013.X XS:6_Faith And Voice





 ナイトガルドは、その社会の構造の頂点に独裁者を頂きながらも多神教である。

 これは、あまりにも広大な大陸と、
そこに住まう多様な民族と、その民族が持つ歴史を纏め上げた
複雑な歴史の産物ではあるが、その為に、現状の政権と宗教の結びつきはやや薄く
必然的に、宗教と軍事力の結びつきも弱い。

 ──しかし、それがない、と断言するのは早計である。

 かつて、宗教の強固な信心を背景に民意の統一を図っていた地方や、
経済的な事情から騎士の育成・体制の維持等が
困難な地方には、寺院の強大な経済力と公的に紐付いた
寺院騎士などといったものも少ないながらも、存在はする。

宗教とは戒律であり、戒律の背後には人の集団、即ち組織といったものがあり
組織とは何がしかの武装を施さねば立ちいかないものである。

 信じる神の是非というのは戦争の口実にするには好都合であるからして
そのように武装をした宗教家たち、寺院というのは国家が統合された後も
なかなかその得物を手放そうとはしない。
ナイトガルドの力が弱まってくれば、再び自分達の国を興そうと狙う徒輩であろうか。
自分達が強いうちは地域自治に役立ってくれるだろうとナイトガルドもナイトガルドで、
そのような寺院には寛容な姿勢を見せ、
自分達の主神さえその頂点に頂いておれば良いという風な態である。

 ナイトガルド東南方、ニムロデ峡谷のさらに東南方、
シール領とモルレドウ領の境目にある山岳寺院マイトゥッド寺院も
そんな血生臭い歴史の生き証人の一つと言える、そんな寺院だった。

 寺院の信奉する神は末法の世を統治する修羅神として名高いフエィ・オーであり
フエィ・オーを信奉する寺院、宗派にとっては
ここはいわば総本山と言っていい程の権威を有しているが
マイトゥッド寺院の教えは、口伝によってのみもたらされ、寺院の僧達は
厳しい鍛錬と独自の魔法によってある方向に特化した、
少数でありながらも恐ろしい兵力として、現在もある層には脅威であり続けている。

 その寺院の中枢、司祭長レド・ウィロウの私室で、僧侶モノ・アナンダは呼び声に応えて顔を起こした。

 どこからか、勇ましい掛け声が聞こえるのは修道僧、苦行者の声であろうか。

 名を呼ばれるまでは、顔を隠す頭巾を外してはならない。
その教えに従って、上着と一体になった頭巾を被っていたモノは左手で頭巾を外すと
その美しい金髪を露にする。
一瞬、額を見せるように髪の毛を手櫛で撫で付けると、人物は微笑む。
不敵な印象の笑みである。

 ──深い碧色の大きな眼を印象的に顕した女性の顔は、
全体的に質素で、袖と襟、それから裾の外縁を黒で縁取った
ゆったりとしたシルエットの僧衣と、女性にしても小柄な身長のせいもあって、
見るものに一見して少年のようにも見える中性的な印象を抱かせる。
 呼んだのは他ならぬ司祭長のレド・ウィロウである。

 「御用を伺えますか、レド司祭長」

 自らの机に座した司祭長レドは、
モノの顔をじろりと見上げると、岩のような肩をいかつく揺すってみせる。
僧侶達以上に彼自身も、肉体を常に鍛えているのであろう。
質素でありながら幾分か大げさな法衣の上からでも判るほどにその大柄な肉体は
武術を志すもの特有の殺気を孕んでいる。
濃厚な黒い眉の下に覗く三白眼が改めて、モノの顔を正面から射る。

 「モノ君、抱えている保険の仕事の案件なんだがね」

 「なにか動きがありましたか」

 レドは、モノの言葉に深々と頷いて溜め息をつく。
溜め息はつくものの、その眼はモノを射すくめたままである。
身辺のものに対しても、そうして、
一辺の油断も見せない仕種を見せ付けるのはレドという男の性なのか、
あるいは、この寺院に伝わる習い性なのか。

 「ばれているようでね…
監視が、被保険者の極至近距離で待機しているようなんだ」

 ふぅン、とモノが鼻息を荒々しく一つ鳴らす。

 「なぁるほど…となると」

 続けて、パァンと乾いた音が鳴り響いたのは、
モノが右の掌に左の拳で作った拳骨をぶつけた音であるとレドは了解した。

小さな顔に比して、彼女の拳は思いのほか大きく、
その事実が殊更にその動きを大きく見せる。

 「【その事態を見越して】我々はどう動きますか?」

 モノの力強い声に、じりと何事かを思慮しながら、レドはモノの拳を凝視すると、
言葉を吐きながら思案するように、一つ一つゆっくりと言葉を紡ぐ。
その声には、司祭長に相応しい威厳と、地の底から響いてくるようなどっしりとした威厳が漂っている。

 「ム、被保険者が逮捕されるのは、十中八九間違いない。
請け負ったのは、被保険者の救出だけだからねぇ、
一先ず事後の事はこれから考えるとして、王都に先回りしてくれるかい」

 今度は、モノが金髪を揺らして深々と頷く。

 「なにせナイトガルドの王都だ。救出対象も、人が人だけにだね、
事によると、女王身辺の…ヨシュアやシツダ・ルタ配下の
化け物がでてくるかもしれないが…頼んだよ」

 モノは呵々と笑うと拳の骨をバキバキと音をさせて鳴らす。

 「そういった化け物とだって、我々の武術という庭を出なければ…
我が武装修道院の武術は無敗であったはずです。
妖人ひしめく王都から、身体一つの救出劇ですか、吟遊詩人の歌う物語のようですな!」

 「詩人か──そう、詩人だ」

 うん?とレドの返事の意図を測り損ねたモノが
キョトンとして小さな顔を傾けて怪訝な表情を作って見せるとレドは自らの書机の引き出しを引いて羊皮紙を取り出す。

 「ラス・プラスという詩人がフリーの工作員をしていてな。
王都の主要施設の潜入ルートに詳しいはずだ。
王都に着いたら先ずは彼を訪ねて見給え。
潜入のための工作をしてくれる筈だ。
袖の下はこういう時の為に少なくない金額を渡してある」

 マイトゥッド寺院は布施だけではその巨体を維持できず、裏稼業を請け負っており…
その裏稼業とはなにか、と言えば、その秘伝の体術と旧時代に培った
暗殺の技術を生かした潜入任務、暗殺稼業などである。

 その難易度とリスクから、秘密の契約を結んだ
被保険者の支払う月掛けの保険金は莫大なものとなっているが…
彼らはナイトガルドの治世となってからその仕事において地道に、確実に今日に至る絶大な信頼を築き上げてきた。

 そして、寺院は長い歴史の中でその触手を伸ばし、
外部の様々なコネクションをその中に取り込み…
ナイトガルドの中でも無視の出来ない勢力となっていた。

 「一筆書いておいた、ラスにはこの手紙を見せるといい」

 机に歩み寄って、レドの節くれだった手から羊皮紙を受け取ったモノは、
開きもしないでなるほど、と合点がいったように頷く。

 頷いたモノに掛けるレドの声のトーンが、一段低くなる。

その声は─恐れを孕んでいるような?とモノは直感的に感じた。

 「いいかね、何せ女王も関わっているんだ。ヨシュア…シツダ、それにカルマ。
彼らの誰か一人の影でも見え隠れしたなら全ての行動を破棄して逃げなさい。
あのものらに首根っこを抑えられれば、寺院とてただではすまない」

 「カルマ…?というのも、それは、人の名前です…か?」

 モノの眼には、やはりか、心なしに、屈強なレドが首を竦めて萎縮しているように見えた。

 「もはや人ではない、あれは…シツダやヨシュアを超える、
女王の為に存在をデザインされた、実在する物語だ」

 ああ、それほどに恐ろしいのかとモノは、縦に運動したレドの喉笛を見て
まだ見ぬその人物達の恐ろしさを最大限恐ろしいものとして定義した。





 「シヲン、今日もまた俺は、
あの日失った貴公の俺を償う為に、俺の割れた欠片を繕う為に、一歩を刻む」




 エクスが、小さく呟くと、デアブロウは両の手の二刀を逆手に構え…
長い腕の外側を守るような構えを作ると、小回りの効かない機体で何とか、
不細工な円を描いてステップを刻む。

 はぁ、ふぅと深く息を吐いて、吸って。

 エクスはデアブロウの脚を一瞬止めさせる。
僅かに、天を仰ぐような動きを見せたのは…祈りを捧げたのか、
或いは敵の恐ろしい身の丈を眼に入れなければ気が済まないのか…。

 見るものにそれを推測する暇を与えず、
次の瞬間には、デアブロウは、どしいんと言う轟音とともに
巻き上がる砂埃に隠れて姿を消していた。
デアブロウを狙ったニュクスタイプの触手が、地面に叩きつけられたのだ。
 砂埃を両手の二刀で真っ二ツに切り裂いて、
アイギスとザノンが、ニュクスタイプの振り下ろした
触手を間一髪でかいくぐり、その向こうの──
肉の城壁を思わせる胴体目掛けて殺到する。

 「巨体で有ろうが、踏み越えて進む…ッ!」

その勢いたるや凄まじく、地上を追従する影を引き離さんとするばかりの物である。

人が耐えられるのかどうかも疑わしいその加速で、
触手の根元に潜り込むとアイギスは、竜巻のような土煙を足元から上げて急停止して…
【城壁】を、その胎内のザノンは睨みすえて、──叫ぶ。

 「人の意思は剣となってここに降る!
越えて行くぞ!


 ニュクスッ!!」


 声は人間の、少年の内から出でて、空気を震わせる。
生命を知る手段の一つは振動バイブレーション
少年は、誇示する。
自分自身の生命から、偽の生命の眼前に立って声を上げ、
その声は、振動は、命なき者にも
人間の内なる生命より出でた勇気の産んだしるしである事を知らしめる。
喉と空気を震わせて。

 「収束…ッ!」

 刀が、アイギスのジェネレータが鉱物を
触媒に得たエネルギーを吸い上げてヂリリと音を立てて呻く。

右手の刀を前に突き出して、
ニュクスの胴体の眼前で急停止したアイギスは、
ザノンの声に答えて、
エネルギーを収束させた刀を、突進の勢いそのままに押し込む。
風は、大気は突き込まれる鉱物と意思に追従して、歌う。

 「放ォ──出ッ!」

 すぐさま、大気の悲鳴を掻き消して、
そこにばあんという爆発音に似た轟音が重なる、
アイギスの刀から放出された光のエネルギーの奔流が
ニュクスの胴体を引き裂いて走る。
半径にしてアイギスの二倍はあろうかという広範囲を引き裂かれ、
ニュクスはその激痛に触手を天にかざし身悶えする。

 うおぉッとザノンが咆哮するや、アイギスは、
刀をニュクスに突き立てたまま機体を真上に急上昇させ、
縦に大きくニュクスの胴体を切り裂いていく。

 「ならさ、こっちは騎士様が登りやすくしておいてやろうかね」

 直ぐ脇に落ちてきた触手に旋回しながらの一刀を見舞うと
デアブロウは拳の鉄爪を素早く突き立てて
剛刀を逆手に構えた腕を外側になぎ払って、触手に食い込ませ
抜いた爪をまた身体を旋回させて触手に対して垂直に突き立てる。
斬撃を見舞いながら、触手を登っているのだ。

 グルリと廻って触手の上部側面に脚をかけると、デアブロウは触手を蹴って空中に身を投げ出す。
空中に身を投げ出したデアブロウは、再び手近な触手を蹴り飛ばすと、
自らの脚力から生じた反動で
今度は鋭い角度で、ニュクスの胴体へと弾き飛ばされる。

 「盾の家系は勘がいいが、鎧の家系は眼が良くてね」
 風を切って襲い来る別の触手に再び刀を食い込ませ、
デアブロウは弾き飛ばされた勢いを殺すと
瞬く間に触手を蹴って真上に飛び上がり、触手の根元に転げ落ちるように到達する。

 エクスが双眸に炎を燃やす。

神経の耐え得る速度と思考能力を投薬によって
強化したエクスとデアブロウは今やどんな攻撃にも
対応できるといっても過言ではない能力を発揮しだしていた。

 一撃食らったら即死の確率の方が大きい、
そんな触手の一撃の嵐をアンコモンアーマーでかわしきらねばならないのだ。
どんな手を使っても自分と機体のスペックを引き出して生き残らねばならない。
エクスは、目的の為に生に執着していた。
今は死の前には、全て美徳は無価値な物であるとエクスの十字の傷が疼く。
一つ。この世のどこを探してもたった一つしかない、自分だけの、自分の心に作り上げた真実の為に。

それだけの為に名を隠し、騎士道を捨て、家族を自分の為に殺し
人の道に背を向け
破落戸として、おめおめと生きている。

 強烈なエゴを武器に、描いた一つの未来を残す為に。
人間の未来の確信の為に。
一つ築いてから死のうと、エクスは心中に願い続ける。

 だが、人間と人の道から逃げたのだとしても、
エクスは、クロウスは…この敵から逃げるつもりをもつ事は、無い。

 (勝つのは…
俺だ。)

 エクスは呟いて、叫ぶ。

 誰にも聞かれぬ言葉が、一人漏らした呟きが彼の理想、願いなのかもしれない。

 「良う候!どこからでも打って来い!」

 デアブロウが構え、ニュクスの触手の嵐が遥か頭上から、足元から、横合いから──
容赦なくデアブロウへと襲い来る。

 大型ルサンチマンに限って、その巨体を支える中枢と呼ぶべき部分を持っている。

 それが、この巨体を支える魔力の源泉であり…
ルサンチマンに確認されている唯一のウィークポイントでもある。
近距離打撃武器でそれを捉えようとすれば、
必然、ルサンチマンの必死の抵抗に
身を晒さねばならないのが必定というものである。

 そして、エクスとデアブロウが立っているのは
手を伸ばせばその触手の根元に見え隠れする
【核】に届くような距離の場所である。

 屈み、跳ね、廻り、絶えず蠢く最悪の足場でデアブロウは襲い来る触手を次々と避ける。
今までデアブロウが見せていた動きを越えて。
──しかし、その嵐のような打撃の中で、装甲は火花を上げて削れ、また、限界を超えた挙動と要求される反応に
まもなくデアブロウの機体の関節駆動部とジェネレータは悲鳴を上げだした。

 「ここからだ!ここから保たずに何がエクス・ノアなものか!」

 巨大な鞭の一撃が縦横無尽に吹き荒れ、エクスは欄とその眼を輝かせる。
ぐるりと機体を旋回させ、ザノンが登ってくる方角を正面に捉えると小刻みにステップを刻み、
真上に跳ねて横薙ぎの触手の一撃をかわす。
 「エクス!白いのはノーブルか!?そいつの進路を開くってわけかい!」

 ぴゅうとエクスの死の舞踏を見てメーテが口笛を吹く。

 触手を照準機に捉える直前に、現状、最も安定したダメージソースであるメーテの
連想対地砲が一斉に火を吹いて、触手の二三本を纏めて吹き飛ばす。

 「クワィケン!盾の騎士団!
タマ落としたか、大型にさっさと食いつくんだよ!
数ではもうこっちが押しているんだ!」

 積んだ砲弾の全てを使い切る勢いで砲を撃ちまくりながらもメーテが叫ぶ。

 その事実を言葉として把握した盾の騎士団は士気を上げ、
次々と残ったルサンチマンを突破し、
或いは撃破し先頭のニュクスタイプを射程内に駆け込んでいく。

 ばしッと音をさせて、デアブロウは足元の
ニュクスの肉を蹴ると、横飛びに跳ねる。
メーテがいくらか削ったと言っても、ザノンの通り道がようやく開いた程度で
エクスへの攻撃は却って苛烈さを増していく。

 「いい子だ、ベイビー、デアブロウ!」

 エクスの言葉に答えるかのようにデアブロウは肩口に刀を構え、
大上段から大きく袈裟切りに襲い来る触手の一撃を、刀から火花散らして堪えるが、
その圧力に物理保護の働く装甲がギシイと音を立て、
腕の装甲はひしゃげ、機体は、その質量の運動に耐え切れずに横に弾き飛ばされる。

 づぁっ、と物凄いうめき声を上げてエクスは首を振り、弾き飛ばされる代わりに
デアブロウの右足を思い切り右上に突き上げて、触手の勢いを僅かに殺し、
もんどりうって転ぶ勢いそのままに
左手の鉄の爪を真上に跳ね上げて、今やデアブロウにとって
仮の足場となった触手の一つ、その根元をその豪腕で殴って反動で機体の弾き飛ばされる方向を変える。
 「かすって…態勢を崩してもいられん!」

 デアブロウは、吹き飛ばされながらも、
ぶウんと刀を大旋風の勢いで回し、弧を描いてその一刀は
背後に肉薄していた触手の一本に深々と食い込む。

 「チェストォ! 」

 手ごたえに反応したエクスはすかさず地に脚をつけ、
機体を半ば無理やり立てると今刺したデアブロウの刀を間髪入れずに振り上げ、
触手の腹を真ッ二ツに引き裂き、すぐさま機体を旋回させ、その巨大な触手を
いと見事、デアブロウの自重を乗せた月輪のような真円を描く見事な横薙ぎの一刀で、輪切りに処す。


   「──運だな」

 「どッこを見てるんだ!実力だよ、実力ッ」

 ヒッヒと笑うメーテの声に、高揚したエクスが鼻を鳴らして笑って返す。

 はぁッ、と長く吐息を吐いて周囲を睥睨する
エクスは、まばゆい光がおぞましい触手の床の、
その、縁の一辺を爆音とともに削り取るのを見た。

 「おいでなさった!メーテ、皆の衆!
二枚目の登場だぜ!接近戦から、ニュクスを一気に仕留めるぞ!」

 ぼろぼろになった二本の腕を外側に開いて、
デアブロウが獣が吠えるが如く天を仰ぐ。
不覚にも、逆光の位置だったが、エクスの左目は、
そこに待ち望んだ白い鎧が浮かんでいる色だけは、見出した。