09.X XS:2_gungnir





 上空からその戦場を見下ろすと、黒い線が一本走って煙がその終端に上がったように見えた。

 怨霊砲に捉えられたスレイプニルが、もう一台葬り去られたのだ。

 ヒャハハ、と甲高い声を思わずその騎士─金斧騎士、シャックス・ブローバ─はコクピットの中で漏らす。

 「こいつは、ひどい!まれに見るひどい戦場だ!」

 その魔装鎧は、そのように機能する能力を有していると見えて…。
 戦場の誰一人として、いや、ルサンチマン達ですら、上空──十分に可視出来る距離であるにも関わらず
そこから戦場全体を睥睨するその魔装鎧の存在に気付いているものはいない。

 細く、鋭角的なシルエットに、
手足の末端、肩の装甲、それに腰部背面から伸びる四枚のマルチ・フィンユニット。
その機体のすがたの持つそれらの印象は刃物を思わせる鋭利さを見せ、
背面には身の丈を超える巨大な騎槍と思しき武装を背負った白い装甲の魔装鎧…
出力の殆どを長時間の航行のための能力にあて、
貧弱な戦闘能力しか持たないものが多い空戦用魔装鎧の中にあって、
それは異端といえるほどの能力と、堂々とした相貌を持っていた。
その機体の名は【不可視の槍】、ナイトガルドのノーブル・アーマー、グングニル。

頭部、人間で言えば額に当たる部分のなだらかな曲面装甲から伸びる角の下には二つの眼。
その眼は姿を隠す傍観者の達観の眼─

 短い金髪を掻きあげて、その騎士は眼下の戦場全体に
グングニルを通じてまなこを走らせる。

 「野望の道程にはこういうものがごろごろしているからたまらない!
誰にもこの愉悦、わけてはやるものか。
女王シヲンから賜った、俺のグングニルでなければこんな酷い戦場を座して拝見などという真似、気取る事はできまい─。
さぁ、騎士がルサンチマンになった今のが、本当の幕上げだ…
この、最悪の泥の戦場で、お前たちの気高さを私に見せてくれ、
グレン、クロウスの偽者、次なるカリバーン、気高いコヨーテ…そして、新しいルサンチマン。
呼べよ、悪魔を!
祈るぞ、俺は!
ここが、お前たちの魂で作り出す、最悪の戦場とならん事を!」



 ペインのダィンスレーは、
その剣の餌食となった部下のダィンスレーの機体から剣をゆっくりと引き抜く。

 コクピットの中で虫けらの様に圧し潰したパイロットの騎士の血液が、その刃にはねっとりと絡み付いている。
その、ペイン機の装甲椀部に一条、細く、黒い歪みが走る。
それは、息づき、蠢き…生命をその表皮に見せる、生き物の血管のように見えた。
コクピットの中のペインに何が起ったのか。
それを把握出来る者は盾の騎士団にはほぼ皆無であった。

 轟音を立てて…パイロットを失ったダィンスレーが地面に前のめりに崩れ落ちた。

 「ペッ…ペイン卿ぉ!」

 残ったダィンスレーのパイロットの叫びに反応するかの様に
青筋のような歪みは…ペインのダィンスレーの椀部から爆発的に増殖していく。

 「そいつは、寄生型ルサンチマンだ!やれよッ、盾の騎士団!」

 エクスが叫ぶと同時に、
ペインのダィンスレーは剣でもって眼前の残るもう一機のダィンスレーの胴を…
細い腹を両断していた。

 蠢き、装甲を覆うペイン機を包む歪んだ肉か、鉱物の判別のつかない、塊へと変貌した部分は
凄まじい速さで機体を覆い、ペイン機の頭部は二つの目のようなセンサーを
鉱物独特の、悲鳴のような物音を立てて押しつぶす。
かと思えば一瞬のちには、下腹部のコクピットハッチが内側から爆発したように吹き飛ばされ、
そこから押し出されるように姿を表すものがあった。
まず、周囲の目についたのは、紅色の─夥しい数の先端の丸い触手である。
その根元、コクピットから顔を覗かせたイソギンチャクの口盤のような部分がチラリと覗け
そこから放射状に生えた触手は
震えるようにそれぞれが蠢き、遠方から見ればまるで、その色もあいまってまるで巨大な花びらのようにも見える。

 それは、原型を失ったペイン・オールトーのなれのはてである。

 「この形…これは─ペイン卿がルサンチマンに寄生されていた…!?
寄生していたそれが、今度は、鉱物をもとりこんだだと…!」

 呟きを漏らしたグレンは、ダィンスレーに乗り込む前に目にした光景を思い出した。
…人体の外側から、寄生型ルサンチマンは寄生しようとしていた。
そして…寄生型ルサンチマンはまた未知の能力を持って、ペイン機を食らい、同化している。

 人の八倍は巨大な人型の、質量を。

 「エクス、なにか知っているのか、貴公ォッ!」

 先刻のエクスの警告を思い返して、グレンが気色ばんでエクスに声を上げるが。

 「後だ、そいつは!ペイン機を今すぐ何とかするぞ!
変態が終わったら恐らく奴はものにしたMDMをブッ放す!」

 エクスの言葉はやはり、期待した答えを持たない。

 そこにあるのは現状認知─それのみであった。

 グレンの叫びをエクスは切り返し、手にしたハンドガンから
三発、光の弾を続けて放って射程内の小型ルサンチマンを蜂の巣にする。

 「MDMだと…!」

 味方の中心でMDMを味方に向けて放たれる…その惨劇を想像してグレンの肌がざわと粟立つ。

 ノーマルのダィンスレーが行使するMDMは
対中型ルサンチマンを想定した攻撃魔法、【リッパー】。

 大気に干渉して中型クラスのルサンチマンを
一撃で二三体引き裂く事が可能な衝撃波を叩きつける、攻撃速度に秀でた魔法である。

 中型ルサンチマン複数を容易く絶命させる破壊力のある魔法が陣営の真中で味方に向けられたらどうなるか。
答えは絶望的に判りきっている。
ルサンチマンにそうする以上の被害が、味方に出る。

 バキバキと雷のような物凄い音を装甲からあげてルサンチマンへと変貌する、
鉱物の塊であるはずの魔装鎧ダィンスレーは首を左右に振って咆哮する。
いまや、装甲はルサンチマンの【肉体】へと変貌し…
ダィンスレーは、全身を血液のない生命の真似事…幻の脈動を見せる筋肉の塊に全身を鎧う、巨人となっている。
どこかダィンスレーの面影が残るのは、ダィンスレーの優雅なシルエットを残しているからだろう。

 ─ダィンスレーであったそれが手にした剣は今は椀部と同化し、頭部はでこぼことした醜い瘤の塊に変わり果て、
所々に見える、筋肉に覆われていない部分は穴の様にダィンスレーの、元の緑の装甲をのぞかせている。
 上空から、グレンのダィンスレーRが急速降下しながら、
手にしたハンドピストルでダィンスレーだったものに狙いを定める。

 グレンの記憶の中から実直な騎士ペインの、低い声と髭面が掘り起こされ、眼前を通り過ぎる。

 「うぬらッ!どこまで人間を虚仮にしようと申すか!」

 グレンが吠えるのに反応したかのように、隆起した肉の瘤に覆われ、醜い肉団子の様な無残な形になったダィンスレーは、
その首を僅かに上げてグレンの挙動を認めると、ぐっと膝を曲げて、次の瞬間には横に飛んでいた。
凄まじい飛距離でダィンスレーは一飛びでダィンスレーRの
射角から逃れて着地すると、今度は手を地につけ、四足の獣じみた姿勢を取って、
斜め前方のフラ・ベルジャに殺到する。

 たわけィ、とグレンが大喝すると着地した
ダィンスレーRのピストルから光の弾が走り、一瞬でダィンスレーの横腹から、コクピットであった辺りを貫く。

 電撃に撃たれたように、ダィンスレーであったものの背中がビクリと伸びあがって、一瞬その足を止める。

 「…やったのか!?」

 グレンがダィンスレーRのピストルを持った腕を上げて呟くが、間髪いれずにエクスの警告が飛ぶ。

 「─わけがない、ルサンチマンがその程度の手傷で倒れるものか!」

 何、とグレンが構えを戻そうとした瞬間にはもう、ルサンチマンは姿勢を戻してギャアと一声咆哮していた。

 「首なしの盾の騎士団!我が友軍へ…コヨーテが進言する!
現時刻を持って、元・ペイン機の呼称をルサンチマンDiesに改め、識別を変更しろ!
あれはもはやナイトガルドの騎士と魔装鎧ではない!」

 エクスもまた、感傷を振り切る強さと圧力を見せる低い声で叫ぶと、
ステップを刻むようにデアブロウを小さく跳ねさせながら移動しつつ、
眼前の小型を手にした二丁のハンドガンから打ち出される対小型高速魔装弾で
小型ルサンチマンを粉砕していく。

 ルサンチマン、ジョーズ・アーミー達は、デアブロウの半分弱の大きさではあるが、
アンコモン・アーマーの使うハンドガンは小型程度の敵に対してならばかなりの破壊力を発揮するものが一般的である。
その代わり、特に実弾を使用する方式のアサルトライフルやサブマシンガンに
比べて連射性能や射程、それに連続使用時間等々…他の部分は大きく性能が劣る。

一発の弾を撃てば、再発射までの時間は一秒未満であるが、銃身にかかる強大な魔力の負荷を抑えるための
制御がかかって発射は不可能である。
総合すると、一発でピンポイントに、一匹の小型ルサンチマンに対して大打撃を与える武器だが、
複数の敵の足を止めるには、パイロットの能力として敵の位置関係の把握や、距離感といった強力なセンスと、
動体射撃の腕前が揃っている事はは必須であり…
それらの条件が完全に揃った場合のこの規格の武器のパフォーマンスたるや、小型ルサンチマンに対して絶大なものがある。

 エクスのデアブロウは、単機で、
長距離砲撃の雨を超えて姿を見せた十を超えるルサンチマンの海の前に立ち、
今やそのルサンチマン達を圧倒し始めている。



 自らの運動能力を遥かに超える身体を操る心持というのは、いかがなものであろうか。

 言うなら、アイギスの能力を操るザノンはその状況におかれていると言っていい。
動かした意識にどこまでも着いていく肉体に、ザノンは畏怖と、憧憬と快楽とを見出していた。

 ザノンの唇が歪み、ハハと上ずった笑い声を上げさせる。

 ジョーズ・アーミーの雷撃魔法の雨をまるで造作もなく、
左右のステップを踏んでかわすと、瞬く間にアイギスはジョーズ・アーミーの群れに間合いを詰め
斬り、払い、突き刺し、殺す。

 「どうだ!どうだよ!ルサンチマン!
俺はお前たちがいる限りお前たちに復讐し続けてやる!お前たちなど恐ろしいものか!
お前たちは、ちょっとも人間を恐れはしない、
だからお前たちが恐怖を覚える日まで俺は、お前たちを殺し続けてやる!」

 ザノンが、コクピットの中で狂気を漲らせて笑う。

 「未熟者め、昂ぶりすぎている…!」

 ザノンの狂笑を聞きつけたグレンがルサンチマンDiesの放ったマジックミサイルを巧みに回避しながら舌打ちを鳴らす。
とはいえ、その触れれば崩れそうな高揚を己がたしなめに戻れるほどにこのルサンチマンDies、
たやすい相手ではないとグレンは見ていた。

 銃を撃てばその弾は避けられ、間合いを詰めれば迂回され、マジックミサイルで間合いを引き離される。
そのマジックミサイルも、グレンのダィンスレーの回避を読んでいるのか際どいところを走る。
エクスの言葉が本当だとするならば、Diesがいつ、MDMを放つかも判らない。

 グレンの背中に冷たいものが走る。

 アイギスに乗るザノンが、クロウスの偽者としてこの場にある以上、無様はさらせられない。

 「エクス!あの少年を!」

 「おうさ、俺の名前で無作法をさせる積もりもない!」

 小型ルサンチマンの群れに穴を作り、強引に突破して、前に道を切り開いたデアブロウは、
猛スピードでザノンのアイギスの方向に駆け出す。

 「刀と、太刀と!」

 中型ルサンチマン、ウォーリアが叫ぶザノンに殺到する。

 「それを振る精神こころという奴を置き去りにするな!
さすれば人は、狂いてルサンチマンの種子を蒔く!」

 通信から聞こえたエクスの忠告に、ザノンは聞こえよがしに舌打ちを鳴らす。

 「剣になれと言ったり、そうするなと言ったり!なんなんです、エクス・ノアさん!」

 フン、とエクスもザノンを挑発するように笑う。

 「灼けてひン曲がったなまくらで、斬れるなんていいはるのは阿呆の言い草だな、小僧!」

 刀を左手、太刀を右手に構えたアイギスが周囲のルサンチマンを警戒するように
頭を回して、横飛びに、ウォーリアの飛びざまの一撃を回避する。

 「間違ってるっていうんですか!盾が、人を守る為に、戦う事が!」

 着地したウォーリアは、すぐさま態勢を戻して、
拳から鋭い鎌の様な巨大な爪を一瞬に生成すると、
肉薄したアイギスに向かって振り上げるような一撃を右手から繰り出す。

 「人を守る?人を置き去りにし、
敵の真ん中に突出して、人に自分の狂笑を聞かせるその仕様しざまでか!
露骨に自分だけを守る為の戦いをするなというんだ!
人が見てるんだ、人と共に戦おうというなら、人に悪意を伝染させない為の作法はある!」

 風を起こす、爪の一撃を後に一歩下がってかわしたアイギスは反撃に転じようとするが、
相対したウォーリアの身体能力はザノンの想像するよりも高く、
アイギスの胸部にウォーリアの足刀のような鋭い蹴りがクリーン・ヒットする。
大降りの爪の一撃は、足の動きを隠し、蹴りを当てるための布石だったのだ。

 「あなたが説教をするのは自分の名前の価値を守るためでしょう!」

 アイギスの胸部装甲は物凄い音を立てて、蹴りの衝撃でアイギスの機体は後に弾き飛ばされる。
その衝撃と胸の痛みにザノンは思わず、ぐぅと唸りを上げて、噛み切った唇の瘡蓋のあたりを再び噛み締める。

尻餅をつくような形で着地したアイギスの腰アーマーが着地と同時に展開して、
ぽっかりと穴を開けたマジックミサイルの発射口が姿を見せる。

ぜいとザノンが荒い息を吐き出すと共に、
追撃をかけようと構えを作ったウォーリアに向けてアイギスが光芒の矢を発するが。
アイギスの、マジックミサイルを撃つ動きを見て取った
ウォーリアは、猛獣の反射で横に飛び、続けて後に飛んで弧を描いて
自らに殺到するマジックミサイルを地面に着弾させる。

 「そうさ!だが君のそいつが無様な戦い方なのも事実だろう!─
波立つ心で水面を打てば、新たな波紋を呼ぶだけだ、
心せよ、平常なる精神を!」

 起き上がって、機体を旋回させるようにジョーズ・アーミーの、
遠い間合いからの雷撃魔法を避けるとアイギスは
再び刀と太刀を構えて再びこちらに殺到しようとすするウォーリアを顔の無い顔で見据える。

 コクピットの中のザノンはエクスの言葉に頬の筋肉を引きつらせて言葉を吐き捨てる。

 「エクス!そんな事ができるわけがないッ!」

 巨人の地を揺らす音と共に、アイギスに殺到するウォーリアとアイギスとの間に、光の弾が着弾する。
続けざま、地面をえぐる光の弾がニ発、三発と着弾し、
通信からエクスの声が回り込め!とザノンの耳を貫く。
刀を下げて、アイギスは二三歩ステップを踏むと、だんッ、と地を蹴ってウォーリアの左手側に飛ぶように移動する。

 動きに戸惑いを見せたウォーリアの巨体を、巻き上がる砂煙を貫いて殺到した光の弾は一撃、ニ撃と撃つ。
エクスのデアブロウのハンドガンから放たれた弾丸である。
大型ライフルに比べて威力は格段に落ちるわけであるが、中型のウォーリアに対してはやはり、
ハンドガンはそれほど有効なダメージとはならない。

だが、撃たれれば衝撃と痛みでルサンチマンは一瞬の迷いを見せる。
とにかく、それ位の痛みは敵に与える事は出来るなら、今撃たれたウォーリアとて、
仰け反って痛みに悶えるのは例外ではない。

 砂煙の向こうにウォーリアの姿を認めたアイギスは柄物を構え、足を止めたウォーリアに飛ぶように殺到する。
向き直って、ウォーリアはアイギスを爪の一撃で迎え撃とうとするが、アイギスは低い姿勢で刀の間合いに入って、
一挙にアイギスの右手の太刀は、ウォーリアの下腹部から、肩に向かって突き上げるように刺し貫く。

肉を貫いた致命なる痛みの振動はアイギスの手を伝わって、ザノンの心臓を揺らす。

 「はぁっ…」

 ザノンが重い息を痛みと共に吐き出すと、アイギスは太刀を捻る。

ウォーリアは自らを貫く激痛に身もだえして身体を震わせた。

 「生き物に似せているならその様に死んでいけ・・・
人間を殺すのだからお前たちもそういう風に死んでいけばいいんだ!」

 ウォーリアの、太い腕が懐に入り込んで足を止めたアイギスの両肩を掴む。
ザノンの殺意に抗う意思を見せたのだろうか。
バキン、と音を立ててアイギスの肩の短い装甲が凹む。
ウォーリアの剛力はアイギスの両肩を掴んだまま離そうとしない。

 ぼうッ、とウォーリアの胸が光を帯びる。

 うぁッとザノンは短く叫んで冷たい汗をかく自分を自覚した。

 アイギスは、ウォーリアの馬鹿力に押さえこまれて腕を動かす事も、間合いから離す事も出来なくなっていた。
ザノンはジェネレータの出力を上げて降りほどこうとするが──ザノンの要求を、アイギスは拒否する。
 「何故!?ジェネレータに出力の制限がかかっているのか!?
至近距離で攻撃魔法なんか受けたら…やられる…?
─殺すから…殺される!?」

 雷が走るように、無残に血を流して死んだイブの顔をザノンは思い出す。
無念の胸中で死んでいったはずはない。恐怖というものを抱いた筈である事を失念していたのではなかったのだろうか。
自分は─愚かである。
ザノンの胸を苦い痛みが走る。

 「抗うぞ。そいつらには意思があるんだ。ただ漠然と殺意を受け止めてるわけじゃない。
意思があるから受けたら返す、抵抗する」

 エクスが低い声でザノンに通信を送ると、デアブロウはエネルギーを使い切ったハンドガンを投げ捨てる。
一気に、デアブロウはウォーリアのすぐ背後まで間合いを詰めて、その勢いのままに、
殴るような動きで、右拳にまとった爪で背後からウォーリアの胸を貫く。

 「相手に自分の意思をぶつけるだけだと思うんじゃない。
受け止める相手がいて、その相手も意思をぶつけてくるんだ。
その瞬間だけの爆発をするような行動では自分も滅ぶ。
─残心、という言葉がある。相手が次にどうするか、自分はどうするか
それを心に残し、行動を想像するんだ」

 低く、諭すように呟くと、デアブロウは一気に爪を払って左の脇腹の辺りまでウォーリアの胸を引き裂く。
ウォーリアの拘束から解き放たれたアイギスが太刀をぬくよりも早く、
デアブロウの鉄爪は右の拳はウォーリアの首筋を、
左の拳は右腕と交差するように右の脇腹を貫いている。
アンコモン・アーマーの見せるスピードではない。
ザノンはアイギスに太刀を抜かせたまま凍りついて、唾を一つ飲み込んで、
先刻とは別種の汗を帯びた自分の身体を自覚した。

 びくびくと痙攣するように震えるウォーリアの身体を、
エクスは一息の間を入れて、デアブロウの腕を自分の側に曲げてウォーリアの首を跳ね、腹を引き裂く。
上半身をずたずたにされたウォーリアの肉体は、その勢いでグルリと旋回すると足を動かす動きを僅かに見せて
地面に倒れこんで轟音を立てた。
デアブロウの右足が、その死体を押さえつけるようにウォーリアに乗せられる。

 「妹か。それとも、今までに命を落とした人々か。
その復讐といったところだろうが、
死人を自分が戦う為の理由にするな。
過去に囚われれば己が過去になる。
─過去は未来に追いつかない。
あるだろう?逝去した人々が残した過去の優しい思い出が。
ひとが、自分が、もう一度その思い出を未来に作る為に。
今を生きている、未来を作る人間を守るのが…盾だ
過去を守っても、やり直すことは出来ない」

 砂埃の向こうで、牙をむき出したデアブロウの、まなこなき視線と、
エクスの声がアイギスの胎内のザノンを、撃つ。

 「…僕は…戦うことが出来るんです、
僕の手に入れた、戦う為の感情が間違っているなんて言われたら…
また、何もできないでいるのと変わらなくなってしまうじゃないですか!
エクスさん、言葉で、僕の感情をどうにかできるなんて思わないで下さい。
火が必要だから、僕は胸に火を燃やすんです。
貴方の名前だって…その為に借りたって良いでしょう!?」

 確信を持って、感情を行使する奴は厄介だとエクスは舌打ちを鳴らす。



 人の話を聞きやしない。



 自分がこうあってほしいという他人の像を押し付けるのは都合のいい妄想でしかない。
だが、それでも彼に未来を開く可能性がある以上、彼には破滅に進む生き方はして欲しくない。
そのエクスのエゴが、ザノンのある過去を知る彼の忠告の言葉となって胸から漏れた格好ではあるが。



 届かない。



 伸ばした手を高い城壁に阻まれて、エクスは足踏みをする。

 城壁の中は今、赤々と燃えているのだろう。
それは、自分にも覚えがある。

 そして、その炎でエクスは壊れた。

壊れて、家族は処刑された。

それでも、自分の開けるある一つの道を感じ取って、
エクスは生に執着している。

 動機は、女王と同じ名前を持っていた、今は亡き女性の為。
 しかし、それは紛れもなく、未来の為。
 エクスの思考は渦を巻く。

 殺意で淀んだ眼には、未来は決して映らない。

 そして、それを言葉で言っても、人の感情は止められない事も彼は知っているのだ。

覆面とフリッツ・ヘルムでその顔を隠した彼、エクス・ノアという名のクロウス・アーメイは。

 デアブロウが、アイギスに触れようとその手を上げるのと同時に、
遠く、シール市内からアイギスに通信の要請が送信されたのにザノンは気付く。

 「通信…?」

 感情の炎で焼け、掠れたザノンの呟きを聞きつけたエクスは無言でデアブロウの手を止め、
盾の騎士団の魔装通信の盗聴をする為、コンソールを何度か叩く。