06.knigtsgard





 小高い丘のようになった地点から、エクスのデアブロウは物々しい牙の生えた面を起こし、遠方の、混沌そのものを現世に顕した様な異形達のシルエットを見据える。

 コクピットの中のエクスは、ボディスーツの襟に畳んであった防塵マスクをぐい、と
鼻まで上げて引ッ掛けると、フリッツヘルムを被る。
防護服とカラーリングを合わせた黒いフリッツヘルムは、所々塗装が剥げ落ちた場所に鈍いハイライトを作り出し、
傷跡の窪みは過去の戦闘を言外に語っている。ゴールデンコヨーテ達は生身で戦う機会も、少なくは無かったのだろう。
とにかく、フリッツヘルムと防塵マスクに顔を殆ど遮られる事によって、
エクスの猛禽の眼光はより一層鋭い…暗闇に燃える炎のような凄みを帯びて、燃えている。

 「戦闘技術というので商売してるんなら」

 エクスは、デアブロウの巨体に膝をつかせると、デアブロウの肩に吊り下げてある巨大なライフルを構えさせる。

   このデアブロウ、元はフラ・ベルジャのフレームを改造したものであるが…殆どその原型は留めていない。
いわばオーダーカスタム・アンコモンといった態のマシンである。

頭部のセンサーを強化し、四肢、腰部も交換して、さらには
ジェネレーターのエネルギーを直接打撃武器に回すよりも単純な腕力や脚力に回す事によって、
サイズに比して重い実弾射撃武器をいくつも携行することができるのがその最大の特徴であるが
改造によって装甲は薄くなり、防御の為に使う衝撃緩和フィールドの出力も弱くなっているし、
力があるといっても武装を含んだその自重は相当重く、小回りは効かない。

 利き手と反対側の肩に背負った折りたたみ式の盾が展開して、
膝をついて照準するデアブロウを守るように地面を強引に抉って突き刺すように固定される。

 「プロならではってところは売り込んでいきたいよな」

 エクスの構えた大型ライフルのマズルブレーキが火を噴いて…、ニュクス・タイプと呼ばれているルサンチマンの
イソギンチャクのように無数の触手を生やした異形のシルエットの、城壁ほどの全高さを持つ巨大な影の一つを捉える。

 それを号砲としたかのように、
背後のオクトパスも砲撃を開始し、平地に下ったクワィケンとマツカブイも猛然と敵に向かって前進を始める。

 相対する小型ルサンチマンの先鋒の群れは、今や眼前を覆いつくさんばかりに増えきっていた。

 まず、先鋒をつとめるジャック、サム、ユーンのクワィケンが
小型ルサンチマンの群れを射程に捉える。射程に捉えると、三機横隊はは真っ直ぐ前進することをやめ
横に流れはじめる。

 ジャックのクワィケンのアサルトライフル下部に据え付けられたマルチランチャーから、
なにかが射出され…空中で軽い爆発音を立てて射出された弾は展開する。

 サムのアサルトライフルが自分たちの進路に回り込もうとする小型ルサンチマンを先回りして叩き潰し…
ユーンのアサルトライフルは同様に、反対側から追いつこうとするルサンチマンを粉砕していく。

 空中で展開した弾は巨大なネットとなり、中央のルサンチマン多数を捉え、拘束する。

 「いただきます、とくらぁ!」

 マルコの、ぬきんでて巨大な機体…マツカブイはその巨体をさらに凌ぐような巨大な両手持ちの戦斧を携え、
クワィケン三機のやや後方から走りながら肩に下げたランチャーポッドを起こし、展開させると、
両肩合わせて六発のマジックミサイルを放つ。

 アイギスの放ったマジックミサイルよりも一発の威力は相当高いもの、と見えて、
アイギスの放ったものよりふた周りも大きな光の槍が、
大きな弧を描いてネットで動きを止められたルサンチマン達に着弾し、ルサンチマンの群れはまとめて爆砕される。

 ばらばらと肉の雨の混じる着弾の煙の向こうから、今度はマツカブイを凌ぐ背丈の二本足のルサンチマンが猛然とこちらに迫ってくるのが見える。

 雷撃魔法を放とうとしたそのルサンチマンの巨大な口を
エクスのライフルの弾が捉えて、ルサンチマンの頭から上半分はボスッ、という音を立てて肉片と化して吹き飛ぶ。

 マルコはそれを了解すると、マツカブイの進路を変え、頭を失ったルサンチマンに殺到する。

 そこに食いつこうとする小型ルサンチマン達はクワィケンたちのアサルトライフルで弾き飛ばされていく。

 中型ルサンチマンはマツカブイを迎え撃とうと、
頭を失った体の四肢で構えを作るが、大上段から叩き落すように振り下ろされた
マツカブイの戦斧はそんなことはお構いなしにルサンチマンの異形のシルエットを粉砕する。

 「ウォーリアタイプ一丁撃破!」

 前に出張ってきたルサンチマンを仕留めるとマツカブイは胴にしかけた機関砲で周囲の小型を牽制しつつ、後退していく。

 もっとも、その牽制がなくても小型ルサンチマンは
オクトパスの長距離砲撃によって隊列を寸断され、ばらばらにされているのだからなかなか追う足にスピードは出せない。

 「浄滅数、中型1、小型38ってとこだ。大型を叩いたら出ッ張ってくる、セオリーどおりそいつらを減らしていくぞ」

 エクスの通信を受けて、マルコのマツカブイが肩を揺すって、使い終わったランチャーポッドを切り離す。
そうしておいてマルコは地を蹴ってマツカブイを後方にジャンプさせる。
その直後に今、マツカブイがいた辺りの地面を砂塵を巻き上げルサンチマンの放った雷撃がえぐった。

 丘の上では、デアブロウが対空砲を展開させ、空中の敵にも対応する準備を終えたところである。

 「ペイン隊の到着予定は、どうなんです?」

 ジャックがクワィケンの進路を変え、今度は戻るように横走りを始めるとエクスに問う。

 「もうちょっとで、スレイプニルの長距離砲撃の射程内に入るようだ!
前衛の合流にはまだかかるが…十分粘れるだろう!」

 「大型が大挙してつっこんでこなきゃあ、ですがね!」

 「そういうこと!減らし過ぎないようにペース配分!」

 





 「馬鹿」

 マリーの手にした銀の盆がザノンの頭を軽く打って震える。

 「痛ッ」

 マリーに頭を打たれ。医務室のベッドに腰掛けたザノンは思わず声を上げる。

 「あなたねぇ…幾らなんでも無茶苦茶しすぎよ?
そんな身体で魔装鎧に乗った挙句にノーブルのMDMまで使うなんて…」

 マリーはあきれたように首を振る。

 「緊急事態だったからじゃないですか、別に褒めてほしくてやったわけじゃないです…」

 「わかってないのねぇ」

 マリーは盆を小脇に抱えると人差し指を立てて横に振る。

 「ルールはルールなんだから、
誰も注意しないと貴方はこれからそうしてもいいものなんだと調子にのる、
調子に乗ったら、命を危険にさらす。
人間は集団戦の生き物よ。
集団の中で欠損がでたら、周りの負担が増える…。
スタンドプレーで、一人だけハイリスクを背負うのは、周囲に迷惑を掛けることなの。
戦闘だけじゃなく、日常でもね。
判りやすくいうならKYっていうやつ。
だからスタンドプレーで戦果を挙げたとしても、先ず貴方のスタンドプレーの分を大幅減点しなきゃいけない。
判ってるかしら?」

 「…マリー先生が、先生だからそういう風に言うものなんだって、わかってるつもりですけど…
アイギスは、僕に馴染んでくれたみたいなんです」

 「貴方…あのマシンに夢中になってるわね…?そんなことでは、
同じようなことがまた有った時に、スタンドプレーに走ったら命を落とさない保証は誰も、してくれないのよ?」

 マリーが、ザノンの慢心を覗き込むかのようにぐ、と顔を近づけてその瞳をじっと見つめる。
そうしておいてから眼をつい、逸らしてしまうザノンをみて、マリーが溜め息をつくと、医務室のドアがノックする音が響いた。

 どうぞ、とマリーが答えて、引き戸は引かれ…医務室に入室してきたのは、グレンだった。

 開け放したままのカーテンから首を出してグレンの様子を伺うとマリーはあら、と意外そうな声を上げる。

 「お久しぶりです、マリー・ワンド」

 「前線は、いいの?まだ学園に残っていたとは思わなかったわ」

 市内のルサンチマンは浄滅したとはいえ…市外を進軍してくるルサンチマンの兵団はまだごっそり残っている。

 グレンはもうとっくにそちらにUターンしたものだとマリーは思い込んでいた。

 「それなんですがね…実は極秘にしておいてもらいたい
懸案事項があるのです、ああ、ザノン君にも聞いてもらいたいが…」

 グレンは、ザノンの方も一瞥すると、美しい細工のような眉間に一瞬皺を寄せ、切り出しづらそうに言葉を一端切って、再び口を開く。

 「実は、アイギス…先ほどの交戦でザノン君が搭乗したマシンなのですが、これを前線に持っていこうと思うのです。
あまりアイギスのことを知っている人を増やしたくないので一度乗ったザノン君をお借りできれば…と思うのですが…」

 「グレン・オウディス」

 グレンの言葉を聞いて、マリーがその名を呼ぶ声はぎらと尖った。

 がちりと音さえしそうな勢いで、グレンとマリーの視線がぶつかる。

 「いけしゃあしゃあと、自分がなにを言ってるか判ってるの?この子はまだ正式な騎士団員じゃないのよ?
それに大怪我してるっていうのに…
さっきの交戦とは規模もなにも桁違いな前線まで魔装鎧を運ばせるですって?
行かせられるわけないでしょう」

 鬼気迫るマリーの声にグレンは、その鳳眼を閉じて、一拍考え込む。

 「あの機体を、前線に運ばねばならない理由があります。
なんとしてでも、ザノン君をお借りしたいのです。
アイギスとて、誰にでも操れる機体というわけではありません。
パーソナルな同化調整を施さずにまともに動かせる人間は稀有だといっていいでしょう」

 眼を開いて、すらすらと言葉を紡ぐグレンにマリーは苛立つ。

 口実を無理やりつけて理不尽を人に強いるなどというのは、人を避けて野に隠れたマリーからすれば最も忌み嫌う行為であるからだ。

理屈をつければ、人道に触れるような理不尽が罷り通ると慢心している。
それは、魂の自由を奪う行為であると。人を操り、道具に貶めるその慢心にマリーは心の中で唾を吐く。

 それを感情の揺れさえ見せずに言葉にしてみせる…知った事だが、
今更ながら、グレンという男の本質は、残忍なのだ、とマリーの胸中はざらついた。

 「どんな理由があっても、駄目よ」

 マリーは間をおかずに即答する…ザノンはベッドを降りて、グレンたちの方に歩を進める。

 「マリー先生、グレンさんがこうまでするには、理由があるはずです。
僕は本当のことが知りたいから…その理由くらいはグレンさんから聞かせてもらっても、いいですか?」

 「駄目」

 マリーの言葉に耳を貸さず、グレンはザノンと眼を合わせると、言葉を切り出した。

 「前線に…どこにいるかは言えんが、クロウス卿がいるのだ」

 「エ!?」

 マリーとザノンが、グレンの口から出た予想外の答えを聞いて息をのむ。

 かつて、ナイトガルド十聖槍というこの国最大の武の誉れを頭上に戴きながらも
ある事件によって重犯罪者となり、逃亡の末、行方不明になった騎士、クロウス・アーメイ。

 グレンの口にしたその人物の名は、二人にとってもそれぞれに大きな意味をもつ名前である。

 「かつてのクロウス卿の乗機…カリバーンに似た機体で…
クロウス卿を引っ張り出そうというの?」

 「私たちは、まだ騎士としての彼を必要としていますし、信じてもいるのです。
あれは、アイギスは…それが形になった機体なのです。」

 グレンとマリーのやりとりを聞いて、ザノンは前に更に一歩を踏み出す。

 「グレンさんは…どうして、
クロウス卿があんなことをしたのか知っているんですか?」

 「言わないのだ、あれは…あの男はッ…!」

 グレンはその眼をかッと見開くと虚空を睨む。

 「グレン卿…」

 マリーがたじろぐ様に身体を揺らす。

 この男の生身の部分を…
おいそれと他人が見ることが適わない部分を、自分たちは…自分とザノンの二人は目撃してしまっている、とマリーは知覚した。

 「何故なのか答えて欲しいと思っている。
言葉だ、私を納得させる言葉が欲しいのだ…!
私に、魂の共有をしていると感じさせるような! だから彼奴を信じる心の形を戦場に顕して、彼奴にその眼で見せれば、私にだって奴は胸襟を開くかもしれない…
アイギスの、エクスカリバーのあの形さえあれば…」

 完全に、巻き込まれた…とマリーは感じた。

 少年の怪我や、規律などものとはしない、グレンのエゴに飲み込まれていると。

 「僕は、行きます。アイギスの準備をすればいいんですね?」

 痛み止めの膏薬の効き目が切れかけているのだろうか、ザノンは額に汗を浮かべている…。

 マリーは、待ちなさい、と声を尖らせた。

 「グレン、あなたのエゴにこの子を巻き込ませて…この子を殺すつもり?
こんな状況でそんなことをするのを、いえ、どんな状況であろうと、私は絶対に許さないわ」

 ザノンが、マリーにも後れを取らない鋭い視線で、マリーを射つ。

 「先生が許さなくても、僕は行きます。僕だってクロウス卿の本当のことが知りたいんですから」

 「魔装鎧を操れるからといって勘違いをするな!
魔装鎧はあなたたちのものではないの、個人のエゴを満たす為の道具ではないのよ!
人間の為のものなの!」

 入り口に回りこんで、頑として動かない構えを作ったマリーを一瞥して…グレンが言葉を紡ぐ。

 「人間達の戦況としても」

 グレンの眼にも、決して動じぬ決意、という力が覗いていた。

 「アイギスのスペックが必要になるかもしれないのです
あれは、ノーブル・マシンです」

 「…!」

 手を後に組んだグレンの長身が、マリーの方へ一歩歩み寄る。

 「ルサンチマンは今や、先鋒の傭兵部隊を飲み込むほどに増えております。
盾の騎士団、前線の部隊だけでは…仕留めきらないかもしれません…ご無礼を!」

 もう一歩、ずいとグレンの身体が前に出る。
 マリーがしまったと思う間もなくもうグレンの腕は電光石火の鞭となって、手刀はマリーの首を打っていた。

 「う・・・!」

 当身によって気を失ったマリーの身体は垂直に崩れ落ちる処を、グレンの腕に抱きとめられる。

 暗転する意識の中で、マリーが見たのはグレンの頬の刀傷だった。





 「うム…!」

 スレイプニルの乗員と敵との相対距離の照会を行っていたペインは唸り声を上げたかと思うと
ダィンスレーのコクピットの中で大きな咳を三回した。

 「ペイン卿、お具合でも悪くなさっているのですか?」

 支援車両スレイプニルの乗員が、ペインの身を案じて心配そうな声を上げる。

 「いかんな、どうにも…この使い古したおんぼろの中年の身体と言うのは
強大な敵を前にすると、怖気づいたフリをしたがるものらしい」

 ペインがぐっと咳を飲み込んでスレイプニルの乗員に答える。

 「はは、じゃ、ご本人はどうなんです?」

 「なに、慣れたよ、それも含めての騎士の人生だ。
今日もうまいこと言って言う事を聞かせるさ」

 げほッ、とペインがまた咳を吐く。

 「エクス班はさすがといっていい。敵の隊列が伸び始めている。」

 スレイプニルの乗員に今度は何も言わせまいと、ペインが無理やり言葉をまくし立てる。

 「そろそろスレイプニル全車、長距離砲撃の射程に入ります」

 「うむ、やっていいぞ、…エクス班!よくやってくれた!
後もう少しの辛抱だ!追ッ付けグレン卿も到着なさる!」

 咳の混じったペインの声に、ハッハァと大仰に笑ってエクスが返答を返す。

 「ペイン卿、あンた、大丈夫かい?
MDMを撃っておッ死ンじまうなんていうのは勘弁してくれよ、え?」

 「たわけ、誰に物を言っておるか。軽口も程ほどにせんと生きづらくなるぞ。私は騎士である。軽口を叩いておらずに己の心配をせい」

 スレイプニル達の撃った砲弾が着弾したのだろうか…エクスの通信に砲撃の一際大きい音が混じり始める。

 「…グレン卿、ね。騎士と言ったら奴さんくらいなお人なんだろうが
…どうにもやりづらい奴を呼んだもンだ」

 エクスは呟くと、フリッツヘルムを目深に被りなおし、
デアブロウの大型ライフルの、次の獲物となる中型ルサンチマンを探す。

 エクスの心の波紋はデアブロウの銃弾となって火を噴き、ルサンチマンの頭半分を吹き飛ばした。





 「外側から?」

 「多分…」

ザノンは、ドッグに向かう途中で衛生兵二人が一人の町人を囲んで
気になる話を立ち話しているのを聞いて、横目で見た物にぎょっと驚愕して、思わず振り返った。

 「何が外側からなんです?」

 「ザノン君、急ぐのだぞ!」

 駆け脚で衛生兵の方へ戻るザノンを見て、はやる気持ちを尖った言葉に乗せて声を上げるグレンに、
ザノンは振り返って目配せする。

 何、とグレンが踵を返して、ザノンが立ち止まったほうに向かう。

 「グレンさんは寄生型、人間の身体の内側から寄生されるって知ってますよね」

 「知らないはずがないだろう…グーヴァイン市に居た当事者なのだぞ、我々は」

 「これ…厚生庁の資料で見た形です」

 ザノンが指差すほうには、衛生兵に囲まれて、シャツの襟をはだけた町人の男が立っていた。

 グレンは、事態を把握していないのか…おどおどとせわしなく周りの人々の顔を交互に見て立ちすくむ、
中年と思しきその人物の胸元を一瞥すると、ハッとなって眼を見開いた。

 よく見れば、そこを指差すザノンの指は震えていた。

 それは、蝶に似ていた。

 その人物の胸の素肌に…人差し指の先端ほどの全長の寄生型ルサンチマンの死体が
偶然なのか、癒着したようにこびりついて残っているいるのが見て取れたのだ。

 「外側から…同化しようとして、
途中で死んで本来消えるはずの死体が、人間の身体に取り込まれてそのまま形が残っちゃったって思えますよね…、
こんな風になってるの…」

 「偶然では…」

 そう考えれば、市内に出現した大量すぎるルサンチマンの数や…
また、通常の小型ルサンチマン並のサイズを持つ異形の出現とて、その進歩のもたらしたものなのかもしれない。
そう、点と点をつなぐ想像力をグレンたち人間は持っている。

 「ないのかもしれんが…」

 躊躇いがちに言葉を吐いたグレンが左右の衛生兵の顔を交互に見ると、
二人ともが蝋人形のように真っ青な顔をしている…。

 偶然と思いたい。だが…。
そう思いたい…【信じられない】という、
眼を背けたい人間の心を覗くかのように、今日に至るまでルサンチマンは歴史において
【いつでも】人間の想像する、凡そその時点での最悪の形The worst imagination で、進化してきたのだ。

 グレンは、己の続く言葉をせき止めるように自分の口元に手を当てる。

 「大型を一刻も早く浄滅して…この事案の解析に当たるのが賢明だ。
そうだ、規制型の中継元は、大型なのだ…それさえ始末すれば…」

 グレンが蒼白な顔をして、自分を納得させるように呟く。

 『本当かな?』

 グレンの耳元で、悪魔が幻聴を借りて囁くのが聞こえた。

 『大型じゃなかったとしたら、どうする?』

 ム…とグレンは言葉を飲み込む。
言葉を飲み込んで、ザノンの真っ直ぐな眼が自分を凝視していることに気付く。

 「…それでも、自分の出来ることを」

 ザノンが、言葉を確かめるようにゆっくり、はっきりと言葉を吐き出す。

 「信じろ、とクロウス卿は言っていた事があります」

 そうだ、その言葉は自分グレンも聞いた。

 その場に居た誰もが死を覚悟した、グーヴァイン市がルサンチマンに占領されたあの日に。

 そして、彼はその言葉にこう付け足したのだ。

 『疑うのは、先でも後でも出来る。
だが後悔だけはしてしまってからしか出来ない。
俺達は後悔と行為を積み上げて、【いつか】に近づく
断じて、言葉だけを積み上げる事は、無為だ。
罪びとの十字架を生まれながらに背負ったという凡そすべての人間たちは、
それを背負ったまま、歩かなければ
【いつか】には近づけない。
一歩、歩くたびに俺達は痛みを背負う。
痛みは道標だ。刻んでいるんだ、道を。
心に』

 そうだ…。

 グレンは眼に光を取り戻すと、その伏せていた白い面を力強く上げる。

 自分たちが今出来ることが変わるわけではない。

 騎士は、人の為に戦うことをする。それが誇りであり、己の為の人生である。
敵を前にして足踏みをするなど己で己の誇りを汚す行為であるとグレンは胸に火を灯す。

 「我がかいなは槍、脚は樹木の根」

 グレンの唱えたナイトガルド騎士心得を受けて、ザノンが一歩を踏み出して呟く。

 横に居た衛生兵も、軽く頷いて、ザノンに声を重ねる。

 「心臓は盾、頭は塔、魂は鎧」

 視線を合わせて、ザノンとグレン、そして衛生兵の言葉が重なる。

 「骨は国土にして民ナイトガルド