05.Arm of Xanon





 ガアン、と今や魔界との隔たりと化した九番ドックの壁がけたたましく叫ぶ。  ザノンはアイギスを立ち上がらせると先ずはアイギスの頭部をそちらに向けて左手薬指の部分に当たるパネルを三度叩いて
センサーを走らせる。
アイギスの霊子感知センサーは、そこに彼らの敵ルサンチマンがいることを告げる。

 「アイギス…ひとの盾」

 また、亡くした妹の顔がザノンの脳裏をよぎる。

 ザノンは頭を振って頭の中からその日の忌まわしい記憶を振り払うと、通信を開始する。

 「学園所属、ザノン・シールとノーブルマシンのアイギスが、九番ドックから出ます!
各員、識別コードの登録をお願いします!」

 ドックの壁が、轟音とともに膨れ上がって、裂け、弾けとび、破片となった壁が、鉄と石との雨となってあたりに降り注ぐ。

 ルサンチマンが攻撃魔法で壁を破ったのだ。

  「来るならば、迎え撃つ!」

 ザノンはアイギスの機体を旋回させ、壁を破って姿を表した敵を目視する。
少年は身震いを一つすると、歯を食いしばって覚悟をぐいと胸に押し込める。

 肋骨の痛みも今は炎の様な感情に押し込まれて、灯台の灯火のように遠い。

 アイギスに構えを作らせようとザノンは意識を集中させるが、アイギスは思ったように答えない。

 シビリアーとは体長のバランスも、各部の比重も違う。
イメージする事によって操作系統と自分の意識を同化させる事が肝要な魔装鎧とは言っても、
まったく種別の異なる機体を操るならば知識としてそれを知っておく事をせずに、同じ感覚で操作を始めようとしても
当然、違和感は否定する事は出来ない。

 「くっ…こいつの身体、末端がフラフラして
…定まらない!?言う事を聞かない!」

 いや、違う、とザノンはすぐに頭の中で今発したその言葉を打ち消した。

 答えすぎるのだ。

 ぐにゃりとして、いきどまることのない四肢の操作感は
ザノンの慣れ親しんだシビリアーの操作感とはまるで異質なものである。

 しかし、異質なものであろうとなんであろうと…自分はマシンに乗って敵と対峙している。

 ねじ伏せてでも使わなくてはいけない。

 アイギスのゆらゆらとぶれる四肢になんとか構えを作らせると、ザノンは、き、とルサンチマンを見据える。

 ルサンチマンの頭頂部までの高さは、アイギスより少し劣るだろうか。

 いずれにせよ、寄生型ルサンチマンとしては類を見ないほどに巨大な敵である。

 牛のような骨太な身体を持つ、
大柄な四足歩行型ルサンチマンは、構えたザノンに猛然と正面から殺到する。

 『使う力は少しでいい、相手の力を使うんだ』

 ザノンは、グレンの教えを思い出して
アイギスの左椀部をすると伸ばすと、突ッ込んでくるルサンチマンの頭部に触れるや否や、
いなすようにその左椀部をくるりと回して、相手の後頭部をアイギスの掌で抑えると、
アイギスの機体を旋回させ、しゃがむような動作で相手の身体を床に押さえ込む。

 「アイギスこいつ…この感覚、人間以上にスムースなんだ」

 ザノンはすかさずしゃがんだ姿勢のまま、相手の首をアイギスの膝で押さえると、
真上からアイギスの拳を釣瓶のような勢いで振り下ろす。

 八つの眼と角を持つルサンチマンが、一撃で頭骨らしきものを砕かれて哭く。

 哭いたルサンチマンの口からちろりと、炎らしきものが漏れた。

 「これだけじゃあ、だめだ!…アストランさん、そこ、どいて!」

 アイギスは立ち上がると、ルサンチマンのむき出しになった脇腹に思い切り蹴りを入れて、ドックの入り口まで吹き飛ばす。

 ずうん、と地響きを立ててルサンチマンの身体が床に叩きつけられると、
巻き込まれそうになったアストランが危ねえなこの野郎、と悪態を突く。

 「今、そいつを外に出します、どいていてください!」

 腰の太刀の一本をぬき払うと、ザノンのアイギスは、蹴り飛ばしたルサンチマンに殺到する。

 『いいか、お前の身体が剣を振るんじゃない、剣の方がお前の体裁きで振らせている…
つまり、自分は手に持った剣の方なんだと考えろ』

 ザノンは、騎士クロウス・アーメイの言葉を思い出した。

 立ち上がったルサンチマンの巨体を、アイギスの奥の手から繰り出された太刀による突きが刺し貫く。

ルサンチマンを柄物で刺し貫いたアイギスは両手を突っ張って
体を開き左の掌に当たる部分を太刀の頭金に火花の出る勢いで押し付ける。

 「…持ち、上げる…」

 ザノンは、呟くと剣を持ったアイギスの右肩と右腕をぐいと上げさせ…
刺し貫いたままのルサンチマンの身体を高々と持ち上げさせた。

 「うわ、すげえ…」

 下からその光景を見上げていたアストランが思わず感嘆の声を上げる。

 定まらぬアイギス身体動きに芯を一本通す事をイメージし…
 ザノンは慎重に一歩、二歩、とルサンチマンを持ち上げさせながら、アイギスをドックの外へと歩みださせる。

 抗うが如く、ルサンチマンは四肢をばたつかせるがアイギスには届かない。

 「精度は不安があるけど、膂力は十分にある──なら、やれる!」

 ドックの入り口をくぐって外にでた辺りで、ルサンチマンが溜まらずに
無理やり上に向けられた口から、爆発かと見まがうような炎の塊を吐いた

 「往生、してもらうッ!」

 さッと昼間のような明りに照らされ、大喝したザノンのアイギスは左手で相手の顎を掴んだと思うと、
一息に太刀を引き抜いて、今度は瞬きも許さない速さで、ルサンチマンが地に落ちる前にその体を一刀両断にする。

 息着く暇もなく、今度はそのルサンチマンの屍の向こう側に
上半身だけになったフラ・ベルジャの機体がザノンの眼前に吹き飛ばされてくるのが見えた。

 両断され、溶けるように消えうせていくルサンチマンの身体を踏み越えて、ザノンはその向こうの敵たちを見据える。

 ザノンの額に、じわと汗が浮いた。胸の痛みが心臓の鼓動と調子を合わせて二重奏となる。

 「なんて数…ここを中心に集結しているとしか思えない」

 そうザノンが呟くほどに、暗闇の中に見え隠れする敵の影は多く
…魔装鎧と歩兵の兵団も彼らを押し返しきれずに…いや、押されてさえいた。

 ザノンはぎゅっと唇を噛むと、キューン…という高い音を立ててなにかが空中で光るのに気づく。

 「こちら、学園所属一年支援車両指揮のヘキサ・ブレム!
敵集団の後の方に支援砲撃かましたからな!魔装鎧の連中も無理するな!」

 入った通信にザノンは勇気付けられて、一歩を踏み出す。

 違う棟から打ち込まれた砲弾の雨はヘキサの言葉どおり
炎の雨となって、ルサンチマンを着弾の轟音とともに次々と灼いていく。

 「ウーネル!誰か、手近な奴!ウーネルがやられてしまう!」

 炎の雨の中入ったフェザーの通信を聞きつけてザノンがセンサーを走らせ、識別コードを探す…。
 …見つけた!確かに、ルサンチマンの群れに囲まれて孤立しているフラ・ベルジャが一体いる!

 先ほどと同じくらいに巨体のルサンチマンにフラ・ベルジャは首を掴まれて持ち上げられている、確かに、これは危ない。

 「フラ・ベルジャの五番ですね!アイギスが支援します!」

 ザノンのアイギスがぐ、とかがみ込んで大きく前方に跳ぶ。

 フラ・ベルジャ六番機はザノンの声も耳に入らないように
アサルトライフルを敵の群れに向けて乱射するが…まだまだ、敵の数は多い。

 弾丸は肝心の五番機を締め上げている敵には届かずにその前のルサンチマンを打ち倒すばかりである。

 「な…なにこれ!?」

 ザノンは機体が跳躍のピークに達した辺りで叫ぶ。

 高すぎる。

 まさかこれほどに高く飛べる機体だとはザノンは思っても見なかった。

 三次元戦闘モードが起動しているのか…?

 ザノンは着地するまでの間に、頭上からルサンチマンを攻撃する方法を探す。

 「武器検索…いいぞ!対地マジックミサイル四門!シビリアーにはない装備だけど!」

 ザノンはコンソールの上の手を素早く動かし、自由落下をしながら照準を呼び出し、目標設定をする。

 「軌道も指定…。フラ・ベルジャを避けて…ピンポイントに、行けッ!」

 アイギスの腰アーマーが跳ね上げられ、発射口から閃光が尾を引いて、打ち出され…
一際巨大なそのルサンチマンに、一瞬に殺到する。

 光の槍が、ルサンチマンの伸びきった腕を切って落とし、ついで頭から胴を串刺しにする。

 「…よし!あ…わ!?…着地!姿勢制御!」

 フラ・ベルジャが敵から逃れるのに気をとられたザノンは
慌ててアイギスの体勢を立て直そうとするが、遅かった。

 アイギスはズウン、という音ともに大の字になって顔から地面に着地する。

 「…わ…、さすがに、これは、きく…」

 揺れによるショックにうう、と呻いてザノンは機体損傷をチェックするが、
ショックを緩和するフィールドが有効なままなのか、機体はほぼ無傷だった。

 立ち上がろうとしたザノンは、フラ・ベルジャ六番機の弾が頭上を掠めて飛んでいくのに肝を冷やす。

 「ウーネル!無事か!ウーネル!」

 「騎士だっていうのに…見えてない!今の、ちゃんと見てなかったの!?」

 六番機のパイロットが我を失ってあげた声に、五番機のパイロットが苛立ったように通信を返す。

 「う、撃たないで下さい!立ち上がれません!」

 ザノンもタイミングを計って通信を送ると、慎重にアイギスを
起き上がらせ、周囲のルサンチマン達を睥睨して、太刀を構えさせる。

 そのアイギスに飛び掛ろうとしたルサンチマンが一匹、
ついでその周囲のルサンチマンが二匹、三匹と銃弾で脚を止められる。

 「…アイギスとかいうのに乗ってる子!今の、凄かったね、ありがと!」

 フラ・ベルジャのパイロットからザノンに通信が入る。

 恐らく後方からアサルトライフルで支援を開始したのは彼女だろう。

 前方からも、今度は方向を見定めたフラ・ベルジャとシビリアーの支援射撃が開始される。

 「ええ、こいつ、凄いみたいなんです」

 ザノンが言葉を返すと、アイギスの足元のルサンチマンの
火炎攻撃魔法を横に歩いてかわし、ルサンチマンを前蹴りで蹴り飛ばして追い払う。

 吹き飛ばされるルサンチマンを
アイギスの太刀は空中で二つに両断すると、返す刀で背後のルサンチマン二匹もなぎ払うように斬り捨てる。

 ざ、とステップをふんで機体を旋回させると機体の脚を開いて
身体を沈み込ませ…アイギスは敵の群れからすり足で間合いを離す。
 尚アイギスに迫ろうとする敵の群れがシビリアーのアサルトライフルの銃弾に貫かれる。

 今度は背後の敵をアイギスは低い姿勢のまま、ぐるりと旋風のように機体を旋回させてその手の太刀で切り払う。
アイギスの挙動は連続した動作であれば、自分の腕でもブレは少ないとザノンはまず感じる。
何より、連続動作がシビリアーと比べ物にならないほどにスムーズであるとも。

 「少し、なじんできた…言っては見たもののこいつ、本当に凄いぞ…」

 二本足で歩く猛獣を、自分の手で操っているようだ、とザノンは感じた。
それほどまでにアイギスの動きは鋭く、自分のイメージを汲んでくれる。

 アイギスの動きを確かめるようにザノンは
次々と群がる小型ルサンチマンをその太刀の餌食にしていく。

 二匹、三匹とルサンチマンを斬り捨てるうち、
ザノンの胸中にはこのルサンチマンたちも

すべて…元は人間だったのだ。

 という想像が頭をもたげ始める。さすれば、剣は鈍り、
アイギスの腕にルサンチマンが一匹、しがみつく様に取り付く。

 まずい、とザノンが感じた瞬間にはもう二匹目が背中に取り付いていた。

 さらに覆いかぶさるように、二体、三体、とルサンチマン達はアイギスに取り付く。

 動きが止まったアイギスに魔法の集中砲火を浴びせようと、
アイギスに向かってルサンチマン達が大口を開ける。

 「あの子、まずいよ!突っ込んで助けないと!」

 ウーネルがフラ・ベルジャの腕を払って、
弾の尽きたアサルトライフルを捨てると、背後に背負った槍を構えさせる。

 「あんな所つっこんだら、ミイラ取りがミイラだぞ!やめろ、ウーネルッ!」

 ウーネルの姿勢を見て取ったフェザーが叫ぶ。

 「見殺しにしていい味方がどこにいるわけ!?」

 「ウーネル!聞き分けろよ!」

 舌打ちを鳴らしてフェザーが大喝する。

 「なかよしこよしをやってる場合じゃないぞ、先輩達!
あそこにいるのは俺の友達なんだぜ!」

 アッシュのシビリアーは勇敢にもアサルトライフルを撃ちながら、敵の群れの中を突き進んでいく。

 とはいえ…ザノンがいるのは何せ敵の群れの中心である。アッシュがシビリアーに俊足を見せても間に合いそうにはない。
これだけの数に集中砲火されては
この機体がいくらノーブルクラスでもただで済む保証はない。

 ザノンは背中に冷たい汗をかくのを感じた。

 「エクスカリバー!白い鎧のノーブル、誰が乗っているッ!」

 聞き覚えのある声がザノンの耳朶を打つ。

 「グレンさん!?こいつはアイギスで、僕はザノンです!」

 上空から放たれたグレンのダィンスレーRのハンドガンの弾が、
魔法を放とうとしていたルサンチマンの内、二体を貫く。

 とはいえ、この状況では、フラ・ベルジャやシビリアーの支援、
ダィンスレーの支援とて焼け石に水となって間に合いようもない。

 「ザノン君か…!細かいことは後だ!
その機体になにかあるのだけはまずい、エクスカリバーのMDMを使え!」

 「MDM…武器検索!?」

 ルサンチマン達の放つ怒涛の魔法が、津波となってアイギスを襲う。

 アイギスの白い機体が、炎に飲み込まれる。

 「…魔法防御!アイギス!十秒持たせてくれ…!」

 殺しきらない熱と衝撃とで灼熱の地獄と化したコクピットの中でザノンが呻く。

 コンソールの上に警告表示と、エラー表示がいくつも重なる。

 「MDM…エクスキューショナー…?」

 装備された死刑執行人の名を冠した武器の名前を見て、ザノンは一瞬、戸惑う。

 法の裁きを、一体誰に?
普通に考えるならばルサンチマンだろう…。
けれど、自分達より強い生き物の群れに、非力な者の法が通用するのだろうか。

 しかし、こんな事を思う間に身を焼かれて融けてしまっては盾になるも何もない。

 「くぅ…っ、メガ・ディストラクション・マジック、エクスキューショナー!
使役者権限で…来いッ!」

 ザノンの叫びを受け入れたのか…
アイギスののっぺらぼうの顔の、眼に当たる装甲部分が赤く変色する。
そしてその白い機体の足元からは…炎を飲み込むように青い炎の様に揺らめく可視光が立ち上がる。

 先ず、アイギスのコンバーターが核となる鉱物をエネルギーに変換する速度を上げ、
次いでそれに反応したジェネレータが鳴動し、コンバーターに収納された原動力用の構造体では賄い切れないエネルギーを
ジェネレータは外部にも求め…周囲の気温が急激な速度で低下する。

 バキン、と音を立ててアイギスの足元に霜が張った。

 霜がはるのと入れ替わるように、
アイギスに取り付いて炎上していたルサンチマン達の身体を包んでいた炎が消えていく。

 だぁん、と大地を揺らし、ダィンスレーRが着地する。

 着地と同時に左右にいたルサンチマンはダィンスレーの持つ、柄の上下に刀身を持つ得物で膾切りにされていた。

 「敵を可能な限り意識で捉えるんだ!」

 アイギスの周囲を取り巻く異様な青いオーラはやがて、
アイギスを中心に、無数の剣の形を取り…宙を漂い始める。

 ザノンはグレンの言葉を聞いて、荒い息を吐きながらも前後左右を睥睨する。

 「…盾よ…」

 不可思議な静寂が、辺りを支配する。青い剣を数え切れないほどに
支配する王となったアイギスの周囲のルサンチマンは金縛りにあったように動けず
フラ・ベルジャも、シビリアーも、グレンを除いて誰一人として
その光景を呆然と凝視するしか出来る事はなかった。

 急激に命を吸われるような虚脱感がコクピットの中のザノンを襲う…。
後退した意識が闇の中に転がり落ちるのを寸前で堪えてザノンは半分無意識に一声呻く。
遠のいていく意識の中で、彼はイブの笑い顔と、ヒサノやヘキサの声と…
抱きしめられた時に感じた生あるメイジェン人間の熱とを回想する。

 『生きていくんだ、私たちは。人間の作った世界を失わない為に』

 メィジェンの言葉を、ザノンは口の中で繰り返す。

 そうして、レバーを引いたザノンは残る意識を収束させて爆発させるように絶叫した。

 「業を食らう剣でッ!」

 ザノンの叫びに答えて、今や数百本の剣となった青い光は雨となって空を裂き、
瞬く間に周りのルサンチマンを次々と刺し、貫いていく。

 「…これは…!」
 何がその声を上げさせたのか、グレンが思わず驚愕の声を上げる。

 ルサンチマンは剣にその身を貫かれ、オーラに焼かれると蒸発するように次々と消え失せていく。

 「あいつが…あいつの…エクスカリバー…?」

 フラ・ベルジャ四番機、フェザーが凄絶を極める光景に、うわごとのように呟いた。

 「いや」

 その呟きを聞きつけたグレンがすぐさまその言葉を打ち消す。

 「アイギス、さ。あの子がそう言っていただろう?フラ・ベルジャ六番機の…
ええと、一等準剣騎士のフェザーくん、かな?」

 「あ…はっ、グレン卿!お眼にかかれて幸せです!」

 (エクスカリバーかアイギスかはともかくとして
…MDMとはいえ、…威力がこうまで出るなどと…
あれがエクスカリバーだから、という事だけが理由ではあるまい…)

 グレンは内心に舌を巻く。

 ちら、とアイギスの方を見ると、ザノンのアイギスは
今の魔法でオーバーロードしたのか、敵を殺しつくし、
未だゆらゆらと大地に揺らめく巨大な剣の林の真中で、
力尽きて膝を地に付けるところであった。

 「あの子!大丈夫なんですか!?」

 フラ・ベルジャ五番機パイロット、ウーネルの声にハッとなったグレンは、いかん!と叫ぶ。

 ザノンは生身でのルサンチマンとの交戦で肋骨を折られているのだ。

 万全な状態でも、パイロットに凄まじい負荷を強いるMDMを使わせてしまった自分を、グレンはいまさらの様に悔いた。

 「ザノン君、無事か!?無事なら返事をしてくれ!」

 グレンの呼びかけに、答えるものはなかった。

 グレンも自分のダィンスレーRのコクピットハッチを展開させ、ダィンスレーRの膝を地に付けて、機体から飛び降りる。

 「支援車両!アイギスの外部からハッチ、ロック解除許可信号を出してくれ!」

 「学園所属、ヘキサ・ブレム了解しました!」

 支援車両から戦況をモニターしていたヘキサも
事態が尋常でない事を把握して、グレンに慌しく返事を返す。

 遅れて、周辺一帯に敵影がないことを
確認した魔装鎧のパイロットたちも、機体を降り、歩兵達とともにアイギスに駆け寄る。

 解除完了しました、との通信を受けて、アイギスの腿に飛び乗ったグレンがハッチ開放用のレバーを握る。

 「ザノン君、ハッチを開くぞ?いいな!」

 ガコンと重い音を立てて開放されたハッチの奥に、ザノンは抜け殻のような態で、
シートから前のめりになって、コンソールの上にその小柄な身体を預けている。

 「ザノン!」「アイギスの子!」「ザノン君!」

 死んでいるのではないか、と見えたその身体が
少し揺れたのが見えて、コクピットハッチを覗き込む全員が安堵の溜め息をつく。

 グレンが手を伸ばし、シートの上のザノンの身体を起こす。

 気を失っているが、噛み締めたザノンの下唇からは血が流れ、鼻腔からも血が流れ出ている。

 少女のようなあどけなさが残るザノンの顔に滲んだ凄絶な痕跡に、
グレンはいわれのない罪悪感のようなものが胸に棘となって刺さるのを感じる。

 「…よく、頑張ってくれたな」

 グレンが呟くと、アッシュが周囲を見回して、背後を振り返る。

 「日が出てる」

 本当、とウーネルが振り返って長い金髪に手櫛を通してかき上げた。
フェザーは他の兵士達を掻き分けて、ウーネルの傍に来ると、ウーネルの横に並んで立つ。

 「市内のは片付いた?ルサンチマンは殆ど学校に集まってきてたみたいだけど、
警邏組で支援の必要なところある?」

 「楽勝っすよ、メィジェンの姉さん!」

 「嘘付け、グラデスの右腕いかれたくせに」

 親交のあるモアブと、ガラからの通信を聞いてメイジェンは
東棟の校舎の傍の植樹に腰を下ろすと、あはは、と屈託なく笑う。

 「後は、心配事は前線と傭兵部隊だね。魔装鎧隊には
お呼びがかかるかもしれないけど…市内のドンパチは納まったから一端よしとしないとね」

 「でもさ、俺らが散々手こずった連中をまとめて片付けちまうなんて、MDMっていうのはすげえんだな」

 「あんな威力が出るのはハイ・ノーブルの機体だけだっていうけどね。
まぁ、正直見る機会は少ないほうがいいよ、ってあたしは思うな」

 校舎の向こうから、明りの灯った東の空を眼を細めて一瞥すると、メィジェンはそう呟いた。