07.lie





 ごうッ、と砂煙と空気を灼いて、黒い炎が空間を走る。

 横飛びに避けたデアブロウの背後の林の樹木が、何本か黒い炎に食われて消し飛ぶ。

 「怨霊砲をもう撃ってきたか!忌々しい!」

 エクスが呟くと、敵の攻撃を警戒してデアブロウは展開式の盾を展開させたままで、高台になった急角度の斜面を跳ね降りる。

 「かといってここからじゃあ大型に届く攻撃手段は、ライフルしかない…足を使って粘るしかないな。
前衛もだぞ!」

 マルコ達に通信を送るとエクスは上空を見上げ、上空のハーピータイプのルサンチマンをデアブロウのライフルで狙い撃つ。



 「射撃体勢が取れんとなれば仕方ないが…対空砲なら一発ですむものを」

 とはいえ、エクスの大型ライフルの火力は
クワィケンのアサルトライフルに比べて桁違いであるし、何よりエクス本人の技量というのも相まって
空中のハーピータイプ達は数発弾丸を急所に撃ち込まれて立て続けに撃墜されていく。



 足元の四足歩行の小型ルサンチマン、ジョーズ・アーミーをアサルトライフルで追い払いながら
回避運動をするサムスの直ぐ横を、黒い炎がジョーズ・アーミーを焼き払いながら通り過ぎる。
質量が運動しているのであろう、
その攻撃の余波と思しき衝撃でサムスのクワィケンの左腕の装甲はひしゃげ、
ギチと物凄い音を立てると、肘の外側に大きく折れて、クワィケン本体は横に弾かれるように吹き飛んで転倒した。

 ぬうッと呻いたマルコがマツカブイの手を一本戦斧から外して手首をそちらに向ける。

マツカブイが敵の群れに向けた右前腕部の下半分は、折れるように下に展開して、腕部に格納されていたガトリング砲が伸びる。

 カバーするぞ、とマルコが叫ぶと、マツカブイのガトリング砲は強烈な爆音と閃光と噴煙とを発し、その砲弾は、
大地を削って真上に土煙を爆発させながら
倒れたクワィケンに追撃をかけようとするジョーズの身体をまとめてばらばらに解体していく。

 「クワィケンの手投げ魔装弾を使う、サムスは敵の足が止まったらその間に体勢を立て直せ! 」

 ユーンのクワィケンはといえば、その隙に手投げ弾を手に取り、敵の群れに向かって投げ込む。
重しを兼ねた炸裂部分の付いた手投げ弾は、その部分を中心に空中で回りながら弧を描き、
地面にドスンと音を立てて落ちると短くバウンドする。
サムスのクワィケンが立ち上がる前に手投げ弾は炸裂して、十匹程度の
ルサンチマンの身体は、上から見えない重石で押し付けられたかのように、
脚を開いて胴体を地面に押し付けられて足が止まる。

 足の止まった小型ルサンチマン達はギャアギャアとやかましく喚いて雷撃魔法を口からめくら撃ちに四方八方に撃ちまくる。

 「左の前腕部が死んだみたいです、クワィケン二番機は射撃に徹します」

 了解、と部隊の全員がサムスの通信に返事を返す。
じりじりとコヨーテたちは
盾の騎士団の進路に下がりながらルサンチマン達を削り続けているが…

相手が今、この数で本気を出し始めたらなす術はない。
長距離砲撃を浴びたルサンチマン達はまずは手近なコヨーテ達を潰しにかかってきている。
この、先鋒の猛攻を、本隊とも呼べる盾の騎士団が到着するまでに
どれだけ損耗を抑えて凌ぎきれるか、というのがコヨーテたちにとって、現状で肝要なところである。

 「オクトパス、バニシングレイはどうだ!
そろそろ大型を一匹でも減らしておかんときつくなってきた、
こっちのジェネレータはまだまだチャージが終わらん!」

 「通常砲撃の機関運転の為に相当のジェネレータ出力を割いています、
一時的に支援砲撃が激減しますがいいですね?」

 「頼んだ!空中の脚の早いのは俺が止める!前衛は陸上の奴!」

 「出力を抑えて、最速でやります、三分待ってください」

  オクトパスのクルーは、エクスとの通信を受けて、大型魔装兵器の準備に入ったのだろう、徐々に砲撃の土煙が減り始める。

 ガトリング砲の射撃を止め、戦斧の両手保持の構えに戻ったマツカブイが横飛びに一際大きな閃光を避ける。

 マルコが閃光の発した方角を確認すると、中型、ウォーリアタイプの
巨大な影がルサンチマンの群れの中から二つ、ニョッキリとぬき出ているのが確認できた。

 「中型を二体同時か…クワィケン、こっちにアサルトライフルで支援をくれ!」

 マルコの言葉に、アサルトライフルの弾が小型ルサンチマンの列を斬る様に射線を作る。
流れ弾が何発か中型に当たったが、中型は一歩脚を止めただけでまた直ぐに猛然とマルコの方に向かってくる。

 ルサンチマンの中ではタフな部類に
入るこのウォーリアタイプは、非常に多くの地域で見られるタイプである。

 ウォーリアタイプのルサンチマンを、マルコは見やる。

象のように分厚い、ザラザラした赤い表皮を持ち、胸の中央には、魔法の生成部分と見られる瘤がせり上がっている。
極端に太い二本の腕は三本の指を備え、
五分の一ほどの太さで、先端に一本の鋭い爪を持つ細い腕を脇腹から生やし
脚は巨大な身体を支えるに相応しく、
太く、曲線が少ない。頭そのものは烏帽子でも被ったように、緩やかに曲線を描き、頭頂部までの長さは非常に長い。
口と呼べる部位は見当たらないが、奇妙な事に、人間の、口に相当する場所は、
表皮の内側が空洞にでもなっているのか膨らんだり凹んだりを短い周期で繰り返している。
そうして、何よりもその上には、不気味なことに魚の眼のような瞼のない眼球が張り付いている。

マツカブイは構えを作ると、バレルヘルムのような頭部をそちらに向けて、ルサンチマンの視線に張り合うが如く
きッとウォーリアを睨み据える。
クワィケン三機よりも斜め前方に突出してきたマツカブイを狙って、まずは小型ルサンチマン達が殺到する。
ジョーズ・アーミーの多くはクワィケンのアサルトライフルの餌食となって弾き飛ばされるが、
それを抜け出てきたものが
マツカブイに、その巨大な口で牙による攻撃を仕掛けようと飛び掛ってきた。
ブーン、とマツカブイのジェネレータが一際高く鳴動すると、手にした戦斧のエッジが鋭く光る。
マツカブイは相手に肩を向けるように構えを変え、斧を後ろ手に構えると、深く身体を沈みこませる。
次の瞬間、ぐるりと身体を旋回させて、マツカブイが竜巻のような
強烈ななぎ払いを繰り出し…小型ルサンチマンは二三体まとめて、
その大口を無理やり引き裂かれるような態で戦斧に両断される。

 「中型に仕掛けるぞッ」

 反対側に力強くマツカブイの戦斧をなぎ払って、続くジョーズ・アーミーも吹き飛ばして、マルコが吼える
再び、ウォーリアの胸部から閃光がマツカブイに伸びるが、マツカブイはかがんでこれをやり過ごすと、地を蹴って
一挙にウォーリアとの間合いを詰める。
バシャン、と音が鳴動し、ジョーズ・アーミーの放った雷撃魔法がマツカブイに着弾した事をマルコは知るが、
ジョーズの雷撃魔法で有れば、何発か貰っても装甲が厚く、強力なジェネレータによって、強力な防御魔法を作用させられる
マツカブイには致命傷とならないことも、マルコは知っている。
   戦斧の間合いにまで詰め寄ってから、ぶウんと空気を震わせて
上段から叩き落されたマツカブイの戦斧は、右手側のウォーリアの太い左腕の一本を叩き斬る。
勢い良く両断された前腕部はその勢いで空中に跳ね上がり、ずしんという音を立てて地面に落ちた。
間髪いれずにマツカブイは、戦斧を杖にして身体を支えてから、前蹴りでウォーリアの身体を弾き飛ばすと
砂塵巻上げ、横に回避運動をとって、左のウォーリアの攻撃魔法を避ける。
弾き飛ばしたウォーリアを叩き切ろうとマルコが戦斧を持ち上げると、
今度はウォーリアの間を縫うように進んできたジョーズの群れがマツカブイを見上げて
同時に雷撃魔法の雨をマツカブイの胸部目掛けて叩き付ける。
至近距離で、重い斧を持ち上げて構えを作っていたマツカブイにこれを避ける術はなく、

続けざまに魔法を連続して浴びたマツカブイの胸部装甲がビィンと金切り声をあげる。
さすがにこれはこたえたと見えて、 一箇所に集中して魔法を浴びたマツカブイは一歩後に押し戻される。

 「エネルギー放出、拡散!」

 マルコは、前面に出てきたジョーズに向かって、その姿勢のままマツカブイの手にした戦斧を叩き落す。
戦斧は地面に突き刺さると、爆発するかのような物凄い轟音をさせ、あたりを土煙で充満させる。
土煙の中に、爆発に巻き込まれてばらばらになったジョーズの肉片が混じっていた。

 「同じ装甲だとしてもコモンのジェネレーターだったら死んでたな」

 下腹部コクピットのマルコは呟いて、今の衝撃で噛み切った唇の端に滲んだ血を、岩のごとし大きな手の甲でぐいと拭う。

 「くわばら、くわばら…と」

 呟いたところで、土煙を超えて殺到してきたウォーリアに、対応して、マツカブイは戦斧の柄を突き上げるようにぶつける。
が、ウォーリアもその前に拳を振り上げており、戦斧の柄で殴られると同時に、
ウォーリアの巨大な拳はマツカブイの脇腹の装甲に叩きつけられていた。
マツカブイは、バランスを崩しかけてよろめくが、
今の衝撃で大きく凹んだ装甲が震えると同時に、マツカブイの胴の小型機関砲はもう反撃の砲火を吐き出している。
小型機関砲の弾丸はウォーリアの胴に突き刺さるが、
ウォーリアはこそばゆいとでも言うように肩を揺するとマツカブイ目掛けて肩からの体当たりを仕掛ける。
マツカブイは一拍遅れてもう一度戦斧の柄を前に突き出し、ウォーリアを阻むように衝突させるが
その間に横に回りこんでいた左手のウォーリアの胸部の光がマツカブイを狙っているのを見てマルコは肝を冷やす。

 「──空中のハーピーで忙しいんだぜ!」

 エクスから、マルコに尖った言葉の通信が入ると同時に、
魔法を打つ準備動作に入っていたウォーリアはエクスのライフルの弾に胸を粉砕されて、痛みに絶叫を上げる。

 「すまねえ、班長!」

 自分の戦斧の柄に衝突して、尻餅を着いたウォーリアの左脚を、戦斧を振り下ろしてマツカブイは叩き斬る。

 「…おっかねえ男…」

 マルコは、ちらと機体透過された背後を振り返り、豆粒ほどの大きさしか見えないデアブロウのライフルから、
移動しながら打ち込まれたエクスの精密射撃を思い返して呟く。
聞けば、射撃でなく、白兵戦が本来の彼の十八番であると聞く。
見たものは少ないが、一体どのような動きをするのか、マルコは興味がある、と思った。

脚を破壊されて立ち上がることの出来なくなったウォーリアは四つ這いの様な姿勢になり、胸を砕かれたルサンチマンも、
地を蹴ってマツカブイへと間合いを詰め始める。

 「クワィケン一番から三番、こっちはもういいぞ。小型を存分にやってくれ!」

 小さく跳ねたマツカブイは先ず、突き出すような力強い蹴りを放ち
爪先の装甲で、地に這ったウォーリアの頭部を貫通させると、
それを打ち払うように戦斧を薙いでバチリと音をさせてウォーリアの巨体を脇に吹き飛ばす。
その負荷に耐え切れずに、ルサンチマンの貫かれた頭部はちぎれて横にすっ飛ぶ。

佳しとマルコはマツカブイの身体を旋回させて、接近してくるウォーリアに向き直った。
頭を失ったルサンチマンも、ゆっくりとであるが背後で動きを見せる…。

 「けッ、嫌になっちまうね、タフでさぁ!」

 マルコは溜め息混じりに呻くと、マツカブイの右腕の大口径ガトリング砲をもう一度展開させた。

 そのマルコの頭上遥か高くを、柱ほどもある閃光が通り過ぎて、戦場を眩しく照らす。オクトパスの発した大型攻撃魔法
バニシングレイが、今まさに遠方のニュクスタイプの一体に殺到するところなのだ。



 三次元戦闘モードを起動して、空中を流れ星の如く風を切って進む魔装鎧が二体ある。

グレンのダィンスレーRと、ザノンのアイギスである。
ジェネレータとコンバータに確かに相当の違いは有るが、もうアイギスを、自分を振り切らんばかりの速度で
移動させられるようになっているザノンの魔装鎧への同化センスにグレンは舌を巻いた。

 「シビリアーしか操ったことがないとは思えん。盾の血統という奴かもしれんな…」

 グレンは呟くと、前線の部隊との相対距離を地図で確認する。

 「砲撃は始まっている、三十分もしないで盾の騎士団の前線は敵と衝突するか。交戦前に合流はできるとは思うのだが」

 その後、と考えてグレンの頭を盟友クロウス卿のシルエットがよぎる。

 「クロウス。貴公の事を女王陛下さえも未だ信じているというのに…」

 グレンは、ふと王都から出立する前に、女王陛下から頂戴した言葉を思い出す。

 「──わらわは、確かに彼の刀によって胸に疵を負いました。
しかし、理由はいまだ不明ながら、それもわらわの不徳のいたすところだったのではないか…
そのように、わらわは考えております… なれば、本人から事情は聞きたいと思っておりますが──」

 今でも思い出す、幼い女王の、心を覗き込まれるような、黒く、大きな瞳…。
その瞳は、グレンの奥にあるものを見ようとするようにグレンの事を凝視していた。
 「グレン卿、クロウス卿の消息、なにかご存知ではありませんか?」

 「…調査に尽力いたしておりますが…申し訳、ありません」

 女王はその時、視線を切らなかった。
そう、と言って唇の端を僅かに持ち上げた、とグレンは記憶している。
盾よりも古い力を持つ女王の血筋が何かを感じたのだろうか…。

 まず自分個人がクロウスの真実を把握してからという考えを、
女王に見透かされたようだ、と、胸に影がさしたような心境であったのをグレンは苦々しい表情で回想する。

 しかし、それを追及しないのは女王が寛容であるからだ、と結論してグレンは顔を上げた。

 「アイギスのもとになったカリバーンって、どんな機体だったんです?」

 唐突にザノンから通信が入って、グレンは理由もなくぎくりとする。

 「どう、とはなにを指してどうと聞いているのかな」

 「クロウス卿が魔装鎧で戦場に出ていたのは判るんですけど…
グレンさんほど、皆はクロウス卿とカリバーンのこと知らないみたいなんです。
実際、僕もそうでしたし…」

 「あれは特務…というより、女王陛下をお守りする近衛兵のようなものだったからではないだろうか?
恐らく、カリバーン自体はノーブル・アーマーの最高峰の一角だ」

 なるほど、とザノンは相槌を打つ。

 「見敵必殺という言葉があるがね、カリバーンは高速、高攻撃力を追及した機体だ。
敵を見た瞬間に先手をとって、もう倒しているというのが理想の機体であり…
それを理想に近づけられる能力の乗り手というのは相当少ない」

 「その一人がクロウス卿なわけですね」

 「そうだ。そして、それが可能だと仮定しても、
カリバーン自体はその代わり遠、中距離の攻撃に関しては汎用性は低く、
防御に回しているエネルギーの割合も低い」

 「相手の攻撃を避けて、接近戦ですか…」

 「うむ、後手に回って、中型以上の攻撃を続けてもらったら直ぐに戦闘不能に陥るぞ…
とはいえ、君は戦闘の事は考えなくていい、あくまで前線に運ぶだけだ」

 「クロウス卿の事なので、聞いておきたかったんです。判らない事、多いですから…」

 「ああ、そうなんだろうがね…」

 そう、クロウスは自分のことをあまり話さなかった。
鎧の家系であるから、心もどこか鎧を纏っていたところがあったのかも知れない。
その鎧の奥にあるものを見たとき、本当の友になれるのではないかとグレンは思う。
グーヴァイン市で、誰もが絶望したその時に…最初に無言で立ち上がったのは彼だった。
あの時の、あの動作。あれはまごうことなく、彼の真実の片鱗であるはずであるとも。

 二つの流れ星は、空を走って前線目指して飛んでいく。



 「よーし、粘ったな!褒めてやる、ゴールデンコヨーテ!増援の盾の騎士団だぜ!」

 「うるせえとてめえからぶっ殺しちまうぞ、こっちはもう仕事をしているんだ」

 通信で軽口を叩いた若い騎士がエクスに大喝されて、うっ、と怯む。

 とにかく増援は到着した、これで戦力的には拮抗するはず、とエクスは、コヨーテに通信を送る。

 「よおし、連中に合わせてちょっと下がるぞ。マルコ!マツカブイはまだ使えるか?」

 「どうにかね」

 なんとかウォーリア二匹を下したマルコのマツカブイがもう一働きと関節をぎしと言わせて辺りを睥睨する。

 戦場を真っ二つに割って走ったバニシングレイは、
見事に大型の一体を捉え、浄滅したが、依然ルサンチマンは圧倒的な数がいる。

 バニシングレイは、オクトパスのジェネレータだと、後二三発は撃てるだろうか?

 「スレイプニルは大型魔装がねえもんな…あとは魔総鎧の仕事、か」

 マルコは、空中の敵にライフルで攻撃を仕掛けながらも、徐々にこちらに近づいてくるデアブロウの方角を振り返る。

 「デアブロウにもバニシングレイはあるとはいえ、まぁ互角は互角か」

 大儀そうにマツカブイは戦斧を肩に担ぎ上げると、腕のガトリング砲を展開させて、ジリジリと後退を始めた。





 「─先生?…先生!どうしたんです?」

 学園の医務室に入室してきたヒサノとヘキサは、ベッドに横たわるマリーの姿を見て驚いて声を上げる。

 マリーはその大声で意識を取り戻したのか、ぴくりと指先を反応させて、ゆっくりと身体を起こす…。

 朦朧とした視界に最初に入ってきたのは先ほども見た
額を見せるように前髪を短く切った、ヒサノのセミロングの美しい金髪だった。

 「…貴方達…、私…?」

 まだ状況をよく把握できていない様子で、マリーは周囲をきょろきょろと二三度見渡す。

 「俺たち、皆が避難してるホールで、薬がいるようになったから
貰いにきたんですけど…なんです、ちょっと休んでいたんですか?」

 はっ、とマリーは自分を取り戻すとヘキサ達の方に向き直る。

 「ザノン君!それにグレン卿を見なかった!?」

 えっ、と素っ頓狂な声をヘキサとヒサノの二人が同時に上げる。

 「何です、その話…」

 「私は…見てないです、ヘキサは?」

 「いや、グレン卿はともかくとして、
ザノンは、怪我してるんでしょう?ベッドのあるここで寝てないんだったら、
じゃあ、あいつどこに行ったんです!」

 マリーの挙動に不穏なものを感じたヘキサは思わず声を大きくしてマリーに詰め寄る。

 「じっとしてる、訳がないか…あの大馬鹿者達なら市から出て行ったわ、恐らくね」

 マリーが首を横に振ってベッドから降りる。

 しばし、ヘキサとヒサノの二人は、それがどういうことが判らずに目配せを交し合っていた。

 「前線にいったのよ。グレン卿の所用を済ませにね」

 同時に、マリーの顔に視線を移した二人の口からは驚きのあまり言葉も出ない。

 「ザノン君なら無事よ、グレン卿も一緒なのだから…」

 マリーは眼を閉じて、二人のショックを和らげようと取り繕う言葉を投げ出す。
言葉はどうあれ、その声色は、
現状が彼女の言葉通りとは言えない危険な状況だという事を二人に告げている。

 「冗談じゃないですよ!
なんでこれだけ兵士もその候補も沢山いるなかから怪我をしてるあいつを連れて行くんです!」

 ヘキサは、マリーの言葉に激昂した。
そんな物騒なところに連れて行かれたのは自分の小さい頃からの友達で
気のいい奴なんだ。
ザノンに才能があるからといって、なにも
大怪我をして死ぬ眼もあるそんな時にそんなところに連れて行くなんて
グレン卿はなにを考えているんだ。
もし、これでザノンが帰ってこなかったら…
自分は、きっとグレン卿の事を一生恨むしかなくなるだろう。

 「ザノン君だと言う理由は、あるわ…グレン卿ですもの。けれど…」

 マリーは、その詰問する瞳を正視できずに思わず、視線を二人の顔から外した。
沈黙が、通り過ぎる。凍った時間でも、心は動く。
ぐい、とヒサノがそれを打ち破ってマリーに詰め寄った。

 「私たちに、云えない事なんですか?」

 「詳しくは、知らないわ…」

 ぎゅっと結んだヒサノの小さな口が何かを言おうと開きかけて、そして閉じた。
ちらりとマリーが見た、ヒサノの大きな碧い瞳は、水に映った影の様に潤んで揺れていた。

 「行こう、ヘキサ」

 くるりとヒサノは、今度はそのマリーからの視線を遮るように踵を返して、ドアの方に向き直る。

 「行くって、ないだろ!ザノンの事放って置くのかよ!」

 慌ててヘキサも振り返って、右手でさっさと歩き出したヒサノの肩を掴む。

 「学校の設備なら、ザノン君の魔装に通信届くよ…
私、大人の嘘にがっかりさせられるのって」

 ヒサノは、言葉を一端切って大きく息を吸い込む。

 感情が、澱んでいるとマリーには感じられた。
澱みは、澱んだ分勢いを増して自分を打つだろうとも。

 「──嫌いなの」  ヒサノは強く言い放つと、
ヘキサの右手を左手で握って肩から離すと、振り返らずに医務室から走って退出する。

 ヘキサはたたらを踏んで、マリーの方と
ヒサノが走り去った方とを二三回交互に見るが、意を決した様に自分も小走りにドアに向かう。

 「…先生、その、あいつ、悪い奴じゃないんです!
でも、その…ザノンは、俺たちの小さい頃からの友達なんで…失礼します!」

 ヘキサはマリーに早口にまくし立てて、マリーが顔を上げた時にはもう
医務室から出て行ってしまっている…と思ったがヘキサは戻ってきて、引き戸から顔だけ出すと

 「薬、悪いんですけど他の奴に頼んでホールにとどけてくれるようにしてください」
とだけ慌しく告げると、もう走り去ってしまっていた。

 マリーは、ヘキサのいなくなったドアの辺りをじっと凝視して、また、顔をうつ向けにした。

 「…ごめんね、クロウスや、グレンも私にとっては…貴方たちにとってのザノン君と同じで大事な、友達なの…」

 願わくば
ザノンにも、グレンやクロウスにも。
あの若者達にも災いの降りかからぬことを、と
マリーは胸の前で軽く祈るように両の手を組んだ。

窓からの太陽を背にして。