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12.X XS:5_war dance





 暗い室内で、なにかが蠢いた。
もう、日は昇りきったはずであるのにこの暗さはどうだろう。
明り取りの小さな窓はあるものの、それでもこの部屋の中に差し込む光は頼りなく、絶対的に少ない。
蠢いたのは、人影であった。人影は他に人の気配のないこの室内で
それでも
あたりをはばかってぐるりと周囲を見渡すと埃を被った机の上にある、平らな板のような器具に手をつく。

 「グレン卿とクロウス卿の対話の記録…いや、記憶…」

 埃にまみれた机とは対照的に、その、板のような器具は
僅かな光を反射して、真新しい金属の持つ鋭いハイ・ライトを薄闇の中に投げかける。

 また、暗闇の中で、人物が発した声にこたえる様に器具は隠微な光を全体に纏う。

その隠微な光を反射して、人物の美しい金髪が器具の作り出すハイライトの中に覗く。

人物は、青年であったろうか。

 人物は、暗闇の重さに耐えるように唾を飲んだ。

人物の指は、震えている。
その震える人差し指で禁忌の箱に触れるように、人物は板に触れる。
板は、その指の熱に反応して
その表面に規則的に、左から右へ、文字を浮かび上がらせだす。
 「グングニルからの中継開始…いいぞ、吸出しは上手く行っている」

 人物は押し殺した声で呟くと、覗き込むように、板の真上に首を伸ばす。
光金髪が、ぐいと光の中に飛び込む光の中に浮かび上がった人物の顔は、
ここ、盾の学園の護衛に当たっていた騎士の一人、フェザーのものであった。



 「やっと、準備が出来たか。
いや、やっとというのはなんだな。私はまだこの場所に留まっていたい。
この戦場の中に渦をまく殺意と闘志というやつは、尋常ならざるものだ…。
どんな劇場の特等席よりも、ここは、素晴らしい!」

 グングニルのコクピットの中で、
シャックスが、裂けたように大きな口の両端を持ち上げて笑う。
この豪傑の笑い顔は暗闇の中に住む人物、といった気配の漂う陰気な笑いであった。
ナイトガルドの希望を担う騎士でありながら
暗闇の気配に似たものを感じさせるのは何故か。

それは、シャックス自身が持つ人間の資質…本質であるのかもしれない。

 うわべだけの希望よりも、その裏に隠れる絶望に興味がある。
絶望を愛してやまず、目を凝らして見んとすれば
その目はいつしか絶望と失望、そして疑念に毒される。
それはそれで生き方の一つである。
得てして、身の丈に合わない野望を抱え、かなえようとするならば
希望と、絶望の両方を知り、使いこなす必要がある。

 そういった事実を了解し、また、野望の為にそういう自分を作り上げたのが
シャックスという男であった。

 「フェザー君、準備はいいのだな?
失敗すれば女王陛下への不義となる、万端の上に万端を重ねたい」

 コクピットの中で声を上げたシャックスに、フェザーが通信で返事を返す。

 「はい、データ中継には、女王陛下への忠誠心に誓って、最善を尽くしました。
私も、シャックス卿の無事を祈っています」

 緊張の為か、フェザーが何度か言葉を詰まらせながらも、シャックスに答えた。

よく言ったとシャックスは深く頷くと、
機体を凄まじいスピードで急上昇させて戦場の全容をその目に入れる。
上空から見れば、戦場は歪んだ箱庭のようである、とシャックスは感じている。

 至る所に人間自身の怨念と
人間への怨念が渦を巻き─
騎士達の墓標となった鉄屑が至る所に転がって
黒い煙がそちこちで上がる
この場所の中に、クロウスも、グレンも、
哀れな騎士も、確かに、命を燃やしている。

火と熱が上がるところに、必ず、人間の命は寄り添って共にある。
そこに上がっているのが憎しみの炎なのだとしても、人間は目を向けずにはいられないのだ。
火は、命をも燃やす。そして、命が炎を燃やす。
それは熱であり、熱を宿すのは、生命の宿業である。
熱は光のようにも見える。
しかし、光がいつも希望を想起させるかといえば
─それは、如何なものであろうか。
暗闇の中でこそ、人は心安らかに眠る事が出来る。
それもまた、真実の一端である。



 メリメリとダィンスレーRの両腕が悲鳴を上げる。
ルサンチマンDiesの関節肢に刺し貫かれたその腕は外側に強引に開かれて、
十字架に磔にされた罪人のように、ダィンスレーRの機体はDiesの頭上に持ち上げられていた。

 本来の乗機のカスタム・ダィンスレーならいざ知らず、
下位互換のアンコモン・アーマーはグレンの望む特殊状態での戦闘に、
十分なパフォーマンスを発揮しなかったと見える。
ダィンスレーの貫かれた左右の腕の先の指は、虚空を掻く様に蠢く。
ギ、ギ、ギイと音を立てて、ダィンスレーRの頭部が下を向き、Diesを睨むようにその視界に入れる。
その動きが、グレンはまだ無念を抱いて諦める事を否定している事を教える。
少なくとも…そのように見える形を持っているのが、グレンの乗るダィンスレーRである。

 「するね、味をする!」

 ダィンスレーRを持ち上げて、機体を盾にするように
自分の方角に向けたDiesの動きを見てメーテが陰惨な笑みを浮かべる。
自分に邪魔をさせないで、グレンを嬲り殺しにするつもりだとメーテは感じて
ヒッヒと声を上げて、笑う。

 それくらいしてくれなければ──
どこかへと向かう…尖った悪意を見せる敵でなければ、邪魔をする張り合いもない。

 吸引した【もの】が頭に廻っているのをメーテは感じる。
五感は尖り、感覚は加速する。メーテの吸引したものは発酵をさせて緩やかな覚醒を促す薬物の一種である。
同時に、鎮静効果を与えることの多い、
煙を吸引する種類のものとしては珍しく、神経に興奮効果を若干与える効果がある。

 「今日はなかなかキてるじゃねえか…!」

 メーテは構わずに、ダィンスレーRの向こうに微かに見えた
Diesの胴体を、正面コンソールに立てた照準器の中に入れて、照星を睨むと、
仮借なくバジユラーのライフルの引き金を絞らせる。

   弾丸はゆらと揺さぶられたダィンスレーRの背中に
火花と共に着弾し、ダィンスレーRの前面、胸部装甲を貫通する。
魔法とは違う、実弾の着弾した振動と音とで、
コクピットの中のグレンは味方が自分に構わずに発砲したと知った。

胸部装甲を貫いたという事は、ジェネレーターにも損害は出たろうと
グレンが知覚した時にはジェネレーターはその音の質を金切り声のような高い音に変化させていた。

 「騎士ごと敵を撃つ気概!撃ったのは、コヨーテか!」

 また、機体が揺れて同じ種類の轟音がコクピットの中に反響する。
口を開いたグレンは危うく、その激しい揺れに舌を噛みそうになった。

 「誰が撃っても同じだぜ、ベイビー。
それよりも誰も撃たない方が問題があるんじゃあねえのかい?戦争屋としてはさあ」

 ライフルの引き金を絞る周期を上げたバジユラーの胎内で、メーテがグレンに答える。
誰がなんといおうとも、彼は銃を撃つ事をやめないだろう。
人間一匹の命よりも、ルサンチマン一匹をしとめることの方が重要なのだ。
そして、その方法は選ぶべきではない。
それは戦場にいるものにとって身近な真実であり
理屈や規律を持ってしても変える事はできない現実である。

 敵を殺す為に、人間を殺すことも辞さず。
生き残るべきなのは、人間であって、人、ではない。
しかし、人は人を殺す時、心を揺らさずにはいられない。
痛みそのものか、痛みに似たその巨大な虚無感に、メーテは興を覚える。
まして、気を抜けば自分の命がルサンチマンに奪われるかもしれないのだ。
その恐怖、それに吹き荒れる痛み。
──自分達の、人間の命を対価にして命のやり取りをする。
これ以上の刺激は、この世にありえない。
メーテの眼がぎらと異様な精気を迸らせる。

 「全て世は事も無し。詫びもしなけりゃあ悪いとも思わない──
結果、死ぬだけさ、おたくが」

 「ならば私は、犬死ニを恐れもしなければ、咎めもしない!
盾の騎士団も…!
フラ・ベルジャ達、ルサンチマンを討ち取られませい!」

 グレンの言葉に腹を決めたフラ・ベルジャ二機が左右から同時に盾を捨て、
大地を蹴ってDiesの方へと飛び出す。

 遅れて、ルサンチマン達を強引に突っ切って来たマツカブイもDiesへと殺到する。

 「邪魔するんじゃねえ!」

 メーテが絶叫するや横に跳ねると、
上空のハーピー型の放ったエナジーボルトがメーテのいた辺りの地面を焦がす。

 左右から急速で迫るフラ・ベルジャを迎え撃とうと
Diesは思い切りダィンスレーRの腕を貫いた関節肢を左右に広げ
グレンのダィンスレーRは両腕を無残に引き裂かれ、重力に引かれ──地面に落ちる。

 阿弥陀仏と叫んだ騎士のフラ・ベルジャが椀部ランチャーユニットを
マジックミサイルに砕かれた。
腰部目掛けて殺到する次の弾のまばゆい光に晒された一瞬、
彼は、ゆっくりと動く時間の中で彼の両親の顔を鮮明に思い描いた。

 「…ただいま…」

 騎士は、どこかへと帰還を告げる言葉を口にした。

 一瞬に、死という概念は騎士から正気を奪い、覚醒させる。
時間がゆっくりと流れるように彼は感じたが…
それでフラ・ベルジャとそのパイロットが死から免れうるかといえば
否である。
いいや、騎士は狂気の中で
甘美なる死を迎え入れるにあたって、もはやその頭もなかった。

コクピットにマジックミサイルが直撃するその刹那、
騎士は動き始めた時間の中で
砕け行くコクピットのハッチの破片に先ず胸を貫かれ、
次いで変形した狭いコクピットの壁に腕を押しつぶされ、
逆側に曲がった右腕は
その圧倒的な力に抗えずに奪われるように
メリメリと音を立ててもぎ取られ
骨の砕ける音、筋肉の裂ける音と共に露出した
自分の真っ赤に染まった腕の骨を見て、
また、頭を押し潰しにやって来た破片を見て、
妙な話だが、彼は最後に自分の脳漿の飛び散る、
びちゃっという音を聞いた気がして─
ふふっと騎士は笑った。

とにかく、彼の世界はそれを最後に終わった。

 着地の衝撃で頭を強かに打ったグレンの額から血が流れる。
自分の失うはずだった命を肩代わりしてもらって─
なにも感じないでいられるグレンではない。
機体の四肢の中で唯一健在な左足に重心を全て預け、
グレンはダィンスレーRの機体をしゃがんだ姿勢のまま
ぐるりと横に旋回させ、
ダィンスレーRの左足をぐんと伸ばす。
その体捌きの勢いを借りて、ダィンスレーRは
空中へと跳躍する。
お世辞にも高いとは呼べない跳躍である。

 「騎士の命に借りた一撃であるッ!」

 体捌きの勢いだけはまだ、グレンの機体には残っている。
鉄屑同然と化した右脚を横合いから鞭の様にDiesの胴体に叩き付けると、
ダィンスレーRは機体制御もままならず
反動で弾き飛ばされて、グワランという音と共に地面に落ちて、転がる。

しかし、DiesもまたダィンスレーRと同じようにバランスを崩し、脚を縺れさせて地面へと倒れる。
倒れた拍子にDiesの左手側の関節肢二本が自らの巨体に押し潰されて折れた。
 グレンのその一撃、彼の通り名に冠する芸術とは程遠い無様な一撃である。
事実だけ見るならば、グレンの放ったのはただ、一命を持って一撃をするだけの…
繋がらない孤独な一矢である。

 しかし、それは─

 「獲れよッ、コヨーテ!フラ・ベルジャ!」

 グレンが言葉に意思を乗せて叫ぶように、委ねた他人が繋げれば初めて繋がっていく。
いや、命を、自分が、誰かへと繋ぐ。
人間はそのようにして命を繋げてきたのだと、グレンは知っている。

 繋げられる誰かがいるならば、自分は──人間は
孤独ではないと。

人間が、一人になるその日まで。
 殺到するマジックミサイルを脚部に被弾して狂った姿勢制御を
抑えつつ走るフラ・ベルジャの腕を、マルコのマツカブイの右手がぐわしと掴む。
フラベルジャが振り返ると、ばらばらと彼らの頭上からは、
黒焦げになったハーピータイプの肉片が降って来ていた。
──が、大きなものは軌道をそれたようであるから問題はないだろう。
ならば、どうして?

 「この機体は脚が遅いからな…こらえろよ?」

 フラ・ベルジャのパイロットはマルコの言葉を把握できずにたじろいだが、
振り返ってマルコの機体の巨体の醸す威容を見ると、
その言葉の告げる意図の輪郭を感じ取った。

マルコの為すがままに腕を預けると、
マルコのマツカブイはなるべく頑丈そうなフラ・ベルジャの胸部装甲に手をかけ、ギリリと音が鳴動する。
自分の機体と垂直に持ち上げたマツカブイは、持てるエネルギーを全て腕力と脚力に回し…

「後二十歩分、腕でぶっ飛ばさせてもらうぞ、盾の騎士団」

マルコは、ジェネレーターの音が変わる直前に思い切りフラ・ベルジャを
ぶウんと風を切る音をさせてDiesの方角へと投げ飛ばした。

 フラ・ベルジャは放物線を描いて空中に投げ出され、コクピットの騎士は
舌を噛まない様に歯を食いしばって地上に這いつくばったルサンチマンDiesを見据える。

 しかし…マツカブイのジェネレータの全力は、
予想外に過剰な腕力を出力してしまったらしい。
この勢いのままではDiesを飛び越えてしまうと、
騎士は重力と遠心力と加速との…言わば、力学の作り出す自己を取り巻く嵐の中で、
失神しそうな自我を辛うじて保つと、危機を感じた。

 騎士がそう感じると同時に、何事が起こったかバツンという耳を裂く轟音を発して、
フラ・ベルジャの右脚が火花と共に吹き飛んだ。

 機体は四肢の一つを失って、当然、失速する…が。

 「真上から…覆い被せられる…!?」

 メーテが、怨霊砲の一撃で崩された足場を慎重に降りながら放った砲の一撃が、フラ・ベルジャの脚を砕いたのだ。
結果、フラ・ベルジャは…機体そのものが、
空から降る剣となって、さながら圧し潰す様に、雷のような音を立ててDiesへと落着した。

 「お膳立てをすれば取れるんなら、それくらいはしてやるさ。
あとはお前らの仕事だぜ、能無しども」

 メーテの言葉を聞きながら、騎士は着地の衝撃で揺れる頭を振って、
フラ・ベルジャの下に組み敷いたDiesの胴体を貫いて、
衝撃に耐え切れずに
折れたフラ・ベルジャの剣を引き抜かせると、
フラ・ベルジャは上体だけを起こして
その柄を両手で持って、剣を、Diesの大口目掛けて突き立てる。

 びゃあと叫んだルサンチマンの、三枚の舌を貫いた剣が、Diesの頭部を貫通し、
地面に突き立てられた手ごたえを騎士は感じた。