標を正確に狙ってくれ!」

 「そうはいっても…!」

 クリスナの照準システムは、新しい騎種や拡張性に富む騎種のものと違って、
独自の、扱いやすい簡易なものを使用せざるを得ず、それは相等古いものだ。

 スモーク弾を装填して炊くか、或いは…空間感覚を数字だけで把握できる兵士、狙撃手の素養があるものが必要だ。

 「ち、生意気な…」
 キリングの砲手は、コンソールの情報に目を走らせて舌打ち混じりに呟く。
飛行パターンの揺れ幅は把握したが主砲の射撃間隔で捉えるには難がある。

 「頼めるか、天目のエール君…?」

 キリングの砲手は、フラ・ベルジャの騎士に水を向ける。
 「わかった、ヤツを狙う…一発当てれば充分だろう。
ルサンチマンの虚像迷彩と要領は同じだ。感触は掴んでいる」

 「良し来た。ライフル弾の魔法で消耗したらキリングの対空砲を打ち込む…」

 唯一のフラ・ベルジャ・ヘビーアーマーが手を軽く上げて仲間にサインを送る。
腰と肩にはジャベリンポッドを装備したこの黒いフラ・ベルジャHvAに乗る青年騎士、
天目のエーム・サウアリーは、
優秀な狙撃手を多く抱える傷の騎士団の中でも
名前の良く知れた騎士ではある。

 黒いフラ・ベルジャの騎士が挙げた、虚像迷彩能力。
ディスプレッサー・タイプと呼ばれる中型ルサンチマンは、
確かにバッソウGFに似た性質の虚像を作り出す能力を有しており
その騎士は実績として、フラ・ベルジャの狙撃で以ってそうした
ルサンチマンに致命傷を与えたスクリプトと戦績を幾つも有していた。

 「ガンナーの方も対策しておいてくれよ、主砲が怖い」

 「呆気に取られていやがるな!GFのミラージュトラック、通用するッ!」

 上下に機動するウィービングマニューバーと呼ばれる挙動に移行したバッソウGFは敵の狙いを外す。

 バッソウGFの作り出した虚像に囚われたクリスナ達は、
その実際の位置を意識して撃つが、姿を隠しながら
反発と加速を駆使して周到に回避運動を取るバッソウGFには命中しない。

 「数に頼るような情けねえ根性のやつらが俺に当てられるもんかよッ!!」

 アッシュのGFのアサルトライフルが唸って、フラッシュハイダーの吐く閃光が、GFの実際の居場所でチカチカと眩く光る。

アサルトライフルから吐き出される弾の雨の、着弾場所は大きくぶれる。
ましてバッソウGFは片手保持で、移動しながらアサルトライフルを撃っている。

 アサルトライフルは精密に狙って敵に当てるような部類の武器ではない。

 「被せて、ブチ当てる!」

 言葉にしたその感覚で、アッシュは撃つ。

 敵のクリスナの一騎を射線中央に据えて、移動に合わせて射角を変えながら、GFはクリスナに集中砲火を見舞う。
的にかけられたクリスナは弾丸を脚部に浴び、二三歩後ずさりながら尚も
弾丸のシャワーをその身に浴びる。
ガガッ、ガァンという装甲の上で爆ぜる騒音が頑強な装甲を何箇所も貫いて、
その内の幾つかはジェネレーターに突き刺さる。

 クリスナが背中から転倒する時には、
ジェネレーターは既に、緊急停止を掛けて、騎体の動きは死んでいた。

 「ひとつ!勢い、次行くぜッ!」

 その勢いを借りて、アッシュは敵の群れとの距離を詰める。

フラッシュハイダーの光った辺りから、アッシュが通り過ぎる座標を、
クリスナの掃射の光が駆け抜けるがタイミングは一秒も襲い。

 地上に陣取るRCは、アッシュの実際の居場所である座標をちらと見上げる。

 そのコクピットの中で、
RCのシステムがアラートのビープ音が反響する。
コンソール上のマップにFCSのメッセージが割り込む。『準備領域に動体進入、ロック。敵クワィケン02…レディ………』
マップに赤い眼を走らせて、
ネルは細い肩を僅かに持ち上げると
ふっと息を吐き出し、
発射可能を知らせるシステムの告知と同時に、
握ったサイドスティックの横についたスイッチを押し込む。

 「…ガン!」

 ネルが押し込んだスイッチは、マジックワンドの魔法実行を実行する。

 小回りを活かして前進し、GFの座標を示す数値が高度を下げるのを待ち受けようと
建物の上に飛び乗ろうと屈んだクワィケンのパイロットは、
せり上がる目前の地面と、システムに拠る警告から生ずる、黒と黄色の帯が重なるのを目の当たりにした。

 「つゎっ…!」

 重心を下げていたクワィケンは、足元の異変を回避しきれず
瓦礫を突き上げて突然隆起した土に足元を掬われ、クワィケンを駆る傭兵は短い叫びを上げる。
爆発の様な音を伴って生じた赤黒い粘土と土の隆起は波の様にうねり、クワィケンの脚は隆起に拠って生じた
裂け目に躓き、たちどころに装甲のあちこちを窪ませた騎体はクワィケンの全高に匹敵する幾重もの巨大な土塊に遮られ、
クワィケンはそれに埋没して身動きを封じられる。

 この現象はRCの兵装、マジック・ワンドに装填される魔法の一種、アース・グラスプを実行した事に拠るものだった。

 「うわっ、凄え!あんなごついアース・グラスプは初めて見た…。
ガンナータイプの魔法の出力、相当だ」

 土塊に囚われた僚友の騎体を振り返ったクワィケンを駆るロス・ロボスの兵士が出力された魔法の威力に呆れて口笛を鳴らす。

 アース・グラスプはセット・ポイントから一定距離の範囲の中で、選定した領域の地面に対して、
任意の場所を流動させる、地面を操作する魔法だ。
瞬間的にエネルギーを連絡して、地面を隆起、または崩落させる。
目標が領域に侵入した際に実行すれば、直撃しないにしてもかなりの確率で影響を与える事の出来る魔法ではあるが、
直撃を現実的に期待できるほどの性能はない。
普及している魔装鎧では進入確定を察知したFCSが機動予測をしてからエネルギーの流動から効果の発揮をするまでに
五秒から十秒とかなりの時間を要するのだ。

 「キリングのスキャンはしばし目安程度…霊子分布に注意、アース・グラスプを行使できそうな場所を避ける。
いいな」

 「役に立つナビだねぇ!」

 騎士の下品な笑いが混じった罵声に警告を発したキリングの操縦士の舌打ちが、通信の最後に混じる。

 「さすが、アッシュ」

 ネルは、シート上部のバイザーを下ろして障害物に衝突させずに、
マジックミサイルを走らせる軌道を計算し、眼をバイザーメットの中で忙しなく動かして、クリスナと、
その後ろに砲塔を覗かせるキリングを残らず照準システムに捉え…魔装鎧FCSが
目標をマジックミサイルの軌道補正、追尾の範囲に捕捉した状態…マルチ・ロックオンにかける。

 ネルは十本指のすべてを駆使して左右のコンソールを絶え間なくタップする。
眼球ははバイザーメットの中で依然、標的を追いながらマジックミサイルの軌道の制限と指定を続ける。

発する禍の光の齎す傷が、ここで暮らす人々に対して何処までも小さくある様に。

 彼女は理想の軌道を追い、求める。

 「最大同時射出数いっぱいで、この細かい軌道…!」

 高低差のある建物の乱立するこの場所で発射するマジックミサイルは、
彼女の拘りからすればそれぞれ凄まじく繊細な軌道指定をせざるを得ない。
路上に人が居る可能性も考えるならば、高度も低く取れない。
高精度の補正支援も受けられない。

 トリスュラの地対空ジャベリンを相手にしたときよりも、目標の数はずっと少ないが…
ネルに取っては、このマジックミサイルの射出と誘導は、そのときよりも苛烈で、ずっと繊細な作業だ。

 ぐうう…っと唸るネルの鼻腔から血が流れ落ちる。
酷使する眼球からは涙が溢れた

 ネルの精神が要求する負荷に対応した能力を得るため、拡張する為に防護服が魔法を発動させて
人体にかかる負荷と束縛の、抑制と解放を調整している。

 体の表層と内側を駆け巡る霊子とマナの奔流が彼女の血の巡りを死なない程度に狂わせ、
細い血管に入り込んだ血液が鼻の毛細血管を裂いたのだ。

 バタリと音を立てて、鼻血は彼女の露出した太股を濡らし、
紅潮した肌が血液を弾いて流れ落ちる。

 ラッシュ状態は防護服に拠って抑制されている。
それでも、なお、訓練中に昏倒した苦い記憶はネルの脳裏を過る。
早鐘の様に鳴る自分の心臓の音、いや、その振動をネルは知覚する。

 ──今は、どうなろうと撃つことのみを考える…。──

 ネルは、トリスュラとの交戦の時の自分を取り出す。
あの、一門の砲として、魔装鎧と深く、深く同化した…あの時の自分の気持ちを。

 水滴が、水に落ちるように。冷たく、大きな存在に自分の存在を融かして…
波紋が消えるのを、一瞬、待つ。

 ネルは自分の心臓の鼓動に耳を澄ませる。
それのみに集中して…
RCのシステムがバイザーメット内部とコンソール上にマジックミサイルの、目標への軌道を提示する。
ネルの、白い手袋を嵌めた細くしなやかな指がコンソールの上を音も無く滑って、
修正した軌道を確定する操作を送る。

 ネルの思考がバイザーメット内で眼を擦り切れるような速さで上下左右に忙しなく走らせ、
騎体外の光景と周辺マップを見比べながら
マルチロックの対象を確定していく。
殆どが、センサーとマップ情報で座標を特定するしかない目標だ。
それも、それぞれ此方の攻撃を避ける為に絶えず移動している…。

 だが、彼女はその、満足に見ることすら叶わない敵を全て
彼女の思考と魔装鎧のセンサーだけで砲口に捉え…見えない敵の動きすら掌握した。
異常に複雑な軌道を指定し、高速で殺到するその魔法の軌道の全てをリアルタイムにコントロールする。
戦場で、誰も省みぬであろう誰も気付かぬであろう、彼女の意思の表現が。
ザノンに匹敵する彼女の才能が炸裂する。

 「なんだ、これは!?」

 前衛として前に出たほぼ全ての騎体が、
一騎にロック・オンされている事に気付いた傷の騎士の操縦士が、ベテランらしからぬ頓狂な叫び声を上げる。

これでは出鱈目な本数のマジックミサイルの雨が降る。

 「冗談じゃない、新型一騎に全て、詰まされてるじゃないか…」

 「──アッシュ、あたしも──一緒に、行くっ!」

 確信の強さが、胸の奥に鋼の如く硬いものを貫き通し、
ネルは眼を大きく見開いて、赤い瞳に力が浮上する。

 ネルの被ったバイザーメットの内側で、ロックオンにかけた目標を示すマーカーが一斉に光って、
バッソウRCの腰部汎用速射マジックミサイル射出ポッドが禍の光を強く、強く纏う。

 カカッとキリングの砲手が笑った。

 「そうか、詰んでたか。いじましいね。一所懸命無駄な事に頭使ってさ」

 ネルのデザインした光の軌道が、敵に走る。

しかし、ネルはその軌道を一目するや、身を乗り出して駄目だっと叫ぶ。

 不吉な未来を予測して発せられたネルの言葉は一瞬の間も置かずに的中する。

 発せられたマジックミサイルが次々と急角度で軌道を歪め、
そこかしこの建物に着弾して
街を蹂躙していく…。

 「マジックミサイルが明後日の方に…!?」

 キリングの積極的防御魔法に拠って、マジックミサイルは軌道を乱された、と一瞬遅れてリブラは知覚する。

 車両の強力なジェネレータが先制攻撃に備えて、攻撃手段を読んで…返し手を張っていたのだ。
迂闊。強力なのは自分達の騎士団の騎体だけではない。
ザノンやリオーネの神機と自分達の騎体の高性能とを見て、自分の心は万能感に囚われていた。
鉄の味と一緒にネルの思考が等倍に拡大された自分達の敵をより深く知覚する。

 「キリング!良くやった!」

 「騎士さんも良くやってくれよ?役立たずと言われないようにサ」

 キリングのジェネレータが、不吉な音を立てて動く。次いで、主砲が横にいくらか旋回する。

 「あのキリングは、改造して霊子戦装備を強化してる…!
最初の頃に何台か作られたタイプだ。
マジックミサイル、ジャベリンの誘導能力は恐らく、無効化されている!」

 「白兵戦にもちこまれる…」

 ネルが、うわごとの様に脳裏を焼く言葉をそのまま呟く。
とてもではないが、この状態では前を向いていても全滅は避けられないとリブラは判断した。

 「アッシュ、下がってきてくれ!
機関砲と…主砲で、牽制する、片腕じゃとても当たらないが、牽制には、なる!
さがって、撤退しよう!」

 「言ってろ!まだこの辺は人がうろうろしてるのが見えんだよ…ッ!
俺が下がる為に、そのでけえ砲を撃ったらお前、この辺は…」

 「ヒーロー気取りをしていられる状況と腕か!
向きになるからジリ貧になってるのに行こうとして!それでお前はいつもザノンに負けるんだ!」

 逆上したリブラが、アッシュの逆鱗に触れる。

 「このッ…何言った!ふざけんなてめえ!」

 アッシュの大声を聞く一瞬前にリブラも、それは言ってはならない類の言葉であった事は把握していた。
しかし、出てくる言葉を、感情を止める事が出来なかった。
 「盾のガンナーめ、プラントを背負っているとはいえ脚を止めたままとは…
狙撃手を知らないのかよ?だったら、思い知れ!」

 バッソウの胎内で、いっせいにアラートが鳴り響く。
RBの情報解析システムが、一拍遅れてジャミング状況下でのシステム補正を開始して
敵方の魔装鎧の狙撃を察知したのだ。
四人が四人とも、コンソールに眼を移してみれば、
ネルのRCを示すアイコンに黄色と黒の警告色で、マーカーが灯っている。

システム同士の干渉によって発生するこのサインは
相手側からの狙撃が今にも成立する状況である事を知らせるサインだ。

 「マジかよ…ッ!」

 アッシュのGFが空中で挙動にブレーキを掛け、
急角度で、高度を変えつつも反対方向に飛ぶ。

 急降下から、ネルのRCを狙う銃弾の軌道にGFは滑り込んで
直後放たれたライフル弾はGFの腰部に着弾する。騎体は装甲を貫通して物凄い火花を上げ、
四肢を泳がせ、態勢を崩しながら騎体は低空を流れる。

 空中に咲いた火花に、ネルが我を取り戻して悲鳴を上げる。

 「アッシュ…!ばかっ!なんてことするのよっ…」

 今度は、アッシュのGFを示すアイコンに危険を示すマーカーが灯る。
コクピットが損傷したのか、
パイロットが大量出血に陥ったのか、
鎮痛剤の投与や、出血の緩和、
呼吸の補助等防護服の緊急魔装のいくつかが稼動する状況である事を示すマーカーだ。

 「…姫様、そうつんつんしなさんな。こんな連中の撃つ弾なんぞ…

大したことは、ねえ…」

 通信に混じるアッシュの声は、明らかに震え、湿り気を帯びている。

リブラは、動転して、何度もアッシュの名を呼んだ。

 「てめーの言う事なんぞに俺が本気で怒っかよ…楽勝過ぎてちっとばかし油断してる隙をつかれただけよ…
しかし…足手まといが、ちょいと、おおいかもしれねえ…ちょっと、うまいことばっくれてくんねえ…」

 RCが足元の瓦礫を蹴り上げる。
マジックミサイルがそこに着弾して閃光と共に瓦礫が四散し、バッソウRCの騎体も後方に吹き飛んで、泳ぐ。

、  「クソが…てめえら、赤い騎体を切って逃げるぞ。一か八かだ」

 防衛魔法に拠って軽微なダメージで済んだか、
騎体のコントロールを回復して、膝をつく様に着地したRCを睨んでリオーネが、声を震わせて呻いた。

 「何、リオーネとか!何言ってる!」

 リブラが、我を忘れてシートの裏を振り返る。
すかさずリオーネの鉄拳がリブラの頬をしこたま打った。

 「うるせえ!俺だってンな胸糞の悪い、意気地のねえ事は言いたかねえ!
テメエらが能書きこいて足引っ張ってるから赤い騎体はやられているんじゃねえのか!
てめえらみてえな空気の読めねえ駄々っ子、クソガキが死にゃいいんだ!
だがそれは赤い騎体の野郎の本意じゃねえ!一等前で命を張ってる野郎の気持ちを汲め!」

 地面に爪先を着いて、脇腹に風穴の開いたGFが殆ど棒立ちの姿勢から、アサルトライフルを構える。
 「リオーネさんよ、やれんだよ、俺はよ。
こんな連中、眼中ねーし…。
ただ、ちょっと今1ミスこいたので、ほんのちっとだけ余裕が減ったからよ…。
頼むぜ…本当。時間だけは稼いでやるからよ」

 風がコクピットの中に吹き込んで、澱む。
損傷から来るフレームの歪みから、左コンソールの支柱が折れて
狭いコクピットを覆う装甲板が裂け、それはシートまで伸びていた。
コンソールに映るアッシュは青い顔で、汗ばかりが滝の様に流れている。
脇腹から腰の辺りに触れた手でコンソールに触れると、そこがべとりと血液で汚れた。
ただ、コンソールに反射する眼光はダイアモンドの様に妖しく光っていた。

 キリングの主砲が、その眼光を内包するGFを照準に捉える。
アッシュは、肌でその殺気を感じてそちらをじろりと睨んだ。